第11話 酒とタバコ

「いちいち城に転移すんのもメンドクセーな」


 門から出てしばらく歩き、ふと城へと振り返って愚痴ってしまった。


 ここから街に出るのも結構時間がかかる。まあ、二〇分程度だが、お世話さんやメイドさんやらとのやり取りが手間なのだ。


「では、家を借りますか?」


「そうだな。転移用に借りるか」


 まったく、街は不便だぜ。転移したいところに転移できないんだからよ──って、贅沢な言い分か。大陸すら簡単に飛び越えちゃう身では……。


「あんちゃん、あたしたち、ガラス工房街にいって来るね~」


 フフ。諸君らサプルたちはいないと思ってたろう。うん。その認識は正しい。オレもいないと思ってた。つーか、いなかったよね!? どっから現れたのよ?!


「あ、おう。気をつけてな」


 まあ、サプルなら可能だろうと理解し、レディ・カレットと駆けて行く二人を見送った。


「じゃあ、わたしたちも──」


 追いかけようとするカバ子とルンタを引き留めた。


「お前らはオレとだ」


 そのために連れて来たんだからよ。


「いったいなんなのよ?」


「それは着いてからのお楽しみだ」


 まあ、楽しくなくても責任は取らんがな!


 文句を言うカバ子の言葉を右から左に流しながらスラム街を目指した。


 で、スラム街に到着はしたものの、これと言った計画(予定か?)はなし。どうすっぺ?


 前に来た下水道へと通じる場所で考えに入る。


「……スラムで堂々と茶を飲むとか、ほんと、イカれた野郎だぜ……」


 テーブルを広げ、コーヒーを飲みながら考えていると、茶猫がテーブルの上でペ○シを飲んでいた。


 同じテーブルには、カバ子やルンタがいて、オレンジジュースっぽいものを飲んでいた。


「お前だってペプ○飲んでじゃん」


 缶で飲めるお前の体の構造のほうがイカれてるわ。


「バットで橋を壊すヤツの側にいたら怖いものなんてねーよ。マフィア、まったく寄って来ねーわ」


「困ったものだな」


 自らエサにしてんのに全然寄って来ねー。それどころかオレの情報が配布されてんのか、姿を見るなり逃げ去っていた。


「軟弱なマフィアだぜ」


「いや、まっとうな判断だろうが。賢くなきゃマフィアなんてやってられるか、すぐに死ぬわ」


「地域性か」


 寒いところと暖かいところでは習性やら物の考え方が違うしな。


「……それで片付けられるお前が恐ろしいよ……」


 ったく、猫のクセに常識に囚われやがって。もっと柔軟に思考しろや。


「寄って来ねーのならしょうがねー。こちらからいくか」


「……どこにだよ?」


「んなもん決まってるだろう。スラムを仕切っているヤツのところさ」


 と、ニヤリと笑って見せた。


「……無茶苦茶なこと言ってんのに、無茶苦茶なことに感じない自分がいるよ……」


 そうやって生きていく強さを身につけていくものさ。ガンバレ。


 テーブルやらなんやらを片付け、まずは、そこそこ立派な建物を探した。


 木造の二階建てがほとんどで、それ以上となると嫌でも目立つ。しかも、襲撃されないようにとか、強さを示すかのように人を配置するのがマフィアの基本だが、どうも領都のマフィアは一味違った。


「ここのマフィア、予想以上に賢いようだな」


 まず、そう言った目立ったことはせず、らしい建物を拠点としてない。


「マフィアの拠点ってどこかわかるか?」


 住んでいる茶猫に訊いてみる。


「いや、わかんねー。下っぱはカロゲって酒場にたむろしているようだが、幹部連中は滅多に姿を見せねーからよ」


 なんつーか、マフィアってより結社っぽいな。


 秘密結社ってならお手上げだが、スラムの結社ならそう手の込んだ拠点にはしねーと思う。ありきたりで誰もが知っていそうな場所を拠点にしているんじゃねーかな?


 スラムの情報が一手に集まり、そこに集まることが当たり前で、誰もが疑わない場所、とかな。


 まず一番に思いつくところは酒場だが、下っぱがいるならそこじゃねー。あとは、店とか広場、虚をついて教会なんかもあるか。


「スラムに教会ってあるか?」


「そんなものあるかよ。神に見捨てられたようなヤツばかりなんだからよ」


 そうなると益々厄介だな。神の奇跡より仲間の絆を大切にしているってことだ。


「力や恐怖で支配してくれてたら楽なのによ」


 結社って線が益々高まって来たぜ。


「とりあえず、こんなときの出会い運。ビビッドビット。むむ。あっちか」


 と、テケトーに歩み出す。


「……なんの電波を受信したんだよ……」


 いき当たりばったりでイイんじゃね? って神からの啓示さ。


  ◆◆◆


 スラム街をさ迷うこと三〇分。スラムのメインストリート的な場所に出た。


「屋台とかあるんだ」


 怪しさ満点。誰になんの需要があるんだ? ってものが売られていた。


「商売として成り立つのか?」


「ここがなきゃスラムの住人は生きていけねー場所だよ」


 言われてみればそうか。ボロ着を纏ったスラムの住人が街にいっても売ってくれる者はいない。ましてや銅貨を砕いて使う世界。まっとうな商売をしている者には金への冒涜としか思えねーだろうからな。


