第8話 笑えてるかい?

 皆は、学生のとき、学校から親を呼び出されたときはあるかい?


 悲しいかな、オレは一度だけある。あ、呼び出されたと言っても悪さをしてじゃねーぜ。進路でだ。


 高校進学校時、野球の名門高からお誘いが来てだが、それを蹴って普通高に志願書を出したからだ。


 まあ、そんな前世って話はともかくとして、親を呼び出され、先生との三者面談の気まずさは転生しても忘れてねーよ。


「申し訳ありません。うちの会長がバカで」


 なぜか公爵どのに謝罪する婦人。オレのオカンか!


「いや、ベーがバカなのもバカをやるのもいつものこと。フィアラのせいではない。謝るな」


 バカなのもバカをやるのも認めるが、バカなことをやってるバカ公爵に言われたくねーわ。


 つーか、なんなのこの状況は? なんでこんなことになってんのよ? オレよ、説明プリーズだ!


 いや、オレに説明を求めんなよオレ! それ、たんなる自問自答だわ。


「それで、今回の呼び出しはなんでしょうか?」


 だからオカンのような口調すんなや。いや、一児の母でしたっけね。あ、婦人の娘、どうしたっけ? 誰かに預けたような気がしないでもないが、まあ、幸せにやってんだろう。婦人なら定期的に会ってるだろうしよ。


「いや、実は──」


 と、領都の状況を説明し、オレが害獣駆除と街の清掃をやると言うことを長い時間をかけて説明した。長げーよ。


 なんかもう、オレが手から離れた感じなので、他人事のように甘納豆をつまみながら緑茶を楽しんでいた。


「……そうですか。ところ変わればいろいろな問題があるのですね……」


「あ、そう言えばフィアラも領主夫人だったのだな」


「はい。バイブラストと比べるのも恥ずかしい領地でしたが」


 確かに比べるのも笑っちゃうくらいの差だし、領主はダメだったが、バリアルの街はなかなか豊かで、物価の安いところだった。


 その原因、と言うか、それを成していたのは婦人の力だろう。それだけでバイブラストに匹敵するとオレは思うね。


「恥じることはない。ベーが引き抜いたと言うことは優秀以上に賢婦だった証拠。ベーの前に出会いたかったよ」


 妻の前で堂々と口説いてんじゃねーよ。婦人はオレがさきに唾つけたんだ、公爵どのだろうと渡さんわ!


 ドンとテーブルに足を乗せて抗議した。


「ふふ。残念です」


 艶やかに笑う婦人。この人に出会え、手に入れられたことに百万の感謝を。そして、絶対に敵にしないよう、誠心誠意誓います。


「まあ、おれには最高の嫁がいるから残念ではないがな」


 そうサラッと言える色男め。爆死しろ!


「話を戻して、だ。ゼルフィング商会に依頼するとして、どうすると言うのだ?」


 全員の目がオレへと集まる。婦人と話し合うんじゃなかったのかよ?


「下水道の清掃をバイブラストから業務委託してもらい、牙ネズミやタコの捕獲処分はオプション──付属依頼として受ける。ゼルフィング商会は、業務報告、業務管理、作業員の教育、管理、手配などをする。バイブラストは衛生管理部なり局なりを開設して街の衛生に関わる業務をやれ。バイブラストとしてやってもイイし、各商会に話を通して下請け業者を作り出せ。ゼルフィング商会は、中規模商会として商っていくからよ」


 その他諸々の細かいことはやりながら決めていけばイイさ。まだ海のものとも山のもとにもなってねーんだからよ。


「……肝心の作業員はどうやって集めるのです?」


「そちらで集めて教育しろ。初期作業はオレがやるからよ」


 牙ネズミやタコはオレが先にいただきます。


「何日か下水道に潜ってから作業員を見つけるよ」


 作業員確保にそれほど心配はしてねー。もしものときは戦闘民族な魔族を雇い入れればイイさ。


「……お前、なにか隠してないか……?」


 なにやら厳しい目を向けて来る公爵どの。なんでよ?


