魚焼きグリル

 コンロにはたいがい魚焼き用のグリルが付いている。しかし、使っていない人も多いだろう。手入れが面倒だからである。


 私の家では2年前にガスコンロを新調したが、魚焼きグリルは一度も使用していない。理由は、買ったときに説明書を読んだら「庫内の天井の掃除はするな」と書いてあったから。ガス火の出るところが目詰まりして故障や事故の原因になるらしい。しかし、魚焼きグリルで一番汚れるのは天井である。魚の脂が跳ねて付着し、アルカリ臭を放つようになっても掃除できないのでは非常に困る。


 しかし、私は思ったのである。ピザを焼くには使えるんじゃないかと。



 私は先日、ピザや食パンと果てしなく仁義なき抗争を繰り広げた。オーブンレンジとオーブントースターを駆使し、どのピザ、どの食パンを、どちらで、どう焼いたらよりうまいのかをひたすら比べた。

 それでわかったのは、ただ焦がせば香ばしさが出るわけではない、ということ。

 ピザを焼くときのコツは、高火力で短時間。そうすることで、外はカリっと、中はふっくら、生地の鮮度を落とさずに焼け、香ばしさが出る。


 そこで、魚焼きグリルである。あれは家にある調理器具の中では最も高火力を出せる。実はピザを焼くのに最適なのではないか。

 魚は脂が跳ねて庫内を汚すが、ピザなら問題なく使えるだろう。たぶん。



 というわけで私はスーパーに行き、魚焼きグリルに入るサイズのグリルプレートと冷蔵ピザを買ってきて、ピザを焼いてみることにした。

 今回用意したピザは、デルソーレのピザと、ニッポンハムの石窯工房のミニサイズ、3枚入り。石窯工房の通常サイズは大きすぎて切らないと入らない。半分に切って焼いても良かったが、ここは切らずに入るやつにしておく。3枚あるから2回失敗できるという利点もある。



 まずは石窯工房ミニを焼く。ピザの説明書きにはオーブントースターで予熱なし3~4分とある。魚焼きグリルで焼くときの目安はない。予熱なし3分でひとまず様子を見ることにした。


 実際使ってみて、魚焼きグリルには欠点があることがわかった。窓が小さく、中も暗いので、焼き具合が確認できない。焦げててもわからん。音で判断するしかない。懐中電灯を当てながら覗き込むことである程度は目視できるが、あまりはっきりしたことはわからない。


 3分経って出してみると……思ったより焦げていた。消し炭になっていたわけではなく、ちょっと焼きすぎ、といった感じ。

 しかし、食べてみると、見た目の焼きすぎ感に反して、ちゃんと中身はふっくらしていた。香ばしさもある。オーブンレンジやトースターではどうやっても香ばしさを出せなかった石窯工房が、ついにその真価を引き出せたわけである。


 石窯工房2枚目は、1枚目の教訓と、すでに熱が入っていることを考慮して、1分半で焼いてみた。今回はこれがベストだった。予熱なしだと2分で良さそうか。


 次にデルソーレのピザを焼く。こちらは切らずに入った。直径20cmのピザなら切らずに焼ける。

 袋の説明によると、トースターでの目安は予熱なし約5分。石窯工房を焼いた直後なので、グリルに余熱が入っていることを考慮し、3分30秒で焼いてみた。

 これもベストな焼き具合になった。オーブンレンジで焼いたときと大きく違いはないが、オーブンレンジだと予熱に16分(現在は寒いので20分くらいかかる)、焼くのに5分かかるから、圧倒的時短になる。


 ここまでの結果からすると、ピザを魚焼きグリルで焼く場合、オーブントースターで焼くときの目安から1分減らせばいいようである。予熱する、あるいは余熱がある場合はさらに30秒くらい減らせばいい。トースターより早く焼け、かつ、香ばしくおいしく焼ける。



 ピザの成功に気を良くした私は、ついでに食パンも焼いてみることにした。魚焼きグリルの構造はオーブントースターとよく似ているし、もしかすると食パンもおいしく焼けるかもしれない。

