蛙化現象

 twitterのトレンド欄に「蛙化現象」というワードがあった。文字面を見ても意味が全く分からなかったので調べてみた。


 wikiをはじめとしたネット上での情報を総合すると、蛙化現象とは、好意を抱いている相手が、自分に好意を持っていると知ると、その相手に対して嫌悪感を抱くようになる現象のこと、らしい。


 なぜそれを「蛙化」というか、というと、グリム童話の『カエルの王様』から来ているらしい。



 ……うん。まず、そこがよくわからない。


『カエルの王様』は、ざっくりというとこういう話。


 王女が泉に大事なものを落として困っていると、カエルがやってきて、「俺と一晩付き合ってくれると約束するなら取ってきてやるぜゲヘヘ」という。王女はOKし、カエルは泉から王女の持ち物を取ってきてあげるが、王女はバックレる。


 しかし、カエルは城までやってきて「約束を守れ」と要求してくる。事情を知った王様は約束を守るよう王女に命じるが、王女はカエルがあまりにキモいので壁に投げつけてしまう。すると、カエルがイケメン王子様に変身し、面食い王女様はその王子様と結婚しましたとさ。めでたしめでたし。


 つまり、王女は最初、カエルに好意を抱いていない。単なるキモいカエルとしか思っていない。その正体がイケメン王子だとわかったから手のひらを返して結婚したわけである。現金な王女だとは思うが、世の中そんなもんだろう。



 ……で、なんで、両想いになった途端に相手が嫌いになることを「蛙化現象」というの?

 私にはこの繋がりが全く理解できない。


『カエルの王様』で王女様の気持ちが変化したのは、カエルが王子様になったから。つまり、見た目の問題であって、カエルが王女に好意を抱いていることを知ったからではない。カエルの下心は最初からミエミエであり、そのことは好意や嫌悪と関係ない。相手に下心があろうがなかろうが、カエルはキモいしイケメン王子はアリなのである。


 これが自然発生した流行語とかならともかく、学者が論文で使い出した用語だというから呆れる。もうちょっとまともな名称を考えて欲しいもんである。



 ところでこの「蛙化現象」という言葉には第二義がある。それは、好きだったはずの相手の細かい欠点が見えたときに、途端に嫌いになるという意味。


 こっちの方はまだわかる。要するに、王子様だと思っていたのが実はカエルだったという、グリム童話の逆転現象が起こることを「蛙化」と言っているのだろう。


 本来、第二義の方は誤用なのだが、もともとの用語の由来が意味不明なせいで、第一義のほうが誤用に見えてしまうのが困りものである。誰かもっとまともな名称を考えたらどうかね。



 私はこの「蛙化現象」という言葉が生理的に受け付けないので、以後は使わない。知らなかったことにする。専門用語だろうが流行語だろうが知ったことじゃない。こんな言葉はさっさと死語の世界に送ってしまえばいい。



 相手が好意を抱いているとわかった瞬間に恋が醒めるのは、昔からある現象である。

 これは大きく分けると2つのパターンがある。ひとつは、相手をオトすのが好きなだけで、結婚して家庭を持つのには興味がない場合。これは男性に多いパターンだが、女性にも見られる。

 もうひとつは自己否定型。相手から好かれると、「自分にはそんな価値がないのになんで?」と、恐怖や混乱をきたすタイプ。



 好きだったはずの人の細かい欠点が突然目について醒める、というのは、もっと一般的な現象。

 恋愛というのは一種の錯乱状態で、だいたい視野が狭くなり、いろんなことが見えなくなるものである。その狂気から醒めて冷静になってみたら、なんでこんなのと付き合ってるの? 結婚したの? と思うことはよくある。

 そうしたら、今までは気にならなかった部分がすごく気になったりしてくるもんである。


 だからまあ、重要な決定を下す際は、できるだけ冷静になって判断しようね、ということである。結婚相手を選ぶのはもちろん、家や車を買うときとか、借金やローンを組むときとか、そういうのはその場のノリとか勢いで決めるべきでなはい。

 もっとも、雰囲気に飲まれて軽々しく重大な決断を下す人たちがたくさんいるからこそ、世の中は回っているともいえる。


 なお、残念なことに、人はパートナーを選ぶとき、自分と同等の相手を選ぶ傾向があることが実験によってわかっている。理想の上では玉の輿を狙っていても、結局選ぶのは同類。つまり、もし自分がキモい相手と付き合っているなら、自分も同等にキモいということ。

 パートナーの悪口を言うことは、自分の悪口を言っているのに等しい。自虐行為なのである。



 これらは「最近の若者に見られる現象」とされているらしいが、だったらファミレスで夫の悪口を言って盛り上がっているアレはなんなのだと思う。

 男性の場合はあまりそういう話題で盛り上がることはないが、妻の化粧を落としたすっぴん顔を見て醒めるとか、ちょっとした言葉遣いが気に入らないとか、やはり細かいことが気になって醒めるという話はよくある。この現象に世代や性別は関係ない。


 少なくとも、アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』に、それを話題にした雑談が書かれている回がある。彼女が「~じゃん」みたいな言葉遣いをするのがどうしても気になって別れた、という男の話。というわけで、少なくとも1970年代にはあった現象だということ。

 しかしこの手の話なら、『史記』などの古代中国の歴史書やホメロスとかにもありそうな気がする。

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