第二章

第16話 バイブラストの秘密

「……そして、その日からベーを見た者はいないとさ」


 え? なにそのバッドエンドなオレの物語は!? 猿かに合戦じゃなかったの?!


「めでたしめでたし」


 はぁ!? まさかのハッピーエンド!! ほんと、なにがあったのよ?!


 いや、それ以前になんの状況よ? とか思う方にお答えしよう。


 天の森から帰って来たら、城の借りてる部屋に入ると、プリッつあんが三兄弟に猿かに合戦を聞かせていたので、邪魔しないように窓辺でマンダ○タイムとしゃれ込んだわけよ。


 BGMな感じで耳にしてたが、なぜかオレが猿に成り代わり退治されてた。


 まあ、かにからしたらハッピーエンドだろうが、猿オレからしたらバッドエンドだよ! ってか、なぜオレが猿に成り代わってんだよ! せめて臼にしろや!


 なんて、お伽噺(だったのか?)に文句を言ってもしょうがないか。軽く聞き流せ、だ。


「で、なにか言うことはないの?」


 クッションに埋もれながら語っていたプリッつあんが、目の前にやって来た。なによ、言うことって?


「あ、ただいま」


 そう言えば、帰って来た挨拶してなかったね。失敬失敬。


「お帰り~……とでも言うと思ったか!」


「ふべらし!」


 突然のドロップキックに吹き飛ばされしまった。


「なにすんじゃアホー!」


「それはこっちのセリフじゃボケー!」


 なんて和気藹々がありましたとさ。めでたしめでたし。


「で?」


「なんやかんやと天の森狩人記があったわけですよ」


 いや、その物語をしろや! なんて文句は聞きません。こっちにもいろいろあんだよ、察しろや!


「……まったく、一〇日以上帰って来ないと思ったらバカやってたわけね……」


 まあ、自重しなかったのは認める。だが、悔いはねー!


「あ、これお土産」


 桃っぽいものを出した。


「なにこれ?」


「果物だ。旨いぞ」


 毒の心配はない。カバ子に無理矢理……いや、騙して……あ、まあ、他にもいろいろ毒味させて安全なのは確認している。オレはまだ食ってないけど……。


「ふ~ん」


 あらやだ。メルヘンさんが疑いの目を向けてますわ。


「まあ、いいわ。ミタレッテー、剥いて」


 あ、ミタさんもいますからね。なんかオレが帰ってから泣きっぱなしだけど。


「……はい……」


 泣きながらも桃っぽいものをつかんで、皮を向くミタさん。器用だこと。


 ミタさんが自分の無限鞄から出した皿に剥いた桃っぽいものを切り分け、爪楊枝を刺した。


 フェンシングの剣のような爪楊枝をつかみ、桃っぽいものを口にするプリッつあん。やはり食えるとわかるのだろうか?


