私のシャーペン遍歴

 私がシャーペンを使うようになったのは、大学を卒業した後である。学生時代はずっと鉛筆を使っていた。使っていたのはぺんてるのマークシートペンシルのHB。今となっては知らない人も多くなってきているだろうが、かつてぺんてるは鉛筆を製造していた。そして、バブル期に売られていた伝説の鉛筆が「ブラックポリマー999α」。『文具沼への招待』の主役である。

 ぺんてるの鉛筆の芯は独特で、黒鉛ではなくシャーペンの芯と同じ素材が使われていた。その書き味は、大雑把に言えばぺんてるのシャー芯、アインシュタインと同じような感じだった。


 私がシャーペンに手を出した理由は、ボールペンの代替品としてだった。ボールペンは素晴らしい筆記具だが、いくつか問題もある。上向き筆記できないし、インクやボールが劣化して書けなくなることがある。

 外出先では上向き筆記することが多いし、バッグにボールペンを忍ばせていても、そのボールペンのインクが出なくなったら終わりである。

 シャーペンは筆跡を擦ると手が汚れたり、消しゴムで字が消えてしまったりする難点があるが(消しゴムで消えるのは利点にもなるが)、上向き筆記できるし、予備の芯を入れておけば、芯がなくなって使えなくなることはまず起きない。外出先で何かメモるには都合がいい筆記具だと思った。

 鉛筆ではその役目は果たせない。バッグに何本も入れるなら可能だが、だったら最初からボールペンを複数本入れればいい。それがかさばるしスマートじゃないからシャーペンを使おうと思ったのである。



 私がまず買ったのは、ぺんてるのグラフ1000 0.5mmだった。特に理由はない。ぺんてるのシャーペンだからである。私はぺんてるの鉛筆を愛用していた。だからぺんてるのシャーペンを買った。それだけ。


 グラフ1000自体には特に不満はなかったが、使っていると少々問題があった。芯が折れる。

 私は長年鉛筆を使っていたため、筆圧が高かった。そのためシャーペンを使うとボキボキやってしまうのである。


 折れまくる芯にうんざりした私は、もっと太い芯を使うことにした。ただ、0.7mm芯が使えるシャーペンはそうない。文具屋で探して、見つけたのが三菱鉛筆のシフト 0.7mm。

 シフトはグリップを回してガチャコンすることでペン先を出し入れできるシャーペン。なかなかカッコイイが、この凝った機構のせいで壊れやすいという難点もある。あと、ちょっと重い。


 そこで私は、もっと普通のシャーペンを求めた。そして買ったのがパイロットのS3 0.7mm。

 パイロットのSシリーズは、低重心だったり木軸だったりするものがあるが、S3は最もベーシックで普通のプラスチックシャーペン。低重心でもなければ、変わった素材でできていることもなく、凝った機能があるわけでもない。ただし、0.4mmや0.7mmなど、いろんな芯が使えるモデルがラインナップされている。

 S3はクセがなく使いやすかった。0.7mmなので折れもしない。


 だが、私の文具事情は刻々と変化していた。

 S3を使い出したのと同時期に、私は5mm方眼ノートを使うようになった。6mm横罫を使っていた頃なら0.7mmでも良かったが、5mm方眼ノートにものを書くには太すぎる。しかし、0.5mm以下の芯を使うとバキバキ折ってしまう。私はジレンマに陥った。


 そこからはシャーペンの戦国時代へと突入する。私はいろんなシャーペンと芯を試した。オ・レーヌとかオレンズとか、折れにくいと謳っているシャー芯とか。しかし、満足のいくシャーペンはどうしても見つからなかった。



 使いやすいシャーペンを求めて迷走する中、登場したのがアドバンスだった。私はクルトガはそんなに好きではなかったので、クルトガエンジンは要らないなあと思ったが、アドバンスは私の要求する性能を全部備えていた。芯は折れないし、書き味にも影響しない。しかもペン先までしまえる。


 ペン先がしまえる機構は、安物シャーペンの方がよく導入していて、高いシャーペンではあまり採用していない。たぶん、ガタつかないように、などを配慮しているのだろう。しかし、シャーペンのペン先は細く尖っているのでわりと危険だし、落としたりして壊しやすくもある。

 私はシャーペンを壊したことも、シャーペンで怪我したこともさせたこともないが、それでもペン先が収納できるならそれに越したことはないと思っている。


 唯一の欠点は、0.5mmしかないことだった。せっかく芯折れ防止機構を備えているなら、0.3mmが使いたい。

 しかし、贅沢を言っても始まらないので、とにかく私は0.5mmのアドバンスを買った。そして、0.3mmの発売を心待ちにした。


 結局、アドバンスの0.3mが発売されたのは、1年か2年経ってからだったと思う。「遅すぎだろ、馬鹿じゃねえの?」と私は思った。作れば売れるのが確定しているのに、こんなに長いこと遅延した意味がわからない。

 しかも三菱は何を考えたのか、0.3mmの軸の色をピンクとラベンダーにした。青と白もあったが、私は0.5mmの青と白を買っていたため選べなかった。アドバンスのミリ表記は小さくて目立たないので、同じ色の軸を買うと区別が付かなくて困る。

 なぜ0.3mmはパステルカラーしか出さないのだろう。細字を使うのが女性だけだと思っているのだろうか?


