第81話 美魔女

 君よ、妄想してごらん。


 目の前には六人の美人がいると。


 金髪、銀髪、黒髪、瞳の色もスタイルも君の好み次第。なんなら性別だって問わないさ。


 そして君よ。その妄想を極限まで高め、見たいものを、信じたいものをその心に映すのだ!


 ………………。


 …………。


 ……。


 とか、カッコイイようで物凄く情けないセリフを言っちゃいましたが、オレには無理。極限を高めるどころか現実逃避したくてたまんないですたい。


 ──誰かオレに妄想力を分けてくれ!


 なんてことを両手を天高く挙げて叫びたい。ってか、オレはこの短い人生で何度こんなこと言ってんだろうな? 三つの能力で妄想力とスルー力を願うんだったぜ……。


「六つ子かしら?」


 頭の上の住人さんが気にするところはそれらしい。もっと疑問やら突っ込みどころは満載なのに。


 いや、オレも気にはなるよ。双子三つ子は見たことあるけど、六つ子とか生物学的にあり得んのかよ! とか叫びたくなるし。いや、六つ子ってところじゃなく、六人すべてがクローンかよ! と突っ込みたいくらい顔も体型も似てんだものよ……。


 ……なんのオソマツ家だよ。シェ―とかかやってもらいてーわ……。


「ええ、世にも珍しい六つ子よ」


 プリッつあんの疑問に答えたのは、白髪の妖狐。四〇歳くらいの見た目だが、感じからして一〇〇年単位で生きてそうだ。


 ……ただ、ご隠居さんや居候さんよりは断然若い感じはするな。人外であることを隠し切れてねー……。


 まさに妖艶。アラビアンナイトふうな衣装を身に纏い、大人の魅力をこれでもかと出している。が、頭から生えた(?)狐の耳がすべてを台無しにしている。


 いや、それがイイ! と言う変──いや、特殊な性癖の方には宜しいんだろうが、生憎と獣の耳に興味がないオレとしてはギャグでしかねー。なんの仮装だよ! とか突っ込みてーわ。


 ……ってか、なんでこいつだけアラビアンナイトふうなんだよ? 左右にいる謎の生命体(六つ子ね)はモンゴルふうなのによ……。


 まあ、貿易都市群帯だからいろいろな衣装を身に纏うヤツがいるから流せるし、民族衣装に文句はないが、世界観とかTPOとか弁えて欲しい。困る人(絵とか描く人とか)がいるんだからよ。


