第82話 都市開発
「イイ崩れっぷりだ」
老朽化で崩れ落ちた石組の建物を見て、なんとなく口にしてみた。
「崩れて二〇年、って感じかな?」
土魔法を使えるせいか、なんとなく年月がわかってしまうこの不思議。まあ、だからなんだって話だが、耐久性や耐久年数がわかるのはそれなりに便利なものなんだぜ。
「広さは二〇坪あるかないかだな」
たぶん、元は一軒家で二階建て。一般住宅、って感じ建てられたのだろう。
「まあ、こんだけあれば充分か」
「え? 狭くない?」
「そう大々的にやるわけじゃねーし、仮拠点だからこれで充分さ」
ゼルフィング商会の支店は大通りに出す予定だし、ゼルフィング家としては冒険者ギルドの近くに構える予定だ。ここは謂わば裏の拠点。ゼルフィング商会や家とは切り離してやるつもりだ。
「店としては買取りを中心とした雑貨屋だな。なんで雇うのは地元のヤツにする。ってことでばーさん。イイヤツがいたら紹介してくれや。交代を考えて六人くらい」
これはあんたらとの繋がりを強めるためであり、雇用を生むものでもある。嫌とは言わせねーぞ。
「つまり、丸投げするってことね」
しーっ! 本音を出しちゃイヤン! そして、そんな目で見ないで!
なんて蔑む目などなんのその。オレから丸投げを取ったらなにもなくなるわ! いや、なにかは知らんけど。
「オホン。じゃあ、次いってみよう!」
ばーさん、案内よろしこ。
「ここで決まりじゃないのかい?」
不思議そうに首を傾げるばーさん。そんな人らしい仕草もできんならもうちょい愛想を出せや。ただでさえ厳つい体なんだからよ。
「ああ、ここは買取り所に決まりさ。もう一つは見てから決めるよ」
場所があるなら有効利用するのがオレのモットーであり、いずれここの土地は急騰するとオレは見ている。ならば、先に手に入れておくのが賢い土地運用(?)である。
「……よくわからんガキだ……」
「うん。よく言われる。こんなに単純明快に生きてんのによ」
オレはオレのために生きている。それは、今生で決めて今も貫いているし、ブレたことは一度もねー。なのにわかってもらえない我が人生。寂しぃぃっ!
「まあ、ばーさんからしたら縁もゆかりもねーただちょっとまじわっただけの他人だ。わかる必要もなければ気にする必要もねーよ。あんたはあんたの縁とゆかりを大事にしな」
オレには六つ子の気持ちとか一生かけても理解できない気がする。顔見知り、がイイ距離だと思います。
「……益々よくわからんガキだよ……」
そう言って次の場所へと歩き出すばーさん。何度も言うけど、オレ、単純明快に生きてるからね。
「他人に理解されない人生って寂しいものね」
うん。そうだね。あと、オレは君のことを理解してないけど、オレが羨むほど楽しく生きてるように見えるのは気のせいでしょうか?
なんて疑問は二秒で遠くに放り投げる。
共存(笑)してるとは言え、人格や価値観、思いが一緒になるわけじゃねー。違う者同士が集まって生きてんだから好きなように考えて好きなように生きろだ。それでわかり合えれば御の字。ダメならしょうがねー。それでイイとオレは思うぜ。
なんて考えているうちに到着。ってか、三〇メートルも離れてねーのか。ってか、よくよく見ればこの一帯、他より朽ち具合が酷いな。入植初期の頃か?
「ここは、古くなったために捨てられた場所さ」
なにか寂しげな顔して言うばーさん。
辛うじて人外ではねーから見た目通りの年齢なんだろうが、最低でも五十年はここで生きて来た感じは読み取れる。
この魔物がいる世界では、村も町も一〇〇年続けば立派なものだ。消えては生まれの繰り返し。ましてや都市を維持するのは至難だろう。
建物は老朽化する。それを誤魔化し誤魔化し修繕し、ダメになったら立ち退くと、前に隊商のヤツから聞いたことがある。
なぜなら建て替える前提で建ててねーし、費用を出せるヤツなんて極一握りの存在だけだ。ほとんどの者は家を捨てて新たに家を建てるそうだ。
それもどうなの? とは思ったが、土地に縛られるヤツは大体死ぬそうで、ここを見てたらなるほどと思うわ。
「新たに土地を求めては移り住み、空いた場所は朽ちるのを待つ、か。非情ではあるが利には叶ってるな」
そうやって都市は新陳代謝が行われている、か。まったく世は無常だぜ。
「それで捨てられるわたしらはたまったもんじゃないがね」
「拾ってもらおうと考えられるのも迷惑な話だがな」
だってあんたら税金払ってねーじゃん。と言っても無駄だろうから口にはしない。独立独歩は多くの死者の上に立ち、多くの生きてる者の意志が必要だ。弱者だと嘆いているうちはなにを言っても無駄でしかねーわ。
「この分だと、まだ土地はありそうだな」
「朽ちてはいるがな」
「それは手間がはぶけて結構なことだ。立ち退きはなにかとメンドクセーからな」
苦労せずに土地所有者になれるとか、もう笑いが止まりませんがな! だぜ。
「誰も住んでないところはオレがいただく。ミタさん。シュードゥ族から建築に長けたヤツ、二、三人連れて来てくれ。無理とかふざけたこと言ったら強制連行して来い。シュードゥ族に拒否権はねー!」
これはシュードゥ族にも利益があること。ここで愚図るようならオレは手を引かせてもらうわ。
「畏まりました」
どこからかスマッグを取り出し、どこぞへと連絡を入れた。
「では、都市開発といきますかね」
◆◆◆
あらよっ! ほらよっ! どっこいしょー! は魔法の言葉。それを唱えるだけで二階建ての家ができました~!
