月見バーガーのソース
とある寒い日の朝。私はオーブントースターでピザートーストを焼いて
いた。
私はピザトーストを、食パンにスライスチーズを乗せた状態で焼く。ケチャップやピザソースをかけた状態では焼かない。ソースをかけて焼くとチーズに熱が入りにくくなるからである。結果、チーズが溶けないか、チーズが溶けるまで焼いて食パンが焦げる。
食パンが焼けるのを待つ間に、ほうじ茶を入れるためのお湯を沸かしたりなんだりして、一段落し、ふと思った。
月見バーガーが食いてえ。
月見バーガーのうまさは犯罪的である。月見バーガーが販売されると、私はつい、ふらふらとマクドナルドに立ち寄ってしまう。そして、月見バーガーを単品で3つ買いたくなる衝動をなんとか抑え、1つだけ買って帰るのである。たまに抑えきれずに2つ買うこともあるが。
月見バーガーの販売時期が終わると愕然とし、憂鬱になる。また1年待たなきゃ食えないのかと。
もっとも、たまごバーガーとしての完成度なら、月見バーガーよりもエッグマックマフィンのほうが高いと私は思う。エッグマックマフィンなら朝に行けばいつでも買える。月見のない季節はそれを食えばいい。いいはずなのだが、なぜかロスト月見バーガーの傷心は癒えないのである。
なお、犯罪的なのは月見バーガーであって、月見チーズその他のバーガーではない。また、完璧なのはエッグマックマフィンであって、ソーセージエッグマックマフィンとかではない。
月見チーズはチーズの味が濃すぎてたまごの味わいを損なう。ソーセージエッグマフィンも同様。たまごが主役のバーガーでは、濃い味付けは厳禁である。……それはともかく。
毎年繰り返されるロスト月見による精神的ダメージがあまりにでかすぎ、11月になる度に生きる気力が奪われるので、今年は月見バーガーを食す度に、なんとか月見バーガーの犯罪の痕跡を見つけ出し、罪を認めて自白するよう説得していた。要は味を盗もうとした。
その結果から導き出された答えは、オーロラソースだった。月見バーガーのうまさの秘密は、突き詰めればオーロラソースにある。
これは、通年販売しているたまごバーガーと比較し、消去法で考えれば容易に辿り着く結論である。月見バーガーにあって、エッグチーズバーガーやエッグマックマフィンにないものを探せばいい。そうすれば、残るのはベーコンとオーロラソースである。
つまり、オーロラソースさえコピーすれば、月見バーガーの秘密は解けたようなものである。
というわけで、私は早速オーロラソースの作り方を調べた。そして絶望した。わりとめんどい。
ベシャメルソースにトマトをバターを入れれば完成だが、そもそもベシャメルソースを作るのが手間である。
大量生産すれば、一度の手間でたくさん作れてハッピーだが、作った後のことを考えると恐ろしい。腐ったりカビたりする恐怖におびえながら、毎日オーロラソースで何か食わねばならないのである。
日本の義務教育を修了した人なら、芥川龍之介の「芋粥」は読んだだろう。その教訓を思い出すべきである。安いからってコストコで無駄に大量にブツを買っていていいのかい? 本当にそれで幸せなのかい? 鼻から芋汁が垂れるほど芋粥を頬張るのが本当に、人生において是非とも叶えるべき夢なのかい? ……もっとも、「芋粥」の某は鼻から垂れるほど芋粥を食ったりはしておらず、ちょっと食っただけでギブアップしていたが。ヘタレめ。せっかくなら限界の向こう側の世界を覗けば良かったのに。鼻汁まで芋粥になるほど食ってから後悔すべきだったのである。
私は基本的に、料理は使い切りの少量生産をしたいと思っている。冷蔵庫に保存食品を溜め込むのは性に合わない。
昔のように冷蔵庫のなかった時代なら、長期保存の効く干物や漬物や煮物などを大量に作ってちょっとずつ食べることには合理性があっただろう。しかし、今の時代にそれをやる必然性はないと思う。ちょっと作って食べ切る方が今の時代には合っている。
と考えると、この作るのが面倒くさいオーロラソースを自作するのはどうにも憚られるものがある。
オーロラソースの代用として、ケチャップとマヨネーズを混ぜ混ぜするものが紹介されていたので、試しに作ってみた。
……確かにオーロラソースっぽいが、なんか違う。似てはいるが、月見バーガーのソースでございと言えるものにはならなかった。
……で、話は、ピザトーストを焼いている時に戻る。
すでに11月だというのに月見バーガーが食いたいとか無理な妄想を抱いて駄々っ子した私は、ふと、思ったのである。ケチャップとマヨネーズで作る即席オーロラソースを改良して、ピザトーストにかけるのはどうかと。
ピザトーストは月見バーガーじゃないし、ニセオーロラソースは月見バーガーのソースではない。実はどこにも月見バーガー要素はないのだが、ピザトーストにエセオーロラソースをかけて食えば、ロスト月見のトラウマを少しは癒やせるのではないかと、その時は思ったのである。
……よく考えたら余計に傷を抉りそうな気もするが、その時はそうは考えなかった。ただ無邪気にナイスなアイデアだと思った。
というわけで、トーストが焼けるまでの時間を使って、ニセオーロラソースを作ることにした。まずはケチャップとマヨネーズを混ぜ混ぜする。こうしてできたソースがオーロラソースとは似て非なるものであることはもうわかっている。
ここで私は、ピザトーストにかけるもの、という発想から、粉チーズをインすることを思いついた。オーロラソース的にどうかは知らないが、間違いなくピザトーストには合うだろう。
粉チーズを適当に振って混ぜ混ぜする。そして試食する。
……ん?
さらに私は、オールスパイスを適当に振り、黒胡椒をミルでガリガリやって振りかけた。
なんでオールスパイスかは知らない。そこにオールスパイスがあったからである。
……これが月見バーガーの「それ」かというと、たぶん違うのだが、わりといい線行っているような気がする。
ここでもう一押しするにはどうすべきか考えた私は、熟考の末にマジックソルトを手にした。塩分は必要ないが、マジックソルトに含まれる各種ハーブは欲しい。なので、少し控えめに振って混ぜた。
それを試食した私は、無言で冷蔵庫から卵を2個取り出し、フライパンにオリーブオイルを熱して卵を落とした。そして、かに玉的な何かを作った。
かには入ってないし、中華ダシも入れてないし、片栗粉のたれとかもないが、とにかくかに玉を作る要領でかきたまごを作った、ということ。こういうのをスクランブルエッグというのかは知らない。たぶん違う気がする。
そして、スライスチーズのとろけた食パンをオーブントースターから取り出し、皿に載せると、かに玉的なそれを食パンにぶっかけた。トースト1枚にたまご2個は多すぎるので、乗り切らなかったたまごは皿に零れる。
その上から、さっき作ったソースをかけ、ナイフで4つ切りに。
こうして、何かが完成した。これを何と呼ぶべきかはわからない。スライスチーズを乗せて焼いたトーストの上からかにの入ってないかに玉的な何かを零れるほど乗っけてオーロラソースっぽい何かをかけたもの、とでも呼ぶべきか。長すぎるか。
これは月見バーガーじゃないし、ピザトーストでもない。得体の知れない何かである。
しかし、私の朝食に新たな楽しみが増えたのは事実である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます