Disturbed "The Sound Of Silence"(Simon & Garfunkelt cover)

 YoutubeにてDisturbedがカバーしている"The Sound Of Silence"を聴いた。



 Disturbedはアメリカのメタルバンド。最近どういう音楽をやっているかは知らないが、少なくともデビュー当初はラップとメタルを融合させたような曲をやっていた。

 こんな感じ。


 https://www.youtube.com/watch?v=09LTT0xwdfw

(Disturbed - Down With The Sickness (Official Music Video) [HD UPGRADE])



 最近はメタルにラップを導入するバンドは多くなったが、彼らがデビューした2000年当時は珍しかった。

 ロックにラップを導入したバンドならLinkin ParkやLimp Bizkitなどがあるが、彼らのサウンドはかなりヒップホップ寄りで、メタルとは言えない。


 日本で近いのはマキシマム・ザ・ホルモンか。ホルモンも確か2000年頃にデビュしていたはずだから、どこの国でも似たようなことを考えていた人はいた、ということだろう。日本だと明らかにDisturbedよりもホルモンの影響のほうが大きいはず。



 Disturbedの音楽は嫌いではなかったが、特に好きでもなかったので、私は追いかけたことはない。ただ、バンドの存在自体は知っていた。


 知っていただけに、彼らが"The Sound Of Silence"のカバーをやっていると知って驚いた。

 メタルラップバンドがあの曲をどうするんだ? 下手にメタルカバーなんかしたら原曲のファンに殺されそうである。



 "The Sound Of Silence"は、Simon & Garfunkeltが1964年に発表した曲。オリジナルはギターとヴォーカルのみの演奏で、デビューアルバムレコード"Wednesday Morning, 3 A.M."に収録されていたが、このアルバムはちっとも売れなった。しかし後になぜだか人気が出たため(wikiにはどこかのDJがこの曲をかけたのがきっかけとある)、他の楽器パートをオーバーダビングしたバージョンをシングルとして1965年に再発。これが爆発的に売れた。


 いい曲が売れるとは限らないという、いい例である。どんなに良くても宣伝しなきゃモノは売れない。逆に、たくさん宣伝すれば粗悪なものでも結構売れてしまうのも現実。



 私はこの曲を原曲(もちろん初期のアルバム版ではなくシングル版のほう)で聴いていたが、歌詞は長いこと知らなかった。

 というのは、小学生の頃の音楽の授業では、この曲を日本語歌詞で歌わさせていたためである。


 調べてみると、私が学校で覚えさせられた歌詞は、クミコ(高橋久美子)のカバーバージョンだということがわかった。


 このカバーバージョンの歌詞は、原詞とはだいぶ内容が違っている。

 クミコバージョンの歌詞は、語り手の孤独や敗北感を歌った内容になっているのだが、原曲の英詞は、人間社会への警鐘のような内容になっている。



 ざっくりと歌詞の内容を要約すると、こんな感じ。



 こんにちは、古い友人、暗闇さん。

 僕はまた、夢の話をしに来たよ。


 僕が夢の中で街を歩いていると、ネオンサインの光が目に飛び込んできた。

 その光の中で僕は、大勢の人々の姿を見た。

 彼らは、言葉を発していながら会話せず、聴こえてはいるけど聞こうとせず、誰に聴かせるでもない歌を書いていた。

 僕は彼らの目を覚まさせようと声を上げるが、僕の声は「沈黙」の中で木霊するだけ。


 人々は自らの作り出した「ネオンの神」に頭を垂れ、祈りを捧げる。

 すると「神」は光を放ってお告げを下した。

「予言者の言葉は現れるだろう。地下鉄の壁に。アパートのホールに。

 そして、沈黙の音たちの中の囁きに」



 ……実のところ、最後の"And whispered in the sounds of silence"の節が、ネオンサインのお告げの一節なのかどうかがちょっとよくわからなかった。ネットで英詞を検索したら、この節が"the sign said"以下の会話文に含まれているバージョンと、含まれていないバージョンがある。

 ここでは含まれているバージョンで解釈したが、含まれていない場合は、「そして(ネオンサインのお告げを見た人々は)沈黙の音たちの中で囁いた」といったニュアンスになる。

 この最後の節だけ"the sounds of silence"と複数形になっていることは非常に重要なので、日本語として変でも、ここは「沈黙の音たち」と複数形を強調しておきたいところである。

 この歌詞の解釈を披露している人は多いが、ここだけ複数形であることを指摘している人は意外と少ない。


 あと、"silence"を「静寂」と訳す人も多いが、この"silence"が無音を意味するわけではないことから考えると、ここは「沈黙」と訳す方がニュアンスが近いと思う。

 "silence"には気づかないとか黙殺するといったニュアンスもあり、この歌詞ではそれが重要となる。しかしそれを和訳するのは難しい。「黙殺の音」などと訳すとこのニュアンスは出るのだが、微妙な多義性を失う。


