第178話 マトリカ
「そんで、あんたらはなにをしたいんだ?」
「いや、べーが教えなさいよ。べーが交換留学を決めたんだから」
それはそうなんだけど、他所の国で生活するだけで勉強になるんだから、なにかを教えるより自ら学ぶことを大事にしたほうがイイと思うんだがな。
「いいこと言ってますが、放置ってことですよね?」
そうとも言う。
「そうとしか言わないんですよ」
「なんだかレイコにわたしの居場所を奪われた感じね」
もし、突っ込みするのが自分の居場所と言うなら、そんな居場所はすぐに捨ててしまえ。オレは愛のある突っ込み以外はいらねーんだよ。
「まあ、確かになにがしたいと問うのも乱暴だな。じゃあ、興味があることはあるか?」
これまでの見習いを見てると、なにか一つ得意分野を持っている感じがする。性格もまるで違い、方向性もまったく重ならねー。見習い魔女が何人いるか知らんが、選ばれた一〇人は特筆した一〇人なんだろうよ。
三人の見習いたちは顔を見合せる。
意外にもモブな魔女が主導権を持っているようで、視線だけで二人に問うている。ってか、モブ子の目に魔力が集中されてないか?
「……もしかして、モブ子は魔眼持ちか?」
オレの言葉にモブ子が目を大きくしてこちらを見た。やはりか……。
「魔眼持ちは何人かあったことあるが、目が光らないタイプもいるんだな」
バリラの話では魔力光と言うらしいが、モブ子はまったく光らなかった。通常とは違う魔眼なんだろうか?
「おそらく思念眼だと思います。声が出せない魔術師が考えた魔術とか聞いたことあります」
「思念眼? へ~。そんなもんがあるんだ」
初めて聞いた。
「もしかして、翻訳系の魔法と関連があるのか?」
皆さんお忘れかも知れませんが、言葉が違う別の国の者と会話できているのは自動翻訳の首輪をしているから。これをしていると半径五メートル内にいる者の言葉を自動で翻訳してくれるのだ。
それに、人魚の国にいったときに大量注文してある。あれから半年以上過ぎてるんだからそれなりに普及しているだろうよ。
「流れとしてはそうですね。ただ、魔女さんの独自な経緯で違うものになってる感じですけど」
「声が出せないのは先天的なものか?」
コクコクと頷くモブ子。そういや、声の出せないヤツと会うの、これが初めてだな。
「ってか、声が出せないヤツに尋ねてもダメか」
「あ、あの、シーホーの念が届かないんですか?」
そばかす魔女がおずおずと尋ねてきた。
「あ、オレ、魔眼系は効かないんだよ。ワリーな」
これもお忘れかと思うが、オレは魔眼対策として目に結界を施してあるのです。
「ま、魔眼が効かない人がいるなんて……」
「なんだい? 魔女は対策法を持っていねーのかい?」
魔眼のことは魔術師の間では常識だ。目に結界を施すのはバリラから聞いた手段だ。
「いえ、ありますが、それを普通に使っているあなたが異常なんです」
「まあ、べーは異常を着たような非常識だからね」
異常か非常識かはっきりさせろや。いや、はっきりさせられるのも嫌だけどよ……。
「そうだ。イイもんがあったっけ」
相手が魔女なら都合のイイもんがあると、無限鞄からマトリカ(タブレットみたいなヤツね)を出した。
「これは人魚が創ったもんで、マトリカと言うものだ」
魔力を流して文字を浮かび上がらせる。
「凄い!」
魔女さんでも驚くものか。人魚の魔法は遥か先をいっているんだな。
「魔女さんにはノートと同じと言ったほうが理解できるか? 魔力で文字を書き、魔力で消せる。容量は本数冊分になる。あと、おもしろいことに絵も描けるぞ」
○△□を描いてみせた。オレの画力はこんなものです。すみません。
「たくさんあるからやるよ」
魔女さん用に一〇枚出してやった。
三人はマトリカを受け取ると、どんなものかと試し始めた。
マトリカは透明で文字が浮かび上がるので反対側からも見えるのだが、金髪さんがやたら上手い絵を描き出した。
「上手いな。絵が得意なのか?」
「は、はい。わ、わたし、絵を書くのが好きで……」
「──それはよいでござるな!」
と、喪服を着たエリナが現れた。
もうこいつが忽然と現れても驚きはねーが、見習い魔女たちには驚愕的出来事。モブ子とそばかす魔女は驚きで椅子から転げ落ちていた。
なのに、金髪さんは目を大きくさせただけだった。
「ヴィどの、この子を預かってよろしいでござるか?」
「夜は帰せよ。あと、腐らせたらお前を灰にしてやるからな」
公爵どのの娘、カーレント嬢を腐らせた時点で手遅れだろうが、魔女の世界まで腐らせたら叡知の魔女さんにオレが灰にさせられるわ。
「わ、わかったでござる」
まったく信用ならんが、腐らせたら本当に灰にしてやるまでだ。
「拙者、エリナと申す」
「わ、わたしは、ミサリーです」
「うんうん。いい名でござる」
どこにでもあるような名前だと思うけど? エリナなりのお世辞か?
