『米陸軍グリーンベレー 2021』
ナショジオチャンネルにて『米陸軍グリーンベレー 2021』を観る。
邦題からするとグリーンベレーを密着取材した番組に見えるが、原題は"Retrograde"。「退化」とか「後退」とか、そういう意味。米軍がアフガニスタンから撤退したときの状況と、それからタリバンが政権を奪取するまでを、主にアフガニスタン共和国軍の少将の視点から描いたドキュメンタリ映画となっている。
この少将は、グリーンベレーの教練を受けて長いこと米軍と一緒に戦ってきた人物で、映画の序盤ではバイデン大統領の撤退命令を受けて少将の許からグリーンベレーが去る様子が描かれている。ただ、そこは本作のメインの話ではない。
グリーンベレーが去った後、共和国軍は米軍がいた頃と同じように、座標指定による精密爆撃や、装甲車、ヘリによる支援攻撃を行おうとする。しかし、同じ装備、同じ手順で行われているはずの作戦が、米軍が去った途端にうまく機能しなくなる。精密爆撃は座標指示から爆撃までに時間がかかってうまく機能せず、ヘリは「危ないからこれ以上支援できない」と言い出して命令を無視して勝手にいなくなり、装甲車は指示した地点に向かわない。
将校たちは泣き言ばかり少将に報告し、「そんな報告はいらない」と制止しても命令に従わない。
政治家は、軍が要求した支援要請を勝手にキャンセルする。
その防衛拠点が戦況を決定付けるほど重要で、そこを失ったらかなり苦しくなると誰もがわかっているはずなのに、兵士も政治家も、そこを死守しようとしないのである。
挙げ句に、首都がタリバンに攻撃されそうになると、大統領は夜逃げしてしまう。
当然のように戦況は悪化し、アフガニスタンの民は米軍の輸送機や大使館に群がり、国外に逃亡しようとする。そしてそれを米兵が威嚇射撃するなどして追っ払おうとしている様子が映されている。
この映画は、特にはっきりと何かを主張したりはしていないが、制作意図は明白に感じた。せっかく20年かけてアフガニスタンに作り上げてきた民主主義が、米軍が去ったことにより、あっという間に崩壊した、ということを言いたいのだろう。原題の"Retrograde"からもわかるように、米軍が撤退したことは間違いだと暗に主張したい作品であることは明らかだった。
ただ、私は観ていてどうも疑問に感じることがあった。そんなにタリバンが嫌なら、なんでもっと兵士も政治家も死に物狂いで抵抗しようとしないのだろう。
国を失うかどうかの瀬戸際にいるわりには、軍にも政治家にも必死さが感じられない。
映画を見た限りでは、共和国軍は特別物資や人員が不足しているようには見えなかった。米軍がいた頃よりは充実していないかもしれないが、ちゃんと支援爆撃や航空支援ができる装備はあったし、それを運用できる人員もいた。それが活かせなかったのは、単純に兵士にやる気がなく、勝手に持ち場を離れるからに過ぎない。
というわけで調べてみると、映画では語られることのなかった背景がいろいろ見えてきた。
まず、共和国政権は汚職がはびこっていて、政治はまともに機能していなかった。司法や警察は賄賂を贈らないと仕事をしないクズっぷり。少将の支援要請が勝手にキャンセルされていたのも、要するに少将が然るべき役人に賄賂を贈らなかったからなのだろう。
また、米軍はタリバン狩りと称してタリバンに対する精密爆撃を行っていたが、この作戦は多くの一般市民を死傷させていた。この作戦のせいでアメリカや共和国は民から恨みを買い、タリバンを壊滅させるどころか、参加者を増やす結果となっていた。
映画では精密爆撃の際、グリーンベレーが「一般市民を誤爆して恨みを買わないようにしろ」などと言っているシーンがあり、さも誤爆しないように気を遣っている風を装っていたが、彼らは実際に誤爆しまくり、すでに充分すぎるほど恨みを買っていたわけである。
アフガニスタンの民は、必ずしもタリバンを歓迎していたわけではなかったが、この20年で共和国政権やアメリカにすっかり失望していた。どうせどっちもクソなら、他国の軍隊にでかい面をされるよりはタリバンのほうがマシ、と考える人が出てきてもおかしくない。
国連軍や米軍がタリバンを根絶できなかったのは、統治の仕方を誤り、人心の掌握に失敗したからだった。
首都を陥落させ、共和国政権を打倒して政権を奪取すると、タリバンは勧善懲悪省とかいうふざけた名前の省を復活させ、抑圧的な政治を行うようになる。しかし、米軍はいなくなったし、汚職も減った。悪いことばかりではなかったわけである。
本作では、アフガニスタンの派兵がなぜ失敗したかの根本的な原因が描かれていない。さも、米軍が撤退したことが"Retrograde"の原因だったかのように描いている。そこが私は気に入らない。
米軍が撤退しようがしまいが、すでにタリバンの根絶やアフガニスタンの民主化は失敗していたのである。
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