「まあ、世にも珍しい六つ子が見れてよかった、ってことで、オレになんか用かい?」


 人違いでした、ってんなら喜んで帰るがよ。


「せっかちな坊やね」


「それを優しく包んでくれるのがイイ女だぜ」


 美魔女の皮肉に皮肉で返してやる。


 だが、人外だけあってその余裕が崩れることはなかった。それどころかおもしろそうに笑みを浮かべた。


「ククッ。おもしろい坊やだこと」


「それは羨ましい。オレもこの状況をおもしろいと感じられる感性が欲しいよ」


 こんな波乱万丈なんてノーサンキュー。我にスローなライフを与え──いや、止めておこう。また幻聴が聞こえそうだしな。


「そっちと違ってオレは限られた人生を精一杯に生きて、おもしろ楽しく過ごしてんだ。余計なことに時間を費やす気はねーぞ」


 それもまた人生と笑えんのは、それが本当に楽しいからであって、つまらんことには一秒足りとも使いたくねーし、記憶からも即効で消し去るわ。


「辛辣だこと」


「オレは言いたいことは言う主義なんでな」


 言いたくないことは言わない主義でもあります。


「フフ。そう邪険にしないで。こうして来てくれたのだから話は聞いてくれるのでしょう?」


「経験上、避けてもイイことはねーからな」


 逃げられるものなら逃げたいが、まるで神の采配か如く逃げ道を塞がれ、放置すればするほどややっこしくなる。こう言うのは初期対応が吉なのである。


「こちらへどうぞ。お茶を出すわ」


 ちなみにここは……なんだ? 劇場か? 舞台みたいなものはあるが、椅子とかテーブルがねー。酒場らしきものもだ。


「なんだい、ここ?」


「劇場よ。わたしが踊ったり、音楽を聞かせたりするの」


 やっぱ劇場なんだ。初めて見たわ。


 田舎に住んでると、こう言うところは無縁なので、あるとは聞いててもどうなってるかまでは知らんのよね。興味もねーしよ。


 で、通されたのは……なんだ? 楽屋か? 私室か? エキゾチックな部屋だこと。


「ごめんなさい。広い部屋がないので二人くらいにしてくれる? ちゃんと歓迎させてもらうから」


 ちなみにオレらはいつものメンバー。だけど、珍獣どもが二メートルサイズになっているので大所帯になってるんです。あと、外には武装したメイドが結構いると思う。


「ミタさん、こいつらを頼む」


 バカしないように見張っててよ。


「畏まりました」


 オレの言いたいことを理解してくれたようで素直に従ってくれた。


「フフ。ありがとう。そこへどうぞ」


 促された席へと座り、出されたお茶をいただいた。


   ◆◆◆


 あ、これ旨い。


 出された茶色いお茶を一口飲んでびっくりした。


 お汁粉のようなトロッとしていて、苦味と甘味が絶妙に混ざり合い、それでいてあっさりとしている。前世の知識でも今生の記憶でも、これと似たものはねーぜ。まだまだ世界にはいろんなお茶があるもんだぜ。


「なんてお茶だい?」


「バルグル茶よ。もっとも、根を使ってるから飲んでいる者は少ないけど」


 バルグル、どんだけ優秀なんだよ。


「こんだけ旨いのに?」


 これなら毎日飲んでもイイくらいのクオリティーだぞ。


「バルグルの根は、そのままだと毒なの。太陽に当てて乾燥させてから細かく砕いて夏の実を混ぜる。手間がかかるから貧乏人のお茶とされてるのよ、ここでは」


 ところ変われば価値も変わる、か。よくあることだな。


「もったいねーな。オレなら大金出しても買いたいぜ」


 これはコーヒーに匹敵するだけの価値はある。一〇〇グラム金貨一枚だって言われても即決で買うぞ。


「……それはまた、豪快な話ね。いったいいくらで買ってくれるのかしら?」


 少し間があり、表情が強張る美魔女。


「金でも物でも、そちらが満足するだけ払わしてもらうよ」


 ニヤリと笑って見せる。


 たぶん、美魔女の要求はこの都市での生存権とかだろう。先生の話では妖弧は土地に根ずく(憑く、かな?)らしいからな。


「……あなたは、いったい何者なの……?」


「オレはヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。村人さ」


「と、本人は言ってるけど、自称だから信じないで」


 余計なことを言うメルヘンは強制排除。珍獣どもをお世話してなさいと部屋から追い出してやる。


「失敬。うちのメルヘンがご迷惑をかけた」


 今のシーン、カット。一〇秒ほど巻き戻してテイク2!


「オレはヴィベルファクフィニー。村人さ」


 ニヤリと笑って見せる。


「……そ、そうなの……」


 その状況判断と適切な決断に大の大感謝です。


「まあ、村人であるが商売もしてるんでな、入り用があるなら安くしておくぜ」


 ヴィベルファクフィニー号にはカイナーズホームもあることだし、大抵のもんなら用意できんだろう。でも、愛が欲しいとか言われたら笑顔で席を立たせてもらうぜ。


「なら、わたしたちと商売をしてくれないかしら? バルグル茶の他に働き手を出すわ」


 それはつまり、居場所の他に仕事をくれと言ってるってことか? 


「ここに長いこと住んではいるけど、わたしたちは異郷の民。ここでは異物。受け入れられていないし、他にいくところもないわ。だから売れるものは売るからわたしたちに未来を売ってちょうだい」


 未来、ね。


 まったく、どいつもこいつも未来未来と簡単に言ってくれるぜ。それがどれだけ難しいか身を持って知ってるクセに、他人には簡単に要求しやがる。しかも、対価は少ないと来やがる。


 バルグル茶に手を伸ばし、一口飲んで長いため息を吐いた。


「無茶を言ってるのはわかってるわ。勝手なこともね。けど、この疫病を鎮め、たった数日でハルメラン掌握。あの魔神とも思える存在と対等に渡り合っている者にすがるしかないの! お願い! わたしたちに未来を売ってちょうだい!」


 まあ、くださいと言うヤツよりは好意は持てるし、情に熱い女は嫌いではねー。多少、女の武器を使っているところはあるが、それを許してこその男の度量。笑って流せだ。


「与えられた未来に価値はねー。だが、運のイイことに、どちらにとっても有益な話なら与えられる。どうする?」


 ニヤリではなく、クスッと笑って見せる。


「……有益な話……?」


 訝しげな表情を見せる美魔女。長く生きようと時代の荒波を見極める力はねーようだ。


「そうだ。このハルメランは空前の人手不足。あんたのように未来が欲しくてやって来た種族もいるが、それでもまだ足りねー。あんたが囲う人数を足してもまだ足りねーだろう」