「では、いくでござる!」
金髪さんの手首をつかむと、また忽然と消えた。
「ドレミ。バンベルに伝えておけ。腐らせたら本当に灰にしてやるってな」
念のため、バンベルにも伝えておこう。
「イエス、マイロード」
ハァ~。まったく、魔女の相手は疲れるぜ……。
◆◆◆◆
昼食になったので魔女たちの相談? を中断した。
「親父殿は帰って来ないんだ」
囲炉裏間に上がり、料理が並べられるが、親父殿がやって来なかった。
「村長のところで皆と一緒にいただいてるよ」
すっかり村に馴染んでんだな。オレのほうが村人歴長いのに!
「なんの嫉妬ですか?」
村人としての在り方にだよ。
クソ。悠々自適に、のんびりまったり暮らすためにガンバってるオレが村人らしい生活ができねーんだよ。理不尽だ。
「単に自業自得なだけでしょう」
ハイ、まったくその通りでございます。
誰もやってくれないのなら自らやるしかねー。それで起こる事象は自ら動いた者に降りかかる。わかっていても納得できぬのが人なのだよ。
オカンの音頭で昼食をいただき、食休みのあとにまた魔女さんたちの話を聞く。
「ってか、その声は先天的か? 後天的か?」
『先天的です』
と、マトリカで返してきた。使いこなすの早いな。
「治したいか?」
『いいえ。せっかく鍛えた魔眼を失いたくないので』
へー。芯のしっかりした魔女さんだこと。一〇人の中でモブ子さんが一番しっかりしてるのかもな。
「で、その魔眼はどんなことできるんだ?」
『体を透視したり攻撃したりできます』
「目からビームとか出せちゃう?」
それなら是非とも見せて欲しい!
『……ビームとはなんですか?』
あ、ビーム知らんか。
「鉄をも溶かす熱線だよ」
『……目から出す理由がありますか……?』
「カッコイイって言う不可逆的な理由がある」
他になにがある? 目からビームはカッコイイんだぞ!
「ベーの戯れ言は右から左に流しておきなさい。ベーもシーホーの身になって考えなさいよ」
「モブ子の身になれってもな~。思念、透視、って、攻撃って、どんな攻撃するんだ。ちょっとやってみてくれや」
頭の上にいるメルヘンをつかみ、モブ子の前に出す。
「──なにさらしてんじゃボケが!」
おもいっきり指を捻られた。イダダダ! 折れるわ!
クソ! 忘れてた。オレたち互いの能力が使えるんだった!
「……な、なんて乱暴な妖精なんだ……」
つーか、同じ力なのになんでプリッつあんのほうが強いんだよ?
