宵に光る謎の物体

 夕飯を食べた後にスーパーに買い出しに行くと、私の買っていた卵がついに値上がりしていた。税込235円から290円に。他の卵と比べて、なぜ値上がりが遅れていたのかは不明だが。


 最初、その値段を見た時は高いと思ったが、単価で言うと23.5円から29円になったに過ぎない。そんなに騒ぐほど高くなったわけでもない気がする。


 いずれにせよ、卵はいまのところ必要ないのでそれは買わず、処分値になった白菜やバナナなどを買い、半額になった刺し身を「今から夕飯だったら買うのになあ」と物欲しそうに眺め、会計を済ませて店を出る。



 と、空にやたらと光る謎の物体が2つ見えた。ひとつはめちゃくちゃ明るい白色で、もうひとつは若干暗い、赤色っぽいやつ。


 私は最初、飛行機かなんだろうと思った。あんなに光る星はないだろと。しかし、しばらく見ていても動かなかったので、「え、嘘、あれ、星なの?」とうろたえた。


 実は照明か何かじゃないの? と思って何度も見たが、どうもそうではないらしい。どうやら本当に人工物ではないらしい。天体のようである。

 あんなに光る星って何よ? 北極星? でも、こっちは北じゃない気がするし。



 私の天文学の知識は壊滅的である。パルサーとか超大質量ブラックホールとか、変なもんは知っているくせに、天体図についてはまるでわからない。知っているのはオリオン座くらいである。


 一方、天文学者というのは、星空を見ただけで、それが何月何日のどこから見た空かわかるらしい。

 天文学者のニール・ドグラース・タイソンがジェームズ・キャメロン監督と対談していて『タイタニック』の話になった時、ニールが何気なく「あの映画のディティールは本当に素晴らしいね。夜空の方角は逆だっだけど」みたいなことを言っていた。

 ジェームズ・キャメロンがちゃんとタイタニック号が沈む時の夜空まで再現していたことも驚きだが、つまり天文学者だったら、夜空をぱっと見ただけで方角が間違っているくらいのことはわかる、ということである。


 天文学に詳しい人なら、あの星が何かは即答しただろう。なにしろあれだけ輝いて目立っているのだから、有名な星に違いない。

 しかし、私にはさっぱり見当がつかない。あんな赤い星を伴った明るい星なんてあったっけ?


 これほど身近に天文学者がいないことを残念に感じたのは初めてである。「あの星は何?」と聞けば「ああ、あれは何々だよ」と答えてくれる人が、今、身近に欲しかった。



 方角を確認すると、どうやら西らしかった。西で日没直後に明るいのと言ったら、金星? ルシファー? 宵の明星ってあんなに明るかったっけ? あと、金星の近くの赤い星はなんなんだ?



 帰って調べてみると、やはりあれは宵の明星らしかった。金星の近くにあったのは木星なんだとか。あいつらは惑星なので、あの日はたまたま近くにあった、ということ。

 金星と木星が近くに見えるのは珍しいんだとか。私が見慣れなかったのは、私の知識不足だけが理由ではなかったわけである。



 しかし、よく考えたら変な話である。普通の人は、空に光る物体が動くから大騒ぎする。しかし私は動かないからびっくりした。あれがもし不規則な動きをして消えたり点滅したりしていたら、「なんだ、UFOか」で終わっていた。

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