ツタンカーメンの王墓発見100周年

 今年はハワード・カーターがツタンカーメンの王墓を発見して100年目に当たるらしく、ディスカバリーやナショジオでは連日のように古代文明関係の番組を放送している。その中心はもちろんツタンカーメンや古代エジプト関連のものだが、それに乗じて他の古代文明ものも総集編を組んだり、再放送したり。



 ハワード・カーターが第5代カーナヴォン伯爵、ジョージ・ハーバートの支援の元、王家の谷の発掘作業を開始したのは1917年。

 もともと王家の谷の発掘権はセオドア・デイヴィスというアメリカ人が所有していたが、1914年に放棄。さっそく彼らはその権利を得たが、それとほぼ同時期に第一次世界大戦(1914~1918年)が勃発し、作業は中断。実際に発掘作業に入ったのは1917年だった。


 ハワード・カーターはもともとツタンカーメンの墓を狙っていた。当時、ツタンカーメンは、歴代ファラオの名を連ねた石碑には刻まれていないものの、その名が刻まれた発掘品がたまに出てくる謎のファラオだった。実在したかどうかもはっきりしていなかった。

 もしツタンカーメンが実在するなら王家の谷に墓があるだろうし、それが今のところ未発見ということは、自分たちが発見する可能性がある、というのがカーターの考えだった。

 また、歴史から抹消され、存在を忘れられたファラオの墓なら、手つかずで残っている可能性もあると踏んだのかもしれない。現在のところ、王家の谷でほぼ盗掘に遭わない状態で発見された墓はツタンカーメンのものだけである。


 ただ、ツタンカーメンの墓も盗掘に遭った形跡はあって、入り口を塞ぐ塗り壁の封印は、何度か壊されて修復された形跡がある。

 また、最近になって、ハワード・カーター自身が墓泥棒だった証拠も出てきている。カーターの発掘に協力したこともあるアラン・ガーディナーの手紙に、「あなた(カーター)がくれたお守りは、鑑定に出したら間違いなく盗掘品だと言われた」と書かれてあったとか。

 後述するが、ハワード・カーターはエジプト政府と揉めて、一時期発掘現場から締め出されたが、それはエジプト政府がカーターの窃盗を疑っていたのもあったようである。


 発掘開始から数年はろくな発見もなく、そのうち戦争のあおりも受けて、カーナヴォン伯の財政が厳しくなってくる。それで1920年にカーナヴォン伯は支援を打ち切ろうとするが、カーターはなんとか説得して、1922年までの延長を認めさせた。

 そしてその最後の年に、彼は王墓の入り口を発見したのである。……実際に発見したのは、水運び係の少年、フセイン・アブドルラスールだったのだが。


 それから3年がかりで王墓を調査し、棺を発見して開けるところまでこぎつけたわけだが、その途中でパトロンのカーナヴォン伯が死去。

 エジプト政府にコネがあり、面倒くさい手続きをやってくれていた伯爵を失ったことで、カーターとエジプト政府の間でしょうもないごたごたが発生。一時期カーターは発掘現場から追い出されることになるが、その際、棺を滑車で持ち上げたまま放置することになったらしい。世紀の大発見にしてはめちゃくちゃな扱いである。

 ……というのが今までの通説だったが、カーターが副葬品をネコババしていたという手紙の存在が明らかになった今、エジプト政府がカーターを締め出したのには、それなりの理由があったことがわかってきた。


 また、ツタンカーメンのマスクをミイラから剥がす際、顔とマスクの間に樹脂が入り込んで固まって取れなかったため、カーターはミイラの胸をぶった斬って無理やり引き剥がした。

 こうしてミイラは王墓から取り出される際にいくらか損傷したわけだが、その損傷がツタンカーメンの死因を調査する際に誤解を生じさせる要因になったと言われている。後頭部を殴られて暗殺されたとか、何らかの事故で胸が潰れて死亡したという根拠になっている傷は、カーターの作業の過程でできた損傷だったわけである。



 王墓が発見された際、世界各地のマスコミが取材に押しかけたが、それをウザいと思ったカーター達は、イギリスのタイムズと独占契約を結び、他のマスコミを締め出した。

 考古学がこれほど脚光を浴びたのは、これが初めてだった。それまでの考古学は、特権階級の趣味娯楽か、専門家しか興味のないことを地味にやっている人達でしかなかった。世界中から注目を集め、発掘現場に観光客が押し寄せ、報道陣が詰めかけるなんて事態は初めてだった。そのためカーター達も、どう対処していいかわからなかったわけである。


 締め出されたマスコミ達は、カーナヴォン伯が死亡した際に「ファラオの呪い」だという話をでっち上げて報道し、その後も誰か死ぬと「呪い」だとか適当なことを書いて報道した。発掘関係者や王墓に立ち入った人を関連付けるのはもちろん、ただエジプトに行ったことがある人や、その家族などまで呪いリストに加え、しまいには呪い特集記事では、人名をリストアップするだけで紙面が尽きるほどだった。いつの時代もマスコミのやることは変わらない。新聞が売れるなら捏造記事を書くのが「報道の正義」なのである。


 この件に関しては、当時はオカルトブームだったことも考慮に入れなければならない。アーサー・コナン・ドイルがオカルトにハマっていたことは有名で、彼もツタンカーメンの呪いを信じていた一人だったが、ドイルに限らず、この時期の小説には、しばしばオカルト話が登場する。アガサ・クリスティの作品のいくつかにも降霊会のシーンが登場するし、短編集『ポアロ登場』所有の「エジプト墳墓の謎」は、明らかにファラオの呪いの噂を皮肉った作品になっている。


「脱出王」のフーディーニが熱心にエセ超能力者を暴いたり、第二次世界大戦でナチスの高官達がオカルトにハマり、ヘスがニセの占星術で騙されて飛行機で飛び立ってしまったりするのも、このオカルトブームの影響である。


 ちなみに、王墓の入り口になどに書かれてある盗掘屋に対する呪いの言葉は「首をねじり折る」というものが定番。もし本当にファラオの呪いがあるとすれば、首が折れて亡くなるはずである。


 しかし、エジプト文明の考古学者は墓を掘り返しまくっているわけだが、エジプトの宗教観は信じていないのだろうか。墓からミイラを持ち出したら、魂が戻って来られなくなるような気がするのだが。さすがにそんな話は信じていないか? 当時の盗掘屋ですら信じていなかったわけだし。



 古代文明関連の番組を立て続けに観て思うのは、人類はこの5000年ほど、驚くほど進歩していない、ということである。強国のときは他国を侵略し、でかい建物を建てる。祈れば自然をなんとかできると勘違いし、無意味な儀式に大金を投じる。そして自然環境の変化によって弱体化し、他国に侵略されて滅びる。

 滅びた国の中には、人口が増えすぎたことや、森林を伐採しすぎたことが衰退の原因になっている国も少なからずあり、わりと現代の国際社会が抱える問題と似ている。


 SDGsはお題目としては立派だが、現実的には不可能な目標と言える。資源が使い切れないほどあるか、人類を高度なAIが管理してくれるなら可能性はあるかもしれないが。

 夢みたいなことを言っている暇があったら、さっさと火星を植民地化するべきだろう。人類は侵略し続けることでしか存続できない種なのである。

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