 仮にスラムの住人が助かったところで千もいるかどうかだ。そこから働き手となれる者は半分にも満たねーはずだ。


「オレはバルグルが欲しい。実も根もな。あればあるだけオレが買おう。なんなら他の都市から集めてもらっても構わねー。いや、ぜひともやって欲しいくらいだ」


 バルグルの需要はある。売り先もある。いや、ヤオヨロズだけで精一杯で他には回せんな。オレも欲しいしよ。


「さあ、仕事はあるのに人手は足りねー。どうする? なら他から持って来るしかねーな。ほらほら、人が増えるぜ。人が増えたら住む場所が欲しくなる。食事をしなくちゃならねー。稼いだら酒が飲みたくなる。だが。ただ飲むのもつまらねー。なんか余興や歌が欲しくなる、さあさあ、どうするどうする? 人が溢れてんてこ舞いだ。大混乱の大暴動だ。誰か仕切らなきゃ荒れるばかりだな」


 今度はニヤリと笑って見せる。そして、金板を数十枚テーブルに置いた。


「それはうちの商会をここに置いてもらうための、まあ、根回し料だ。うちの商会を守ってくれるのならみかじめ料も払わしてもらうぜ」


 都市を支配するなら表だけではダメだ。裏まで支配しなけりゃ本当に支配したことにはならねー。


「フフ。お互い運のイイときに出会ったもんだな」


 空になったカップを振って見せる。


「……そう、ね。運がいいときに出会えたわ」


 カップを振った意味を理解してくれたようで、美魔女がお代わりを注いでくれた。


「まったく持って旨いお茶だ。これからも飲めることを願うぜ」


 そう、これには価値がある。オレにとっても美魔女にとってもな。


「ええ。そうね。わたしもこのお茶は大好きだから」


 作り笑いではなく、心からの笑みを浮かべた。


 商談成立。末長く仲良くしようじゃねーの。とお互いのカップをぶつけ合った。


  ◆◆◆


「名乗るのを忘れてたけど、わたしはリクオウ。この子たちは、ライネージュ、ハルフィージュ、サラトネーラ、ライフォート、サーネーライ、ハルフォートよ」


 と美魔女さん。あ、ちょっと待って。


 ミタさんにプリッつあんを呼んで来てもらう。


「なぁーに?」


「こちら、リクオウさん。で、こちらからライネージュさん。ハルフィージュさん。サラトネーラさん。ライフォートさん。サーネーライさん。ハルフォートさんだ」


 と美魔女さんと六つ子さん紹介したら変な顔された。なによ、皆さんに対して失礼ですよ。


「……ま、まあ、わたしは、プリッシュ。これの保護者みたいなものよ」


 あらヤダ。とうとう保護者に昇格してますわよ、このメルヘンたら。でも、よろしくお願いしやすっ!


「……どう言うことかしら……?」


「この自称村人は、人の名前を覚えるのに時間がかかるの。たぶん、あなたのことも外見や特徴で名前を決めてると思うわ。狐耳さんや美女さんって感じでね」


 惜しい! でも、さすがプリッつあん。わかってるぅ~!


 と言うことで外付け記憶装置には美魔女さんや六つ子さんの名前は登録されました。じゃあ、次の課題へといきましょうか。


「あんたがここを仕切ってるなら、拠点を用意してもらいてーんだわ。できれば家屋一つ。崩れてようが構わねー。もし、住んでるヤツがいるなら立ち退き料は十二分に払うぜ」


 金か物で解決するならいくら出しても安いもんだ。


「崩れてていいのなら二つはあるわ。サラトネーラ。案内してあげて」


「金は?」


「いらないわ。ただ、役所に登録は必要よ。わたしたちは不法占拠してる立場だから」


 ってことは税金も払ってねーってことか。まあ、スラムなんてそんなもんか。


「ならこちらで処理しておくよ。オレの後ろには市長代理殿がついてるからな」


 持つべき友は権力者。もう笑いが止まりませんな!


「……市長代理の後ろにべーがついてるの間違いでしょう……」


 そこは似て非なるもの。通すべき形と言うものがあるんです。


「ふふ。なるほどね。いい関係ね」


 イイ関係かはともかく、うちのメルヘンは役に立つメルヘンです。恥ずかしいから口には出さないけどな!


