第158話 スーパーな村人

 ……。


 …………。


 ………………。


 知らないパンツだ。


 なんで目覚め一発に小汚ないパンツを見せられにゃならんのだ? 優しい恋人の笑顔なら気持ちよく目覚められるのによ。


「小汚なくないわよ! 毎日三回は交換してるわよ!」


 ゲシゲシと鼻を蹴りつけられる。ヤメテケレ。鼻、折れるわ。


「まったく、四日も眠っていたのに口の悪いのは治ってないんだから」


 四日? 眠ってた? ほぉわっつ?


「……えーと、なんだっけ?」


 なんか記憶が混濁してるな? 寝る前、なにしてたっけ?


「セーサランに襲われたのよ」


「──あ、そうだ! X5が出たんだった!」


 思い出した思い出した。いやー酷い目にあったぜ。さすが宇宙産。メッチャ強かったわ~。


「X5はあれだけだったのか?」


「今のところあれだけね。ベーの引きの強さは筋金入りだわ」


 なんの得にもならん引きだな。神よ、もっと得ある引きを我に与えてくださいませ。


「体はどう?」


「まあまあだな」


 四日も寝てたから体に力が入らねーが、体に異常はねー。さすが五トンのものを持っても平気な体。副次効果様々だぜ。


「ってか、ここどこよ?」


 知らないパンツで視界が塞がれていてわからなかったが、なんか見覚えがあるようなないような……なんだっけ?


「ヴィアンサプレシア号よ」


 あ、オカンと親父殿に用意した部屋か。まだあったんだ。


 新婚旅行用に仕立てたのであって、終わればサプルの部屋にでもすればイイやと思っていたしな。


「まだ寝てなさいよ」


「オレの無限鞄を取ってくれ」


 なんか病院着みたいなのを着せられて寝かせられ、台に服や無限鞄などが置かれていた。


「エルクセプルならミタレッティーが飲ませたわよ」


「あれは肉体を癒す力はあっても精神までは回復してくれないんだよ」


 しかも、オレは神聖魔法と魔法を限界以上に使った。肉体じゃなく精神体のほうがダメージを負っているはずだ。四日も眠ってたのがイイ証拠だろう。


「はい、無限鞄」


「あんがとさん」


 無限鞄を手のひらに乗せてもらい、魔力回復薬を出して飲み干した。


「……少し、楽になった感じだな……」


 魔力回復は精神を癒す、と言われてたが、それが本当かどうかはわからなかったが、楽になったところをみると本当のことだったようだ。


「なにか食うものを頼む」


 食って寝るが一番の回復法だからかな。


「わかったわ」


 メルヘンさんが呼び鈴を鳴らすと、メイドさんが津波のように入って来た。いや、入りすぎっ!


「ベー様、大丈夫ですか!?」


 ミタさんが迫って来て、わんわん泣いている。


「大丈夫だよ。つーか、そっちが大丈夫かだよ?」


 ずっと泣いてたのか、瞼が腫れている。委員長さん、ちょっと回復魔法をかけてやってよ。


 メイドの海の中に魔女さんの三角帽子がちらほらと見えた。


「ほらほら、ベーは大丈夫だから安心しなさい。それより、食事を用意して」


 メイドの海を退かせるメルヘン。君はどれだけの力を持ってるのよ?


 部屋に残されたのはミタさんと武装したメイドさん二人に、叡知の魔女さんと委員長さん、あと見知らぬ魔女さんが二人だ。


「叡知の魔女さん、助かったよ。ありがとな」


 オレだけじゃ倒し切れなかった。おそらくカイナーズでも無理だっただろう。いや、勝てる方法はあるだろうが、消滅魔法がなければ被害は甚大だっただろうよ。


「……お主の非常識には呆れるよ……」


「その非常識を凌駕した存在に言われてもな、説得力がねーよ」


 オレが限界以上を出しても倒し切れなかったX5を一発で倒した。しかも、オレが限界まで硬化させた壁ごとな。誰がどう見ても非常識は叡知の魔女さんだろうが。


「非常識なのは消滅魔法でわたしはいたって常識のうちだ」


 それは人外の常識のうち、ってことだよな?


