環境と味覚との関わり(6月1日付『モニタリング』)[2023.06.06 追記]

 たまたまテレビを付けたら、高級中華料理店で冷凍食品を出したら客は気づくか、という実験をしている番組をやっていて、興味が沸いたので観てみた。6月1日の『モニタリング』という番組。


 詳しい経過は省くが、結果としては半分の人は気づかず、高級中華料理だと思いこんでいた。


 番組の趣旨としては、味の素の冷凍食品の宣伝と、自称グルメを馬鹿にすることが目的だったのだろう。


 本来、こういう実験では、結果そのものよりも、何が原因でそういう結果が出たのかを検証することのほうが重要だし興味深い。

 つまり、なぜ被験者の半分が、冷凍食品を高級中華と勘違いしたのか、ということである。

 しかし番組では、そうした検証はなされずに、単に勘違いした人を笑って終わっている。高級料理店に来る人の半分は、味もわかっていないのだという印象にしたいらしい。


 せっかく興味深い実験を行っておきながら、単に人を馬鹿にして終わるだけなのは非常にもったいない。



 周囲の雰囲気や、温度、湿度、気圧、色覚などが味覚に影響を与えることはよく知られており、実証もされている。

 同じ冷凍食品でも、家でその辺の皿に適当に盛って食べるのと、高級料理店で高級な皿に高級な盛り付けで出されて食べるのとでは、人間が感じる味覚は変わる。

 ミシュランの星付き高級中華料理店で冷凍食品をもったいぶって出されたら、それだけでおいしく感じるのは人間としてごく普通の反応なのである。気づかなかった人の味覚がおかしいわけではない。


 逆に、いくら高級な料理でも、汚くて暗くて接客も最低の店で安い皿にぞんざいな盛り付けをしたら味は落ちる。だからこそ高級料理店は、店の雰囲気や接客や皿や盛り付けにもこだわる。


 払った値段でも味は変わる。これは個人差や地域性にもよる。

 関西では、安くてうまいことが重視される。「こんなにうまいものを安く食えた」という満足感を求める客が多い。

 一方、関東では、高い金を払うことに満足感を覚える人のほうが多いらしい。

 私はどちらかというと「安くてうまい」派なので、高い金を払うことによって満足感を得る人の気持ちを完全には理解できないが、ある程度はわかる。海外の高級ボールペンを買うのは、まさに「高い金を払ってブランドを得る」ことによる快感を求める行為である。実際には日本の200円のボールペンのほうが高性能だったりするわけだが。



 番組で高級料理店に訪れていた客は、高い金を払い、高級な雰囲気を味わうことを楽しめる人達だからこそ訪れているわけである。そういう人達が冷凍食品を高級品だと勘違いしても、それは別に愚かしいことではない。むしろそういう人にこそ高級料理店はふさわしい。

 雰囲気に金を払うのが馬鹿馬鹿しいと思う人は、高級料理店に行かないほうがいい。高級料理店は、どうしたって雰囲気込みの値段である。

 まあ、店のシェフとしては「こいつら、結局味なんかわかってないんじゃないか」と微妙な気持ちになるのはわかるが。


 しかし、シェフが本当に味だけで勝負したいなら、そもそも店に高級感なんか出すべきじゃないだろう。変装して無名の料理人を装い、ボロい屋台でも出せばいい。そうすれば、純粋な料理の実力だけで客に評価されるだろう。

 高級な雰囲気の店を構え、気取った皿を使って気取った盛り付けをし、客に高い金を払わせておいて、「客に雰囲気に惑わされずに味を見極めて欲しい」と願うのは矛盾しているし、わがままだと思う。


 料理には魔術的な要素もある。それも含めて「おいしい」ものを提供するのが料理人の仕事なのだから、ここはむしろ、冷凍食品を高級に見せかけることができることをポジティブに考えたほうがいいのではなかろうか。



 これと似たような企画の番組が、以前ディスカバリーチャンネルでもあった。詐欺師がその道のプロと対決する、という企画。

 まともに勝負したらプロが勝つに決まっているから、詐欺師は自分に有利なルールを決め、トリックを利用した不正もする。

 詐欺師は科学者や専門家などと相談し、科学や技術を用いて、少しでも自分に有利な要素を増やそうとする。


 たとえば、記憶力勝負をする回では、プロは普段、公式競技でトランプカードを使用しているので、勝負では馴染みがない上にトランプよりも枚数の多いタロットカードを使用する。

 そして、詐欺師は事前にタロットカードの山の順番を覚えておいて、ジャッジがシャッフルした山を、気づかれないように記憶しておいた山とすり変える。

 プロが勝つには、タロットカードの山を全部記憶して引き分けに持ち込むしかない。そうすれば2周目に突入し、2周目も同じ順番の山にしたらさすがにバレるからできず、ガチでの勝負になる。そうすれば詐欺師に勝ち目はない。

 結局プロは78枚中60枚くらいまでは記憶していたが、途中で間違えて負けていた。トランプは52枚なので、トランプと同じ枚数だったら余裕で全部記憶していたわけである。