「──なにこれ!? 美味しいじゃないっ!!」


 目を大きくして驚いている。


「お、旨いのか? おれにもくれよ。桃好きなんだ」


 茶猫がテーブルに飛び乗り、切った桃っぽいものをパクつき、もぐもぐと咀嚼して、倒れた。


 ……やはりか……。


「ちょっ、どうしたのよ!?」


「マーロー!」


 三兄弟も駆け寄って来た。


「どうしたの──お酒臭っ!」


 茶猫を抱えた長男が顔を背けた。それでも落とさないところに愛を感じるな。


「なんなのよいったい!」


 オレも知りたい。いろいろ毒味させたし、考えるな、感じろも毒ではないと言っていた。だが、どうにも食べる気にはなれなかったのだ。


「なんとなく、感じてはいたが、この桃っぽいもの、アルコールが含まれてるな……」


 しかも度数が高いと来てやがる。


「……ゲコには最悪な果物だな……」


 さすがエデンの園に生る果物は一味も二味も違うぜ。


「ベー! なんなのよいったい! 説明して」


「説明もなにも酒の果物だよ」


 なんでそう言うふうに進化したかは知らんけど。


 切られた桃っぽいに突き刺さる爪楊枝つかんで掲げた。


「見た目も桃。匂いも桃。味もたぶん、桃だろうに、なんでアルコールが含まれてんだよ。残念すぎんだろう」


 オレだって桃は好きなのによ。


「まあ、酒として売ればイイか」


 味はわからんが、たぶん、女受けする味だと思う。いろんな場所に植えて、どこに適してるか確認するか。


 ……それまではエデンの園に採りにいけばイイんだしよ……。


 切られた桃を皿に戻し、無限鞄からマスカットっぽいものを出してパクついた。


「もうちょっと甘味があるとイイんだがな」


 誰か品種改良できる能力持ってねーかな。三日くらいで改良できるの。


 マスカットっぽいものをパクついてると、部屋の扉がバン! と開かれた。誰だよ?


「ベーが帰って来たのは本当か!?」


 と思ったら公爵どのでした。あ、ただいま。


「……こ、このバカ野郎が!!」


 入って来たと思ったら、なに突然、オレを称賛してんだよ。照れるじゃねーかよ。


「現実はめでたしめでたしとはいかないものね」


 メルヘンの口から出るとは思えない真理。まあ、強く生きてくださいな。


 943◆◆◆


「カイ様! ベー様がお帰りと聞きましたが、本当ですか!?」


 オレの情報が別に入ったのか、第三夫人までやって来た。ってか、飛び込んで来た。


「ああ。なにもなかったように帰って来やがったよ」


 別になにもなかったんだから普通に帰って来るだろうが。まあ、死にそうになったのは何回もあったけど。


「……それはよかったです……」


 ほっとしたのか、崩れ落ちる第三夫人。関係的にそこまで心配する存在でもねーだろう?


「もう、お前抜きにしてバイブラストが生き残れない事実を知りやがれ」


 んな大袈裟な。オレがいなくても優秀な夫人がいんだから問題なかろう。と、エデンの園を知る前なら言えたんだが、知った今は、確かにオレなしではバイブラストは崩壊しかねねーな……。


「……な、なんかあったのか……?」


 訝しげな目を向けてきた。


「なんでそう思う?」


「その余裕がなにかあったと示している。深刻なほど、お前は余裕ぶるからな」


 野郎相手によく見てるものだ。ってか、オレ、そんなに単純な行動見せてるのか? ちょっと気をつけよう。


「ミタさん。公爵どのや夫人に酒でも出してやってくれ」


 酒なしではキツいだろうからな。


「はい。強いものをお出ししますね」


 無限鞄からウイスキーを瓶ごと出し、コップに注いでそのまま公爵どのと夫人に出した。


 まあ、飲みなとアゴで勧め、二人が飲んで落ち着くのを待った。


「いい酒だ。ミタレッテー。余分があるならもらえるか?」


「はい。城の侍女に渡しておきます」


 カイナーズホームで腐るほど買ったような記憶があるんだが、特別な酒なのかな? まあ、だからどうしたって程度のことだがよ。


「それで、なにがあった?」


「あったと言うよりはバイブラストの真実を知った、と言ったほうがイイかもな」


 二人の顔が強ばった。


「……なにを、知った……?」


「公爵どのの知らないバイブラストの真実だよ」


 たぶん、公爵どのは、天の森は知らないだろう。知っていたら下水道をほったらかしにはしなかっただろうからな。


「誰かに言ったか?」


「言ってねーよ。これはバイブラストの問題だし、公爵どのへの義理もあるしな。できることならオレ知ーらねーと放り投げたいところだ」


 エデンの園を捨てるのは惜しいが、すべてのややっこしい問題を放棄できるなら諦めもつくぜ。


「なんなら公爵どのとの関係を断絶しても構わない。誰にもしゃべらない。二度とバイブラストには近寄らないと、ヴィベルファクフィニーの名に誓おう」


 破ったら村人を辞めてもイイぜ。


「そんなこと絶対に止めてくれ。言ったようにもうバイブラストはお前なしには存続できないところまで来ている。お前がなにを知ろうと咎めることはしないし、知りたいことはなんでもしゃべる。だから、二度とそんなことは言わないでくれ。おれは、お前を友達と思ってるんだからよ」


 ──地位も年も関係ない。気に入った。それがすべてだ!


