コーヒー

ブラックコーヒー

 私は長いこと、ブラックコーヒーが苦手だった。

 カフェオレは子供の頃から飲んでいたし好きだったが、ブラックは何度か試したものの全然ダメだった。


 コーヒーは大人の味と言われており、大人になれば良さがわかると言われるが、年を取っても一向に良さがわかる気配がなかった。



 私がブラックを苦手としていた理由は、飲めるようになってから気付いた。


 ひとつは、昔は売られているコーヒーの質自体が低く、それをごまかすために香料が使われていたこと。

 コーヒーは酸化に弱く、すぐに渋味が出てしまう。しかし、今よりも流通や保存方法などが発達していなかったかつては、それがわかっていてもどうしようもなかった。それをごまかすために、市販のコーヒーには香料がよく使われていたのだが、この香料がマズさを増幅していた。

 アメリカンやカフェオレなら、豆の品質が多少低くても、香料が使われていてもあまり問題にならない。しかし、ブラックで飲む場合はごまかしが効かず、豆の品質や香料の嘘っぽさが露呈してしまう。


 もうひとつは、昔の喫茶店が喫煙所だったこと。

 喫茶店に限らずだが、昔の飲食店はどこに行ってもタバコの煙で充満していた。タバコの臭いしかしない店内で何を食ってもうまいわけがない。

 コーヒーに至っては香りが命なのに、そこでタバコの臭いが充満していたら台無しである。

 昔の喫茶店は、もしかしたら現代と同じくらいいい豆を使い、正しい保管方法を採っていたかもしれない。しかし仮にそうした努力をしていた店があったとしても、それはまるで無駄だった。客には味も香りもわかりゃしないのだから。



 私がブラックコーヒーを飲むようになったきっかけはスターバックスだった。スターバックのコーヒーがおいしいかどうかはこの際関係ない。重要なのは、スタバが店内禁煙だったこと。今でこそ珍しくないが、禁煙の喫茶店なんて当時はレアだった。

 スタバで私は初めてまともに、まともなブラックコーヒーを飲んだのである。そして、なんだ、ちゃんとしたブラックをちゃんとした環境で飲めば飲めるんじゃないかと気付いた。


 その後私は、マクドナルドなどでブラックコーヒーを頼むことが多くなった。マクドナルドのコーヒーを馬鹿にする通ぶった人は多いが、タバコの煙で曇っている店内でブルーマウンテンを飲むよりずっとマシだと私は思う。


 面白い話だが、飲食店で禁煙を始めたのは、高級店ではなく低価格をウリにした店の方からだった。

 スターバックスやマクドナルドは、本国アメリカの禁煙の時流に乗ったものだと思われるが、鮨屋で禁煙を始めたのも回転寿司からだった。高級鮨屋ほど、長いことタバコの煙で店内が霞んでいたのである。それで「魚に臭いが移るから納豆や味噌は使わない」とか、しょうもないところでこだわっていたのだからおかしな話である。味噌や納豆よりタバコの方がよほど問題だろう。喫煙可にするなら、味噌汁や納豆巻きだって出しゃいいのに。余談だが。


 ただ、スターバックスは安くはなく、そう何度も足を運ぶ場所ではない。スタバに行くのはコーヒーを飲むためではなく、待ち合わせや時間潰しなどのために立ち寄る場所だった。

 あと、スターバックスはドリップのブラックよりもエスプレッソのスターバックスラテの方が絶妙なので、そっちを頼んでしまう。



 ブラックコーヒーが身近な存在になったのは、コンビニがコーヒーマシンを導入してからだった。だいぶ最近のことである。

 コンビニのコーヒーが出たての頃、挽き立てのコーヒーが100円台で飲めるのは衝撃的なことだった。しかもこれが、その辺の喫茶店のコーヒーと大差ないのである。喫茶店は場所代が加算されるから、安くても一杯400円とか500円するわけだが、コンビニだとたった100円。


 もちろん、豆や粉を買って自分でドリップすればもっと安く飲めるが、出先でちょっと飲もうと思ったら、かつてはまずい缶コーヒーしかなかった。

 今の基準で缶コーヒーを考えてはいけない。かつて缶コーヒーはまずかったのである。特にブラックなんてあり得ない選択肢だった。甘いカフェオレを選ぶのが大正解。缶コーヒーのブラックを飲むのは、甘いのがどうしても苦手な人か、大人ぶりたい子供だけだった。


 今の缶コーヒーは、コンビニが高品質なコーヒーを売るようになったために、だいぶ改良されている。ブラックは今でもダメだが(豆よりも香料のせいだろう)、微糖はかなりマシに。

 そして今や、コンビニや自販機でペットボトル入りの香料なしブラックコーヒーを売るようになった。少し前なら考えられない進歩である。


 

