『ゴルゴ13』 マイベスト13

『ゴルゴ13』の単行本をたくさん買った記念に、私が選ぶ『ゴルゴ13』ベスト13でも選んでみようと思った。

 しかし、やってみると意外と選ぶのが難しい。


『ゴルゴ13』シリーズは複数のライターが脚本を手掛けていることもあって、エピソードのパターンがバラエティに富んでいる。

 似たようなタイプのエピソードを比較するのは簡単で、たとえば「帝王の罠」と「チェック・メイト」はどちらも組織のボスが復讐のためにゴルゴに罠を仕掛けるタイプの作品なので、比較して優劣を付けるのは難しくない。

 しかし、ぜんぜん違うタイプの作品、たとえば「アッシュ最良の日」と「帝王の罠」を比較するのは無理がある。


 ならば、各タイプのベスト1を選んだほうがいいのだろうか? ベスト13を選ぶよりは、その方が簡単かもしれない。しかし、それはそれで問題もある。いくつ部門を用意するかも問題だし、部門によってライバルとなる候補作品の数に偏りが出る。たとえば「ゴルゴの過去もの」は私の知る限り7作しかないが、「対決もの」はいくつあるんだかわからないくらいたくさんある。候補数の少ない部門から1作選ぶのは簡単だが、めちゃくちゃ多い中から1作選ぶのはかなり大変だろう。

 それに、以前の記事にも書いたが、私はゴルゴの過去ものに興味がなく、その興味のないゴルゴの過去もの部門から作品を選ぶことに意味があるとも思えない。


 いろいろ考えた挙げ句、単純に、私がよく読み返す作品、何度も読み返したくなる作品を選ぶことにした。

 なお、明らかに続きものになっている作品は、全部まとめて1作品という扱いにししている。


 あと、各作品について細かく言及するとすごく長くなるので、軽くコメントするに留めた。詳細な内容などは実際に読むなりして欲しい。



1.「G資金異聞・潮流激る南沙」

2.「白龍昇り立つ」

3.「300万通の絵葉書」

4.「穀物戦争 蟷螂の斧」「穀物戦争 蟷螂の斧 汚れた金」

5.「シーザーの眼」

6.「チェック・メイト」「ステール・メイト」

7.「システム・ダウン」

8.「PRIVATE TIME」

9.「間違われた男」

10.「AT PIN-HOLE!」

11.「バイオニック・ソルジャー」

12.「ロックフォードの野望」「ロックフォードの野望(謀略の死角)」

13.「殺人マニュアル」



1.「G資金異聞・潮流激る南沙」


『ゴルゴ13』という長寿シリーズを締めくくるにふさわしいエピソードである。……いや、この後も連載は続いているのだが。


 ゴルゴが人を殺すことによって国際情勢に影響を与えたことは何度もあったが、この作品では資産力によって影響を与えている。しかも、環境保護活動に対して寄付するという形で。その点で、このエピソードはかなり変わっている。


 私がこの作品を気に入っているのは、藤堂が、自身に何の利益もないのに、単なる興味本位で、ゴルゴに連絡を取って情報を垂れ込む役を引き受けるところ。こういう動機でゴルゴと接触した人物は珍しい。唯一かもしれない。



2.「白龍昇り立つ」


 燐隊長のキャラが濃くて印象的な作品。彼のセリフは名言揃いである。ゴルゴ史上最も名言を数多く生んだキャラかもしれない。ゴルゴを含めて、である。中国共産党は仏よりも上だと公言し、極地法は登山家の恥だとぶった斬る。

 お口だけでなく実力も超人的で、突風が吹き荒れる中、アイスピッケルが5mmしか刺さらない氷の壁を命綱なしで登っている。


 この漫画の影響で、極地法が登山家の恥だと思っている人は結構いそうだが、極地法によって開拓されたルートがあってこそ単独登頂ができるわけなので、全否定するのはどうかと思う。



3.「300万通の絵葉書」


 これも『ゴルゴ13』という長寿シリーズを締めくくるにふさわしいエピソードである。終わっていないが。

 過去のゴルゴの仕事を振り返り、その因果が巡って、彼の連絡システムを破壊する動機に繋がる話。つまりこれは贖罪の物語なわけである。ゴルゴはその仕事によって国際社会に多大な影響を与えたが、その影響が自分にも及んだということ。


 もっとも、ヘセロの言い分には全く同意できない。自分自身もゴルゴを利用しておきながら、ゴルゴを国の厄介者だと断じるのは都合が良すぎるだろう。そう思うなら最初からゴルゴを使うなよ。


