第173話 出産間近だった
命が溢れる。
それだけ聞けば命のスゴさや尊さを感じるだろう。だが、一種だけ溢れるのは環境破壊。食物連鎖の崩壊。割りを食らう命が出てくるってことだ。
まあ、それも食物連鎖。弱肉強食だと言われたら反論の余地もねーが、そこで生きる者はたまったもんじゃねーよな。
「最近、ゆっくりできてねーな~」
平和な世界で行うスローライフと危険な世界で行うスローライフはまったく違う。概念だって変わってくるものだ。
ましてやこんな大暴走がちょくちょく起こる世界ではゆっくりするのも命懸けである。あーコーヒーうめ~。
「……おれには全力全開でゆっくりしてるように見えるがな……」
「全力全開ならもっと堂々とやってるよ」
今は避難民が何百人といて、食料も少ない。一日一食、煮たイモを二つか三つ食うだけ。それが四日も続けば心が萎えてくると言うものだ。
そんな連中の前で食事などできないし、マン○ムタイムもやれねー。こうして殿を務める状況ではゆっくりもできねーよ。
「たった三〇キロの距離なのにまだ半分とか嫌になるな」
要塞からミドニギにある村の連中も連れていかないとならねー。寄り道に避難民増加。なのに金目蜘蛛は昼夜関係なく攻めてくる。こうしてコーヒーを飲むのも数時間振りだぜ。
「村人さん! また来たよ!」
よく食べてよく眠る勇者ちゃんは元気である。逆に、夜中戦うララちゃんは今は死んだように眠ってるよ。
「やれやれ。ゆったりまったりなスローライフをするのに忙しく働かないとならないんだから参るぜ」
力があれば望むものは手に入りやすくなるが、厄介なこともついてくる。誰か分離装置考えてくんねーかな?
「勇者ちゃん! 九時から三時までを相手しろ!」
指示とは呼べないが、勇者ちゃんに難しいことを言っても理解できねー。ここからここまでの敵を倒せと言ったほうが伸び伸び戦ってくれるぜ。
「猫。三時から五時までカバーしろ」
「……異世界無双がこんなにも過酷だとは思わなかったぜ……」
文句を言いながらも勇者ちゃんのカバーに回る茶猫。どんな種族に生まれ変わろうと、なかなかイージーモードにはならんよ。
九時から五時まで壁ができると金目蜘蛛は、八時から九時の間から別動隊を突っ込ませてくる。
普通なら迂回してモーダルたちの側面か前に立ちはだかるものだが、なぜか金目蜘蛛はやらない。
オレたちを脅威と見てるのか、それともなにか作戦があるのか、単純な攻撃しか仕掛けて来ない。
「ドレミ。カイナーズはどうしてる?」
「女王クラスの金目蜘蛛を間引きしながら、コロニーを探しています」
「コロニー?」
「はい。女王クラスの金目蜘蛛が卵を産みませんので、どこかに卵を産む本当の女王がいると考えているようで、スネーク大隊に探らせているそうです」
「あれ、女王じゃなく騎士だったのか」
蜘蛛の見分けなどできんかったが、これまでの行動を考えると騎士クラスと見たほうがイイだろうな。
「カイナーズが動いているからこちらは単調になるんだな」
女王が狙われていると理解したらこちらに向ける力を落とさなければならねーか。
「べー様とカイナーズが繋がっていることも理解してそうですね」
「自分ら以外は敵って感じなんだろうよ」
セーサランの意思なりDNA的なもんが混ざってたら、この星の生き物なんて排除するだろう。寄生しようと小狡いことしないだけマシだな。
「クフ。べー様。金目蜘蛛が参りましたよ」
おっと。女王はカイナーズに任せて、オレらはオレの仕事をしますかね。
飲みかけのコーヒーをいっきに飲み干し、こちらに向かって来る金目蜘蛛の兵士にヤンキーをばら蒔いてやる。
エサがあるから退くに退けないこの状況。金目蜘蛛も判断に困るだろうよ。
「下手に知恵があると足元掬うのも簡単でイイぜ」
