『ウクライナ:徹底抗戦の真実』

 ナショジオチャンネルにて『ウクライナ:徹底抗戦の真実』という番組をやっていた。原題は"Ukraine War From The Air"で、実際、衛星画像を使って、戦争前と戦争後の変化を比較するシーンが多い。


 ロシアのウクライナ侵攻開始から1年、ウクライナがどう防ぎ、一般市民がどう抵抗し、被害を受けたかを明らかにするのが本ドキュメンタリのテーマ。


 ざっと内容を紹介すると、まずは1年の戦況。ロシアがどこから侵入し、ウクライナがどう防いだかという地図上の話。

 次に、戦争前と戦争後の衛星画像の変化。ロシアの砲撃を受けて破壊された町や建物の様子を、画像の比較によって示す。

 あとは、個々のウクライナ一般市民の事情。ドローンを使って哨戒任務を手伝ったり、ドローンに爆弾をくっつけて投下するアタッチメントを生産したりして祖国防衛に参加する市民の様子や、ロシアの民間人への攻撃によって家族を失った人たちのエピソードなどが紹介されている。



 この番組が特に有益だったのは、短期決戦を狙ったロシアの初動がなぜ失敗したかが分析されていること。少なくとも私は、この手の情報に接したことがなかった。


 ロシアは開戦当初、クリミア半島、東部親ロシア国家(勝手にロシアが国家として承認したやつ)、ベラルーシの三方から同時にウクライナに侵攻した。

 特に北のベラルーシから侵攻した部隊が重要で、この部隊が短期に首都キーウを陥落させる予定だった。それが失敗したことがロシアにとって大きな誤算となる。


 失敗した理由は主に3つ。

 ひとつは制空権奪取に失敗したこと。ウクライナは西側諸国から対空兵器の供与を受け、それらを駆使してロシアに制空権を与えなかった。


 次に、空港を破壊して空輸を阻止したこと。

 ロシアは開戦初日にキーウ北西にあるアントノフ国際空港を奪取して、そこから空輸で補給を行う作戦だった。

 空港は2日で陥落したが、ウクナイナは空港を破壊して使用不能にした。これによりロシアは当てにしていた空路が使えなくなる。


 最後に、ウクライナがダムを破壊して意図的に洪水を起こしたこと。

 ウクライナはロシアの侵攻を阻むため、ダムを破壊してキーウ北西の農業地帯に意図的に洪水を起こした。

 水が引いてもこの一帯はぬかるみになり、ロシア軍は足をとられて大幅に移動を制限された。事実上、この地帯を通過できなくなってしまったわけである。


 こうして、北から攻め込んだロシア軍は撤退を余儀なくされる。



 短期決戦が失敗した原因はいままでにもいろいろ報道されてきたが、その多くは、ロシアの侵攻計画のずさんさを挙げているものが多い。

 ベラルーシに集結したロシア兵は、本当に演習だと聞かされて集まっており、実戦投入されるとは思っていなかった。侵攻の準備も何もしていなかったわけである。

 そして、最初から短期で勝てることを前提に作戦が進められており、ろくな補給物資も持たず、代わりに戦勝パレード用の制服の持参が求められたという。


 しかし、今回の番組によって、単にロシアが間抜けだっただけではないことがわかった。ウクライナが的確に防衛作戦を遂行したからこそ、キーウ陥落は防がれたわけである。

 実際、南部、東部から侵攻したロシア軍にはウクライナは苦戦しており、いくつか主要な都市が陥落している。ロシアがずさんで間抜けなだけでは勝てないことがここからもわかる。



 ただ、南部や東部の戦闘も、結局のところあまりうまく行っていない。一時的に都市を占領しても長続きしないのである。

 その理由は、補給がうまく行っていないため。ロシアは制空権を奪取できていないため、進軍も補給も陸路に限られる。そのため、補給路を砲撃で絶たれると、途端に作戦が成り立たなくなるのである。