 絵葉書の転送役を請け負っていたスローンをはじめ、管制官やゲリラの面々などのチョイ役までみんな個性的で、よくできた回だと思う。



4.「穀物戦争 蟷螂の斧」「穀物戦争 蟷螂の斧 汚れた金」


 私は件の評論を読んだことがないし、興味もないからこれからも読まないと思うが、呉智英が「穀物戦争 蟷螂の斧 汚れた金」について、ゴルゴなしでも成立する話であり、これを名作だと持ち上げる読者はバカだと書いたらしく、それで『週刊宝石』誌上で呉vs読者の論争が巻き起こったらしいことで有名。そして私はバカである。


 この一連の作品において、ゴルゴの技術はあまり重要ではない。「穀物戦争 蟷螂の斧」でゴルゴはミラクルショットを披露しているが、漫画でならどんな奇跡的なショットだってご都合主義により成功させられるんだから、驚くに値しないと私は思う。

 ゴルゴがミラクルショットを成功させることがカタルシスになり得たのは初期だけで、「穀物戦争」掲載の頃には、すでにゴルゴが仕事を成功させることは当然となっていた。


 重要なのは、誰が、どのタイミングでゴルゴを使うか、そしてそれがどういう影響を及ぼすか、ということ。ゴルゴというジョーカーをいつ切るかというカードゲームとしての面白さがこの作品のミソだと思う。


 ゴルゴは、「蟷螂の斧」ではアメリカの穀物メジャーを助け、日本の食料自給率を上げようとする藤堂の野望を阻止した。しかし「汚れた金」では逆に藤堂に雇われて、メジャーの支配する先物取引市場から金をふんだくる手助けをしている。そしてその金で藤堂は、日本の農家を支援する基金を設立する。その因果が面白いのである。


 あと、藤堂とウノがとてもいいキャラをしている。藤堂は「G資金異聞・潮流激る南沙」で再登場したが、ウノもちょっとでいいから出てきてほしかった。



5.「シーザーの眼」


 これもゴルゴの仕事っぷりは全く問題じゃない作品。

 この作品の主要な部分は、シーザー電子という一風変わった会社の担当にいきなり変えられてしまう広告代理店の営業マンを中心としつつ、シーザー電子に入り込んでいるスパイが誰なのかを探るという、サスペンス仕立てのストーリー。そこに、ゴルゴというジョーカーを、いつ、誰が切るかという緊張感がプラスされたものとなっている。


 ゴルゴはつくば博と思われる会場のパビリオンに埋められた雷管を狙撃しようとしていた犯人を射殺することに成功したが、雷管や爆薬自体は残ったままなので、脅迫側が代わりのスナイパーを雇って狙撃したら大惨事になるんじゃないかとは読んでいて思った。

 ただ、脅迫側の狙いは、シーザー電子の技術が公表されることを阻止することなので、公表されてしまった後に建物を爆破しても意味がないのだろう、ということで納得している。


 あと、シーザー電子は真夜中にゴルゴの口座に金を振り込んでいるが、どうやったんだろうとちょっと思った。日本の銀行は営業していないわけだし。シーザー電子は海外にもゴルゴに送金できるだけの資産があったということなのか? それとも、私が知らないだけで、なんとかできる方法があるのか?


 しかしまあ、その辺はこの作品にとってあまり重要ではない。ここでいちいち「銀行が閉まっているから、送金は朝まで待ってくれ」とかいうやり取りを挟むのは、漫画としてはかったるくなるだろう。小説なら入れてもいいと思うが。



6.「チェック・メイト」「ステール・メイト」


 ゴルゴとの対決ものでは一番好きな作品。「白龍昇り立つ」より好き。「白龍」は対決ものというよりは、燐隊長のキャラが好きというところが強い。


 真夜中の空港でゴルゴを足止めし、3段構えの罠でゴルゴを仕留めようとするヌオールズと、その罠にあえて嵌って切り抜けようとするゴルゴの、静かな対決が渋い。

 私はライバルスナイパーとゴルゴが直接対決する作品より、こういうものの方が好みである。

 失敗したのでダメな作戦だったように見えてしまうが、「チェック・メイト」の罠はシンプルだがよくできていると思う。ヌオールズや雇われた暗殺者たちは、ゴルゴを侮ったり油断したわけではない。ただ、主人公補正でゴルゴにかわされただけのこと。


