第22話 一息
で、終わればイイのだが、プンプン丸な公爵どのは納得しまい。
「とある新興国から帝国への献上品とすればイイ。その仲介役たるバイブラスト公爵にもいくばくかの心配り、って感じにな」
それなら確認として使えばバイブラストの利にもできるし、味方を増やす道具ともなる。
「それ、一国の宰相辺りが考えることだからな」
「あちらを立ててこちらも立てる。政治もご近所付き合いも似たようなものだ」
特に田舎暮らしは付き合いですべてが決まると言っても過言じゃねー。気遣い話し合い心配りと、蔑ろにしたら生きていけねーところだ。
「……バイブラストにお前みたいな参謀がいたらと思うよ……」
オレは柵がねーから好き勝手に言えるだけ。柵だらけの参謀など手足をもがれた戦士にも劣るわ。
「お前の案をいただく。が、変なヤツらに目をつけられるのではないか? エルクセプルのためなら兵を出すバカも出て来るぞ、帝国には」
「是非、来て欲しいものだな」
フフと笑って見せる。
「……なぜ、ですの……?」
公爵どのではなく第二夫人が尋ねてきた。
「味方を纏めるのに手っ取り早いのは敵を作ることだからだ」
それも程度次第。一本間違えたら瓦解し兼ねない。が、その見極めも国には求められる。人族がほとんどの大陸で生きるなら必須の能力だ。今から鍛えろ、だ。
「どこぞのクロットにも勝るえげつなさだな」
クロット?
「皇帝陛下の弟だ。影の皇帝を文字ってクロットと陰で呼ばれているのだ」
今さらだが、この大陸の言葉は共通だが、地域に寄って生まれた言葉や変わった言葉もあるので、どう文字ったかはわからない。が、陰口的なものなんだろうことは理解した。
「そのクロットさんは、大陸制覇とか考えてんのかい?」
「よくわからん。あれだけの力がありながら表には出てこないのだ。兄を立てるし、家臣にも気を配れる。酒や女に興味があるようだが嗜む程度。浪費もしない。夫婦仲もよく、付き合いもよい。皇帝派の頂点として君臨しているのだ」
まさに、なにを考えているかわからない。が、厄介極まりない相手なのは、前に調べたときから変わってはいない。
「まあ、そんな相手ならエルクセプルを渡しても大事にはなんねーだろう」
「なぜそう思う?」
「そう言う性格なら、他人から奪うより他人を利用するからだ」
奪うなど三流もイイところ。長く細く利用するのが利益を得られるからだ。
「ふふ。似たような性格の者は似たような思考をするのだな」
似たようなことを思考するからと言って同じことを思考するとは限らない。その差が厄介なのだ。
「……まあ、お前がそう言うのなら有効利用させてもらうだけだ。」
「おう。遠慮なく利用しろ。オレはそれを有効に利用させてもらうからよ」
「プレアリー。これがベーだ」
「え、ええ。カイがなにを置いてもベー様との友好を大事にするかわかりました。帝都はわたくしに。領地はカティーヌにお任せください」
なんのやり取りか知らんが、オレが口出すことではないと、サラッとスルーした。
「ちょっと話は変わるが、バイブラストとして飛空船を何隻か買わねーか? 安くするぜ」
「ちょっとどころか、大分変わったように思うが?」
「箱庭を利用させてもらった礼だ。なんなら無償提供してもイイ」
オレの提案に、目を細めて考え込む公爵どの。そう他意はねーんだがな。
「これから飛空船の時代がやって来る。公爵領としてか商会を設立するかして、今から飛空船の技術と乗組員の教育に力を入れろ。そして、飛空船の発着場を整えろ。せっかく都市の近くに湖があんだからよ」
領都の近くにも大きな湖があり、基本、飛空船は水の上に浮かぶように設計されているのだ。
……よくよく考えると、船を飛ばそうとか思ったヤツ、頭がイカれてるよな……。
「それに見合うだけのものがバイブラストにあるのか?」
鋭い目をオレに向ける公爵どのに、ニッコリ笑って見せる。
「オレが公爵どのなら狂喜乱舞してるところだな。ここは、神にでも愛されてんじゃねーかと思いたくなるぜ」