「ゴミなんてどっから持ってくんだ?」


 明らかに廃材と言ったものやボロ切れなど、想像力をフルに使っても利用法が思いつかないものばかり。スラムの住人、再利用の天才だな!


「いろんな場所からだよ、夜中に」


 意外にも働き者なんだな。まあ、成果は出てないようだが。


 オレの想像力ではどうにもできないものばかりなので、流し見していると、牙ネズミが吊られている屋台があった。


「……他にもあるんだな……」


 見渡すと、牙ネズミを売っている屋台がいくつかあった。


「牙ネズミを一匹持って来ると、半分もらえるんだよ。魔石は半鉄で買い取ってくれるのさ」


「半鉄? なんだそりゃ?」


「スラムでしか使えない鉄の金さ。ハローニ、こいつに見せてやれ」


 ハローニとは三兄弟の長男のようで、腰のベルトに下げたポーチから五ミリくらいの鉄の粒を出してオレに渡してくれた。


「鉄板から作った感じだな」


 厚さは一ミリもないから、叩いて伸ばしてノミかなんかで切り取った感じだ。


「よくは知らんが、半鉄で三日は生きられるよ」


 スラムでの生活をよく知らんので、上手く返せないが、ここを仕切っているヤツはかなり賢いってのはわかった。


 ……小さな経済圏ではあるが、それを確立させる手腕は見事としか言いようがねーな……。


「しかし、参ったな。そうなるとスラムの経済を壊しかねんな」


 多分、だが、スラムは牙ネズミで成り立っているようなもの。それを奪ったら一気に崩壊しかねないぜ。


 スラムに秩序ってのもおかしな話だが、下手な農村より豊かで、安全な場所になっている。これを壊すのはちょっとばかり気が引けるぜ。


「さて、どうしたもんか……」


 ったく、話がややっこしくなって来たぜ。


 どうしたもんかと考えながら歩いていると、スラムにあるには不似合い……と言うか、なんと言うか、なんだここ? 


 なにか、冒険者ギルドに似てなくもないが、スラムに冒険者ギルドなんてあるわけもねーし、なにかの店ってわけでもねー。いや、食堂っぽいものが併設されてはいるな。本当になんなんだ、ここは?


「ハローワークみたいなところさ」


 と、茶猫さん。


「ハローワーク? スラムでか? つーか、成り立つのか?」


 仕事がないからスラムができるんだろうが。仕事があるんなら下町に昇格してるわ。


「おれたちは中に入ったことはないが、仕事は結構あるみたいだぜ。よく集団で街の外にいくのを見たからよ」


「その後、そいつらを見た者はいなかった、ってオチじゃねーだろうな?」


 確実に犯罪が行われているよな、それ!


「ちゃんと日が暮れる前には帰って来るよ。なにをしているかは知らんけど」


 まったく想像がつかん。なんの仕事をしてんだ?


 ハローワーク、ってよりは口利き屋って感じだな。今も何人かたむろし、なにかを飲んでいた。


「……え、酒、だと……?」


 たむろしているヤツらの顔が赤らみ、確実に酔っている姿だった。


「スラムのヤツは少し稼ぐと、ああして飲んだくれんのさ」


 いや、それは理解できる。未来に希望が持てねーヤツは刹那的に生きるからな。だが、スラムのヤツらが酒を飲めることが理解できねー。


 穀物地帯なら水より安いとは聞くが、バイブラストでは酒は嗜好品であり輸入品だ。一般庶民の酒と言われるエールですら他より高いと公爵どのが言っていた。


 なのに、スラムのヤツらが酒を飲むだと? あり得ねーだろう! 


 いや、落ち着け、オレ。事実、スラムのヤツらが酒を飲んでいる。なら素直に受け入れろ、だ。


「酒の値段は知ってるか?」


「四半鉄で一杯は飲めるとか聞いたことはあるな。詳しくは知らん。おれらは飲まないからよ」


 半鉄で三日は生きられるなら、酒はそれなりに高いってことか。それでも飲めるなら一般的な酒と言ってもイイだろうよ。


「それだけ大量に作られているってことか」


 クソ! なんだかわからなくなって来たぜ!


