第163話 手加減の戦い

 静かな夜が明けそうになる。


「今年は冬がなかったな」


 秋からいっきに夏になるとか、四季を知る者としては調子が狂うぜ。


「おはようさん」


 山から太陽が出て来るのを眺めていたら、茶猫が起きて来た。


「おはよーさん。早いな」


「気になってあんま眠れなかった」


 繊細な猫だこと。


「あの頭、ずっと焼いてたのか? 目覚めにあの臭いにはキツいわ」


「そうか? イイ匂いだと思うけどな」


 塩と胡椒を振りかけておいた。オーガの理性を崩壊させるレベルだろうよ。


「オーガの気配は感じるか?」


「ざわざわするが、まだ近くには来てない感じだ」


 本当に高性能な獣センサーだこと。オレにはなんも感じねーぜ。平和な朝そのものだ。


「……お前からしたらオーガなんて羽虫みたいなもんだろうさ……」


「まあ、オーガくらいの羽虫ならお前の故郷の地下にいたよ」


 バイブラスト公爵領都ブレオラスの地下にあるフュワール・レワロ──天の森で何百もの羽虫に襲われたものだ。


「いい思い出ですよね」


 オレは思い出したくないがな。永遠に封じていたいよ。


「お似合いでしたのに」


 シャラップだ、幽霊。永遠に口を閉じてろ。


「はいはい。わかりましたよ」


 ったく。出歯亀な幽霊だぜ。


「村人さん、おはよ~」


 太陽も完全に顔を出し、勇者ちゃんたちが起きてきた。はい、おはよーさん。


「オーガは? もう来ちゃった?」


「今から来るよ」


 茶猫の毛が逆立っている。こりゃ、相当な数のようだ。


「ああ。四、五〇はいるな。村を囲みながら近づいて来てるよ」


「オーガの集団狩りか。ララちゃん、記録しておけよ。これは珍しい行動だぞ」


 オーガは群れない。群れたとしても家族単位だ。なのに、今回は五〇近く集まって、協力して動いている。しっかり論文にして後世に残しておけよ。


「わ、わかった」


「まだ時間があるし、軽く朝食を摂っておくか」


 勇者ちゃんなら朝の軽い運動だろうが、今回は勇者ちゃんの手加減訓練と隠れている者たちを出て来させるためのもの。すぐには殺したりせず、時間をかけてなぶるのだから少しは胃に入れておいたほうがイイだろう。


「パンケーキが食べたいです!」


 との要望でパンケーキと牛乳を出して朝食を済ませた。


「イイか、勇者ちゃん。手加減の訓練なんだから殺すなよ。もし、殺したらオヤツ抜きだからな」


「えー! オヤツ抜きは嫌!」


「なら、殺すな。オーガを少しずつ削っていけ。わかったな?」


「……はぁーい……」


 素直でよろしい。


「ララちゃんもだぞ。魔法を完全に操って、少しずつ削っていけ」


 魔力失調症は治ったようだが、これまでできなかったためにコントロールができてないのだ。


「わかってるよ!」


「わかってないときの返事だよ。ララちゃんも殺したら大図書館の魔女にあることないこと伝えて悪夢を見させてやるからな」


「悪魔!」


「オレは目的のためなら外道にも悪魔にもなれる男だ!」


「悪い方向にしかいってねーじゃねーか」


「殺さずにいたらあることないこと伝えて将来有望な魔女だと勧めておいてやるよ」


「それはそれで悪夢だよ!」


 じゃあ、どうしろって言うんだよ。オレと関わって叡知の魔女さんがララちゃんを放っておくわけにはいかない。魔力失調症も治してしまったしな。いろいろ調べられるだろうよ。


