ロイヤルホストのパンケーキ

 私は4年に1度だけにわかサッカーファンになり、ワールドカップをグループリーグから全戦観戦する。

 なぜ熱心なサッカーファンでもないのに、4年に1度だけ寝不足になってまでグループリーグから全戦観なければならないのか。それは私にもわからない。


 ここ最近のW杯は地上波で全戦生放送していたが、今年は地上波での全戦放送はなし。代わりにAbemaが全戦無料で放送しているので、今回は全部Abemaで観ることにした。

 というわけで、パソコンでサッカー中継を観ているので、裏でブラウザを立ち上げたり、メモ帳を立ち上げて文章を打ったりできる。


 サッカーW杯観戦の裏でtwitterを閲覧していたら、『ジョブチューン』という裏番組で、ロイヤルホストのパンケーキが不合格になったとかで盛り上がっていた。そんなもん観て一喜一憂している暇があるなら、サッカー観ろよ。……まあ、サッカーはサッカーで、審判のジャッジが気に入らないとか、選手がすぐ転がるとかぶーぶー文句を言いながら観ている人が多いから、似たようなものか。



 私はあの番組を何度か観たことがあるが、合否判定に意味がなさすぎて、これを観ている人は何が面白いんだろうと思った。まあ、つまり私の両親なわけだが。


 大手チェーンとしては宣伝になるし、企画のヒントが得られるかもしれないから、出演する理由はわかる。しかし、視聴者にとってあの合否は何の意味もない。

 各審査員がそれぞれ何を評価し、何を評価しなかったかを分析して、そのデータを基に食べてみるに値するメニューを推測するなら役に立つかもしれない。

 しかし、あの番組では全員の詳細な講評を聞くことはできず、司会者から指名された1人、2人が言うだけだから、データ不足でどうにもならない。全く無意味で空虚な番組である。


 戦国武将のランキングとか、城のランキングとか、ああした無意味な格付け番組の面白さは私にはちっとも理解できない。だから何?

 ああいう意味不明な番組は海外でも人気のようで、ディカバリーチャンネルでもよく、戦車トップ10とか戦闘機トップ10みたいな馬鹿な番組をやっている。現代の戦闘機であるF-22と、第二次世界大戦のスピットファイアを同じ尺度で格付けするという、何を考えているのかさっぱりわからない、酷い番組。

 まあ、人気があるということは、ああいうのを面白がる人が多いということで、私のほうが変なのだろう。


 ナショジオでは、とある考古学者が古代エジプトの秘宝トップ10を選ぶ番組をやっていたが、これならまだマシ。ランキングそのものに意味は無いが、一人の審査員によるランキングだから評価基準は一貫しているし、各秘宝に対する講評や、どういう意図で序列を付けたかの詳細を聞けるから参考にしやすい。

 1位はギザのピラミッド、2位はツタンカーメンの王墓、3位は王家の谷と、上位はベタだしそりゃそうだろうというランキングだったが、下位の方は興味深い。特に、ロゼッタスターンを9位にしていたのが意外だったし、特徴的。あれがなければ考古学者は未だにヒエログリフを読めなかったかもしれないし、下手をすると未だに絵文字だと勘違いしていたかもしれない。それを考えるとギザのピラミッドより上位でもいいくらいだと思うが、こういうところにその人特有の考え方が出てくるから個人によるランク付けは興味深い。多数決によるランキングだと、こういうところが見えなくなってしまう。



 それはそれとして、私はロイヤルホストのパンケーキを食べたことがない。ロイヤルホストで売っているパンケーキミックスを買って、自分で焼いて食べたことはあるが、店で食べたことはない。

 私は3回くらいロイヤルホストのモーニングには行ったことがあるが、毎回エッグベネディクトを頼んでいた。今はなくなってしまったが。


 ロイヤルホストは、以前はちょくちょく行っていたのだが、近所の店が閉店してしまった。

 それと同時期に、近所にブロンコビリーができて、ココスの質が上がった。わざわざ遠くのロイヤルホストに行く動機が減ってしまったのである。それで最近はほとんど行っていなかった。



 パンケーキは、頼むのに勇気のいるメニューである。家で簡単に作れるので、わざわざ頼む必要ある? と、どうしても思ってしまう。店のパンケーキは確かに、家で私が作る粗雑なものよりはうまいが、粗雑でも構わない料理でもある。結局メープルシロップだのをぶっかけ、生クリームなどを添え、バナナだのを盛り付けて食うなら、パンケーキそのものの繊細さはそれほど重要でなくなる。


 そのため、私は家でパンケーキを作るときは、生地に何も味や香り付けをしないか、あるいは、生地にシロップやバターも練り込んで、何も付けずに食べるようにしている。



 しかし、この機会にロイヤルホスト伝統の看板メニューだという、件のパンケーキとやらを食しに行くのも一興かと思った。それで、朝6時頃にサッカー観戦を終えると、そのまま寝ずに開店時間の8時まで時間を潰し、ロイヤルホストに行った。