 また、ロンドンタクシードライバーと、どちらが早く車で目的地にたどり着けるか対決をした際は、自分の替え玉を用意して、ルール説明の途中ですり変わっていた。ジャッジが「スタート」を宣言したとき、プロや替え玉は道路から離れた広場から走って車に乗るのに対して、詐欺師は車の中からスタートする、という手を使っていた。

 替え玉の顔は詐欺師と全然違うが、服装は同じ。プロはルール説明に集中していて、対戦相手をよく見ていない。まさか途中で入れ替わるなんて思っていないから、注意を払っていないのである。その隙を突いたトリック。



 ディスカバリーチャンネルはアホな番組もやるが、科学番組的な要素の強い番組も多い。この番組も、単に詐欺師が不正してプロに勝つというだけの話ではなく、詐欺師が自分を有利にするために用意したルールやトリックに関しては、ちゃんと解説がなされる。

 ここが、日本の地上波のバラエティと異なるところ。単に「引っかかったやつは馬鹿」という嘲笑で終わらせるのではなく、「なぜ人は騙されるのか」というメカニズムについて解説が入るわけである。

 現実に、これだけ罠を多数用意した上でプロと素人が対決するシチュエーションはまずありえないから、この番組の内容がそのまま役立つことはそうないだろう。しかし、無駄知識を得られる点では面白い。



 そのシリーズの中に、ミシュランガイドの星付きレストランのシェフと詐欺師が料理対決する回があった。

 詐欺師はまず、審査員達の好みの料理を出すために、地元の定番家庭料理を勉強した。

 さらに、詐欺のテクニックを駆使してくじ引きでプロに思い通りのくじを引かせ、自分は2階の見晴らしのいいテーブルで料理が美味しそうに見える色の皿を使い、プロには1階で料理には合わない色の皿を使わせ、さらには事前に1階の空調をいじって不快な湿度にしたり、料理の味の邪魔する色と香りの花を飾ったりした。

 そのうえ先攻権もゲット。これは料理対決ではかなり強力。空腹時の方が料理はよりおいしく感じるに決まっている。


 結果は、ぎりぎりミシュランシェフが勝っていたが、勝敗はさほど重要ではない。重要なのは、「人は馴染みのある味をうまいと感じる」ということと、「環境は味覚に影響を与える」ということ。この2つを駆使したら、素人の料理とミシュランの星付きシェフとの差は結構縮まる。逆に言えば、これだけハンデを付けないと素人とプロの差は埋まらない、ということでもある。



 しかし、結局のところ、この世で一番うまい料理の食べ方は、自分で獲った獲物や育てた収穫物を自分で調理して食べることだろう。どんな腕利きのシェフだろうと、これには敵わない。


 私は自分で獲物を仕留めて解体して食ったことはないが、自分で作った料理がうまく感じる、というのは実感する。

 自分の技術に見合わない料理を作ろうとすると失敗してダメだが、簡単な料理なら、店で食べるより自分で作ったほうが絶対にうまい。


 たとえば餃子は、確実に自分で皮やあんから手作りしたほうがうまい。これには餃子の王将も味の素の冷凍餃子も絶対に敵わない。私のような素人が作っても、自作は最強である。

 ただ、全部手作りするのはかなり大変。あんなに苦労してひたすら皮を作り、あんを包んだのに、食べるときは一瞬だから切なくなる。だから外食や冷凍食品に頼るわけである。


[2023.06.06 追記]

 味の素の「ザ・シュウマイ」が売っていたので買ってみた。


 味に関してはとりあえず文句はない。店で出ても違和感はない。レンチンだと皮が固くなりやすいので、店で出すなら仕上げで少し蒸したほうがいいような気はするが。


 ただ、崎陽軒や551と比べると、若干素朴すぎる感じはする。

 ザ・シュウマイは万人受けを狙うために無難な味付けにしているのだろう。一方、崎陽軒や551には味に個性がある。


 これが高級中華料理店で出たらどうか、というと、ベーシック過ぎる気がする。

 高級料理が高級たるゆえんは、さらに何段階か手間をかけるところにある、と私は思う。

 少なくとも、庶民が食べ慣れた味そのまんまで来ることはない。何の引っ掛かりもなく「おいしい」というだけの料理で留まらないはずである。



 少し前にガストで絶品ハンバーグコースをやっていたが、あれはベースにガストの素材を使っていたから、高級料理店のシェフが何をしているのかがわかりやすくて面白かった。


 特に印象的だったのはサラダで、ベースはガストのサラダそのままなのに、特製のドレッシングにフルーツ、エビ、ナッツを添えるだけで2ランク上の味に変えていた。葉物はどう見てもいつものガストなのに、味は2ランク上のレストランのサラダなのである。


 で、それにあやかったのか、現在ガストでは似たようなサラダを出しているが、肝心のドレッシングが既製品のためにイマイチになっている。サラダに合わせたソース作りがいかに大事か、ということである。



 なお、料理店でレトルトパウチや冷凍食品が出てくること自体は、今では珍しくない。チェーン店では、味を統一するために自社の料理をレトルトや冷凍にしているところが結構ある。

 オープンキッチンの店で厨房を眺めていると、レトルトを湯煎して開封し、オムライスやパスタにかけていたりするのを見かけることがある。

 その辺で売っている他社の既製品を使っているのはさすがにないと思うが。青の洞窟とかかけていたらそれはそれで面白すぎる。

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