「オーガが増えた。七〇か八〇はいるな」


「これはもう大暴走と言ってもイイかもな。まったく、大暴走のバーゲンセールだぜ」


 こんな安売りセール、オレの人生でいらないんだよ。クソが。


「おっ。なんか一回りデカいのいるぞ。オーガキングか?」


 オーガは身長三メートルくらいあるが、オーガキングは四メートル、いや、五メートル近くはあるか? しかも棍棒なんて持ってるじゃんか。標本に欲しいくらいだぜ。


「あれ、ボクがやるね!」


 手加減が楽と踏んだのか、オーガキングへと突っ込んでいった。


「まったく、しょうがねーな。猫。お前は戦えるか?」


「おれは手加減とかできねーからな!」


 茶猫が駆け出し、オーガに爪を振るった。


 オーガの皮膚は硬い。素人が握る剣ではうぶ毛を斬るのがやっとだ。だが、茶猫の爪はオーガの皮膚をバッサリ。鮮血が吹き出した。


「えげつない爪してんな」


 ちょっとした名剣くらいの切れ味してんじゃね? いや、力もスゲーな。人だったら簡単になます切りにしてるぞ。


 オーガは絶命はしなかったが、茶猫の一振りで瀕死状態。オーガの生命力がスゴいのか、茶猫の爪がスゴいのかわからんな……。


「クソ! ムズいな!」


 その苛立ちに振り向けばララちゃんが炎を出してオーガを焼いていた。


「女の子がクソとか言っちゃイカンよ」


「うるさい! 話しかけるな!」


 ハイハイ、それはごめんなさいね。


「アハハ! こいつ強ぉ~い!」


 金色夜叉でオーガキングをボコる勇者ちゃん。君、意外とSな子なのね。


「あれならすぐには殺さんな」


 Sに目覚めるのは困るが、弱いものイジメする子じゃない。大丈夫と信じよう、


「今まさに弱いものイジメしてますけど?」


 *注意。魔物はイジメの対象には入りません。異議を申し立てる方は魔物保護団体にお願いします。あ、どこにあるかは自分でお探しくださいませ。


「オレは朧改の練習でもするかね」


 久しぶりに拳銃を出してオーガへと向けて引き金を引いた。


   ◆◆◆◆


 手加減を学べと言った張本人が手加減に苦労していた。


 ……オーガってこんなに弱かったか……?


 指弾で脚が吹き飛ぶとか、紙装甲にもほどがあるだろう!


「ムズい」


 生活する力加減はできてるのに、戦いになると殲滅になってしまう。オレの頭の中のリミッター、オンとオフしかねーのか?


「このままだと早々に壊滅ですね」


「確かに」


 手加減しているとは言え、全員の一撃が致命傷を与えるレベル。X3辺りがイイ練習相手かもしれんな。


「もう倒したらどうです? なんだか意味ないように思いますけど」


「言い出しっぺがそれじゃ示しがつかんだろう」


「今にも爆発しそうな勇者ちゃんなら喜ぶと思いますよ。あと、ララリーさんも」


 見るからに不機嫌な勇者ちゃんと今にもキレそうなララちゃん。茶猫はどうでもイイ。


「そう、だな。あれじゃ手加減が身にならんか」


 あんな嫌々じゃなんも身にもならん。訓練は意識してやらんと意味ないからな。


「勇者ちゃん! ララちゃん! もう倒してイイぞ!」


「やったー! 食らえっ!」


 金色夜叉をフルスイング。オーガキングのホームラン! えげつな!


「塵と化せ!」


 炎の竜を創り出してオーガたちを炭とするララちゃん。えげつな!


「ここにいる全員がえげつな! ですけどね」


 あーうん。そうだね。オーガ数十匹が一分もかからず殲滅されれば。ジェノサイドってこう言うことを言うんだろうな……。


「勇者ちゃん。魔石を採るぞ」


 魔石を体内に作る生き物を魔物と呼ぶ。殺したならしっかり採ってあげて有効に使ってやるのが殺した者の弔いである。


「ララちゃん、解体はできるな?」


 確か、ヤンキーを解体してたはず。そのときに嫌な顔はして……たっけ? 記憶にねーや。


「で、できるけど、あれで魔石とか残ってるのか?」


「たぶん、あるはずだ。妹が炭にしたときはちゃんとあったからな」


 魔石は体の奥、心臓の下辺りにある。どう言う構造かはわからんが、炭化しても魔石は綺麗なままだった。


 ナイフを出してオーガの胸を裂き、ゴリゴリとほじくると、緑色をした魔石が現れた。


「うん、あったあった」


 魔力の指輪に魔石の魔力を吸わせると、なかなかの魔力量があった。


「結構生きたオーガだな」


 オーガの寿命はわかってないが、一説では五、六〇年は生きるらしい。ただ、医療技術もない野生だから二、三〇年が精々だろうとは親父殿が言っていた。


「勇者ちゃんは解体できるか?」


「村の子に猪の解体の仕方は教わったよ」


 いつの間に。オレが思う以上にコミュニケーション能力が高いのか?