 ウクライナは度々、橋や道路を砲撃によって使用不能にし、それによってロシアの補給路を断つことに成功している。こうなると、せっかく奪った土地も維持できず、手放して撤退せざるを得なくなる。

 ロシアがウクライナを占領するには制空権奪取が必須だろう。しかしそれは、西側からの兵器供与が続く限り難しい。



 そうこうするうちに冬になり、冬の備えをしていなかったロシア軍は撤退せざるを得なくなった。バルバロッサ作戦そのまんま。あの戦いでロシアは何を学んだのかね。

 ただ、ロシアは進軍できない間は、発電所を攻撃して暖房器具を止める作戦を行った。

 日本でも度々、ロシアがウクライナの発電施設を攻撃しているという報道はなされていたと思うが、あれは冬に暖房を使えなくするためだったようである。



 ロシアは民間人を無意味に射殺したり、民間施設への攻撃を躊躇なく行っている。その代表的な例がマリウポリの劇場への爆撃。

 住民はいくらロシアでも歴史的な建物を爆撃はしないだろうと考え、劇場に避難した。また、付近の広場にロシア語で「子供」と大きく書いていた。しかし、ロシアはこれを爆撃し、多数の民間人を殺している。

 ロシアは、劇場を攻撃したのはアゾフ大隊だと主張しているが、いくらなんでも無理のある主張である。

 そして、ロシアは2022年12月に劇場跡を解体撤去した。証拠隠滅したい感丸出しすぎ。



 私は戦争犯罪の是非について言及するつもりはない。西側だって民間人の殺戮は行っており、ロシアだけの問題ではないからである。戦争ではどこの国でも無抵抗の民間人を殺している。


 ただ、こうした行為は得策ではないとは思う。民間施設への攻撃は、敵の戦意をくじくどころか、むしろ煽ってしまうということは、すでに第二次世界大戦で実証されている。これは、ドイツがイギリス本土に行ったV2ロケットによる爆撃や爆撃機による空爆もそうだったし、逆に、連合国がドイツの民間施設に行った空爆でも同様だった。結局、民間人への攻撃は弾の無駄でしかない。


 直近の別の雑記(『米陸軍グリーンベレー 2021』)でも言及したが、アメリカと国連がアフガニスタンの民主化に失敗したのは、テロリスト殲滅作戦で民間人を多数巻き添えにしたため。占領した国を統治下に置きたいなら、民衆に好かれなければならない。21世紀にもなってそんなこともわからないロシアが阿呆なのは事実だが、アメリカも同類である。



 もともとこの戦争はロシアにとって旨味がないから、さっさと手を退くべきだが、今となっては退くに退けない泥沼状態となってしまっている。いま手を退けばプーチンの首が危うくなるのはプーチン個人の問題なのでどうでもいいが、ウクライナがNATOに加盟する可能性が出てきてしまう。

 NATOへの加盟条件のひとつに「戦争中でないこと」というのがあり、ロシアと交戦している限りウクライナはNATOに加盟できない。

 NATOの本音としては、できればウクライナは加盟させたくないと思われる。もともとウクライナの政治体制や思想は西側諸国と馴染まないし、ウクライナがNATOに加盟すると、その力を当てにして、クリミア半島を取り戻すためにロシアに戦争を仕掛ける可能性もある。


 しかし、今回の戦争で西側諸国はウクライナに対して莫大な援助を行っており、こうもズルズルと援助し続けなければならないくらいだったら、NATOに加盟させることでロシアが迂闊に手を出せないようにしたほうがマシなんじゃないかと思う国も出始めていると思う。戦争前よりもウクライナがNATOに加盟する可能性は高まっていると私は思う。

 となると、ロシアとしては手を退くわけにもいかないだろう。


 ロシアとしては、ウクライナがNATOに加盟しないことを条件に停戦交渉したいだろうが、ゼレンスキーが大統領である限り、そのシナリオはないと思われる。


 この戦争が終わるには、ロシアかウクライナの政治体制が大きく変わるか、西側諸国がウクライナへの援助を止めるかしたときだろう。

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