TV番組

『徹底検証!天才奇術師フーディーニの謎』

 この記事を書いたのはだいぶ前だったが、書き上がった頃にはすでに番組の放送が終了して久しかったのでお蔵入りにしていた。

 しかし、最近ディスカバリーチャンネルで再放送をやっていたので、それに合わせてせっかくなので公開しておく。



 ディスカバリーチャンネルにて、奇術師フーディーニの脱出マジックを再現しつつ、フーディーニに関する伝説の真相を追うドキュメンタリをやっていた。


 番組構成としては、脱出マジックの再現に多くの時間を割いている。フーディーニにまつわる伝説の検証については、それほど深く突っ込んでいない。マジック再現のついでといった感じ。

 私はどちらかというと、フーディーニについての検証が観たかったので、これは少し残念だった。



 私はフーディーニについてはほとんど何も知らない。番組を観る前に知っていたのは「脱出王」と呼ばれた奇術師ということだけ。実際にどんな脱出マジックをやっていたかすら知らなかった。


 フーディーニは1874年生、1926年没。第一次世界大戦の前後に活躍した奇術師である。

 番組によると、もともとはカードマジックを専門としていたが、後に芸風を変えて脱出マジックをウリにすることにした。

 彼はあらゆるテクノロジーについて造詣が深く、脱出マジックの仕掛けはもちろん、解錠ピックなども自作。自身の広告のポスターも自分で手がけていたという。



 彼はアメリカ大統領やイギリスの諜報機関のトップなどとも知り合いで、かつ、ドイツやロシア(当時はまだソ連ではなくロシア帝国だった)の軍事施設など、関係者以外立ち入り禁止の区域に招待されて堂々と入ることができた。となると当然、スパイ行為を働いていたのではないか、という疑惑が生じる。


 もし私がイギリスやアメリカの諜報機関のトップだったら、少なくとも「いろいろ見聞きしたことを教えてね」くらいは頼んだと思う。たぶんそれくらいのやりとりは当然あっただろう。ただ、フーディーニがスパイ活動を行っていたという確実な証拠はないらしい。



 フーディーニは霊媒師のウソを見破るサイキックハンターとしての側面もあった。フーディーニはスピリチュアルなものを信じたいという気持ちはあったらしいが、霊媒師達がトリックを使っていることは容易に見抜けたために騙されなかった。そして、人を騙して儲けている連中と対立することになる。フーディーニは議会にエセ霊媒師の活動を制限する法律を作るべきとも提言していたらしい。



 フーディーニの死因は腹膜炎とされる。死ぬ数日前、彼は楽屋を訪れた大学生に腹を殴られた。フーディーニは腹を殴られても平気、というパフォーマンスをやっていたが、それは防御態勢が整っていればできる話。ソファに寝転がっているところを不意打ちされた彼はいいパンチをまともに食らった。

 それが原因で数日後に虫垂が破裂し、亡くなった、というのが一般的な見解。ただ、フーディーニは医者嫌いで無理をしていたこともあり、もともと持病を抱えていたらしいし、腹を殴られたのと虫垂が破裂したのには数日のラグがあるので、本当に殴られたことが直接の原因なのかははっきりしない。


 腹を殴った大学生が、ロシアやドイツの手先だったとか、霊媒師に雇われていた、という説もある。これも噂だけで証拠はなし。

 私個人の意見としては、雇われ暗殺者にしては雑な殺し方だから、まあ違うだろう。それに、数日後に虫垂を破裂させて殺す暗殺方法なんて都合が良すぎる。


 こうした謎について番組でもっと突っ込んでくれたら嬉しかったのだが、新事実が判明したといったような情報はなかった。



 番組で取り上げた脱出マジックは、「水槽に逆さ吊り」「銃弾を口で受け止める」「護送車からの脱出」「生き埋めからの脱出」の4つ。

 フーディーニがどうやって脱出していたかははっきりとはわかっていないそうなので、資料を参考に番組の方でトリックを考えて道具を制作している。


 マジックなんだから当然種はあるが、どの脱出マジックも下手をすると死ぬ。


「水槽に逆さ吊り」は、本当に水槽に逆さ吊りにされるため、下手をすると溺死する。また、狭い水槽の中で身体を反転させる必要があり、その過程でつっかえて嵌まったらやはり死亡。


「弾丸キャッチ」は、間違って実弾を撃ってしまったり、銃が暴発して実弾が発射されてしまったりする危険があるだけでなく、空包も決して安全とは言えない。空包でも近距離だと致命傷を負わせられるし、空包内やバレル内に鉄のカスなどが残っていたら、その破片が飛び出して弾丸と同じ働きをする。安全対策を施しても事故死するケースが多く、奇術師の間では禁忌とされているそうである。

 フーディーニはああ見えてリスクの高いことはしない人物だったそうで、これだけ危険な弾丸キャッチを本当にやったのかどうかは不明。番組ではやってないんじゃないかという意見に傾いているようだった。


「生き埋め」は窒息死の危険の他、棺を用いず直に生き埋めにした場合、土の重みで肺が圧迫されて呼吸できなくなる。棺を用いても、土の重みで棺が壊れたらやはり同じ。


「護送車からの脱出」は、他のマジックに比べれば安全で、死ぬリスクはほぼない。ただ、フーディーニはロシア帝国で逮捕され、「あの護送車から脱出してみせろ(できなきゃウソつきということで死刑もありえる)」というシチュエーションで行ったからガチである。護送車は本物で、種を仕掛ける余地はなかった。フーディーニは何らかの手を使って、本当に脱出したのである。

 番組では、フーディーニは口の中や、手や足にサックのようなものをはめてその中にピックを隠しており、それで護送車のカギを開けたのではないかとしていた。



 この番組では、脱出のトリックについては全て公開した上で実演しているが、それでも緊張感があった。そりゃそうである。万全を尽くしても事故はありえるし、事故ったら大惨事なものばかり。



 私は、脱出マジックはもうちょっと安全に行われているものだと思っていたから、意外と危険なことに驚いた。箱に入って真っ二つに切られるやつとかは仕掛けさえあれば誰でも安全にできるが、この番組で紹介されているものは誰にでもできるものではない。種や仕掛けだけでなく、実際に体力や精神力、スキルが必要になる。素人がやれば死ぬものばかり。

 特に、弾丸キャッチがいかに危ないかということは、多くの人が知らないんじゃないかと思う。空包でも事故って死ぬことがあるとはね。



 この番組では紹介されていないが、フーディーニといえば、フーディーニを騙した男、ダイ・バーノンがいる。

 フーディーニは「どんなマジックも3回見れば見破れる」と豪語していた。

 1919年、無名だった20代半ばの若造バーノンは、フーディーニにカードマジックを披露した。フーディーニが選んで山に戻したカードが必ず山の一番上から出てくるという、実に単純でありきたりで素人臭そうなマジックだったが、フーディーニはそれを7回見ても見破ることができなかった。フーディーニは機嫌を損ねて帰り、バーノンは伝説となった。


 バーノンは新しいトリックを考えるのではなく、既存のトリックを洗練させるのを得意としていた。一見単純だがどういうトリックなんだか全然わからんというマジックは、彼の真骨頂だったわけである。

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