「じゃあ、オーガの解体を教えるよ」


 頭が潰れたオーガを土魔法で創った台に乗せ、やり方を見せてやった。


「端から見てると猟奇でしかねーな」


 このファンタジーな世界では日常だよ。


 まあ、オレも最初の頃はキラキラを吐き出してたが、一〇〇体も解体すれば気にもならなくなるわ。


「勇者ちゃんは、気持ち悪くねーのか?」


「全然!」


 それはそれで心配になってくるよな。勇者ではあるが一国の姫だしな。


「取れた~!」


「上出来上出来。次は一人でやってみな」


 ほとんど力業だが、あとは捨てるのだから問題ナッシング。


「うん、わかった!」


「ララちゃんはどうだ?」


「皮膚が硬くて刃が通らないよ!」


 何度もオーガの肌にナイフを突き刺してるが、刃先がちょっと刺さってるていど。やはり、オーガの肌は硬いものだった。


「ララちゃんって、こんなことできるか?」


 指先に火を出してみる。


「え? ええ、まあ。火柱になるとは思うけど……」


「火柱にしないよう火を圧縮させて糸のようにする。ちょっとやってみ」


「わ、わかった」


 って、こっち向けんな。人がいないほうを向いてやれよ!


 深呼吸を何度かして、指先に──炎を吹き出した。火炎放射器か!


「そこから絞るように炎を圧縮させろ! 細く細くしていけ!」


 一旦、炎を消し、集中してから炎のロープを吹き出した。


 何度かやると糸くらいまで絞られた。天才か!


「今度は出す時間を短く。指の長さくらいに収めろ」


 細くしたコツを覚えたのか、数分で一メートルくらいまで短くできた。


「まあ、それでイイよ。今のでオーガを切り刻んでみ」


「わかった」


 指先をオーガに向けて、炎の糸──もうレーザーと言ってもイイか。ジュッと音がしてオーガの体を貫いた。


「スゴいスゴい。あとは練習あるのみだな」


 自分のやったことにびっくりして唖然としているララちゃんの肩を叩き、オーガの解体を任せた。


 勇者ちゃんもすぐに慣れ、ララちゃんに構ってる間に二〇頭から魔石を取り出していた。


 土魔法で穴を掘り、オーガの死体を放り込む。後片付けまでが狩りだからな。


 一〇時くらいにはすべてのオーガから魔石を取り出すことができた。


「大猟大猟。冒険者ギルドに持っていったら一財産だな」


 どのくらいになるかはわからんが、六〇個以上あれば二、三年は遊んで暮らせるかもしれんな。


 オーガ自体がB級冒険者が相手にする魔物だ。そこから取れる魔石は高額になるはずだ。


「ララちゃん。まだ魔力はあるか?」


「少しなら」


「じゃあ、オーガを燃やしてくれ」


 変な病原菌が広まらないようにな。


「わかった」


 穴へと手のひらをかざし、白みを帯びた炎を吹き出した。えげつな!


 他に燃え移らないように見張っていたら、茶猫がオレの肩に乗ってきた。どうした?


「出て来た」


 と言われ振り返ったら、数人の子どもがいた。ただし、獣人の子どもがな……。


   ◆◆◆◆


 ラーシュからの手紙で南の大陸に獣人がいるとは書いてなかったし、他の種族がいるとも書いてなかった。


 だが、こうして獣人がいるのだから認めて受け入れるしかねーだろう。


「お前ら、この村の者か?」


 茶猫が物怖じせず、獣人のガキどもたちに声をかけた。こいつのコミュニケーション能力も高いよな。


「おれらは旅の者だ。お前らをどうこうするつもりはない」


 猫のように前足で顔を拭った。洗うか? なんだ?


 獣人のガキどもは戸惑いながらオレたちを見回している。


 この場は茶猫に任せたので、口を出すことはしない。腕を組んで茶猫と獣人のガキどもを見守った。


 こちらがなにもしないことを悟ったのか、一番年長(九歳くらいかな?)が一歩前に出た。


「……あ、あんたら、どこから来たんだ……?」


「あの山を越えて来た。向かう場所はグランドバルだ」


 ってか、グランドバルって地名か? 街名か? なんだっけ?