まあ、箱庭に寄る副産物だと思うが、それだって神の恩恵みたいなもの。この地を守って来たからこその祝福だ。
「バイブラストが神に愛されている?」
「ああ。ミタさん。スラムで買った酒とタバコを出してくれや」
「はい、畏まりました」
樽が現れるかと思ったら、なぜか瓶が現れ、タバコは高級な箱に入ってテーブルの上に置かれた。
まあ、飲んでみなと目で語り、少し躊躇いながらもガラスのコップに酒を注ぎ、しばし見詰めたあと一気に口にした。
「……少々物足りないが、まあ、飲めないことはないな……」
前世の酒に慣れただろう公爵どのが、飲めると言うなら及第点は出ているってことだ。
「酒的になにに入るんだ?」
「……果汁酒に……いや、なにか混ざってるな? 辛味? いや、苦味か? 混成酒? いや、蒸留酒がもとになってる訳でもない。なんだこの酒は?」
「不思議な味よね。もっと熟成させれば美味しくなると思わない?」
「ああ。なるな、これは。なにかで割るのもいいと思うぞ」
「でしょう~!」
酒飲みどもにはわかるらしい。つーか、酒盛りになっちゃったよ。
まあ、一息入れるにはイイか。
「ミタさん。軽くて甘いものちょうだい」
頭に糖分が欲しいが、重いものは遠慮したい。これ以上、胃が膨れたら眠っちまうわ。
「水羊羹などいかがですか? よいのがありますよ」
ならそれでと、水羊羹をもらった。
うん。上品な味で結構結構。頭に糖分がいき渡る感じがする。
「ミタレッティー。これもいただけるかしら?」
「はい。ご用意致します」
なんだかな~って空気になったが、まあ、これはこれでよし。あ、ミタさん。緑茶ちょうだ~い。
「はい。濃い目にしておきました」
心遣いに感謝。いただきます。
「あー緑茶がうめ~」
◆◆◆
「疲れたから今日はこれにて終了。おやすみなさい」
水羊羹食ったら眠くなった。やはり、疲労が溜まっているんだな。無理せず休もう。
椅子からソファーへと移り、おやすみ三秒で夢の中。ZZZ……。
………………。
…………。
……。
ハイ、スッキリ爽快オレ起床!
「え? 夜?」
部屋の中が真っ暗になってます。何時よ? と腕時計を見れば朝の四時過ぎ。目覚めるのが早すぎました。
もう一度寝るかとソファーに倒れ込むが、熟睡したのかまったく眠れねー。
「ドレミ、いるか?」
暗い上に擬態しているだろうから声をかけたのです。
「はい、ここに」
と、下からドレミの声が──って、クッションになってたのか。道理で熟睡するはずだ。低反発マットも顔負けなくらい気持ちイイんだよ、こいは。
「いろはは?」
「ここにおります」
暗くてわからないが、すぐ近くから声がしたので一メートル以内にはいるようだ。まったく、レイコさんより気配のないヤツだよ。
……気配と存在感は違うんだなーと思う今日この頃。世の理不尽を感じるぜ……。
「薄明かりにして水をもらえるか? 冷たいやつ」
「畏まりました」
と、すぐ横でいろはが発光した。
……見た目が西洋人形っぽいせいか、軽くホラーだな。いや、背後に正真正銘なホラーがいるからインパクトは劣るがよ……。
「明るさはこのくらいでよろしいでしょうか?」
発光することには説明はなしですか。まあ、万能生命体に不可能はなし、ってことで飲み込んでおこう。うん。
「ああ、それでイイよ」
「水です」
どこから出したのは謎だが、ありがたくコップを受け取り、一気に飲み干した。うん、旨い。
「箱庭の水か?」
「はい。マスターが気に入ったように見えましたので、ドレミが汲んで起きました」
そりゃあんがとさんと、コップを返して空中を眺める。
「……益々人の域から外れていくよな、お前は……」
あれやこれやを考えていたら、突然、横から声がした。
え、なに? と目を向ければ公爵どのがいた。随分と早起きだこと。
「ベー様。九時は過ぎてますよ」
と、ミタさんが教えてくれた。うおっ、いたのね!?