「乱暴なのはあんたでしょうが! なに人を的にしようとしてんのよ!」
「いや、標的にイイかと思って」
「よくないわよ! 確かめたいならベーがなりなさいよ!」
「いや、オレだと効かないし」
モブ子の魔眼がどれほどのものかはわからんが、自身に纏わせた結界と、竜の毛で編まれた服は並みの剣では切り裂けねーし、並みの魔力ではどうこうできねーはずだ。
「……いつも同じ服を着てると思ったらそんなカラクリがあったんですね……」
「この服、親父殿が使っている鎧の四倍は金がかかってるんだぜ」
毛のある竜ってなかなかいねー。三着で金の延べ棒が十本もかかったぜ。
「……村人が望む防御力じゃないですよね……」
「普通の服じゃ、オレの力に耐えられねーからな」
結界で服を強化するのもイイんだが、なんらかの原因で結界がなくなったら服はビリビリに破けてしまう。突然、丸裸とかごめん被る。そうならないための防御力でもあるんだよ。
「……意外と不便な力ですよね……」
使いこなすまでは不便だったが、使いこなせれば便利なものさ。
「その攻撃って、人相手か?」
『魔物にしか使ったことがありません』
魔物だけか。
「ドレミ。アヤネ、呼べるか?」
「はい。呼べます」
と言うので呼んでもらったらすぐにテレポートしてきた。大陸間テレポートってスゲーよな。
「クフフ。どうかなさいましたか?」
「そっちに送った魔女の二人いるだろう。そのどちらかとこのモブ子を交換したいんだよ。モブ子、魔眼持ちで攻撃手段もあるんだよ」
「クフ。では、ミラさんと交換しますね。ミラさん、ララシーさんとは合わないようなので」
そんなこと考えもしなかったわ。これからは相性も考えんとならんな。
「そうか。悪かったな。手間かけさせちまって」
「いいえ。ダリムさんが中に入ってくれましたから」
どっちがツインテールでどっちがボサボサ髪かは知らんが、ワリーことしたな。会ったら謝っておこう。覚えてたら、だけど。
「じゃあ、交換頼むわ」
「はい。お任せください。モブ子さん──ではなく、シーホーさん。いきますね」
モブ子の肩に手を置くと、南の大陸へとテレポートした。
「……アヤネ、ベーのことになると周りが見えなくなるんだから……」
メルヘンの呟きはサラッとスルー。
飲みかけのコーヒーを手にして残りを飲み干したら、アヤネがツインテールを連れて戻ってきた。
ツインテールがミラか。ってことはボサボサ髪がダリムか。
「覚える気、まったくない顔ですね」
否定はしない。必要としないからな。
「な、なに? なんなの!? ライラ? え? なにが起こってるの!?」
落ち着きのないツインテールだ。
「いや、なんの説明もなしに連れてこられたら当然の反応ですよ」
それでも平常心を見せて、状況を把握するために頭を働かすのが魔女だろうが。
「では、ベー様。わたしは戻りますね」
「ああ。サンキューな。助かったよ」
クフフと笑いを残して南の大陸へとテレポートした。
「さて。詳しいことはそばかすさんから聞いてくれ」
「わ、わたしですか!?」
そばかすさんの叫びに、サムズアップで答えた。
◆◆◆◆
「……いいように使ってくれますわね……」
ツインテールさんがジト目で睨んで来ます。
これはアレだ。サリバリと同じタイプの女だ。ツンツインテールだ。
「イイように使われたくないなら跳ね返す力を身につけろ」
それが弱いと言うこと。未熟と言うこと。覆させれないなら心を隠して反撃のときを待て、だ。
「ミ、ミラ、落ち着いて。館長からも言われているでしょう、すべてを学んで持ち帰れって」
叡知の魔女はどこまでも知識に貪欲だよ。まあ、こちらも魔族の留学生も帝国を学ばせてるんだからお互い様、なんだけどな。
「まあ、そう言うことだ。で、ツンツインテールはなにがしたいんだ?」
「ツ、ツンツインテール?」
「ミラ、あなたのことよ。べーくんは、人の名前を覚えられないって説明受けたでしょう。ツンがなんなのかわからないけど、あなたの髪型はツインテールって言われてるのよ」
そ、そばかすさん、結構はっきり言うのな。それに、ツインテールって髪型まで知っている。情報収集能力に長けてるのかもしれん。こいつはレイコさんタイプだな。
「あー確かに。好奇心旺盛な感じです」
「ツンってなんなんですか?」
「ツンデレ。大勢がいる前ではツンツンして、好きなヤツの前ではデレデレになる。まあ、デレるか知らんからツンツインテールだな」