 食パンは、プレートに乗せて焼く方法と、網で直接焼く方法、両方を試した。


 しかし、これはどちらも成功とは言い難かった。食パンの表面が焦げるのが早すぎる。

 アルミホイルを被せたり、火力を下げることでちょうどいい焼き加減にできたが、手間が掛かるわりにはトースターと大差ない仕上がりだった。

 トースターが家にないならともかく、あるならわざわざ魚焼きグリルを使う理由はない。



 さらに、餅を焼いてみた。餅はフライパンでもオーブントースターでも焼けるが、オーブントースターは表面がカリッとなる前に膨れてしまうことが多く、フライパンは表面をカリカリにできるが時間がかかる。


 グリルプレートに餅を乗せて、魚焼きグリルで焼く。餅の様子はグリルの窓から確認しやすかったので、懐中電灯で照らしながら、焼き加減を目視して焼くことにした。

 だいたい3分くらい焼くと、餅の表面に焦げ目が付き始め、膨れ始めたので取り出してみる。すると、表面は狙った通り米菓子のようにカリカリになったが、中にはまだ火が通っていなかった。

 この場合の対処は簡単。火を消したグリルに戻して余熱で2~3分温めればいい。しばらく放置すれば内部に熱が入り、中は柔らかく、外はカリっとした仕上がりになる。これは大成功。餅を焼くには適しているようである。



 さて。これまで魚焼きグリルを使ってみて感じたのは、思ったよりも短時間で高火力を出せる、ということ。レンジやトースターと大差ないと思っていたが、魚焼きグリルの火力は段違いである。


 こうなるとやはり、魚や肉を焼くのにも使いたいところ。しかし、魚を焼くと冗談では済まないことになる。魚の脂はほとんど天井に跳ねるのに、庫内の天井が掃除禁止では話にならない。


 そこで私は考えた。蓋付きのグリルパンに入れて焼いても、ちゃんと焦げ目が付くのだろうかと。

 もし焦げ目を付けて焼けるなら、蓋付きグリルパンで魚や肉を焼けばいい。それなら庫内はほとんど汚れない。


 考えるよりやった方が早いので、さっそくブツを揃えてみた。まずは蓋付きのグリルパン。これはニトリで売っていた。なぜか蓋が別売りだったが。使い方の説明書も付属していた。

 あとはスーパーで、サーモンのハラスとオーストラリア牛のサーロインを購入。ステーキ用の肉はできるだけ分厚いものがいいのだが、薄めのやつしか売っていなかったのでそれで妥協。なお、サーロインと言っても安物なので、うらやましがるほどのものではない。



 家に買ってグリルパンの説明書を読むと、肉の焼き方が書いてあった。グリルパンをコンロにかけて肉を焼き、最後に予熱したグリルに入れるらしい。それじゃあフライパンで焼くのとほとんど同じじゃんかさ。


 とりあえず、書かれた通りにやってみたが……なんかうまく行かなかった。肉があまり厚切りじゃなかったこともあり、ミディアムにするつもりがウェルダンに。しかも焦げ目が付かない。


 焦げ目が付かなかった理由は、グリルパンに蓋をしていたせいではないかと思う。先にも書いたようにニトリのグリルパンは蓋が別売りだった。あの説明書は蓋をしないことを前提にしたレシピだったのではないかと思う。しかし、蓋をしなかったら確実に庫内が汚れる。


 私はフライパンで肉を焼く方法についてはずいぶん試行錯誤した。おかげでまあまあおいしく焼けるようになってきた。わざわざ不慣れなグリルを使って、ヘタクソに焼く理由もない気がする。


 なお、私の肉の焼き方は料理本に逆らいまくっている。肉は冷蔵庫や冷凍庫から出してすぐ焼くし、フライパンに油をひかない。

 料理本には必ず「肉は常温に戻せ」とあるが、なぜ常温に戻さないとダメなのか、私にはさっぱり理解できない。素人が肉を焼くときに失敗する理由のほとんどは「焼きすぎ」。ということは、冷たいまま焼いた方が失敗しにくいのである。

 あと、焦げ付き防止加工のフライパンの特性を最大限活用して、油をひかずに弱火~中火で焼く。そもそも油は焦げ付き防止のためにひくのだが、油をひくと当然肉にも焦げ目が付きにくくなり、強火にしなければならなくなる。これがだいたい肉を焼くときに失敗の元になる。あと、焦げ付き防止加工したフライパンを強火にかけると、加工が傷むからよろしくない。

 一方、焦げ付き防止加工フライパンで油をひかずに焼けば、弱めの火でもちゃんと焦げ目が付き、かつ、フライパンに肉がひっついたりもしない。油をひかない分、さっぱりでヘルシー。いいことづくめである。