「まあ、その非常識の魔法に救われたんだからなんでもイイよ」


 考えた初代さんに感謝だ。


「体に問題はないんだな?」


「まだ精神疲労はあるがな。あ、魔女って魔力回復薬作ってたりする?」


「魔力回復薬は、秘薬なんだがな?」


「え? そうなの? 普通にオババから教わったけど?」


 基本薬として教わったぞ。


「オババ? 名前はなんと言う?」


 オババの名前? あんのか?


「よい。自分の目で確かめて来る」


 そう言うと風のように部屋を出ていってしまった。お付きの魔女さんを残して。


「──館長!?」


 遅れてお付きの魔女さんたちも部屋を飛び出していった。


「なんなんだ?」


「わ、わからないわよ!」


 委員長さんもわからんらしい。なんだって言うんだ?


「あんちゃん。いっぱい作って来たよ!」


 久しぶりのマイシスター。お前はいつでも元気なやっちゃ。ただ、晩餐会でも開きそうなほどの量はいらないからね。


 ミタさんにタッパーよろしくと視線を送り、サプルの愛情たっぷりの料理をいただいた。旨い旨い。


   ◆◆◆◆


 はい、ごちそうさまでした。


「旨かったよ。ありがとな」


 なんか久しぶりにサプルの料理を食ったわ。


「ちょっと寝るわ」


 満腹になったからか、なんか眠くなった。魔力回復薬も神聖魔法、いや、神聖魔力か? を回復させるには及ばないようだ。


 横になったとたん意識がなくなり、次に目覚めたら夜になっていた。


 ……ここ一年、規則正しい生活してねーな……。


「村人として失格だな」


「村人らしいことしてるの見たことありませんけど?」


「うおっ!? びっくりした!っ!」


 暗闇でうっすらと光ってんなや! 心臓止まるわ!


「……わざとやってんだろう……?」


「いや、幽霊なんだから夜は光りますよ」


 そんな常識知らねーよ! つーか、いつも光ってねーだろうが。


「消えているときまで光りませんよ」


 だからそんな常識知らねーよ! 幽霊の生態(?)に興味ねーわ!


「ドレミ。明かりを点けてくれ」


 幽霊の発光で世界を照らしたくねーわ。


 部屋に明かりが灯ると、部屋の扉がノックされた。誰や?


 幼女メイド型のドレミが扉を開き、ミタさんと三人のメイドさんが入って来た。


 ……ミタさんってちゃんと寝てるんだろうか……?


 この謎は未だに解けてないんだよな。


「べー様、体は大丈夫ですか?」


「ああ、楽になったよ。オレ、何日寝てた?」


 そんなに眠ってた感じはしねーが。


「一日です」


「そうか。トータル五日か。魔大陸での訓練が活きたな」


 能力に胡座をかいててはダメって言うイイ証しだ。


「風呂沸いてる?」


「はい。沸いております」


 さすがヴィアンサプレシア号。二四時間風呂だ。いや、サプルがいるところ二四時間風呂あり、だけどよ。


 台に乗ったものを持って風呂へと向かいビバノンノン。すっきりさっぱりして湯から上がり、備えつけの冷蔵庫から牛乳を出していっき飲み。


「ぷっはー! 旨い!」


 もう一本! とはならず、いつもの村人ルックになって男湯から出た。


「食事になさいますか?」


「そうだな。軽く食っておくか。あ、昨日の料理はどうしたい?」


「他に回しました。ヴィアンサプレシア号には数百人が働いてますから」


 ヴィアンサプレシア号造りを乗っ取られたとは言え、基本構造は知っている。一三〇メートルの飛空船に数百人もよく乗せたもんだ。あ、いや、数千人も乗れる豪華客船も縮小させて乗せてたっけ。すっかり忘れてたわ。


「ってか、よく数百人もいたな。どこで見つけてきたんだ?」


「基本、魔大陸出身者を雇っております。仕事につけてない者がまだ数万といますから」


「よく生きてられるな?」


 カイナが施しでもしてんのか?