「あーまさにそんな性格です。ツンデレとは言い得て妙ですね!」
本当にツンデレなタイプなんだ、ツインテールさんは。
「わ、わたしはそんなんじゃないわよ!」
顔を真っ赤にさせて否定している。それが肯定してるともわからずにな。
「ミラは、ララリーと同じで攻撃系魔法を得意としてるんです。だから、ララリーとはよくぶつかっていたんです」
「ララちゃんの性格を考えたらツンツインテールとは確かに合わんな」
水と油、とはなんか違うが、交わらない性格同士だ。反発しか生まれんだろうよ。
「どんな攻撃魔法が得意なんだ?」
「土魔法です。本人は氷が得意だと言い張ってますが」
「わたしは、氷の魔女なのよ!」
まあ、土魔法は地味だからな。派手好きそうなツンツインテールは認めたくないだろうよ……。
「土魔法、便利で汎用性があってイイんだけどな」
万能かと言われたらそうじゃないと答えるが、何事も極めたら最強になるんだぜ。
「よし。ツンツインテールの力、見せてみろ」
「はぁ!? なんでそうなるのよ!!」
有無を言わさず、暴れても文句が言われない魔大陸へと転移した。
「こ、ここは?」
「魔大陸だ。てか、地竜がいた場所に地名とかあんのか?」
「決まった名前はありませんね。なにもないので魔王も欲しがりませんし」
魔大陸なんてなにもねーイメージだが、魔王が欲しがる土地とかあるんだ。
「なら、太陽の谷、とでも命名しておくか」
またコカードを採りに来なくちゃならんしな。
「……ま、魔大陸って……」
「……南の大陸にいったと思ったら今度は魔大陸って……」
「ベーといると世界が狭く感じるわよね」
オレも前世で初ドライブしたとき同じことを思ったよ。外国にはいったことないけど。
「そばかすさん、プリッつあん、下がってろ。ツンツインテール。お前の土魔法、見せてもらうぜ」
「て、手加減しませんわよ!」
「手加減ではなく全力で来な。オレの土魔法は最強だぜ!」
バン! と大地を右足で叩き、凹凸の激しい大地を均した。
「なっ!?」
「驚くのは早い!」
石の柱を次々と生やし、ツンツインテールの視界を防いだ。
「ミラ! 湖でベーくんの戦いの跡見たでしょう! 油断してると怪我をするわよ!」
「ケガをしても安心しろ! 死なないなら治してやるからよ!」
石の柱を砂に変えて砂にして視界をさらに塞いだ。が、すぐに砂が渦を巻き、石と変化させられた。
「やるじゃん!」
氷の魔女とか言いながら土魔法の操作がエグいくらい上手い! それに、錬金の魔法も混ざってる。天才だな。
「なんだかんだとよく練習してるじゃないか! オレの土魔法攻撃を躱すなんてよ!」
「バカにして! 手加減しているのはあなたじゃない!」
ほー。手加減されていることがわかるんだ。
「なら、これはどうだ!」
左足で地面を叩き、石の柱を一瞬にして砂と化してやる。
「石の矢!」
宙に舞った砂を石の矢に変えてオレに射ってきた。
「やるじゃん!」
こちらも襲いくる石の矢を砂に変え、右足で地面を叩いて硬質化させる。
右の手のひらに砂を集めてバットを創り、左の手のひらで石の球を創った。
「防げよ、ツンツインテール!」
石の球を石のバットで打ち出した。
次々と石の球を創り出して打つを繰り返す。が、ツンツインテールは石の壁を創って防いでいる感じがする。
さて。次はなにをしようかと考えていたら、なにか大きな魔法が発動した気配を感じた。
──くる!!
考えるな、感じろがしゃがめと叫び、素直に従うと頭上を岩が通りすぎていった。
舞う砂をギュッと圧縮して視界をクリアにすると、目の前に十メートルくらいのゴーレムがいた。
「スゲー!」
オレも小さなゴーレムは創れるし、動かすこともできる。だが、大きくするにつれ、ゴーレムは維持するのも動かすのも倍々で難しくなっていく。十メートルなんてオレでも無理だぞ。
ゴーレムのキックが襲いくるが、動きは鈍い。これは、長いことないな。
読み通り、ゴーレムの動きは段々に遅くなり、やがて崩れてしまった。
舞う砂が収まると、ツンツインテールはうつぶせに倒れていた。
「ララちゃんに負けない天才じゃねーか」
魔人族でもねーのにスゴいもんだぜ。
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