新しいバンドの発掘2-7 人間椅子
人間椅子は日本のハードロックのスリーピースバンド。Black Sabbathから影響を受けていることを公言しており、実際その影響は感じられるが、そこまで似ているわけでもない。
リフ重視タイプで、ヴォーカルラインはお経のように聞こえるようなフレーズが多い。
1989年に『三宅裕司のいかすバンド天国』で「陰獣」を披露して有名になったことは、少なくとも日本のメタルリスナーにとっては必修クラスでよく知られている。
私はこのバンドを、何度か好きになろうと努力したことがある。
人間椅子の名前はプログレを聴いていると度々挙がってくる。プログレを聴いているなら人間椅子くらいは聴いておくべきなんじゃないかという雰囲気があった。それで何度かチャレンジした。
しかし、何度試しても、どうしても受け入れることができなかった。うまいのは認めるけど、何か違うんだよなあと感じていた。
そんな人間椅子を聴く機会が今回、再び訪れたわけだが、このバンドについては真野魚尾さんのエッセイでは全く触れられていない。ただ、エッセイを読んだ人がコメントを残していて、そこで人間椅子の「宇宙からの色」に言及していただけ。
ファンが勧める曲なんて、どうせコア過ぎて私には合わないんだろうなと思いつつも、私はとりあえず何も考えずにまず全部聴くというスタンスでエッセイを読んでいたので、ついでなので「宇宙からの色」も何も考えずにまず聴いてみた。そして意外なことに、これがかなり良かったのである。
https://www.youtube.com/watch?v=1JY89ZxVqEg
(NINGEN ISU / The Colour out of Space (人間椅子 / 宇宙からの色))
どうだろう。「陰獣」とかを聴いて「うわあ、合わねえ」と思っていた人でも、これは結構イケるのではないだろうか。
明らかにこの曲は「陰獣」よりも作曲のレベルが高い。モールス信号を彷彿させるリフにしろ、安物SFホラー映画っぽいフレーズにしろ、曲の文脈に合ったところで適切に使われている。聴き手が飽きる直前にリフパターンを変えるなどの小技も効いている。
中盤の遅いパートからプリコーラスに戻るブリッジで6/8拍子を使っているところもうまい。ダルくなったところから抜け出すのに3拍子系を使うのは正解だが、かといってリズム自体を変えたくないなら4/4のままで6/8を使えばいいわけである。今までの人間椅子では考えられないほどクレバーな構成。
結局、4分足らずの「陰獣」よりも6分超の「宇宙からの色」の方がライトに聴ける。
おそらく、初期の人間椅子には、難しくしようとして難しくしたところがあったんじゃないかと思う。必然性があって複雑な展開にしたんじゃなくて、ただひねくれた曲が書きたかっただけ、というところがあった気がする。それが私がこのバンドの曲を受け入れる上で引っかかっていたのではないか、と思う。
一方、最近の曲はそうした傾向はなくなってきている。相変わらず複雑めの曲を書いてはいるが、リスナーを飽きさせないためのフックとして展開の変化を付けるようになった気がする。独り善がりなところがあったのが、聴き手のことを考えるようになってきた印象。
[2023.09.06 追記]
もっとうまい説明の仕方がないかと考えていて、思いついた。
「宇宙からの色」は、歌詞が分からなくてもどんな内容かがわかる。宇宙からヤバいもんが来るんだろうなと。それは、モールス信号みたいなリフや、安物SFホラー風の曲調のおかげ。
また、歌詞自体も「カイパーベルト」だの「オールトの雲」だのと大げさな単語を並べているが、それが安物SFホラー風の曲調とマッチしている。
ただし一応言っておくと、ラヴクラフトの"The Colour out of Space"とは特に関係ない内容である。この曲に限らず、人間椅子の曲は、文学作品からタイトルを拝借していることが多いが、拝借した作品の内容とは関係ないことが多い。
一方、「陰獣」は何が表現したいのかがわかりにくい。音楽からも歌詞からも、結局何が表現したいのかが伝わりにくいのである。
