ミャンマーの民族問題

 1年以上の話だが、ディスカバリーチャンネルでローマ教皇フランシスコの活動を取材した番組が放映された。

 現教皇は活動的な人で、被災地や難民問題、民族問題の起きている現地へ積極的に訪問しているらしい。イスラム教徒や仏教徒などにも会いに行き、融和を訴えている。


 その中で、ロヒンギャ問題の解決を促すため、教皇がミャンマーを訪問した様子が紹介されていた。

 ミャンマーではイスラム教徒のロヒンギャがミャンマー政府によって弾圧され、虐殺されている。その解決を促すために教皇はスーチーと面会したが、「スーチーはノーベル平和賞受賞者にも関わらず、ロヒンギャという言葉すら口にしたくないようだった」と、番組ではコメントされていた。


 番組を観た当時は何気なく見過ごしたシーンだったが、最近ふと気付いた。ミャンマーって、いま、クーデターが起きてる国じゃなかったかと。



 報道によると、ミャンマーでは軍事政権がクーデターを起こし、アウンサンスーチー率いる国民民主同盟を追い出して実権を握ったらしい。それで、反抗する市民を武力鎮圧しているとか、女性から教育の機会を奪ったりとか、いろいろやらかしているらしい。

 EUやアメリカはこれに対して非難の声明を出す一方、日本は曖昧な態度を取っている。


 私はこの報道を観たとき、軍事政権ひどい! なんで日本はもっとはっきりと抗議しないの! と、思っていた。


 しかし、国民民主同盟が政権を担っている「平和的で民主的な」政権時代でも、ミャンマーでは民族浄化が行われており、それをアウンサンスーチーは黙認していたわけである。

 どうやらミャンマーの問題は、軍事政権が悪でスーチーが善のような単純な構図ではないらしい。

 それで、ざっとミャンマーについて調べてみた。



 ミャンマーというのは、旧ビルマのこと。ビルマとミャンマーは同じ言葉で、ミャンマーの方が現地語に近いらしい。シーザーとカエサルみたいなもの。

 国名をミャンマーに変えたのは軍事政権なので、反軍事政権の人達は今でもわざわざ「ビルマ」という英語読みを使うらしい。


 ミャンマーの人口の7割近くはビルマ族で仏教徒だが、残り3割は言語も宗教も異なる多数の民族から成る。独立心が強い民族もあり、なかなか国として統一できない状況らしい。


 ロヒンギャはイスラム教徒の民族だが、ミャンマーではそもそも彼らを国民として扱っていない。国境付近にたむろする違法滞在者であり、ロヒンギャという民族は存在しない、という認識のようである。アウンサンスーチーが「ロヒンギャ」という言葉を口にしなかったのは、それを口にするとロヒンギャが存在することを認めてしまうからである。

 ミャンマーの見解としては、国軍は違法滞在者を追い出そうとしているだけ。



 大英帝国がインドを支配していた頃、ミャンマーは大英帝国にケンカを売って敗北し、支配されることになった。

 その際、イギリスはビルマ族を農奴とし、山岳民族を警察的な役職に就け、反抗する連中を殴るなり殺すなりしていいことにした。これは白人が植民地政策でよくやる手で、現地人同士を争わせておけば、自分達に反抗する力を失わせることができる、というわけである。

 これがミャンマーの民族問題を悪化させたことは事実のようだが、それでなくともビルマ族と他の民族との争いはあったっぽい気がする。


 第二次世界大戦時、日本はミャンマーのアウンサン率いる義勇軍と手を組み、イギリス軍を追い出した。そしてビルマ国を建国するが、どういう理由かは不明だが、この国は義勇軍には不満だったらしい。日本の支配が不満だったのか、単に日本が負けそうだったから見限っただけなのか。

 ともかく、義勇軍はイギリスに寝返り、日本軍を追い出した。しかし、イギリスはミャンマーの独立を認めなかった。


 ミャンマーが独立したのは戦後数年してから。

 しかし、独立してもミャンマーの政情は不安定で、軍事政権、共産党、民主派、独立したい民族の間でことあるごとに衝突を起こしている。

 政情が不安定だからこそ武力が必要で、だからミャンマーでは軍事政権が強い。国軍を英雄としてみる向きもあるらしいから、軍事政権が国民に全く支持されていないわけでもないようである。


 日本と軍事政権は実は仲がいい。軍事政権は独立を支援したとして日本の将校に勲章を授与しているし、軍事政権が誕生した際、欧米諸国がそれを認めない中、日本は真っ先に承認した。そして多くの支援を行っている。

 アメリカの目を気にして援助を控えたり、形ばかりの抗議をしたりすることはあるが、基本的に日本はミャンマーを支持している。そして、その政権が民主政権だろうが軍事政権だろうが構わないらしい。今回の件で日本が強い抗議をしていないのも、そういう背景がある。


 軍事政権が誕生した際、欧米諸国はそれを認めず、経済制裁を行った。それで軍事政権は、形だけでも民主化しているっぽいようにするために国民民主同盟にある程度権力を割譲していた。しかし、直近の選挙で国民民主同盟は勝ちすぎた。

 報道では軍事政権の武力行使を「クーデター」と呼んでいるが、厳密にはあれはクーデターではない。そもそもミャンマーの主権は軍事政権にあるからである。彼らからすれば、国民民主同盟が選挙で大勝したことが「クーデター」であり、裏切りなのである。



 教皇がアウンサンスーチーに民族問題を解決するよう訴えたとき、彼女は聞き入れようとしなかった。何も知らないくせに余計な口を出すなと思ったことだろう。

 しかし、軍事政権の力を削ぎ、ミャンマーが民主化を果たすには、民族問題の解決は絶対に必要になる。民族問題があるから武力が必要で、だからこそ軍事政権の権力が強いからである。選挙でいくら勝ったところで、武力鎮圧されては意味がない。

 それに、彼女らは本当の意味で「民主的」とは言えない。もし仮に選挙で少数民族の権利を認める政権が誕生したら、彼女らはそれを認めないだろう。きっと国軍に潰させるに違いない。



 もっとも、私は別にミャンマーにどうしろとは言わない。ミャンマーの人が考えることである。

 日本は日本で中国、ロシア、韓国、北朝鮮、アメリカとの問題を抱えているし、他者のことを偉そうに言えるほど立派ではない。よその国のことをあれこれ言うのは簡単だが、自国の問題を解決するのは簡単ではない。


 しかし、こういう考え方はアジア人的なのかもしれない。

 白人の国は総じて、遠い他国にまで口を出す。自国で人種、民族問題を抱えているくせに、他国の民族問題に偉そうに講釈を垂れる。そのご立派な理論をまず自国で実現しろよと思う。

 しかし、アジアは他国の問題に口を出したがらない。よそはよそ、うちはうち、という感覚。隣国に干渉することはあるが、それは利害が絡んでいるから。直接利害の絡まない遠くの国の問題にまでいちいち何か言おうとしない。

 これは文化的、民族的な傾向なのだろうか。それともアジア人も力を持てば白人のように偉そうになるのだろうか。

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