 あと、焼く前に塩胡椒を振れともあるが、これも私はしない。焼く前に塩を振るのは、肉の表面が固まる温度を下げ、形良く焼くためだが、それよりしょっぱくなることの方が問題だと思う。見た目よりも味が大事。パスタをゆがく時の塩とかもそうだが、とにかく、なんでもかんでも最初にしょっぱくすればいいという発想は古いと私は思う。料理はなるべく味付けをせずに完成させて、あとは各自好きなもんを振るなりつけるなりして調整すればいい。

 どうでもいいが、私は牛肉や豚肉はぽん酢とわさびで食べることが多い。ぽん酢で食うと高級和牛ステーキハウスで食っている気分が味わえる。

 焼く前に胡椒を振るのはより無意味。胡椒が焦げて苦くなり、香りが飛ぶだけである。ピエール・ガニェールも言っている。「胡椒は最後に振れ。いつでも、どんな料理でも」と。



 次に、サーモンのハラスを焼く。どう焼けばいいかは不明だが、たぶんグリルパンに蓋をした場合、上面よりも底面の方が熱が入りやすいのではないかと思う。蓋をしてなければ上面の方が火に近いので焦げやすいが、蓋がある場合は上面よりも鉄に触れている底の方が熱くなるのではないだろうか。

 というわけで、皮を下にしてパンに並べ、蓋をして、最高火力でまずは5分ほど焼いてみる。


 5分後、取り出してみると、すでに全体に熱が入り、食べられるようにはなっていたが、皮や皮下脂肪への熱の入り方がイマイチだった。ぐにぐにしてる。ハラスは皮をガリンガリンに焼いた方がうまい。

 というわけで、2分ずつ時間を追加しながら様子を見て焼いていたが、結果的には合計12分で、理想通りのパリ皮になった。

 肉で失敗して魚で成功した理由は、魚は別にレアとかミディアムで焼く必要がないからだろう。身にそこそこ熱が入っても問題ない。


 どうやら魚焼きグリルは魚の、特に皮をおいしく焼くのに適しているようである。そして、グリルパンに蓋をしてもちゃんと焼けるので、庫内をほとんど汚さず焼くことも可能。

 一方、魚の身だけを問題にするなら、フライパンでも問題なく焼くことはできる。切り身を焼くのはフライパンで充分。ただ、切り身に皮が付いている場合、ゴムみたいに固くて食えない状態にはなりがち。その点で魚焼きグリルは優れている。



 今回の結論。

 魚焼きグリルは、ピザや餅を焼くにはすごくいい(プレート必須)。

 食パンは一応焼けるが、トースターやオーブンより優れているわけではない。むしろやや面倒。

 肉は、蓋付きパンでうまく焼くのは難しそう。蓋なしで焼くなら仕上げの焦げ目付けに使えるが、庫内は確実に汚れる。フライパンの方が簡単にうまく焼ける。

 魚は、蓋付きグリルパンで焼くことは可能。皮をおいしく焼くにはいい。



 グリルパンの扱いに関する注意点だが、グリルで加熱直後のグリルパンはかなり熱くなっており、ミトンの耐熱温度を超えている。ミトンで掴むとミトンが焦げたり溶けたりし、最悪火傷を負う可能性もある。

 そのため、グリルパンを購入する際は、必ず取っ手の付けられるタイプを買った方がいいだろう。あと、できれば加熱直後ではなく、少し冷ましてから取り出した方がいい。


 グリルパンを置くための木の板かなんかも必要。テーブル直置きはもちろんダメだが、キッチン台に直置きも危険。

 そもそもキッチン台にコンロにかけた直後のフライパンや鍋を直置きするのはダメだし、そう説明書にも書かれているのだが、キッチンの説明書なんか読まない人は多いだろうし、横着な人はやっているだろう。そして、それで問題が起きることはあまりない。

 しかし、グリルから取り出したグリルパンの熱さはフライパンなんか比較にならないので、絶対にやるべきではない。火事や火傷の原因になる他、台が熱で変形したり焦げたりする可能性も充分ある。

 私は鍋敷き用の木の板を使ったが、火から下ろした直後のフライパンや鍋を置いてもなんともならない木が、グリルパンだと焦げ目が付いた。それだけグリルの火力が高いということである。舐めたらあかん。

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