喫茶店で聞く音楽その3 メタルのカバー曲

 2枚のアルバムを聴き終え、2時間近く経過しても、まだ隣のおっさんは帰らず、ときおりでかい声で電話をしている。

 こうなったら意地である。奴が帰るか店員に強制退去させられるまでこっちも帰らないぞ! 負けてたまるか! ……店からすれば、どうでもいいから2組ともさっさと帰れと思っているだろうが。


 しかし、そこは私は礼儀正しい長っ尻なので、ここでまぐろアボカドGOHANを追加注文して、モーニングからそのまま昼食に突入の構えである。コーヒー450円税抜きしか頼んでない上にうるさい隣と一緒にされては困るな。こっちは奴の4倍払っているのだ!



 それはそれとして、次のプレイリストは、メタルのカバー曲シリーズ。私が「原曲よりカバーのほうが良くない?」と思ったやつが並んでいる。



Nightwish "Over the Hills and Far Away"(Gary Moore)


 ゲイリー・ムーアの"Over the Hills and Far Away"をNightwishがカバー。レッド・ツェッペリンにも同名の曲があるが、そっちとは関係ない。

 ほぼ原曲と同じだが、原曲がハードロックなのに対して、カバーではシンフォニックメタル的な味付けになっている。ちょっとした違いだが、聴いたときの印象の差は意外と大きい。


 ロックではしばしばやたらと高いキーを男性が歌うのだが、無理して男が歌うより、女性が歌ったほうが良くない? と思うことがある。


 この曲はまさしくそれ。原曲だとサビで1オクターブ下げて歌っているのだが、Nightwishのカバーではちゃんと下げずに歌っている。つまり、原曲よりも原曲再現度が高いのである。変な話だが。ゲイリー・ムーアだって、もし歌えるならこう歌ったに違いない。

 Nightwishがカバーして、初めてこの曲は完成したと言っても過言ではない。



Dark Moor "Halloween"(Helloween)


 ドイツのメタルバンド、Helloweenの曲。気付いていない人も多いので一応注釈するが、バンドの綴りはH"e"lloweenである。Hell(地獄)とかけている。


 そして、曲名の方は10月末の行事である"Halloween"のほう。13分超と長い曲。それをDark Moorがカバー。この頃のDark Moorはヴォーカルが女性だった。


 原曲を聴いた時は「Helloweenは長い曲はダメだな」と思ったが、Dark Moorのカバーを聴いて、実は結構良い曲だったことを知った。Dark Moorのアレンジはよくできていて原曲よりも凝っているし、録音状態もいいが、それも元がいいからこそ映えるわけである。元曲がダメならどうアレンジしたってダメなはず。


 いずれにせよ、この曲には明らかにシンフォニックアレンジが合っている。Helloweenにはキーボーディストがいないが、それだと寂しい。


 そして、やはりメタルは女性ヴォーカルのほうが無理がないよなと思うカバーでもある。メタルで男がハイトーンで歌っているのは、バンド活動が男臭い環境で、女性メンバーを入れにくい環境だから仕方なくそうなっているだけだと思う。



Death "Painkiller"(Judas Priest)


「メタル・ゴッド」Rob Halfordの歌うJudas Priestの"Painkiller"をDeathがカバー。


 "Painkiller"は、お馬鹿な歌詞をヤケクソな叫び声で歌う王道スラッシュメタルらしい曲で、原曲は原曲でいい。そもそも「メタルモンスター」とかいう酷い名前のバイクに乗ったサイボーグの曲なのである。英語があまりわからん日本人でもわりと聞き取れるくらい単純な歌詞。He is the Painkiller, This is the Painkiller! 超ダサい(メタル界では褒め言葉)。


 原曲のヴォーカルは若干ヘタクソに聞こえるかもしれないが、このヴォーカルは実はかなり難しい。きゃーきゃー言っているだけでうまく迫力が出せないことが多いのである。

 Rob Halford本人ですらライブだと安定してあのクオリティを維持できていないし、ANGRAのAndre Matosもこの曲をカバーしているが、やはり原曲よりヘタクソである。言っておくがMatosはうまいヴォーカリストである。それでもあの曲を歌うのは大変だということ。


 しかし、Deathが本気でカバーしたことで、この曲がドス黒いデスメタルに大変身。ペインキラーさんが「鋼鉄神」ではなく「死神」になってしまった。悪だけでなく人類丸ごと滅ぼしそうな殺意に満ちている。歌詞が全然別の意味に聞こえてしまう。Painkillerの意味が「死んだら痛みは感じない」に変わっている。


 Deathの演奏は全体的にオリジナルよりうまい。こんなお馬鹿な曲をここまで本気でプレイせんでもいいだろというレベル。しかし、こうなるともはや別物である。


 ちなみに、ヴォーカルのChuck Schuldinerはこれを歌いながらギターも弾いている。信じられん。そして、この曲が収録されているアルバムを最後にこの世を去った。文字通り渾身のカバー曲だったわけである。



John Sykes "Still of the Night"(Whitesnake)


 "Still of the Night"はイギリスのロックバンドWhitesnakeの曲。WhitesnakeはヴォーカリストのDavid Coverdaleを中心としたバンドで、"Still of the Night"発表時、ギタリストとしてJohn Sykesもバンドに参加していた。そもそもこの曲の作曲者名義はDavid CoverdaleとJohn Sykesの連名になっている。


 その後、John SykesはWhitesnakeを脱退してBlue Murderを立ち上げた。そして、そのライブでSykesはギターを弾きながら"Still of the Night"を歌った。

 そう、Sykesは歌って踊れるギタリストなのである。ヴォーカリストがいなくても自分で歌っちゃうもんね。


 Sykes版"Still of the Night"は、Whitesnake版よりキーが低くなっている。しかし、無理してない分、ヴォーカルの声質も安定しているし、原曲より落ち着いた曲調になっていて曲の雰囲気とも合っている。私はWhitesnake版よりこっちの方が好きだったりする。



Rumblin' Orchestra "AMERICA"(West Side Story)


 これはメタルではない。Rumblin' Orchestraはハンガリーの大所帯プログレバンド。キーボーディストが中心となり、管弦楽団を従えている珍しい構成。家族でやっているんだとか。

 すんごくいい曲を演っていたバンドだったが、結局アルバム2枚しか出なかった。とっても残念。


 "America"はミュージカル"West Side Story"の曲。作曲はLeonard Bernstein。それを鍵盤楽器を中心にインストアレンジしている。


 Rumblin' Orchestraがこの曲をカバーするのは意味深なところがある。というのは、プログレ界の重鎮、Keith EmersonもThe Nice所属時にこの曲をカバーしているからである。

 Rumblin' Orchestraの"America"は明らかにキース・エマーソンを意識したアレンジになっている。メインテーマのキーボードの音色を聴けばわかる。これで意識していないとは言わせない。このカバーには原曲に対してという以上に、キース・エマーソンへの挑戦という意味合いもあるわけである。


 The Nice版はキース・エマーソンのテクお披露目曲みたいになっていて、"America"のテーマを使ってアドリブをしている感じになっている。また、アメリカ繋がりでドヴォルザークの『新世界より』第四楽章の一節も引用している。ライブパフォーマンスを重視した構成といえる。


 一方、Rumblin' Orchestra版は曲としての完成度が高い。エマーソンのように際立ったハイテクを見せつけるわけでもなく、結局は同じフレーズを10分繰り返しているだけなのに、全く飽きずに聴き続けられるものになっている。そして原曲再現度もこちらのほうが高い。


 このアレンジはインスト曲としては完璧。めちゃくちゃいい。元の"America"は歌と踊りがあってこそで、それのないインストアレンジをしてどうなるんだ? と思うかもしれないが、ちゃんと音楽単体で聴けるようになっている。


 ところで、この曲にはところどころで観客の歓声が入っている。真偽は不明だが、私はこれはライブ版ではなく、歓声は編集で入れたものだと思っている。歓声の入り方に違和感がある。普通だったらこのタイミングで歓声あげないだろと思うところで入っていたり。



 ……といったところで、隣の客が帰ったので、今回はここでおしまい。長い戦いだったが、ついに私は勝利したのである。何をして勝ちなのかは知らないが。

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