変な手紙が投函される

 ある日、家のポストに変な手紙が投函されていた。

 B5の紙を三つ折りにして、封筒などには入れずにそのまま投函されていた。宛名、切手、消印はなし。

 一応、投函者の名前は記名されているが偽名で、住所などの連絡先の記載はなし。

 文字は手書きではなく、すべてワープロソフトで打たれて印刷されたもの。


 面白いことに、手紙には少し上等な紙が使われていた。私はシャーロック・ホームズじゃないから、紙を見ただけで「この便箋はHAIBARAの和紙だね。興味深い。わざわざ鴎外や川端が愛用したとされる紙を使ったことから、この投函者は文学に憧れを抱いていると言える」とか詳しいことが言えるわけではないが。ともかく、怪文書にしては少しもったいぶった紙が使われている、ということ。



 明らかに怪しいので、一応、ゴム手袋をしてポストから出し、紙にカミソリの刃が仕込まれているかとか、変な粉とかが付いていないかなどをチェックしたが、素人目には大丈夫そうだった。炭疽菌テロとかではなさそう。


 内容については詳しく書けないが(理由は後述)、宗教でも脅迫でも勧誘でも詐欺でもない。自分はこの世界の影の支配者で、この地域の担当官を代えることにしたから報告するとかいう、そんな感じの内容が延々と書かれているだけ。

 冗談なのかマジなのかは判断がつかない。そもそも、なぜこんな手紙を私の家に投函したのかもわからない。無差別にいろんな家に投函しているのか、それとも私が小説とか書いているのを知っていて投函したのか。


 私が小説を書いていることは、近所ではそこそこ知られている。実際に私の作品を読んだ人はほとんどいないが。

 特に高校では図書委員会に所属し、図書新聞に自分の小説を掲載して全校配布していたので、高校の同期にとっては周知の事実。

 実際、それに関するイタ電がかかってきたこともある。高校生の頃、誰だか知らないが、突然私の家に電話をかけてきて、「依頼していた原稿の件はどうなっていますか?」と尋ねてきた人があった。


 というわけで、この怪文書が、私のことを知っていて、いたずらで投函された可能性も少しはある。



 私はネットで調べてみた。投函者の名前や、手紙の文章の特徴的な言葉をキーにして検索したところ、数件ヒットした。


 ここからわかったことは、まず、これはよく知られたネタのコピペではないということ。「宇宙ヤバイ」みたいに、広く使われている有名なネタではない。ある特定のユーザーだけがそのネタを使っていて、「私は影の支配者だからこの世の全てを知っている。教えてやろう」みたいな感じでいろいろ投稿しているが、誰からも反応されていない。それで寂しくなって、近所の家に手紙を投函するようになったようである。


 そして、この投函者が他の家にも無差別で投函していることもわかった。数件だが、ほぼ同じ文言の文章が投函されていたという人のツイートを見つけた。

 そして、そのツイートをしている人の他のツイートから、その人が私の近所に住んでいることもわかった。とあるチェーン店での昼飯の写真を撮って投稿していたのだが、その写真から店を特定した。テーブルや、そこに置かれた備品からでも店を特定できることはある。プライバシーを守りたい人は気をつけようね。


 ともかく、ここから、投函者の活動範囲がわかった。投函者は私の住んでいる地域周辺に住んでいて、周辺に同じような手紙を無差別に投函して回っているらしい。



 私が「内容を詳しく書けない」と言ったのは、そういうこと。手紙に関する具体的な情報を掲載してしまうと、それを手がかりに個人情報が漏れてしまう可能性が高い。

 私の個人情報が漏れるのは自業自得だが、私が漏らしたことで、他の人の個人情報まで芋づる式に漏れるのはまずいので、あまり詳しいことは言えないわけである。


 今回の投函者は不特定多数に無差別に投函していたわけだが、個人の特定のために怪文書を投函するケースもある。たとえば、ある手紙が私の家にのみ投函されたとする。そして、その手紙には「ポンニャラ教団」という、今のところgoogle検索で1件も引っかからない名称が入っていたとする。で、私が「ポンニャラ教団を名乗る変な手紙が投函されていた」などとツイートしたりすると、それを手がかりに私のアカウントが特定できる、というわけである。これはストーカーが使うテクニックのひとつ。


 本来なら、変な手紙が来たという事実自体、ネットで公表しないほうが安全。本気でヤバイ手紙が来た場合は、なるべく手紙は素手で触れず、袋に入れて保管し、コピーを取って探偵や警察に相談すべきである。

「殺すぞ」みたいな、明らかに犯罪的なことが書いてある場合は警察が対応してくれる。そうでない場合は動いてくれない可能性が高いが、警察に相談すること自体は無料だから、行くだけ行ってもいいと思う。それで相手にされなかったら、探偵に相談することになるだろう。

 不用意に友達に相談するのは考えものである。素人に相談したところでどうもできないだろうし、もしかしたらその友達が投函者本人かもしれないので。



 今回の場合、投函者の目的は「有名になりたい」だと思う。せっかく影の支配者だと大物ぶっているのに誰も注目してくれないから、せめてtwitterのトレンドワードになりたくてやっているのだと思う。

 というわけで投函者はエゴサしているはずだから、エゴサではこの記事が引っかからないように配慮はした。これでバレるとしたら、私のことや、私がカクヨムで雑記を書いていることをすでに知っている人のはずで、逆に投函者の身元をある程度特定できる。


 残念ながらこの怪文書の効果はほとんどなく、ちっとも有名になれてないわけだが、それで犯罪に走らないかだけは心配である。


 変な手紙を投函するだけでも十分迷惑なので、あまり頻繁なようなら警察に届けるつもりだったが、少なくとも、私の家には今のところ1度しか投函されていない。その後、道端に手紙が捨てられているのを見かけたから、まだ活動しているらしいが。手紙の内容も確認したが、少し文面が変わっているものの、内容としてはだいたい同じ。

 有名になりたいんだったら、もう少し建設的なことをして有名になってほしいもんである。


 投函者の住所はすでにある程度特定できているし、ネット上にも多くの痕跡を残しているため、身元特定するのは簡単だろう。なので、もし犯罪行為に走れば、すぐに逮捕されるはずである。

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