「九時過ぎ?」
周りに目を向けると、窓から日差しが入り、たくさんの人が部屋の中にいた。
「お前の集中力、どんだけだよ?」
自分でもどんだけかわからん。自分の中で一分も過ぎねーからな。
「なに作ってんだ?」
公爵どのの視線を追うと、目の前に結界工房に特殊な飛空船が浮かんでいた。
……あ、そう言や、貨物船のことを考えてたんだっけ……。
「まさか作っているとは我ながらびっくりだわ」
本当にオレの集中力どんだけだよ!?
「ベー、たまにやってるわよ」
プリッつあんからのまさかの告白。オレ、なんかヤベー病気にかかってんじゃねーよね!?
「こいつはなんなんだ? 飛空船にしては変な形だし、安定性がないだろう、これ」
「貨物船だよ。この骨っぽいところにコンテナ、荷物を詰め込んだ箱を三つ並べるんだよ」
簡単に言ったらトレーラーだな。
「ちゃんと浮くのか?」
「浮くよ。ただ、推進力は別に用意しなくちゃならんがな」
飛空船の容量は海上船の半分。輸送には適してねーのだ。
「小人族の輸送船も見た目よりは積み込めねー。となると、積載と推進を別に考えたほうがイイ」
まあ、頭のイイヤツならまた違う解決法が出せるんだろうが、凡人のオレにはこれが精一杯。他人の知恵を頼るしかねーんだよ。
「こう言うふうにな」
前に作った小型の飛空船と積載船を連結させる。
「連結したことによる速度は落ちるし、安定性も劣るが、それを補う以上の輸送力と積み降ろしが楽になる」
まあ、それ用に設備を整えなくちゃならんが、何事にも初期投資には金はかかるもの。なら、今後の利益を得られるように考えろ、だ。
「なんにせよ、素人の考えた案だ。気にすんな」
これは、フミさんに考えてもらうか。ヤオヨロズ国が安定するまでは他から食糧を持って来ないと維持できねーんだからよ。
「いや、その案をくれ。バイブラストでも考えてみる」
「インフラ──それを運用しようとしたら港もそれ専用にしなくちゃならん。基礎設備だけでも国家予算級の金がかかるぞ」
「だが、お前の中では必要なことなんだろう?」
「まーな。自給率の少ないところは、外に頼らざるを得ないし、上がったら上がったで外に出さなくちゃならない。輸送は一緒に考えないとダメなんだよ」
このファンタジーな世界で輸送は命懸け。だからと言って止めたら国は存続できない。疎かにしてはいけないものだ。
「なら、やらない選択はない。まるで未来視があるかと思うくらい先を言い当てるからな、お前は」
それは前世の記憶があるから。歴史を知っているからだ。とは言えないので苦笑で返した。
「やるんなら勝手にやりな。国家事業は上がやる気になれば早くできるからな」
諸々の問題も一緒に出て来るが、それは公爵どのの誠意努力と管理能力次第。オレが口出すことじゃねー。
「やるよ。今後の足しにしてくれ」
結界工房を解き、飛空船と連結した貨物船を公爵どのにくれてやった。
「ミタさん。腹減ったから朝食にしてくれ」
集中力が解けたら腹の虫が目覚めてしまった。今なら丼飯、二杯はイケるぜ!
「はい、すぐに用意しますね」
あ、その前に顔を洗って来るからそれに合わしてくださいな、と洗面所へと向かった。
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