 と、公爵どのが昔言ったセリフを思い出した。


「……ほんと、カッコイイ男だよ……」


 まったく、眩しくて嫉妬しちまうぜ。


「それはこっちのセリフだ。お前ほどカッコイイ男はいないよ」


 公爵どののような男にそう言ってもらえるだけで、すべてが報われた思いだぜ……。


 それを顔に出すのも口に出すのも恥ずかしいので、コーヒーカップに手を伸ばし、誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。


 なんか微妙な空気が部屋に満ちるが、まあ、こんなときのスルー拳。四倍も出せば気にもならんさ。


「まあ、話を戻すが、オレが知ったのはバイブラストの真の秘密であって、公爵どのたちが知るバイブラストの秘密とは違う」


「……なにが、どう違うんだ……?」


「時間がなくてバイブラストの真の秘密しか見てないが、バイブラスト公爵領の秘密──この場合は資金源、かな?」


 どうやら核心を突いたようで、自分を落ち着かせるためにウイスキーの瓶をつかんでラッパ飲みをした。


 まあ、そのくらいで酔い潰れる公爵どのではないので、お代わりを出すようにミタさんに目を向けた。


 それを理解したミタさんが、同じウイスキーを出して公爵どのの前に置いた。


「……やはり、見抜かれていたか……」


「まーな。資源がないと言いながら大公爵領として位置づいている。なにか秘密があると考えるのは自然だろう?」


「普通の村人は考えもしねーよ」


 見た目は村人。中身は異常。真実を見抜く、スーパー村人、ヴィベルファクフィニー! 今日も隠れた真実を暴く──ことはないが、まあ、転生者なんだからしょうがねーだろう。


「……バイブラストが繁栄できている理由は、地下の迷宮から魔石が採れるからだ」


 魔石か。さすがに予想はしなかったが、あれだけ魔に満ちてたら不思議ではねーか。あれだけデカい世界樹が存在してんだからよ。


「採れるってのは、鉱山のように採れるのか?」


「いや、迷宮に住む魔物を狩ると魔石になるのだ」


 まるでゲームのような設定だな。


「誰が入るんだ? 兵士か?」


「バイブラストが密かに雇った冒険者だ」


「よく秘密が漏れねーな?」


 冒険者も信用が大事な職業だが、よほど高ランクの冒険者じゃないと無理だろう。


「特殊な契約を結ぶから問題はない。破れば死ぬからな」


 結構えげつない契約があるんだな。さすがファンタジーな世界だぜ。


「オレも契約したほうがイイかい?」


「お前にしても無意味だろうな。お前、魔術や魔法じゃない力を使うからよ」


 そこまでバレてたか。まったく、侮れねー公爵どのだ。


「まあ、誰にもしゃべらないと約束はするよ」


「いや、必要ならしゃべっても構わない。その判断はお前に任せるよ」


 ニヤリと笑う公爵どのに、肩を竦めて見せた。


 ほんと、公爵どのと敵対関係にならなくてよかったよ。まるで勝てる気がしねーわ。


 944◆◆◆


「レイコさんが説明しよう!」


 マルッとお任せします。


「……幽霊に無茶ぶりしないでくださいよ……」


「──ひっ!」


 レイコさんの姿に第三夫人が悲鳴を上げた。


 うん。びっくりするよね。突然現れたらさ。まあ、だいたい背後に憑いているので姿を現したかどうかはわからないけどさ。


「安心しろ、カティーヌ。ベーより断然無害な幽霊だ」


「人畜有害な村人だもんね、ベーは」


 難しいことを言うメルヘンは黙らっしゃい!


「え、えーと、お初にお目にかかります、カティーヌ様。現在、ベー様に憑いているレイコと申します」


 あなたもう憑いていることを公言しちゃうんですね。なら、放れることができることも公言してくださいよ。一時的だから容認してられるが、一生はさすがに嫌だよ。悲しいわ。


「……は、はい、これはご丁寧に……」


 と、返せるだけ、第三夫人は豪傑だな。さすが公爵どのの嫁になるだけはあるぜ。


「おほん。単刀直入に申しますと、領都アムレストの下にはフュワール・レワロがあります」


「え、ここにもあるの!?」


 なぜかプリッつあんが真っ先に驚いた。


 公爵どのと第三夫人は初耳らしくキョトンとしている。


「プリッシュ様はご存知なんですか?」


「わたしたちが生まれたところは、星の庭って言うフュワール・レワロなの」


 今明かされるプリッつあんの過去。まったく興味ねー。


「そこはまだ健在なのですか?」


「もうないわ。だからわたしたちは出ざるを得なかったのよ」


 大変だったわ~と過去を思い出すメルヘンさん。天の森と星の庭が同じかどうかはわからんが、エデンの園のように桃源郷のような場所だったらそりゃ大変だろうよ。地上のことなんも知らねーのによく生き残ったもんだわ。


