新しいバンドの発掘2-6 Tanith "Voyage"

 Tanithは、イギリス人のRuss Tippins(Vo, Gt)がアメリカ人のCindy Maynard(Vo, B)と組んでニューヨークで結成されたハードロックバンド。分類上はアメリカのバンドになるが、どちらかというとブリティッシュ・ハードロックっぽい。

 情報が少ないので何とも言えないが、もともとは4人組だったようだが、現在はスリーピースバンドになっているようである。もう一人はKeith Robinson(Ds)。


 男女ツインボーカルと、アナログの24トラックレコーダーを使って録音したとされるヴィンテージサウンドが特徴。

 近年、ロック界では70年代への回帰が流行っているが、彼らの多くはデジタルで録音し、音質を加工することでアナログっぽくしている。本当に磁気テープレコーダーを使って録音、ミキシングまでするバンドはさすがにそう多くないだろう。


 また、Russ Tippinsは、1979年結成のSATANのメンバーとして活動し、その後もいくつかのバンドを渡り歩いて活動してきた。つまり彼は懐古主義なのではなく、ただ若い頃からずっとハードロックし続けているだけ。

 そのため、懐古主義的なバンドの音楽のように、昔のバンドの手法をトレースしようとする感じはない。比較的現代的な手法も遠慮せず使っている。これが創業四十数年の業というもの。



 彼らは現在、2枚のフルアルバムをリリースしている。1stアルバム"In Another Time"と2ndアルバム"Voyage"。

 今回私は"Voyage"を購入したわけだが、その理由はただひとつ。収録曲の"Snow Tiger"がめちゃくちゃ良かったから。


 https://www.youtube.com/watch?v=REGBNku29GY

 (Tanith - Snow Tiger (OFFICIAL VIDEO))


 スパニッシュな風味を効かせたスピードチューン・ハードロック。これ以上何を言えというのか。そうだよ、俺が求めていたのはこういう曲なんだよ! これを買わない理由があるのか!!


 ……なんか知らないが、私はスパニッシュサウンドに弱い。Al di Meolaもアルバム"Casino"収録の"Egyptian Danza"を聴いてうおぉぉぉぉ! となってしまい、"Egyptian Danza"のためだけに勢い余って初期アルバム5枚セットを買ってしまった。

 ついでなので"Egyptian Danza"のURLも紹介しておく。もしかしたら私のようにうぉぉぉ! となる人がいるかもしれないので。


 https://www.youtube.com/watch?v=UHrzhFoYXu0

 (Al di Meola "Egyptian Danza")


 じゃあ本場スペインのバンドの曲を聴けばいいんじゃないの? と思うかもしれない。私もそう思っていくつか買ったことはあるが、意外と本場のHR/HMバンドがスパニッシュしている曲で琴線に触れるものは少なかったりする。これはなんなのだろう。本場アメリカの西部劇より、イタリアで作られたマカロニウェスタンの方がなぜかより西部劇らしく感じるのと似たような現象なのかもしれない。



 うぉぉー! と叫んだだけで終わるとなんなので、ちょっと技術的な話もしておくと、"Snow Tiger"は基本的に6/8拍子だが、ドラムのスネアの入り方によって4/4っぽく感じるようにしている。4/4と6/8のどちらの解釈でも正しく、どちらでもノれるリズム構成。これは曲が単調になるのを防ぐ。この手のリフに中毒性があり、飽きが来ないのは、複合リズムになっていることがひとつの要因。

 もちろんこれはTanithのオリジナルではなく、いろんな曲で使われているテクニック。OPETHはよくこのリズムパターンを使う。

 ちょっと余談になるが例を出しておく。


 https://www.youtube.com/watch?v=nKpIwX2P118

 (Opeth - The Leper Affinity (Audio))


 ちなみにこの曲は"Blackwater Park"というアルバムに収録されている。気に入ったら買ってね! 私が好きな"Harvest"という曲も収録されているよ! そしてその曲も6/8拍子だったりする。

 なお、タイトル曲である"Blackwater Park"は長い上に複雑なので、慣れない内はスルーしていい。



 はっきり言って、私はこの"Snow Tiger"1曲だけで充分満足だが、もちろんアルバム収録の他の曲もいい。

 彼らは毎回スパニッシュテイストを使ってくるわけでなはいが、そのテイストを効かせつつも、単にそれだけじゃない多様な味わいのある曲も作っている。たとえば"Mother of Exile"。


 https://www.youtube.com/watch?v=Mmh-mVKSXVo

 (Mother of Exile)


 これを聴けば、彼らが単なる懐古主義ハードロックバンドじゃないことはわかると思う。

 ヴァースの前半は典型的なオールドスタイルで、「いや、これはこれでいいんだけど、これでずっとやられるのは飽きるよなあ」と思わせるのだが、聴き手のその心理を理解しているかのように、ヴァースの後半ではパターンを変えてくる。ヴォーカルの構成が複雑になり、合わせてリフも少し変わる。

 そしてプリコーラスで例のスパニッシュな風味を効かせ、盛り上がってきたところでコーラスに入るわけだが、そのコーラスでガンガン演奏するのかと思いきや、まさかのブレイクダウン。そして、しれっとヴァースに戻る。こういう複雑な構成は現代的。


 Tanithがいいのはこういうところ。サウンドはアナログだが、楽曲構成は70~80年代に退化しておらず、ちゃんと進歩している。飽きないような工夫がされている。



 私は近年の70年代への回帰ブームには飽き飽きしている。なんで揃いも揃ってみんな音楽を退化させたがるのか、理解できない。

 70年代には現代のロックに繋がる重要な遺産もあるが、その傍らにはダメな要素が山のようにたくさん積み上がっている。

 特に70年代がダメだったのは、アーティストが聴き手のことを考えていなかったこと。とにかくオレの曲を聴け、聴いて理解できないなら聴き手が悪い、という独善的なスタイル。そして、近年の懐古主義的バンドどもは、みんなこぞってその悪いところを真似するのである。

 自分の音楽に70年代のいいところを取り入れるのは文句ないが、ダメなところまで再現する必要はないだろう。



 ともかくわかってもらいたいのは、Tanithは懐古主義じゃない、ということ。おじさんバンドマンの生き残りが若いのと組んで結成したバンドであり、生き残っているだけあって老練。

 70年代の真似事をしている曲を聴くくらいなら、70年代からサバイバルしてきた、こういう曲を聴くほうがいいと私は思う。

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