 ここでいう"The Sound of Silence(沈黙の音)"とは、本当に何も聞こえない静寂のことではなく、誰も人の言うことを聞こうとしない、誰も人に伝えようとしないという、ディスコミュニケーションの状態を表している。

 代わりに彼らが信奉しているのは「ネオンの神」なわけだが、これは電気が普及した文明社会の象徴だろう。そして彼らは、壁の落書きだとか噂話など、無責任で根拠のないものにばかり耳を傾けている、といった感じの内容。


 他にも、視覚と聴覚、光と闇の対照に描かれている点も注目に値する。


 ネオンの光が神として崇められ、視覚的に人々に訴えているのに対し、音は人々に無視されている。これは解釈のしようによっては、テレビが力を持って音楽が力を失っていく様を描いているとも解釈できるだろう。


 もしくは、光のように明白なもの、あからさまなものばかりが人々の興味を引き、闇に隠れた本当に大事なものを見失う様を描いているともとれる。


 また、ネオンの光が文明社会を表していることがわかると、冒頭の"Hello, darkness. my old freiend"の「暗闇」が何かは明白となるだろう。


 いずれにしても、多義的に解釈できる歌詞である。



 この曲をDisturbedがカバーしたらどうなるのか、全く想像が付かないが、歌詞を考えるとちょっと面白くもある。

 なぜなら、この曲の歌詞にこの一節があるから。


 "No one dared disturb the sound of silence."

 「誰もあえて沈黙の音をdisturb(乱す)者はいなかった」


 つまり、この曲は望んでいるのである。Disturbedが"The Sound of Silence"をdisturbすることを。

 仮にすんごい酷いカバーでも、"No one dared disturb the sound of silence"状態よりはマシなのである。たぶん。



 で、結局彼らはどうdisturbしたのか。マジでパンクメタルにアレンジしちゃったのだろうか。


 その答えはYoutubeのDisturbedオフィシャルチャンネルにアップロードされている。リンクは以下の通り。



 https://www.youtube.com/watch?v=u9Dg-g7t2l4

(Disturbed - The Sound Of Silence (Official Music Video) [4K UPGRADE])



 ……このアレンジの方向は予想していなかった。最近(といっても7年前らしいが)のDisturbedはこういう曲調なのかね? それともやはり、このカバーは例外的なのか?


 いきなりメタルサウンドでガンガン飛ばすのかと思ったら、最初は原曲より低い声で伴奏もピアノだけという渋さ。

 原曲はEmだが、1音下げのDmかつ1オクターブ下げで出だしはかなり重く暗い。


 音としては全然メタルじゃないが、メタルではギターの6弦をEからDにドロップして音を重くするチューニングをすることが多く、Emの曲をDmに下げるのは、精神的にメタル的なアプローチと言える。間違ってもEmじゃ歌えないから下げました、じゃない。このキー下げには明らかに音楽的に意味がある。


 最初は静かで暗く重い曲が、進行するとクリーンギターが入り、ストリングスが入り、徐々に楽器が増え、ギターのフレーズが動くようになり、ヴォーカルも1オクターブ上がり、ボイスにもパワーが増していく。


 聴いた限りでは歌詞は原曲のままだが、音楽的には人々が少しずつ集まって、The Sound of Silenceをdisturbしようとする内容になっている。それをDisturbedがやるというところに妙味がある。

 このカバーのアレンジはただそれだけでも素晴らしいが、それをやっているバンドの名前がまたこのカバーに一味添えているだろう。歌詞の意味に多義性が生まれて、より旨味が増している。


 Simon & Garfunkeltの原曲は、社会批判と己の無力さを嘆いた曲なわけだが、Disturbedは、自分たちは無力かもしれないけれど、だからといって黙っている気はない、とにかく声をあげてみようぜという気概を見せるアレンジになっているように感じた。

 そして、そういうアレンジになることは、バンド名によって宿命付けられているわけである。面白い。


 サウンド的にはオーケストラアレンジっぽいアプローチだが、キーをDmに下げ、おいしいところでグロウルを使うメタル的アプローチもしっかり保持。


 Simon & Garfunkeltのファンなんて、まず間違いなくメタルなんてうるさいだけの音楽と軽蔑しているだろうし、特にDisturbedの曲なんか、まさしく騒音にしか聞こえないと思うが、そうした彼らでも納得せざるを得ないアレンジを施した。そのことが歌詞とも重なる。

 誰もがオリジナルの"The Sound Of Silence"を完璧なものと崇め(そもそも、ほとんどの人が「オリジナル」と思っているバージョンは、最初のアルバムに収録された本当のオリジナルバージョンではない)、メタルアレンジなんかクソだろと耳を傾けようとしなかったが、それでもDisturbedは「俺の声を聞け」と声を上げ続け、その思い込みを打ち破ったのである。そのこと自体が感動的である。



 そもそも、メタルが好きな私ですら、「Disturbedが"The Sound Of Silence"? 絶対事故るだろ」と思っていた。酷いカバーを期待して聴いた感すらある。その期待は裏切られたが、裏切られてよかったと思う。

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