『悪魔のいけにえ』

 この映画は有名だが、日本で実際に観ようとすると難しい。レンタル屋に行ってもそうそうないのである。

"Dead by Daylight"をプレイしたこともあって、久々にこの映画や『ハロウィン』を観たいなと思ったのだが、なかなか観る方法がなくてびっくりした。『ハロウィン』は、最近出たリメイク版は簡単に観られるが、私が観たいのはオリジナルである。

『悪魔のいけにえ』については、私は今回、Amazon Prime Videoで観た。


 映画のタイトルだけ観ると、オカルトチックな映画っぽいイメージがあるが、実際は全然違う。阿呆な若者どもが食人一家のお家に不法侵入して撲殺されたり、チェーンソーを振り回されながら追い回される映画である。

 原題は"The Texas Chain Saw Massacre"で、「テキサスで起きたチェーンソー虐殺事件」みたいな意味となる。こちらの方が内容をイメージしやすい。



 この映画はサメ映画などと同じタイプに属する。バカな若者の死に様を楽しむ映画。ムカつく若者達が、わざわざ自ら死亡フラグを立て、自業自得で死んでいく。それを観て笑う映画なわけである。

 なにその悪趣味な映画は? と思うかもしれないが、現代のネット小説界でも「ざまぁ」が流行しているから、大して違いはない。


 このタイプの映画は通常、真面目に観る必要はないが、『悪魔のいけにえ』が重要なのは、この手の映画の元祖なため。この映画に影響されて、様々なスプラッタ映画、ホラー映画が作られることになる。


 この映画を観ていると、後に「お約束」となる展開の数々が出てくる。また、この映画のパロディネタもいろんなところで使われている。そのため「ああ、このシーンが元ネタだったのか」という気づきがいろいろある。今から観ると、そういう楽しみ方がある映画となった。

 特に、レザーフェイスがマスクをつけて素顔を隠し、チェーンソーを得物にしたことは、様々な映画に影響を与えた。

『十三日の金曜日』のジェイソンがホッケーマスクをつけているのもその影響だが、そのジェイソンがチェーンソーを得物にしていると勘違いされることがしばしばあるのは、レザーフェイスと混同されたため。



 この映画が面白いのは、スプラッタ映画の先駆者であるが故に、お約束から外れている部分がある点だろう。


 通常、この手の映画では、グロい描写が難しい場合、虐殺シーンに到るまでの過程に力を入れて描写されることが多い。犠牲者をじわじわと痛めつけるのである。


 しかしこの映画では、最初の犠牲者は背後からあっさりハンマーで一撃されるだけ。そして、手早く部屋の中に引きずられて扉を閉めておしまい。あまりにもあっけなさすぎてびっくりする。「え? それで終わり?」と。


 そもそも本作のレザーフェイスは、作中で殺しを楽しんでいない。「家の秘密を守る」という使命を果たすために目撃者を殺しているのである。若者達を襲撃するレザーフェイスには、逃がしたら兄貴からどんな目に遭うか分からないという必死さが滲んでいる。こんなに余裕のない殺人鬼は珍しい。


 また、この手の映画の殺人鬼は超人的な能力を持っていることが多い。目潰しを食らおうが銃で撃たれようがピンピンしてる。『スクリーム』のゴーストフェイスはわりかし弱めで気絶したりしているが、それでも謎のワープとかはする。

 一方、レザーフェイスの身体能力は普通で、走る速度は遅いし、チェーンソーで自分の脚を斬ってしまったらちゃんと痛がっている。ワープもしない。後の殺人鬼達に比べればいたって普通である。



 前半の思わせぶりな展開から一転して、後半ではひたすらきゃーきゃー叫び続ける女をレザーフェイスが追っかけ回し、捕まえて晩餐会にご招待する。前半で伏線っぽく描かれていたシーンの多くはだいたい無意味だったことがわかり、非常に頭の悪い映画と化す。


 これを面白いと思うか、ただきゃーきゃうるさいだけのクソ映画と見るかは評価真っ二つだと思うが、"Dead by Daylight"をプレイしている人なら、いろいろあのゲームの元ネタが見られて大変満足だろう。フック吊り、地下キャンプ、フランクリンの悲劇、窓枠ジャンプ(本作では窓ガラス付きだが)、壁破壊など、この映画がいかにあのゲームにインスパイアを与えているかがよくわかる。そして、例のおばちゃんカニバルが原作再現だったことにも驚くはずである。



 基本的にアホな映画だが、主人公側よりも殺人鬼一家の方に感情移入しやすいという謎な構造となっている点で、私はわりと嫌いではない。


 主人公の若者連中は、レジャーのために廃墟同然のボロ屋になぜか泊まりに来たという、何がしたいんだかさっぱりわからん連中として描かれている。実際にそのボロ屋で一夜を過ごすシーンはないのだが、どう見ても夜を過ごすのに向いていない。見たことない人向けに言うと、廃病院で一泊するようなもんである。


 一方、殺人鬼一家の方は地元で暮らしている者達であり、墓を荒らしたり、たまにやってくるよそ者を狩って人肉バベチリ(作中ではアレが人肉とは明言されていないが)を売って慎ましく暮らしている。その生活が法的、道徳的にどうかということはアレだが、よそ者が余計なことをしなければ、それはそれで平穏に暮らしているわけである。

 殺人鬼一家は、主人公の若者達が自分達のテリトリーにのこのこやってきて、秘密を嗅ぎ回ろうとしているから退治しただけである。彼らの言い分からすれば正当防衛である。

 そして、後半のきゃーきゃうるさい女を見ていれば、誰だって「レザーフェイス! さっさとそいつを黙らせろ!」と思うだろう。


 残念ながら観客の要望は叶えられず、うるさいクソ女は助かってしまう。一方で悪役一家も、トラックに轢かれた兄貴以外は生き残る。煮え切らない中途半端な気分のまま終わってしまうグダグダさも嫌いではない。私はきれいに終わる話より、こういう方が好きである。大作映画より安物映画の方が好きな作品が多いのは、そういう理由かもしれない。

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