生存本能のままに数で押し切る。それが数の脅威なのに自ら台無しにする。雑魚は扱いやすくて助かるぜ。
まあ、それでも油断はできねーな。この数を相手するのは酷だしよ。
数百匹のヤンキーを数秒で運んでいき、九時から五時までいた金目蜘蛛も退いていった。
「勇者ちゃん、猫、オレらも退くぞ」
二人を呼び、ゼロワン改+キャンピングカーに乗せて、モーダルがいるほうへと出発した。
◆◆◆◆
一三日もかかってやっとミドニギに到着した。
「城塞都市にしてはショボいな」
土壁に囲まれているだけで防御力はない感じだ。
「蟲避けが塗られてるな。蟲の襲撃がそんなに多いのか?」
「クフ。なんでもこの地は昔から蟲が多かったそうです。そのお陰で竜も来なかったそうです」
どこから仕入れてきたのか謎だが、オレの疑問にアヤネが答えてくれた。
「蟲を恐れる竜ってなんなんだ?」
「クフフ。竜の天敵は寄生虫だそうですよ。鱗の隙間から体を入り、徐々に蝕ばれて死ぬそうです」
「……お前、博識だな……」
竜の天敵が寄生虫とか初めて聞いたぞ……。
「お姉様のネタ探しを手伝っておりましたので、その過程で知りました」
ネタって、あのド腐れな漫画にネタなんて必要なのか? いや、考えるのも嫌なので頭の中から全力で追い払ってやった。
「……蟲か……」
もしかして、金目蜘蛛はその蟲を食って増えてたのかもしれんな。
オレらもゼロワン改+キャンピングカーから降りてミドニギに入る。さすがに顰蹙を買うからな。難民化したヤツらと入るのは、な。
すべての村を回って引き連れてきたから町の中はごった煮状態。まさかまたこんな状態を経験するとは思わなかったぜ。
「病気になりそうだな」
茶猫がララちゃんの肩に上がり、このごった煮状態に辟易していた。
「一〇日もすれば病気が発生して、死人も出るよ」
「……経験者みたいなことを言うな……」
「ボブラ村も六年前に起こったし、大暴走で消えた町も何度も見たよ」
六年前は知り合いの冒険者や剣士のじーさんらが駆けつけてくれたから数日で収まったが、援護のない町や村は籠城しても中から崩れていくものだ。
「……お前がたまに非情になるのも納得だよ……」
「人の生き死にをたくさん見て、それでも優しいままでいれるヤツはこの世界で生き残れねーよ」
前世のような平和ボケのままではこの弱肉強食な世界は生きられねー。切るべきときに決断できねー腑抜けは邪魔でしかねーよ。
「猫。町を探ってこい。アヤネ。ワリーが噂を流してきてくれ。モーダルが各村のヤツを連れて逃げてきたこと、金目蜘蛛の被害のことを」
「そんなことしたらパニックになるんじゃねーか?」
「なんの情報もなく不安にさせるほうがパニックになるよ。情報は小まめに発信したほうがイイ」
なにもわからないまま死ぬ恐怖を持たせていると、こちらの声を聞いてもらえねー。理性と冷静さは持っていてもらわねーとこちらの計画に支障が出るわ。
「猫はとりあえず、炊き出しができる水場を探したら一旦戻ってこいな」
二人をいかせ、オレたちは広場に残った。
「村人さん。ボク、ちょっと町を見回ってくるね」
「あいよ」
女騎士さんに目配せすると、グッと親指を立てて勇者ちゃんのあとを追っていった。
……この人は騎士より忍者になったほうがイイんじゃないかと思うぜ……。
「ララちゃんは休んでおけ。モーダルが町の有力者と話をつけてきたら防衛に回ってもらうからよ」
移動砲台として活躍してもらいます。
「わかったよ」
オレも夜担当だったので、周囲に結界を張って仮眠した。
しばらくしてドレミに起こされ、茶猫が戻って来ていた。早いこと。
「噴水がある広場があったぞ」
そう言えば、村も井戸があったな。ここは地下水が豊富な土地なのかな?
