ノートの使い方問題

 私には長年、頭を悩ませている問題がある。それはノートの使い方。


 学生時代までの私のノート事情は非常にシンプルだった。コクヨのキャンパスノートのB5、B罫を「雑記ノート」と名付け、なんでもそれに書き込んでいた。スケジュール、小説のアイデアや試し書きしたもの、ゲームの攻略情報、図書館などで調べたこと、授業中に考えたことや気になったことのメモなど。紙面が尽きたら次のノートを用意する。

 当時は使うボールペンもジムニーライトの0.7mmのみで、文具のことで悩むことは何もなかった。平和で穏やかな時代だった。


 唯一問題だったのは、キャンパスノートは使い込んでいく内に背表紙が傷み、バラけてしまうことだった。セロテープだの製本用テープだので補強するのだが、どんどんボロボロになっていく。

 保存状態のいい古いキャンパスノートも存在するので、私の使い方に問題があるのかもしれないが。



 そんな平穏な日々が脅かされたきっかけは、ジムニーライトが廃番になったことだった。同じ文具を使い続けていれば良かった時代が終わり、私は新たな相棒を探すべく、文具屋を巡っては様々なボールペンを試した。


 紆余曲折を経て、私はゲルインクの0.4mmを使うようになるのだが、そうすると、B5のB罫(6mm横罫)は、やや大きすぎると感じるようになった。


 新しい筆記具に合った、使いやすいノートはないかと模索し、いろいろ試した末に辿り着いた結論が、A5の5mm方眼罫だった。


 当時は、コクヨがドット付きノート、ナカバヤシがロジカルノートを発売し、それぞれに図表の書きやすさや文章の行頭を揃えるために工夫を凝らそうとしていた。

 ついでに言うと、東大生が考えたとかなんとかという売り文句が流行した時期でもあった。もちろん、ドット付きノートやロジカルノートを使ったからといって東大に受かるとは限らない。おそらく、これらのノートを使った受験生の多くは東大受験で落ちたか、受験すらしなかっただろう。

 私はそれらを試したが、それで気付いてしまったのである。方眼罫なら全てが叶うんじゃないかと。ドットノートやロジカルノートがやりたがっていることは、方眼罫の利点を横罫に取り入れようとする考えである。だったら最初から方眼罫を使えばいい。

 それでB5の方眼罫ノートを使ってみたところ、やや大きすぎるように感じた。ノートに書く字のサイズが6mmから5mmにサイズダウンした影響である。それに合わせてノートもサイズダウンし、A5を使うのが最適だという結論に到った。



 しかし当時、A5の方眼罫ノートはほとんど存在しなかった。ほとんどの文具屋ではコクヨのキャンパスノートしか扱っておらず、せいぜい、A罫かB罫かを選ぶくらいしか余地がなかった。

 5mm方眼罫のノートも少なかったが、A5のノートもまず見かけなかった。A5かつ5mm方眼罫となると、探すのが相当大変だった。


 その理由はおそらく、当時は1.0mmや0.7mmの油性ボールペンが主流だったからだと思われる。1.0mmや0.7mmの油性ボールペンで書くなら7mm、6mm横罫はちょうどいい。そして、7mm、6mm横罫で書くなら、A5だとやや紙面が狭い。

 現在、A5ノートや5mm方眼が普及してきたのは、0.4mm以下の極細ボールペンが普及してきたことと無縁ではないはずである。



 私はA5の方眼罫ノートを探し求めた。遠くの文房具屋に遠征し、いろんなノートを買い求めては、その使い勝手を確かめた。


 当時、A5の方眼ノートで有名なのはノーブルノートだった。また、「紳士なノート」ことプレミアムCDノートなども登場してきていた。

 これらのノートは品質に問題はなかったが、分厚くて書きにくいという問題があった。B5なら多少厚くてもある程度我慢できるが、A5くらい小さいサイズのノートでは、厚さによって生じる段差で書きにくいことが頻繁に起きる。毎回毎回、書く度にそれに悩まされていると、そのうち使いたくなくなってくるのである。もう少し枚数が少ないのが望ましい。