 例の不合格の影響でめちゃくちゃ混んでいたりして、と思ったが、客は私一人だけだった。私の後にちょくちょく客は来ていたが、みんなパンケーキは頼んでいなかった。


 何を頼むかはすでに決まっているわけだが、テレビの影響でのこのこやって来た奴とは思われたくないので、私は思慮深そうにメニューを開き、さも何を頼むか吟味しているフリをしつつ、おもむろにパンケーキとドリンクバーを頼んだ。そして煙幕としてモーニングサラダも追加する。そう。私はあくまでごく自然に朝食を食べに来たのであって、決してテレビ番組の炎上商法に乗せられたミーハー野郎ではないのだ。実際はその通りだが。



 コーヒーを飲み、サラダを突いていると、ほどなくしてパンケーキがやってきた。

 私は実物を見て驚いた。薄いパンケーキの3枚重ねだったのである。


 いやまあ、メニューの写真にはちゃんとパンケーキの写真は載っていたし、それを見れば薄い3枚重ねであることは一目瞭然。そのことは事前に知っていたし、頼む直前にメニューを開いたときにも確認した。

 でありながら、私はその事実を無意識の内に受け入れていなかった。ロイヤルホストのパンケーキが薄い3枚重ねであるはずがない、と。


 薄いパンケーキを重ねるのはアメリカンスタイルである。マクドナルドのホットケーキが薄いのはアメリカンスタイルだからであり、ケチくさい理由からではない。アメリカンパンケーキでは薄いのが正解であり、正義なのである。ハワイアンレストランなんかに行ってパンケーキを頼めば、薄いパンケーキを10枚くらい重ねたやつにブルーベリーソースがかかったりしてやってくる。


 一方、ロイヤルホストはもともとフランス料理のレストランで、今でもメニューにはフレンチスタイルを取り入れている。


 私は、ロイヤルホストはフレンチスタイルのファミレスだと思っていた。そしてそれは実際そうで、間違っていない。そんな店の伝統的なパンケーキがアメリカンスタイルだという発想がなかった。写真を見ればどう見てもアメリカンなのに、その情報が脳みその中できちんと処理されていなかった。


 ロイヤルホストのパンケーキミックスを買って自分で焼いたときも、私は厚く焼いた。私はそのときすでに、ロイヤルホストのパンケーキが薄い3枚重ねだということは知っていた。しかし、当然厚いものと脳みそが勝手に知識を改竄したのである。


 まさかこんなしょうもないところで、人間の脳の思い込みの凄まじさを実感することになるとは思わなかった。人間は何かを思い込むと、その思い込みにとって都合の悪い情報を無意識に「見なかったこと」にしてしまう。


 私はアメリカンパンケーキは嫌いではないし、見下しているわけでもないが、それでもこういう思い込みは容易に起きてしまう。そして、ロイヤルホストのパンケーキは当然厚いものだと思い込んでしまったら、何度写真で薄いパンケーキの姿を見ても、それを事実として認識できなくなってしまうのである。実物を見て、実際に食べてみるまで、その間違いにちっとも気づかなかった。



 こうなると、審査員がなぜこのパンケーキを酷評したかはよくわかる。私は番組を観ていないが、調べたところによると、審査したのは全員フレンチの店のオーナーシェフだったそうである。フレンチの専門家からしたら、ペラペラのパンケーキは当然ありえないだろう。

 文学に喩えて言えば、芥川賞でラノベを審査するようなものである。逆でもいい。電撃大賞でゴリゴリの文学小説を審査するようなもの。そんなもん不合格に決まっている。



 しかし、高級ファミレスという路線で売っているロイヤルホストの看板メニューが、チープさがウリの薄いパンケーキというのは面白い。場違いなメニューが伝統のメニューというのは変な感じがするが、理には適っている。

 ロイヤルホストのモーニングはだいたい1000円くらいするが、パンケーキは500円未満と妙に安い。気軽に頼めるメニューがあるのは客にとってもありがたいし、それによって客を呼び込めるから店にもメリットがある。ロイヤルホストにとってパンケーキが重要なメニューであることは疑いようもない。



 今回私は、ただ適当な理由を付けてロイヤルホストに行きたかっただけで、普段だと「パンケーキくらい自分で作るしなあ」と、なかなか頼まないパンケーキを頼んでみるいい機会だと思っただけだった。私が長年思いこんでいた間違いに気付いてしまうような、深い知見が得られるとは思っていなかった。

 一見馬鹿げていることでも、とりあえずやってみることに意義があることもあるんだなあと、改めて実感した件だった。

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