風邪をひく(2024年10月版)

 今月の上旬に、今年二回目の風邪をひいた。私が年1~2回ペースで風邪をひくのはいつものことだが、みんなが自粛生活をしていた最近数年は全くひかずに快適な日々を過ごしていただけに、こんなことでいちいち活動を邪魔されるのは鬱陶しく感じる。


 こう言っちゃなんだが、私は日本中が自粛していた頃が懐かしい。あの頃は街に出ても人気も少なく、飲食店の席は離れていて仕切りがされ、みんなマスクをしていて非常に快適だった。

 今ではすっかりみんなほぼ元通りに生活しており、しょうもないショッピングモールにまで人がごった返し、みんなノーマスクで遠慮なく咳をしたりくしゃみをしたり、菌やらウィルスやらが付いた手でその辺をぺたぺた触りまくりおる。

 おかげで私は順調に年2回ペースで風邪をひくのである。


 今年3月末頃にひいた風邪と症状が似ていたが、幸いというかなんというか、今回は1週間で治った。一度ひくと免疫ができて症状が和らぐのかもしれない。前回は完治するまでに1ヶ月以上かかったが、あれは久々にひいた風邪だったから、というのもありそうである。



 そういうわけで、症状は大したことはなかったわけだが、ひとつ、奇妙な体験をした。


 今回の風邪では、一時的に37.5度まで体温が上がったが、すぐに37度ぎりぎり圏内まで下がり、そこまでキツいという感じはなかった。前回はたしか39.5度くらいまでいったはずで、あれはさすがに何もできなかったが、今回は、微熱はあるけど大したことはなかったので、私はパソコンで調べものをしていた。


 すると、いつの間にか私は床で横になっていた。しかも、自分が何をやっていたか思い出せない。

 思い出そうとすると、無意味で膨大な情報が何の脈絡もなく津波のように押し寄せてきて、私は溺れそうになった。あまりにも繋がりのない膨大な情報が一気に襲ってきたことで、私はさっきまで何をしていたかはおろか、自分の名前やこれまで経験したことの記憶まで失いそうになった。

 意味がわからないと思うが、そうとか表現しようがない。私は情報の津波に呑まれて死にかけたのである。


 情報に溺れかけながらも、私は必死に、その意味のない情報の濁流に、意味を見い出そうとした。

 すると、ようやく、「私はパソコンで調べものをしていて、この情報の大半はその調べもの関連のものだ」ということに気付いた。

 そのとき、私は正気に戻った。


 いつの間にか寝ていて、夢でも見てたんかね? と思って辺りを見回すと、パソコンデスクからいくつかの物が落ちているのに気付いた。

 その、物の落ち方から考えて、どうやら私はしらない間に失神したかなんかして、机の上のものを巻き添えにしつつ、床にぶっ倒れたらしい。


 ともかく問題なのは、パソコンで調べものをしていてから、床に倒れるまでの記憶が全くないこと。

 パソコンを使っていて寝落ちすることはまああるが、その時は、寝落ちするまでの記憶はある。

 しかし今回は、調べものをしていた時と、床に倒れるまでの間の記憶が全くない。そもそも、机の上から物を落とした時に結構大きな音がしたはずで、普通はそれで飛び起きてもいいようなものである。



 あれがなんだったのかはよくわからないが、本当に失神したのだとすれば、これが私の人生初の失神である。




 ついでなのでもうひとつ、私が風邪をひいた時に体験した変な出来事を紹介しておく。


 ある日私は毎年恒例の風邪をひき、医者にかかった。

 するとその医者は抗生物質を処方した。

 風邪はウィルスによってひくことが多く、ウィルスに抗生物質は効かない。なので、風邪で抗生物質を処方するのは意味がないし、むしろ耐性菌を作ったり副作用が出たりと、余計な問題を増やすだけとされている。

 なので、今の私なら抗生物質は断り、そんなもんを処方する医者には二度とかからないが、その時は素直に出されたものを飲んでいた。



 結構キツい風邪だったのでしんどかったが、かといって寝付けず、私はテレビを観ながら横になっていた。

 そのとき観ていたのが、沈んだ戦艦武蔵を調査する、というドキュメンタリ番組だった。


 海の底に沈む戦艦武蔵の姿を観ていると、自然と私の目からは涙が溢れだした。

 私は止めどなく流れ続ける涙を拭きながら、「ああ、私にも、太平洋戦争で戦没した戦艦に涙する感性があったんだな」と、少々驚いていた。


 しかしふと、「なんか変だぞ」と思った。

 私はミリタリー系だと戦闘機とか戦車の方が好きで、当時、海戦や艦船にはそんなに関心がなかった。また、第二次世界対戦の興味もヨーロッパ戦線が中心で、正直、日本の戦争にはほとんど関心がなかった。武蔵が沈んだ経緯についても当時はよく知らず、そこまで感情移入して大泣きする理由がないのである。

 ティーガーとシャーマンの死闘とかで涙するなら、まだわからなくはないが、海底に沈む武蔵の残骸で涙するのは、全く私らしくないし、ありえないことだったのである。なんで沈んだかすら知らないくせに(余談だが、今の私は太平洋戦争に関してそこそこ知っているし、武蔵が沈んだ大まかな経緯も知っている。ただ、そんな今の私でも、沈んだ武蔵の姿で泣くのはやはり変である)。


 私はだらだらと目から汁を溢れんばかりに垂れ流しながら、「なんで私はこんなに泣いてるんだ?」と疑問に思った。明らかに私は太平洋戦争で戦死した日本兵とか、日本の艦船に涙しているのではない。なんかよくわからないけど、精神が昂って泣いているだけである。


 結局、私がこの時、無意味に涙を流しまくった理由は不明だが、熱のせいかもしれないし、抗生物質の副作用かもしれない、とも思っている。

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