「まず近いところから頼むわ」


 って、六つ子ばーさん、立ち位置変わると誰だかわかんねーな。案内してくれるばーさんどれよ?


 せめて服を変えろと言いたいが、変えたところでオレに判別できるかはわからねーか。なんか服が綺麗だし、毎日替えてそうな感じだ。


「ついて来な」


 あ、あなたですか。よろしくお願いします。


 案内ばーさんのあとに続き、劇場からさようなら。あ、バルグル茶をもらってくるの忘れたわ。


「ばーさん。案内の前にバルグル茶を買えるところに連れてってくれや。今日から飲みてーからよ」


 あれに蜂蜜を入れても合いそうだし、砂糖と餅を入れてもイイかもしれん。とにかくバルグル茶が気に入ったのだ。


「御姉様が言ったようにアレは貧乏人の茶だ。店で買うようなものではない。個人が勝手に作っているのだ」


 へーそうなんだ。あんなに旨いのに。出るところに出せば結構な金になると思うんだがな。


「飲んでる者は多いのかい?」


 美魔女が飲んでるくらいだ、それなりには作るヤツはいると見たが。


「多い。材料はタダで手に入れられるからな」


 ほーほーそりゃ結構なことじゃねーか。


「ミタさん。ヴィベルファクフィニー号にカイナーズホームが入ってんだよな?」


 確かカイナがそんなこと言ってた記憶があるがよ。


「入っているともうしましょうか、カイナーズホームに繋がっていると言ったほうが正しいかも知れませんね」


 まあ、カイナだし、なんでもありと流しておこう。


「なら、蜂蜜や餅は売ってるな。テキトーに買って来てくれや」


 オレが持っている蜂蜜のほとんどミタさんに取られ、チャンターさんから買ったバモンではいまいちな気がする。ここはカイナーズホームに頼らしてもらおうじゃないか。


「バルグル茶とはそれほど美味しいのですか?」


 あれ? 飲んで……はいないか。出されたのオレだけだったしな。


「旨いな。なぜあれが貧乏人のお茶なのか意味がわからんほどに。似た味がないんで説明に困るが、口当たり的には汁粉やココアかな? アイスに混ぜたりパン生地に混ぜたりにしてもイイかもな。サプルなら絶品のお菓子にしてくれるぜ」


 それでなくても近い材料で前世のスイーツに負けない


味を出せるスーパーでミラクルな妹である。これだけのものなら天下一品のスイーツを作るだろうよ。


「たぶん、ミタさんなら一発で嵌まる味だと思う」


 お菓子大好きなミタさんだから、この味や口当たりはドンピシャだろう。いや、そこまでミタさんの好みなんて知らんけどさ。


「ミタレッティーが嵌まる味ならわたしも飲んでみたい」


 うん。君の好みは未だに理解できんから責任は持てからね。


「ってことで、ないのなら集めるしかねーか。ミタさん。ついでに千円札と小銭を用意してくれ。それでバルグル茶を買い取る」


 スラムでも貨幣は流通しているだろうが、そんなものは微々たる量。ならばこれを期に円に乗り換えても構わんだろう。


「……それは、経済侵略になるのではありませんか……?」


「お、ミタさんは難しい言葉知ってんな。だが、そのセリフは今さらだ。だってとっくにこの都市はヤオヨロズ国に支配されてんだからよ」


 政権と経済はオレに。武力はカイナに。住民の三割近くは異種族が占め、こうして裏の勢力もゼルフィング商会&ゼルフィング家の傘下についたようなもの。


 これで自治権を声高に主張できる者がいたらオレはそいつを王(と言う名の傀儡)にしてやるぜ。


「まあ、自分の足で立ちたいと言うのなら立てばイイさ。オレはそれを肯定するさ」


 ただし、オレは即行撤退させてもらうがな。


「ここのヤツらは独立独歩を捨てて、外に助けを求め、受け入れた時点で文句を言う資格はねーんだよ」


 オレは正義の味方でもなければ救世主でもねー。俗物の世界で生きる俗物な存在だ。なら、損得で動くのは当然だろうが。


「弱いことは罪と知れ。この世は強者が支配してんだよ」


 違う! と言うなら是非とも反論し、証拠を見せてもらいたいもんだ。


「その強者を裏から操る村人がいるんだから世は無常よね」


 メルヘンの呟きなど右から左にさようなら~。さあ、バルグル茶を買い漁るぞぉ~!


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