一部の波長の合うファンにはこれで伝わるのだろうが、普通はこれでは無理である。
私が、人間椅子の曲がうまくなってきたと言っているのは、そういうこと。曲に説得力が出てきて、だから聴きやすくなったし、聞き入ってしまうようになった、というわけである。
[追記終わり]
今回、ざっと彼らの曲を年代順に聴いたが、総じて最近の曲のほうがデキがいい。デビュー時にピークがあったバンドではなく、だんだんうまくなってきたバンドなわけである。
また、海外でライブをやったりした影響か、観客が合いの手を入れやすい曲が増えたように思う。内向的なじめじめした曲ばかり書いていたのが、少し社交性が出てきた感じ。
もうひとつ、人間椅子からリスナーを遠ざける要因として、人間椅子に漂う文学臭さや「人間椅子はプログレ」というイメージがあると思う。人間椅子にはなんとなく高尚さがつきまとっているイメージがある。人間椅子が分かる人こそが真に芸術を理解できる人なのだ、という、選民思想的な雰囲気があった。それもリスナーを遠ざける原因になっていた気がする。まあ、これはバンドのせいではなく、周囲のファンのせいなわけだが。
しかし、今回ちゃんと聴いてわかった。人間椅子はプログレじゃない。また、文学的なタイトルから想像されるほど、文学的な歌詞ではない。結構、欲望だの負の感情だのをストレートに歌っている。
人間椅子の曲を聴く時は、文学的なイメージや高尚な雰囲気は忘れて聞いたほうがいい。もっとシンプルな欲望むき出しハードロックだと捉えたほうが受け入れやすくなると思う。
さて。それで問題になるのは、初心者が人間椅子に手を出す時、どこから手を付けるべきか、ということ。
人間椅子はかなり多数のアルバムを出しており、曲数も膨大。基本的には新しいアルバムのほうがデキがいいが、ベストアルバムを1枚挙げるのは難しい。突出して優れているアルバムが存在するわけではない。
というわけで、私が人間椅子の入門としておすすめするのは、『人間椅子名作選 三十周年記念ベスト盤』である。このアルバムを買っておけばいい、というものがないのであれば、各アルバムから精鋭を募ったベスト盤を買うほうが賢い選択だと判断した。
もうひとつ、ベスト盤を選ぶ理由があって、実は「宇宙からの色」はベスト盤にしか収録されていないのである。25周年のベスト盤と、この30周年のベスト盤のみ。
私は「宇宙からの色」は人間椅子の中でも特にいい曲だと思うので、これを外したくなかった、というのもある。
どうしてもベスト盤なんか嫌い、というのなら(その気持ちはよくわかる)、『新青年』を勧めておく。最新作は『苦楽』だが、たぶん『新青年』の方が聴きやすい。
30周年ベストを買ったとして、いいところ取りしたい、とにかく最もいい曲だけ先に聴きたいということなら、「宇宙からの色」と「無情のスキャット」を勧める。たぶんこの2曲がこのバンドで最も優れている曲だと私は思う。
https://www.youtube.com/watch?v=CbI79e5iZKs
(NINGEN ISU / Heartless Scat(人間椅子 / 無情のスキャット)
人間椅子の8分超の曲なんて、昔だったら嫌な予感しかしなかったが、現代の人間椅子はこんなに聴きやすい長尺曲を作るようになったのである。個人的にはちょっと感動的ですらある。
この曲も展開は複雑だが、単なる自己満足的な複雑さではなく、長尺を飽きさせずに聴かせるための工夫として多様性が用意されている。聴き手のための複雑さなのである。
……というわけで、新規バンドの発掘第二弾はこれにて終了。
もともと読者数の少ないこの雑記の中でも、音楽関係は特に読者が少ないことはPV数からよくわかっているが、私と似たような音楽の趣味をしている人は、好みに合う曲を探すために必要な情報が少なくて苦労しているから、そういう人がたまたまこれを読んで、新たな出会いのきっかけになればいいなあと願っている。
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