たこ焼きへの渇望

 ある日曜日の昼に、突然たこ焼きが食いたくなった。


 伝説によると、関西ではどこの家にもたこ焼き器があり、なにかに付けて家でたこ焼きを焼いて食べるらしい。

 それが本当かは知らないが、私の家にもかつてたこ焼き器はあった。ただ、あまりそれを使って家でたこ焼きを作る機会はなかった。そしていつの間にか、たこ焼き器は捨てられてしまったようである。いくら探しても見つからない。

 たこ焼き器さえあれば、たこだけ買ってくれば、いくらでもたこ焼きを作り放題だったのだが。


 となると、どこかで買ってきて食べるしかない。



 たこ焼きならなんでもいいなら、買うのはさほど難しくない。近所のスーパーの惣菜コーナーにはたこ焼きが売っているし、冷凍のたこ焼きもある。

 しかし、私が今食べたいのは、焼きたての皮がパリッとしたやつである。冷凍はふにゃふにゃしているし、惣菜コーナーのは作って時間が経っているからふやけている。


 近所のモールに行けば築地銀だこがある。なぜ関西にいながら関東のたこ焼きを食わにゃならんのかという疑問はあるし、銀だこの値段は関西の相場からすると100円以上高い(私の経験からすると、どうやら関西圏のたこ焼きの相場は他の地域より安いようである。関西以外だと銀だこは妥当な値段なのかもしれない)。だが、今食べたいたこ焼きとは合っている。銀だこは皮パリを売りしている。


 しかし、そのモール周辺は休日に行くと道路がめちゃくちゃ混んでおり、行き帰りで地獄を見る。特に駐車場から出るのが大変で、駐車場から公道に出るだけで30分は覚悟しなければならない。そこまでしてたこ焼きを食いに行くべきかと考えると、疑問である。

 うどん屋やお好み焼き屋でもたこ焼きを扱っているところがあるが、その辺も休日は道路が混む。



 つまり、すべての問題の元凶は、今日が日曜ということである。平日だったら好きな店のたこ焼きを選び放題なのに。

 なぜ私はよりにもよって日曜なんかにたこ焼きが食いたくなったのだろう。平日だったらよかったものを。

 だいたい、なぜ今、突然、たこ焼きなのか。たこ焼きなんて下手したら2年は食べていないかもしれない。それなのになぜ突然、わざわざややこしいときに食いたくなるのか。



 いろいろ考えたあげく、とりあえず近所のスーパーに行くことにした。今は理想を語っているだけで現実を見ていないから、「パリ皮のたこ焼きを所望する。それ以外は却下である」とか贅沢なことを言っているが、惣菜コーナーに行って現物を見たら「まあ、これでいいや」となるかもしれない。



 スーパーに着いたら、まずは見切り品コーナーで白菜を買っておくことにした。私はもう長いこと、白菜やキャベツを正規の値段で買っていない。いつも買うのは処分品。私は白菜やキャベツを茹でたり煮込んで使うことが多く、特別新鮮である必要はない。

 だいたい見切り品と言っても、表面の葉がちょっと乾いていたり痛んでいたりするくらいで、おおむね問題ないのである。それで3割引とか半額だったら、絶対そっちを買った方がいいに決まっている。

 もっとも、たまに、小さな虫が大量に湧いているという理由で見切り品になっている場合もあり、うっかりそれを掴むと、虫を取り除くのに苦労することになる。虫くらい一緒に加熱して食っても問題ないだろ! というワイルドな人なら、たんぱく質も摂取できてむしろお得かもしれない。


 他に掘り出し物はないかと見ると、バナナがあった。これも見切り品定番商品。バナナは皮が黒くなってきてからが食べ頃なのに、その食べ頃バナナが「見た目が悪い」という理由だけで半額で売られていたりするわけである。熟しすぎて痛んでいる箇所があったりもするが、そこを取り除いても激安。日本人が見た目や体裁ばかり気にして本質を見ない阿呆ばかりなのがありがたいと思える、数少ない瞬間である。


 他にも、いちごやキウイの見切り品がそこそこ安く売っていた。半額とまではいかないがお買い得。


 しかしだね。こんなにフルーツばかり買っていいのだろうか。見切り品は見切り品ゆえに、買ったらすぐ食べねばならない。安いからと調子に乗って買ったら、食べ切る前に腐って捨てることにもなりかねない。


 そのとき私は閃いた。そうだ! クレープを作ればいいんだ! ホイップクリームにバナナ、いちご、キウイを包んでがっつりと食らうのだ!



 ……1時間後。なぜか私は家で生クリームをホイップし、生地を焼き、見切り品フルーツを切って、クレープを食っていた。たこ焼きはどこに行ったんだ。というか、昼飯がそれでいいのか。



 翌日。平日になり、制限が解除された私がたこ焼きを食ったかというと、食わなかった。あの突然のたこ焼きへの渇望は何だったのだろう。

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