  ◆◆◆


 考えてもわからないときは行動あるのみと、口利き屋(仮称)へと突入した。


 チンピラが絡んで来るかと思ったが、それらしきヤツはいない。冒険者ギルドのようにカウンターがあり、受付が四人ばかりいた。


 字が読める者がいないのから、壁には依頼書は張り出されてはいない。が、番号が刻まれた木札がたくさんかけてあった。なんぞや?


「ミタさんとプリッつあん。酒買って来てくれ。どんなものか知りたいからよ」


 オレは飲めないので飲める人の感想で判断します。


「畏まりました」


「任せて~」


 中からも食堂へいけるようで、なんの迷いもなく酒を買いにいった。


 オレが言うのも間違ってるが、マフィアの本拠地かも知れないところでまったく危機感を感じないとか、なんかいろいろ麻痺ってるよな。


「……お前ら、いったいどんな修羅場を潜り抜けて来たんだよ……」


「人生常に生き残り戦。一一年もやってたら嫌でも度胸がつくわ」


 ついでに逃げ足の速さもつくんだぜ! 世を生きるすべての者よ、覚えておきな!


 今は活動時間から外れているようで、口利き屋(仮称)の中は閑散としており、受付のおっさん(潤いのねー職場だ)たちもタバコ(あったんだ。初めて見たわ)を吸っていた。


「……バイブラストのことは公爵どのから聞いてたが、やっぱ、聞くと見るとは大違いだな……」


 どんだけ恵まれてんだよ、バイブラストは?


「なにそんなに驚いてんだよ?」


「タバコだよ。南や東の大陸ではあると聞いたことはあるが、この大陸でタバコがあるなんて聞いたことがなかった。それが馴染みのあるバイブラストで吸われているとか、これが驚かずにはいられるか」


 これが街の中ならそれほど驚きはなかっただろう。南も東の大陸もタバコは嗜好品で高級品だ。そう頻繁に吸えるものではない。


 それがスラムの住人が暇潰しで吸っている。これは安いことを証明しており、歴史があることを語っているのだ。


「……お前のワールドワイドな話は軽く流すとして、タバコなんて儲かるものじゃねーし、体にワリーだろうが……」


「アホか。世界と時代と状況を考えろ。タバコは嗜好品。ところによれば嗜みだ。一種のステータスにもなれば薬としても扱われる。禁煙分煙なんて概念が生まれるまでタバコは巨万の富を生むものなんだよ」


 前世じゃタバコで儲けたヤツはいくらでもいる。それを知っていて見逃すようでは商人……ではなくても村人なら生産しようかと思うものだ。


 ……まあ、できるかどうかはまだわからんけどよ……。


「参ったな。益々厄介になって来たぜ」


「なにが厄介なんだよ? 儲かるならいいじゃねーか」


「少しは頭を使え。儲かると言うことは、それを奪おうとする者が出て来るってことだ。タバコが儲かると知った貴族はどう思う? へーそうなんだ、とか思うか? スラムの住人に気を使うか?」


 欲しければ奪え。証拠は消せ。すべてを自分のものとしろ。なんてことを考える公爵どのではねーが、強欲な商人ならやるだろう。役人を抱き込めば公爵どのには届かねー。それが封建社会なんだからよ(テキトー)。


「……クソだな……」


「それがまかり通る時代。嫌なら革命でも起こせ、だ」


 オレはメンドクセーから陰でコソコソやるけどな!


 なんかもうオレの手には負えないレベルになって来たような気がしないでもないが、引き受けた以上はやるべきことをやるしかねーか。ゼルフィング商会の儲けのために、よ。


 カウンターを見回し、ビビッと来たおっさんのところへ向かった。


「なんのようだ?」


 やる気ゼロで横柄な態度だが、こんな場所で親切丁寧な対応など害悪でしかねー。威圧してナンボだ。


「ここをシメてるヤツに会いたい。呼んでもらえるかい?」


「帰れ」


 と、にべもない。まあ、そんなもんだろう。用心棒的なものを呼ばないだけ対応は優しいほうだ。


 ズボンのポケットから金貨を一枚出してカウンターに置く。


「貴族のボンボンかよ」


 嘲るように笑い声、金貨をつかむが、それだけ。カウンターの下からタバコを出してわざとらしく吹かした。


「訂正が一つある。その金貨は弁償だ」


 殺戮阿を抜き放ち、カウンターへと振り下ろした。


 手加減したとは言え、木で作られたカウンター。想像以上に壊しちゃいました。メンゴ☆


「オレはベー! バイブラスト公爵より全権を与えられたものだ! 会話には会話で。力には力で相手してやる。好きなほうを選びな!」


 そう啖呵を切って口利き屋(仮称)を出た。

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