「あーなんだ、そのフュワール・レワロと言うのはなんなんだ?」


「わかりやすく言えば地下都市ですが、ベー様の推察では、箱庭だそうです」


「箱庭?」


 方舟の庭版だな、あれは。


「公爵様は、天地崩壊をご存知ですか?」


「え、あ、まあ、小さい頃はよく聞いたな。嘘か真か天と地が反転して、世界が崩壊した、とな」


 さすが伝説の地(?)。僅かとは言え、数千年も継承されてるとは。それとも意図的に流してんのかな?


「想像ができませんが、別世界が現れ、世界の理が壊れたそうです」


 別世界と言うか、この星に別の星が近づいて重力が狂い、世界が崩壊したと、天の森にあった碑文に書かれていたんだよ。


「これは、わたしの推察ですが、天地崩壊を察した神が各地にフュワール・レワロを創り、種を未来に残したのだと思います」


 今の時代を生きる者にしたら荒唐無稽な話だろう。前世の記憶があるオレですら眉唾ものだと思っている。


 星が近づくってなんだよ? ファンタジーな世界にSF持ってくんなや! いや、オレの周り、もうSFに支配されてるけどさ……。


「……それが箱庭か……」


「これもわたしの推察ですが、箱庭自体はとても小さいものだと思います。下水道から降りたとき、別空間に入りましたから。公爵領が秘密にするダンジョンは、それを守る壁であり、箱庭を隠す擬態なんでしょう」


 たぶん、あれを考え、創ったヤツは転生者だと思う。そこはかとなしに前世の臭いがしたからな。


「……なんと言うか、凄いものがあるとは、わかった。だが、それがどうだと言うのだ? わかるように言ってくれ」


 それだけ聞いただけでも一〇〇単位で問題が想像できるんだが、逆に話がデカすぎてピンと来ねー感じかな?


「バイブラスト公爵領と同じだけの土地が下にある。それも肥沃な大地がな。冬でも実る作物。よく肥えた獣。海の幸に山の幸。百万人の胃袋を数千年満たす、と言えばわかるか?」


「…………」


「…………」


 間違えることなく理解したようで、公爵どのも第三夫人も顔を青くして黙り込んでしまった。


 さあ、ここに桃源郷があるぞ。なんて知れたら四面楚歌も真っ青。オレの周りすべて敵状態だ。ダンジョンなど見向きもされないだろうよ。


 無限鞄から小瓶を一つ、取り出して、黙り込む二人の前に置いた。


「なにこれ?」


 口の開けない二人に代わり、プリッつあんが訊いてきた。


「あるところでは神の雫と呼ばれ、あるところでは神薬と呼ばれ、あるところでは命の水とも呼ばれる、奇跡の薬、エルクセプルだ」


「エルクセプル?」


 前世で言うところのエリクサーだな。エリナからの知識だけどよ。


「一口飲めばどんな怪我や病気も治り、失った腕や目ですら復元させる、と言われてるものだよ」


 マッドな先生が作り出したエルクセプルで効果を見せてもらったが、ファンタジーここに極まれり、って感じだったっけ。


 さらに無限鞄から小瓶を十個出す。


「やるよ。たくさん作ったから」


 レシピは先生から教えてもらったし、材料もたくさん採れた。無限鞄の中には一〇〇近くある。一〇個くらい惜しくはねーさ。


「つまり、そう言う状況ってことだ。理解できたか?」


 との問いに返答はなし。公爵どのは沈痛な顔で俯き、第三夫人に至っては気絶していた。


 うん、まあ、ガンバレ!

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