「お前が素直なときはなにか隠しているときが多いからな。まあ、おれの勝手な解釈だが」


 その勝手な解釈が油断ならねーから、この男は公爵と言う立場に位置づけてるのだ。


「そこは商売上の駆け引きだ。楽しい商売をモットー──第一としてるが、損を出してまで楽しむつもりはねー。損して得取れがゼルフィング商会だ」


 ニヤリと笑って見せる。ウソは言ってねーぜ。


「……わかった。衛生管理局を作る。その最初の依頼としてゼルフィング商会には下水道の調査を頼む。依頼料は結果を見てからでいいか?」


「ああ。構わんよ。成功報酬でも成果報酬でもな」


 それはオマケみたいなもの。依頼を出してくれた時点でもう報酬はもらっているようなもんたがらな。


「バイブラスト公爵からの依頼、ありがたくお受けします」


 ソファーから立ち上がり、恭しく一礼した。


  ◆◆◆


「……作業員を、と言いますが、考えはあるのですか……?」


 公爵どのと第三夫人が部屋を出ていき、ミタさんが淹れてくれた紅茶を一口飲んでからそう口にする婦人。信用されてねーな、オレ。


「オレがバリアルでなにしてたか覚えているか?」


「……いろいろあり過ぎてなにをしてたか理解できてませんよ。なにを目的にしてたのか逆に訊きたいくらいです」


 あーうん。確かにわかれと言うほうが悪いですね。主目的がオマケ扱いになるくらいのことしてたし……。


 飛空船の発着場とか歴史的事業だし、出来事だ。なんも騒ぎにならないなんてことはねー。いや、ノータッチなのでどうなってるか知りませんけどねっ!


「ま、まあ、いろいろやっちゃいましたが、主目的は人材育成と人材確保だ」


「村人を自称するあなたがなぜ育成をするのです? 村人なら村で完結できればよいと思うのですが」


「どんな世界だろうと隔絶した世界は滅びる。常に外界と繋がってなければ存続はできないんだよ」


 世界は常に広がっている。それは命も同じだ。


「今に満足するのもイイ。現状を変えたくないのもわかる。変わらぬ日々。今日と同じ明日。幸せな者ほどそう願う。だが、現実は残酷だ。変わらぬ日々なんてないし、今日と違う明日がやって来るものだ。婦人は、オレと出会わず、変わらぬ日々を続けていたほうが幸せだったか?」


 はいと言われたら、オレは連れ出したことに誠心誠意、土下座して謝るし、すべての時間と力を使って修復すると誓うぜ。


「わたしは、ここにいることを誇りに思っています」


 胸を張り、ニッコリ笑いながらキッパリと言い切った。


 そう言われると、不思議と報われた気持ちになるな。まあ、ならなくてもオレは後悔はしないがな!


「オレは村人であることに誇りを持ち、生涯村人であること誓っている。あの村がオレの居場所だ」


 いねーじゃんって突っ込みは受け入れよう。だが、オレはアグレッシブな村人で世界をまたに駆ける村人なのだ。


 おっと。さらなる突っ込みはノーサンキューだぜい。そうだと言ったらそうなのだ!


「だからこそ、外界──いや、時代と言う波に備え、変わりゆく日々をイイ方向性に向けているんだよ」


 幸せな明日を求めると言うことは、違う明日を望んでいることと同じだ。だが、自分の思い通りの幸せが来るとは限らないし、よかれと思っても悪いほうに向かってるなどよくあることだ。


「婦人は自分が幸せになるためには、なにをしたらイイと思う?」


「……象徴的な問いですね……」


「そりゃそうさ。幸せそのものが象徴的なんだからよ」


 幸せになりたいと思うヤツは多いだろう。だが、どうなったら幸せかを言う者は少ない。いたとしても金持ちになりたいとか健康でいたいとかが精々だ。


「仮に幸せはこう言うものだと断言したとしよう。だが、それを叶えるための確実な過程は言えるか? 行動はできるか?」


 まず、九割九部、できると言える者はいねーし、九割九部、行動はできないだろう。人はそこまで単純ではねーし、強くもねーんだよ。


「小さな願いほど叶えることは難しい」


 前世を生き、今生を生きてわかった。小さな願いほど成就することはない、とな。


「オレの大切な家族がいつも笑っていられますように」


 小さくてありきたりな願い。だが、叶えるためには村が平和でなければならない。村の者が身も心も豊かでなければならない。悪意や暴力に曝されてはならない。人を、命を大切と思わなければならない。無限のように条件が増えていく。


「自分だけが、家族だけが、村だけがと思うのも同じだ。叶えるのは難しい」


 条件が逆転するだけ。困難度はまったく同じだ。なにより、願うオレが笑えてねーよ!


「誰が言ったかは知らんが、数は力はまったく持って真理だと思う」


 ならば話は簡単。小さな願いを集め、笑顔の数を増やしていけばイイ。


「婦人。あんたは笑えているかい?」


 笑顔で問いかける。


「……はい。笑えてます」


 飛びっ切りの笑顔を咲かせてくれた。


 それはなにより。オレの願いが確実に叶えられている証しだぜ……。

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