 私は時々、文具メーカーの社員は頭がおかしいのではないかと思うことがある。ぺんてるはエナージェルの0.4mmやブルーブラックインクを長いこと出さずに焦らしたし、ゼブラはサラサのビンテージカラーインクの0.4mmを一向に出そうとしない。

 パイロットも、ボールペンの限定カラー軸を出すとき、極細ペンはパステルカラーばかりラインナップする。男は太字を使っとけと言わんばかりである。女は細字で男は太字というその固定観念は、古いというより変である。アルファベットを書くなら太字でいいが、日本語を書くには細字の方が都合が良い。細字が欲しいのは性別の問題ではなく、日本語を書くからである。


 とはいえ、アドバンスの0.3mmが、機能的には理想のシャーペンであることは間違いない。仕方なく私はピンクとラベンダーのアドバンスを買った。


 というわけで、私の愛用シャーペンはずっと、ピンク色とラベンダー色のアドバンス0.3mmだった。

 シャーペンの色なんて本質的な問題ではないし、どうでもいいと言えばどうでもいい。しかし、もうすこしカッコイイ色にならんのか? と、使う度に思っていた。だいたい、おっさんがピンクのシャーペンを使うのは似合わないだろう。



 長らくそうした屈辱の日々を送っていたが、2022年2月下旬、ついにその苦行から解放されるときが来た。アドバンス アップグレードに0.3mmが追加され、さらに、ノーマルアドバンスに渋い限定カラーが登場したのである。ミルク、ラテ、チェリー、ピスタチオの飲み物食い物シリーズ。


 アドバンス アップグレードの0.3mmには待望の黒とアイボリー、限定色は緑。無難な色だが、その無難な色が今までアドバンスの0.3mmにはなかったのである。


 アドバンスの飲み食いシリーズは、今までのアドバンスと違ってつや消しカラーになっていた。「ミルク」って要するに白じゃないの? と思っていたが、現物を見るといい感じに上品で、かなり良かった。アイボリーとも違う、暖かみのある白。まさに濃いめの牛乳といった感じ。


 私は当初、アップグレードだけ買おうと思っていた。色はアレだが、すでにアドバンスの0.3mmは2本も持っているからである。そんなに何本も必要ない。


 しかし、現物を見て気が変わった。明らかに無駄な買い物だが、ここで妥協したら私は一生、ピンクのアドバンスを見る度に、妥協したあの日のことを思い出すのである。死ぬまでそんなしょうもない思い出を引きずるくらいなら、今ここで無駄に1000円ほど突っ込んでおくべきだろう。


 というわけで、アップグレードはアイボリー、アドバンスはミルクとピスタチオを買った。



 なお、私はオレンズやオ・レーヌ、モーグルエアー、デルガードも試したことがある。オレンズネロは気軽に買える値段じゃないので店頭での試し書きのみ。

 その上で、本当に実用的な芯折れ防止機構を備えているのはアドバンスだけだと判断している。

 一時期話題となったオレンズやオレンズネロは、アドバンスと同じ方法で芯を保護しているが、パイプで紙を引っ掻くことがあって、あまりよろしくない。機嫌のいいときは使えるが、神経質な印象がある。私は気難しい道具は好かない。使いたいときに問題なく期待通りに使えるものがいい。



 シャーペンにとって本体はもちろん重要だが、芯もとても重要な要素。

 私は当初、ぺんてるのハイポリマーフォープロを使っていた。何がフォープロかは知らないが、折れにくくて書き味のいい芯だった。現在は廃番となり、アインシュタインに統合されている。アインシュタインとフォープロは若干違い、フォープロの方が書き味は良かったが、廃番になったものをいつまでも懐かしがっていてもしょうがない。


 ぺんてるの芯の特徴は、折れにくいことだった。他社の芯に比べると丈夫だったので、芯折れ防止機構が登場するまでは重宝していた。

 その他の特徴は、金属っぽい硬くて滑らかな書き味で、筆跡が金属っぽくテカること。このテカりのせいで、他社の芯よりも薄く見えるのが欠点と言えば欠点。


 フォープロが廃番になったのをきっかけに、私は他のメーカーの芯も使い比べて、どれが一番いいか確かめた。


 三菱鉛筆は、濃さや定着などは申し分ない。ただ、使っていると、シャリシャリという変な感触がする。これはクルトガのように芯を回して使うとより顕著になり、かなり気持ちが悪いし、筆跡にも影響する。すごく汚い字になる。

 これは高級モデルのハイユニでも同じ。


 ゼブラも三菱と同じようにシャリシャリする。


 パイロットは、以前は折れやすくて定着も悪い芯を出していたが、ネオックス・グラファイトになってから大幅に改善した。強度は少し弱めだが、他社よりも濃い筆跡と、なめらかで書き心地がいいのが特徴。

 芯折れ防止機構を備えたシャーペンに使えば欠点が消えるので相性がいい。


 トンボの芯はクセがなくて扱いやすい。際立った長所もないが、短所もない。フラットな使い心地。

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