「そこに移るぞ」
眠っていたララちゃんを起こし、茶猫の案内で噴水がある広場へと向かった。
そこにも人がいたが、まだ切羽詰まった空気にはなっておらず、人と人との間隔は空いている。
「よかった。間に合ったな」
人で埋め尽くされていたら場所取りに苦労してただろうよ。
「今から炊き出しするのか?」
「町の連中から金を巻き上げるんだよ」
帝国の金を合法的に得る機会であり、町を牛耳るチャンスでもある。
「おまっ!? こんなときにやるとかゲスすぎんだろう!!」
「こんなときだからやるんだよ」
金目蜘蛛に囲まれたら外から物資は入って来ない。町にあるものでやりくりしなくちゃならねー。そうなれば人の心は荒れる。食料の奪い合いが起こる。
外の敵と戦いながら中を治めなくてはならねー。そんなことできるヤツなら最初から大暴走に備えているはずだ。してないってことはそれほど備蓄してるとは思えねー。
「食料がなくなってから配ったんじゃ遅いんだよ。まだ理性が働くうちに配っておく。まあ、オレはこの町になんね義理も義務もねーからな、金をもらって売ると言う、当たり前の商売をさせてもらうだけさ」
今なら貯め込もうとする心理が働いているはず。それなら金を惜しまず出すだろうよ。
「お前は水をこの瓶に汲んでろ」
渇れることはねーだろうが、万が一に備えて水を収納結界化した瓶に入れておこう。
「猫に水汲みは酷だろう」
「風の魔法で吸い上げればイイだろうが。猫になって脳ミソが小さくなったか?」
茶猫の頭をノックしてやる。脳ミソ、ありますか~?
「や、止めろや! やるよ!」
爪を立てる茶猫を無視して無限鞄から御座を出し、その上に日保ちする豆やイモ、トウモロコシの粉、塩などを並べた。
確か、ラーシュの手紙で、イモが籠いっぱいに入って銅貨──銅棒(マージャン棒の半分くらいのものだな)五枚くらいとか書いてあった。
それを考慮し、大暴走価格を上乗せして商売を開始する。
さあ、らっしゃいらっしゃい! 買い占めしないと他に買われちゃうぜ!
◆◆◆◆
どこにでも目端が利く者や状況を冷静に判断できる者はいて、すぐさま買い出しに走る者はいるものだ。
それは街でも村でも関係ねー。危機管理能力を持つ者が生き残るんだからな。
この世界に生まれ、育った経験から真っ先に動くのは主婦だ。危機管理能力以上の特殊能力があるんじゃないかってくらい動きが速いのだ。
……ごーいんぐまいうぇ~いなオカンでも大暴走のときは人が変わったように迅速だったものだ……。*書籍六巻の番外編を読んでね*
一人のおば──オネーサマがオレの店に気がつくと、蒸着変身する速く「イモを買えるだけちょうだい!」と突入して来たよ。
それが呼び水となり、次から次へとオネーサマ方が突入して来て、さすがに一人では捌き切れなくなり獣人のガキどもにも手伝いさせた。いたの!? って突っ込みはノーサンキューだぜ。
午前の一一時くらいから始まり夕方になっても客足が止まらない。それどころか結界で整理しなくちゃ暴動になりそうな感じである。
……商品が尽きないことにも気がついてないしな……。
「残り僅かだよ!」
さすがに陽が沈んでも客が引けないのは不味いと思い、品切とすることにした。
「ふざけんな! こっちは長いこと並んでんだぞ!」
「うるせー! 売るものがねーんだからしょうがねーだろう! 明日の昼には仲間が荷物を持って来る! 売るのはそれからだ!」
不満を叫ぶ野郎に負けず大声で返してやる。気が立っている連中に冷静さを求めるだけ無駄。こちらも切れ気味に言ってやらんと収まるものも収まらねーのだ。
「売り切れだ! 明日きやがれ!」
しっしと追い払うが、それで帰るほど平和な状況ではねー。明日まで並ぶつもりなのか、座り込んでしまった。
……世界は違えど命がかかると覚悟がバンパなくなるよな、人ってのは……。
並ぶことにこちらがどうこう言う資格はねーので、オレたちは構わず夕食の準備をし始める。顰蹙を買いたくないから結界で見えないように覆うけど。
「お前ら、しっかり食って明日も頼むぞ」
意外と、とは言っては失礼だが、獣人は接客が上手かったりする。ガキどもも客の気迫にも負けず、平然と接客していた。種族特性なのかね?