「街ですよ」


 ナイス幽霊。感謝です。


「グランドバルにいくなら連れてってくれ! もしかしたらとーちゃんたちがいるかもしれないんだ!」


 年長のガキの訴えに、茶猫はオレへと振り返った。


「お前が決めたらイイさ。なあ、勇者ちゃん?」


「うん、いいよ! 弱い者を守るのが勇者だもん!」


「……すまない……」


「謝られることはなにもねーよ。お前が決めた。なら、オレらは一蓮托生だ」


 一人は皆のために、皆は一人のために。この世界でも優れたパーティーはその心構えだと、親父殿が言っていたよ。


「目的は決められた。なら、次は行動だ。勇者ちゃん、オーガの死体を埋めてくれ。ララちゃんと女騎士さんは周囲の警戒。猫はこいつらに海竜を食わせてやれ」


「わかったー!」


「しょうがないわね」


 各自、割り振りをしてオレは風呂の用意をする。ガキども、何日も体を洗ってない感じだからな。


 井戸があったところへ向かい、土魔法で風呂を創り、結界を使って水を湯船に入れる。


 薪で水を沸かしている間に洗い場を創る。石鹸とか買っておいてよかったぜ。


「女の子もいましたからもう一つ作ったほうがいいのでは?」


 え、いた? まったく気がつかんかったわ。


「何人いた?」


 獣人のガキどもは八人いたが、すべて野郎にしか見えなかったぞ。


「二人ですね。五歳くらいの子です」


 五歳くらい? あ、いたな。天パのが。あれか。


「じゃあ、もう一つ創っておくか」


 ガキとは言え女だしな。勇者ちゃんに面倒見させるか。小さい子には面倒見イイからな。


 風呂を完成させて戻ると、獣人ガキどもが海竜の頭肉に食らいついていた。


 よっぽど腹が減っていたんだろうな~。見たこともない海竜の肉を食ってるんだからよ。


「なあ、なんか飲み物ないか? こいつらが飲めるやつ?」


「獣人が飲めるやつか?」


「飲めるやつか。なら、牛乳でイイだろう」


 カイナーズホームで牛乳をたくさん買ってある。


「なんか飲ませちゃダメなやつでもあるのか?」


「こいつらがどうかはわからんが、獣人は酸っぱいものや刺激があるものは好まないな。食い物も薄味だったし」


 中にはそうじゃない者もいるが、そう言うヤツは病気になっていたよ。


「そう言うこともあるんだな」


「お前も獣の体なんだから塩分は控えろよな」


 ハンバーガーとかペ○シとか刺激物しか食ってねーんだからよ。


「おれの体は大丈夫だよ。ネズミ食っても死ななかったしな」


 まあ、好きにしたらイイさ。病気になったら致死量ギリギリまで血を流させてからエルクセプルを飲ませてやるからよ。


「……碌でもないこと考えてるだろう……?」


「薬師として考えているまでだ」


 失敬な。オレはいつでも健康を考える薬師だわ。


「……ララリーさんがやったことは認めるんですか……?」


 成功例はいくつ見ても困らない。失敗例があったらそれはそれでイイけどな。


 牛乳を出してやると、なんの疑問にも思わず飲み出した。乳を飲む文化があるのか?


「ガキどもが食い終わったら風呂に入れさせろ。用意したからよ」


「え? おれが入れんの?」


「なんだお前、風呂に入れないのか?」


 まあ、猫が風呂に入るイメージねーけどよ。


「いや、入れるが、入れろってのは無理だろう。おれ、猫だぞ」


 あーまあ、そうだな。確かに無理を言ったわ……。


「なら、オレが入れるよ」


 昔はトータを風呂に入れてやったしな。


「村人さ~ん! 終わったよ~!」


「あいよ。ご苦労さん。悪いが、獣人の女の子を風呂に入れてやってくれるか? 井戸の横に風呂を創ったからよ」


「女の子? うん、わかった!」


 と、迷うことなく女の子の腕をつかんで風呂へと連れていった。


「勇者ちゃん、見分けできるんだ」


 なんかショック。勇者ちゃんならわからないと思ってたのに……。


「ガキども! 風呂に入るぞ」


 まあ、イイ。さっさと野郎どもを風呂に入れるとするか。


 戸惑うガキどもを結界で引っ張っていき、ボロボロの服を脱がせて体を洗ってやる。


 次々と洗ってやり、湯船に放り込んでやる。


「雑だな、お前」


「男の扱いなんて雑でイイんだよ」


 まあ、雑にやってたらトータは三歳で一人で入るようになったけど。


「ゆっくり浸かれよ」


 我慢できず上がろうとするガキどもを押さえつけながら百数えるまで入れさせた。

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