「ゼルフィング家やカイナーズで働いている者が養っております。どちらもお給料がとんでもないですから」


「そうなの?」


 うち、どんだけ出してんだよ?


「いや、なんでべー様が知らないんだよって話ですよね?」


 は、はい。まったくもってその通りでございます。ごめんなさい。


「見習いでも一家を養えますから」


「ま、まあ、給金に文句がないならよかったよ」


「ちなみに見習いの給金っていくらなんだ?」


「一日五〇〇円です。一人前になれは千円になります」


 前世の感覚が残っているからか、うちがスゲーブラックに聞こえんな。つーか、給金円払いなんだ。その辺の貨幣比率はどうなってんだ?


「それだとカイナーズ丸儲けじゃね?」


 オレは金塊を親父殿に渡してある。あとはよろしく~、だけど。


「食料はゼルフィング商会とアバール商会が引き受けております。カイナーズはそれを買取りと言うことで円で買っております」


「カイナーズホームで売ってる食料はカイナが出したもんだろう」


 なにもうちやあんちゃんから買うこともねーだろう。


「その辺の調整はフィアラ様やアバール様、世界貿易ギルドで行っております」


 さすが真の商人。前世の知識があろうとなんちゃって商人にはできんことだな。


「ヤオヨロズ国を中心に経済圏ができつつあるか」


 円って言うのは複雑な感情があるが、できてしまえば他国と渡り合える。商人たちよガンバレ、だ。


「食事は部屋でお摂りになりますか?」


「こっからなら食堂が近いから、そこで食うよ」


 久しぶりにヴィアンサプレシア号の食堂で食うとしよう。その一角は一家団らんの場としてある。久しぶりに我が家を感じるとしよう。


「畏まりました」


「あ、けんちん汁があったら頼むよ。付け合わせは任せる」


 なんかけんちん汁が食べたくてしょうがなかったんだよな。なんでだ?


「はい。すぐに用意します」


 メイドさんたちに包囲されながら食堂へと向かった。いや、護送か!


   ◆◆◆◆


 食事を済ませたらコーヒーで腹ごなし。のんびりしてたら食堂から人がいなくなった。


「就寝時間か?」


「はい。サプル様の時間に合わせてますから」


 自由なサプルだが、生活リズムはきっちりしている。ってまあ、まだ九歳なんだから夜はそんなに強くないんだがな。


「ミタさんも寝てイイんだぜ」


 一度、眠っているところを見てみたいよ。本当に眠る生き物か知っておきたいからさ。


「わかりました。ミレテラ、ハーニ、シオス、しっかり見ててくださいね」


 あら? あっさり受け入れちゃったよ。どうしたの?


「ミタさん、どうした?」


 食堂から消えてから残ったメイドさんに尋ねてみた。


「ミタレッティー様から口止めはされてましたが、ミタレッティー様はベー様が目覚めるまであまり眠っていませんでした」


 と、答えてくれたのは赤鬼のメイドさん。あ、この赤鬼メイドさん、クルーザーにもいたな。名札にはミレテラと書かれていた。


「困ったミタさんだ」


 オレなんぞ雑に扱っても構わんのによ。


「ベー様は、わたしたち魔族の恩人であり希望ですから」


 まったく、オレはオレのために魔族を利用してんだから恩とかいらねーんだがな。希望にするんじゃなく利用しろよな。


「困ったもんだ」


 動き難くてたまらんよ。


「それで止まるようなベー様じゃないでしょうに」


 気持ちの問題だよ。見えない鎖が絡められてる気分だわ。


 いつもなら自分の世界にダイブして、のんびりゆったりするのだが、どうにもこうにも居辛い。


「運動するか」


 こう言うときは体を動かすのが一番だ。


 メイドさんたちは止めなかったが、食堂から出るとメイドさんが増える。展望デッキに出るまでに大奥か! ってくらいに増えていた。


「邪魔クセーわ! 散れや!」


 オレはサプルほど寛容ではねー。メイドを引き連れる毎日なんて堪えられんわ!