「わかった!」
もりもり食べるガキども。なんか子犬ががっついてる感じでほっこりするよな。
「ってか、勇者ちゃん、帰って来ねーな?」
「迷ってんじゃねーのか?」
結構広い町だ。どこかに迷い込んでんじゃねーのかね。
「メシ食ったら探してくる。まだ見てないところがあるからな」
そう言ってハンバーガーを食い、結界の外へと出ていってしまった。過保護なやっちゃ。
「ララちゃんは眠っておけよ」
魔力が高いとは言え、連日放ってたら肉体にも影響を及ぼす。食事もいつもより減ってる感じだ。
「……こんな状況で眠れるかよ……」
「それでも眠れ。そんな繊細な性格でもねーんだからな」
君、結構神経図太いからね。そして、ぐっすり眠ってるからね。
眠れない詐欺に構ってらんないので、オレは転移バッチを使って町の外に出ると、すぐに誰かが近寄って来る気配を感じた。
「……ミタさんか……」
現れたのはミタさんといつもの三人組メイドだった。
「申し訳ございません」
「イイよ。なんかあったんだろう?」
さすがに魔族を連れて来るわけにはいかないし、メイドがいたら勇者ちゃんの修業にならん。ミタさんなら言わなくても理解してくれるから黙って置いてきた。それが来たと言うことはなんかあったんだろうよ。
「奥様とレニス様が出産に近づいております。おそらく一月以内には産まれるかと思います」
あーそう言えば、オカンとレニス、妊娠してたっけ。すっかり忘れてたわ。
「戻られますか?」
「う~ん。一月以内か~」
いつ産まれるかわからねー状況なら帰りたいが、ここをほっといて帰るわけにもいかん。どうしたもんかな~?
「──べー様」
と、アヤネが忽然と現れた。びっくりはしねーが、前兆を示してくれると助かります。
「クフフ。わたしでよければべー様の代わりをしますよ。カイナーズと連携すればべー様が戻って来るまで一月でも二月でも現状維持に勤めます」
「それはありがたいが、エリナはイイのか?」
あんな腐れ、何百年と放置させてても構わんが、アヤネはエリナの配下だ。オレが勝手にしてイイことはねー。
「お姉様からの許可は得ていますし、テレポートを使えば一瞬で帰れます。べー様がご不快でなければわたしにお任せください。クフ」
そう言われたらなんも言えねーな。茶猫やララちゃんと面識もあるしな~。
「わかった。頼むよ」
「クフフ。任されましたわ」
なんかデカい借りを作っちまったな。アヤネはそんなこと欠片も思ってねーだろうけどよ。
「三日ぐらいしたら帰るよ。猫やララちゃんと話し合っておきたいしな」
アヤネに任せれば問題なかろうが、なにか問題を起こすのが茶猫とララちゃんだ。
「どの口が言ってるんだか」
この可愛らしいお口ですが、なにか?
「畏まりました。お帰りをお待ちしております」
ミタさんたちが転移バッチで転移していき、オレも広場へと戻った。
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