 今までは喫茶店に入ったときに飲む飲み物でしかなかったコーヒーだが、出先で気軽に飲めるようになると、次第に家でも飲みたくなってくる。カフェイン依存症なのかもしれない。


 私の家には電動のコーヒーミルがあるが、長いこと使っていなかった。しかし最近になって、ついに出番がやってきた。いろんなところでコーヒー豆を買っては、挽いて飲むようになったからである。



 いろんな豆を挽いて飲んでわかったことは、少なくとも飲めないレベルで酷い豆はそうそうない、ということ。私が見かけた中で一番安かったのは1kgで600円だったが、それは買ったことがないのでわからない。ただ、スーパーのオリジナルブランドの豆くらいまでなら全然問題ない。安いわりには結構ちゃんとしている。

 ただし、豆にはそれぞれ個性があって、好みに合わないと「酸っぱすぎ」もしくは「苦すぎ」で口に合わないことはある。値段やブランドよりも、自分が好きなタイプの味や香りを知り、それに合う豆を買うことの方が重要。


 もし合わない豆を買ってしまった場合は、牛乳で割れば問題ない。ブラックで飲もうとするから豆の個性が重要になるのであって、砂糖や牛乳を足すなら、そこまで細かいことを気にする必要はない。


 あと、少量買うのも重要。コーヒーは酸化すると渋味が出てしまうので、安いからと大袋を買うのはよくない。コーヒー専門店に行くとコーヒー豆用の缶が売られているので、まずはそれを買い、豆は200gずつ買って飲む分だけ挽き、残りはその缶に入れて保存する。

 ただ、ガス抜きのある専用の袋に入った豆なら多少は持つから、そういう売り方をしている豆を少したくさん買うのはあり。ただし開封するのはひとつずつにしたい。味見したいのはわかるが、一気に全部開けると管理が大変である。



 いろいろ買った中でひとつ面白かったのは、小川珈琲の小川プレミアムブレンド。普通に買うと結構高いが、小川珈琲の地元である京都や京都寄りの大阪のスーパーでは安売りしており、入手もし易い。安物コーヒーと勘違いしている人もいそうである。


 この豆は袋の表記ではバランス型となっているのだが、実際に淹れてみると、濃いめにすると苦く、薄めにすると酸っぱい。

 特に、薄く淹れたときの酸っぱさは相当なもので、もしかして古い豆を買ったか? と一瞬思ったくらいだった。

 しかし、香りはちゃんとしているし、淹れたときに挽いた豆がちゃんと膨らんでいた(新鮮な豆はガスを多く含んでいるので、ドリップしたときに膨らむ)。つまり、こういう性質の豆らしい。

 お湯の量を調節することで、苦味系にも酸味系にもできるわけだが、バランス取りが難しい。こういうコーヒー豆は初めてである。この豆を使っている間、私はめちゃくちゃ真剣に湯量と豆の重さを量り、何グラムに何ミリリットルならどんな味になるかを記録していた。さながら化学実験である。



 ただ、暑い時期になると、いちいち熱いコーヒーを淹れて氷で冷やして飲むのが億劫になってくる。アイスコーヒーは氷で薄まることを考えて淹れる必要があり、なかなか面倒くさい。

 それで今年の夏は豆を買うのをやめて、ペットボトルや紙パックのコーヒーを買ってきて飲んでいた。


 せっかくなのでいろんなメーカーのいろんなコーヒーを飲んでみた。最近のペットボトル売りのアイスコーヒーは香料なしのものが主流になっており、結構ちゃんとしたものが飲める。

 よく売っている有名メーカーで香料ありだったのはAGFのブレンディだけだった。むしろなぜブレンディが未だに香料を入れているのかが謎である。時代に乗り遅れていやしないか。


 いろいろ試してみて一番気に入ったのは、サントリーの「ボス ホームカフェ 無糖」だった。2リットルのペットボトルで売られており、一番割安なアイスコーヒーが一番バランスが良かったという皮肉。

 ブラックで飲むのにちょうどいい、すっきりした感じだが、ちゃんと香りや苦味もあり、アメリカンな薄さでもないのである。これは絶妙。


 次点はネスカフェのエクセラ。姉妹品のゴールドはコク深めと銘打っているが、むしろ酸味のある味となっている。エクセラは苦味寄り。この辺は好みか。


 紙パックで売られているものは、本格派をウリにしたいのか、苦味強めのものが多かった。ケーキなどと一緒に飲んだり、カフェオレにするには適しているが、ブラックだと強すぎる感じのものが多い。酸味系には出会わなかった。ペットボトルや缶コーヒーで酸味系にすると、豆が古くて渋くなっていると勘違いされがちだから、避けたいのかもしれない。そう考えると、ネスカフェゴールドの酸味寄りペットボトルアイスコーヒーは珍しいのか。

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