「わたしたちが残ります。他は下がりなさい」


 赤鬼メイドさんや他二人の命令でメイドたちが下がっていった。


「ベー様。邪魔にならないようしますので、わたしたちだけは残してください」


「勝手にしな」


 ミタさんが選んだのか、この三人は存在感が薄い。いや、気配を消してる。よくよく見ればこの三人、水輝館からいたな。


「いや、人魚の国にいくときにはいましたから」


 あれ? いたっけ? まったく記憶にございませんな。


「ベー様の目はなにを見てるんですか?」


 ワンダフルライフだよ!


「スローライフだったのでは?」


 どちらも目指してんだからイイんだよ! 


「まあ、ミタレッティーさんの直属っぼいから邪魔にはならないでしょう。今までだって邪魔とは思ってなかったでしょうしね」


 反論のしようがねー! 


 運動不足以上に鬱屈してきたので殺戮阿を抜いて素振りを始めた。


 オレは左右打ちができるので、左右一〇〇回の素振りをこなした。


 ふぅー。現役時代は左右三〇〇回はやったのに、たった左右百回でへばるとはな。能力を鍛えて体を鈍らせてたぜ。


 少し休んでまた素振りを始めた。


 また左右一〇〇回をこなし、展望デッキに大の字で倒れた。


 さすがに息切れを起こし、全身から汗が吹き出した。だが、久しぶりの運動は気持ちがイイ。やっぱオレは体を動かすタイプだぜ。


 満天の星空を眺めていたら視界の隅に勇者ちゃんが入って来た。


「……眠れんのか……?」


 視線を向けると、柱の陰に隠れてしまった。見ない間に恥ずかしがり屋にでもなったか?


 まあ、恥ずかしがり屋を無理やり引っ張って来てもよけいに隠れるだけ。出て来るまで待つのが最良だ。


 勇者ちゃんが出て来るまで夜風を浴びながら満天の星空を眺めた。


 時間がゆったりと流れる。


「……ボク、勇者として失格かな……」


 いつの間にか勇者がオレの隣で体育座りしていた。


 視線を動かすと、女騎士さんが柱の陰からこちらを覗いていた。


 ……あの人は変わらんな……。


 精神が強いのか、鈍感なのか、主が落ち込んでいるってのにクッキーを頬張っている。もう尊敬できるレベルだな。


「それを決めるのは誰でもなく勇者ちゃんだ」


 勇者ちゃんは転生者だ。だが、前世の記憶を持たぬまま転生してしまった。


 厄介だよな。願った理由を奪われ、能力だけ持たされるってのは。


 オレもそうなるから気軽に願った。生まれ変わったあとなんて知らないんだからな。


 反則級の能力をコントロールするなら願ったときの思いや考え、生きて来たバックボーンがものを言うのだと、いろんな転生者を見て強く思うよ。


「勇者ちゃんは、なんのために勇者と名乗るんだ?」


「……神様がそう言ったから……」


 たぶん、前世の勇者ちゃんが勇者であることを知らしめるために神の啓示としたんだろうな。


 花人族に転生したチャコが勇者ちゃんを誇りなきゲーマーと称した。自ら勇者を目指すのではなく、ゲームのキャラを選択するように勇者を選んだんだろう。


「なら、これは神の試練だ。勇者たる強さを与えるためのな」


「……試練……?」


「勇者は、この世で一番強い存在か? 誰にも負けない強さを持った者か? どうだ?」


「……ボクは弱い。負けちゃった……」


「だから試練なんだよ。勇者に弱さを教え、強敵がいることを示し、乗り越える勇気を持たせるためにな」


 勇者ちゃんの背中をバン! と叩いた。


「下を向くな! 立ち上がれ! 前を見ろ! その足を動かせ! 勇気を奮い立たせろ! 弱いのなら強くなれ。一度二度の敗北で落ち込むな。勇者は常に強い敵と戦うんだからな」


 勇者ちゃんより先に立ち上がり、その腕をつかんで湖へとぶん投げてやった。


「自ら立てないならオレが無理やり立たせてやるよ!」


 空飛ぶ結界を創り出し、湖へと飛び出した。


 ひよっこ勇者にスーパー村人が真の強さとはなにかを教えてやるぜ!

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