「チェック・メイト」では頭脳戦を展開したヌオールズだが、それが通じないとなると「ステール・メイト」では一転、力技に転じるところもいい。とりあえず自分の周囲全域に爆薬を仕掛けて、撃たれた瞬間に起爆すればいいじゃーん! という、すんごいバカだが効果的な作戦。

 ゴルゴは主人公だから謎の機転でそれを察知して切り抜けているが、それは驚くに値しないしどうでもいい。とにかくこの一連の作品はヌオールズの知略が主眼である。



7.「システム・ダウン」


 これも「チェック・メイト」と似ていて、ゴルゴと直接対決できる技術や身体的能力を持たない人物が、知略でゴルゴを倒そうとする話となっている。

 ヌオールズには金と組織があったし、広範囲に爆薬を仕掛けるというめちゃくちゃな手段を取ることもできたが、ヨーコはそこそこ社内の地位があるとはいえ、単なる保険会社の社員に過ぎず、我々にもできるような常識的な手段のみ用いてゴルゴを追い詰めている。面白い。

 そして、ゴルゴへの連絡方法がいろいろ判明する回としても面白い。



8.「PRIVATE TIME」


 ゴルゴの休暇中の様子が描かれる貴重な回。


 そういう意味では「禍なすもの」も好き。山荘での休暇をエンジョイするゴルゴの姿が描かれていて、よだれが止まらない。お買い物をするゴルゴとか、「ゴルゴの考えた最強の秘密基地」とかを見ているとハアハアしちゃう。好きなのにベスト13に入っていないのは、途中で原子炉を抱えたバカップルがゴルゴの休暇の邪魔をして、挙げ句にゴルゴが山荘を放棄しなければならなくなったため。せっかくの貴重な休暇回をぶち壊しにするんじゃねえよバカップルめが!


 一方、"PRIVATE TIME"で登場するFBIのブラウニーは、ゴルゴに疑いを抱いて彼の船に乗り込み、ゴルゴの診療船見学ツアーを許可されて貴重な体験に興奮しているが、休暇の邪魔はしていない。いい子である。



9.「間違われた男」


 ゴルゴと間違えられてしまった電動工具のセールスマン、トニー・トウゴウの話。ギャグ回だが、トニーからしたら笑い事じゃない。

 そして、ゴルゴファンのクーンツがパチモノゴルゴにいちいち感心してちっとも気づかないところも笑える。


 ゴルゴがなぜか「俺が本物だ」と名乗り出ないところも面白い。面白いシチュエーションだから黙って見守ろうとでも思ったのか?


 最後にトニーをアシストしてターゲットを始末した点については、おそらくゴルゴはクーンツ達の車に盗聴器を仕掛けるなどして、作戦の内容を知っていたのだと思う。この辺はいくらでも後付けで説明できるところだから、あまり重要ではない。


 このエピソードに言及している人はしばしば、ゴルゴは報酬をもらい損ねたんじゃないかと言っているが、おそらくクーンツのボスと商談した際に、すでに報酬は受け取っていると思われる。



10.「AT PIN-HOLE!」


 1km先のターゲットを射殺するという、ゴルゴが初めてまっとうな狙撃手らしい仕事をした回。「狙撃のGT」の方が掲載は先だが、あちらは走行中の列車と並行して車を走らせ、そこから列車内のターゲットを射殺するという、曲芸的なことをしている。


 ガンスミスのデイブ・マッカートニー初登場の回であり、デイブとのやりとりがこの回の見どころ。ゴルゴはデイブがカスタムした銃を試射もせずに使用すると宣言し、その信頼にデイブが応えるところが熱い。

 しかし、これでゴルゴから信頼を得てしまったがために、デイブはゴルゴにとんでもない無理難題をいくつも吹っ掛けられることになる。「G線上の狙撃」では、あまりにゴルゴの要求が簡単すぎて「それだけか?」と聞き返している。相当ひどい目に遭っているようである。



11.「バイオニック・ソルジャー」


 優秀な遺伝子をかけあわせて生み出され、訓練と薬物によって超人化した人造超人ライリーとゴルゴがジャングルで長期戦を行う話。


 私は基本的には、「ゴルゴを倒して俺が一番になるんだ!」という動機でゴルゴに決闘を挑む話は好きではない。無意味だしアホすぎるからである。

 だいたい、ライリーはアメリカのお抱えなんだから、ゴルゴを倒して一番の評判を得ても意味がない。結局アメリカの仕事しかしないわけだし。


 この回を読む度に、ゴルゴとライリーを戦わせようとするペンタゴンのリチャードのアホさにイライラするが、にも関わらず、なぜかこの回は読み返したくなってしまう。それは、いろいろ面白い要素があるから。