なんてことはなく、最初にもらい受けた場所に建てるのに半日はかかったわ。もう辺りは真っ暗だぜ。
「基礎はともかく石組みの家は難しいぜ」
「いや、半日で造るとかあり得ねぇーから!」
なんて突っ込みを入れて来たのはシュードゥ族の土建屋さん。名前は……忘れたから親方でイイか。
「そこは努力と根性の賜物だな」
神(?)からもらった才能とは言え、なにもしないでは宝の持ち腐れ。才能は鍛えてこそ力となるのだ。
偉そうなこと言うな。とか言うアホは画用紙に絵でも描いてみろ。原稿用紙に物語を書いてみろ。自由だからと言って細かい描写はできるのか? 文字を書けば物語になるのか?
まあ、世の中には天才奇才がいる。初めてでも描いたり書けたりもするだろうさ。だが、オレには無理だ。幼児にも劣る絵しか描けねーだろうし、小学生並み物語しか書けねーだろう。センスもねーしな。
それは土魔法も同じ──どころか魔法のねー世界で生きて来たオレには謎だらけ。少しずつ使ってみて、模索して、試してみて、失敗してみて、反復練習の繰り返し。それを温かく見守ってくれた両親には涙が出るほど感謝したわ。
試行錯誤や訓練は今も続いている。まあ、オレは影でがんばるタイプなのでよく非常識とは言われちゃいますけどね。
「その歳で努力と根性と言われたらおれらの立場がねぇぜ」
「職人の弟子の育て方に文句はねーし、口出す気もねーが、オレはあんたらとは違う方法で技術を習得してんだよ」
技は盗めもイイとは思う。だが、オレは土魔法に一生を懸ける気はねー。先人に学べるのなら頭も下げるし金も積む。短縮できるところは短縮するんだよ。
「立場がねーと嘆く暇があるなら知恵を絞れ。前を進む者に教えを請え。技術を停滞させる矜持なんぞゴブリンに食わせちまえ」
なにを! と反発するならそのまま滅んじまえ。先を進む者の邪魔だ。だが、なにクソと、やってやんよとか、強がりでもイイから口にできんならオレはオレの持っている知識も技術も惜しみなく出してやるさ。それは回り回ってオレに返って来るんだからな。
「ミタさん。夕食を頼むわ」
それ以上はなにも言わず、いつの間にかそこにいたミタさんに夕食を頼んだ。ちなみにプリッつあんはいません。ヴィベルファクフィニー号──と言うか、カイナーズホームと言うか、家具とか食器とかの買い出しをお願いしました。
「あんたらも食っていくかい?」
一応、朝に来てもらい、暗くなったら終了とは言ってある。うちは労働者に優しいところなんでな。
「いいのか?」
「構わんよ。うちは何人いても大丈夫な体制だから」
ミタさんの背後には何十人(怖いから正解には調べないけどさ)といる。百人と増えたところでビクともしねーだろう。だよね?
「皆様の分もご用意しておりますので遠慮なさらないでください」
にっこり笑う万能メイド。いつもあなたには感謝しかありません。
「あんたら酒は飲めんのかい? 飲めるなら出すぜ」
以前、カイナが出した酒がまだまだあるし、魔大陸で食料と交換したガルメリアって酒もある。あ、そう言えば、隊商から買ったエールが樽であったな。
いずれと思って貯めておいたが、他から酒が手に入りそうだし、ここで消費しておくか。うちじゃエールを飲むヤツなんていねーしな。
「あ、ああ。飲めるんなら是非とも頼む。なかなか飲める機会がねぇんでな」
飲めない? なんで? カイナーズで……は買えねーんだったか?
「食料は支給はしてもらえるが、酒や嗜好品は支給してもらえやしねぇんだよ。シュードゥ族は仕事がなく、難民キャンプで過ごしてたからな」
そう言うところははっきりしてんだな、カイナのヤツは。まあ、頼られて、依存されたらメンドクセーし、はっきりと区別してわからせるほうが自立心は芽生えるってもんか。
「じゃあ、うちで働いている間は夕食には酒を出してやるし、身内価格で安く売ってやるよ」
オレもカイナに見習って、シメるところはシメらせてもらうか。それでも前世基準だから甘いっちゃー甘いんだがな。
「それは助かる! 酒がなくちゃ生きてる意味がねぇからな!」
やはりドワーフの系譜だけあって酒好きな種族なんだな、シュードゥ族ってのは。酒がなくなったら滅びそうだ。
「な、なぁ、べー様よ」
「べーでイイよ。ごっつい親父に様とか虫酸が走るわ」
ほんと、様とか止めて欲しいぜ。なんか村人のアイデンティティーを否定されてる感じだぜ。うん、自業自得なのは理解してるから突っ込むのも止めてね。
「そ、そうか。なら、べーよ。もっと人数を増やしてもいいか?」
「それは願ったり叶ったりだが、忙しいからこそのこの人数なんじゃねーのか?」
ここに来たのは三人。長命だけあって年齢は不詳だが、どうも一線級から身を引いた感じがする。たぶん、引退した連中だろう。
「それはそうだが、酒が出るなら別だ。シュードゥ族は酒が飲めるなら二倍でも三倍でも働ける種族だからな!」
別に威張って言うほどのもんじゃねーと思うが、種族特性ってのはある。んなアホなと言えないところがもどかしいぜ。
「まあ、あんたらがそれでイイってのならオレは構わんよ。汗水流した分だけ飲ましてやるよ」
「そいつはありがてぇ!」
「明日が楽しみだぜ!」
「おいおい、今日は飲まねー気か!」
なんとも陽気なヤツらである。
まあ、なんにせよ。明日からジャンジャンバリバリ働いてくれや。
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