 まずは、ゴルゴが山奥に秘密基地を作っていて、毎年そこに修行に来るのを、地元の人が「黄色い魔神」と呼んで恐れていること。もうこれだけで面白い。この辺のシーンが好きなのは「禍なすもの」と同じ理由だが、ここの秘密基地には邪魔なバカップルがやって来ないからポイント高め。


 そして、ゴルゴ名物謎の確率話。コンピューターによると、ライリーとゴルゴが戦ってライリーが勝つ確率は90%らしい。しかし、「ゴルゴは不可能を可能にする男。90%では心許ないのでは……」と日本のなんとかさんが心配すると、リチャードは言う。「では、確率を99%に高める方法があったらどうです?」「そ、そんな方法があるのですか?」。

 ……馬鹿も突き抜けると面白い。90%も99%も大差ないだろうに。もちろん100%なら話は別だが。


 ライリーが長期戦を挑んでいるところも珍しい。ゴルゴに決闘を挑む人の多くは、早く決着をつけようと焦って、その隙をゴルゴに突かれることが多い。しかしこの回では、両者とも長いこと隙を伺って待機し続けた挙げ句に、ゴルゴの方から動いている。ゴルゴが待ち戦法を使わず勝った例として、本作は特殊と言える。



12.「ロックフォードの野望」「ロックフォードの野望(謀略の死角)」


 ゴルゴを専属スナイパーとして雇うことで、ゴルゴから狙われるのを防ごうとする巨大財閥、ロックフォードの野望を描いた作品。

 しかし結局のところ、ゴルゴにちょっかいをかけて目をつけられたせいで、かえってゴルゴから狙われる羽目になっているのだが。本末転倒もいいところである。


 ロックフォードの手口はちょっと厄介で、ゴルゴの銀行口座を凍結したり、ゴルゴの依頼人を片っ端から殺していくという嫌がらせはするものの、ゴルゴ本人に危害を加えようとはしない。


 普通の人なら、こうした嫌がらせの数々は、ロックフォードを敵とみなすに充分と考えるだろう。しかしゴルゴは「ルールには反していない」と捉えたようで、嫌がらせを繰り返すロックフォード家に報復しようとはしなかった。この辺が常人には理解できないところ。

 結局、ゴルゴがロックフォード家の首脳を射殺したのは、依頼されたからに過ぎない。


 嫌がらせをされたくらいでゴルゴが専属スナイパーになることを承知するはずがないことは、まともな人間ならすぐ悟るはずだが、ロックフォード家の人間は、あまりに挫折を味わったことがないために、それが理解できないのだろう。自分たちの言うことを聞かない人間の思考を理解できないのである。


 この話は、常人には理解できない、浮世離れした感性を持つ2種類の人間が対峙するという点で興味深い。



13.殺人マニュアル


 ゴルゴに憧れてゴルゴの手口を研究し、ゴルゴになりきって射殺の仕事をするフランキーと、「自分の模倣」を許さないゴルゴが、その模倣犯を突き止めるために新聞記者のジョージに調査を依頼する話。


 この回はいろいろ面白い。

 まず、ゴルゴがジャーナリストに仕事を依頼するのが珍しい。通常、ジャーナリストはゴルゴの正体を暴こうとして敵対する役回りが多いのに、ここではゴルゴの情報屋として働き、しかもちゃっかり調査内容を記事にしている。ゴルゴによると、それはルール違反ではないらしい。


 フランキーが狙撃に失敗して、「なんてかっこ悪いんだ! これじゃあゴルゴ13じゃねえよっ いやだよー」と嘆くところは最高に面白い。ゴルゴの手口を真似できるんだから、それなりに腕はあるはずなのだが。


 そして、ゴルゴ名物「謎の確率」。しかしここでは珍しくコンピューターが正しい数字を弾き出している。フランキーとゴルゴが戦ってフランキーが勝つ確率は0.01%。しかし、奇策を使えばその確率を上げられるという。その確率はなんと2%! すげえ!


 ……しかしこれ、フランキーが「ごめんなさいもうしません」と言えば、許してもらえる可能性もあったんじゃないかと思える案件であった。2%の確率に懸けるよりはそっちの方がマシな気がする。

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