 そうして、様々なノートを試した末に辿り着いたのがツバメのセクションA5だった。

 私はツバメのセクションノートに「雑記ノート R1」と書き込み、雑記ノートが再始動したのであった。



 ……で、ツバメの5mm方眼を、かつての雑記ノートのように、なんでも書き込むノートとして使っていれば、何事もなく平和に済んだだろう。


 しかし私の手元には、ツバメに行き着くまでに買ったノートや、余っているキャンパスノートが何冊もあった。また、メモノートとして使いやすいと思って、A6サイズの5mm方眼ノートやカ.クリエなんかも買っていた。そして、新たな雑記ノートが決まるまでの間、それらをそれぞれに使っていたのである。もはや、1冊のノートに全てを統合することは不可能になっていた。


 もっと早くにツバメセクションに出会っていれば、こんな事態にはならなかっただろう。1冊のツバメセクションだけで全てがうまくいくノートシステムを構築していたはずである。しかし、今となってはもう元には戻れない。


 というのは、情報によって使いやすいサイズが異なるからである。大量のデータを一目で閲覧できる表を作りたければB5やA4のノートが使いやすい。一行程度の情報ならA6の方がいい。携帯性と紙面の広さのいいとこ取りをしたいならB6ノートがいい。


 手元にA5ノートしかないなら、全ての情報をA5というサイズの中で納めるように書き方を工夫しただろう。しかし、より使いやすいサイズがあることを知ってしまった今となっては、我慢してA5を使うより、ここはB5がいいんじゃないかとか、これはA6が最適だとか、どうしても考えてしまうのである。そして、そのサイズのノートが実際に手元にある以上、使わない手はない。


 また、多様なノートを複数冊所持していると、ジャンル別にノートを分けたいという考えがどうしても生じてしまう。このノートは小説用、このノートはパソコンの情報用、とか。

 しかし、基本的にノートは1冊にまとめるのが上策なのである。複数冊併用すると、どこに何を書いたかわからなくなってくる。



 いっそ、前時代的な紙のノートなんか使わず、電子化すりゃいいんじゃないの? と思い、パソコンでメモを取ることも考えた。

 確かにパソコンは便利である。残りページ数とか気にしなくていいし、書き直したり書き加えたりするのも自由自在。

 しかし、パソコン向きでない種類のメモもあり、結局、完全な電子化には至らなかった。紙のノートはどうしても必要である。

 そして、余計に面倒が増えた。紙のノートに加え、パソコン上のテキストデータも管理しなければならなくなった。



 結局、私は現在、ノートを10冊以上併用している。さらにパソコンでも電子ノートを管理している。秩序も何もあったもんじゃない。

 しかしその、めちゃくちゃなノートの使い方に、一応の合理性や整合性があることも事実だったりする。今のところ私は、ノートに書き込んだり、書き込んだ情報を参照するのに不都合を感じていない。ただ、ひどいシステムであることは間違いなく、もっとシンプルにしたいと常に感じている。



 ここで、真似してはいけない最悪なスパゲッティノートシステムについて紹介しよう。何の役にも立たない情報である。


 まずはスケジュールノート。コクヨのキャンパスダイアリーのマンスリー、A5の方眼罫。

 このノートにはスケジュールの他、定期的に購入する日用品の価格表や、風呂釜を掃除した日付と次回掃除予定日、しょうゆの開封日と目標消費期限、録画したい番組、購入予定の本やCD、文具の発売日、税金や光熱費の引き落とし日と金額などをメモしている。

 日常のことはだいたいこれを見ればわかる。


 下書きノート。余っているノートを適当に使う。複数冊使用。現在は、B5方眼(ダイソー)、B6方眼(ダイソー)2冊、A5キャンパスノートB罫を使用中。あとはロディアのメモパッドやミドリのメモ帳なども。

 このノートは保存せずに、使い切ったら捨てる。とりあえず何かメモしたい時などはこれらを使う。そして、保存する必要があると判断した場合は、別のノートに清書して書き残す。


 出先用ノート。アポイントステーショナリー用のB6方眼罫。

 これは下書きノートと同じ機能だが、バッグに入れて出先で使う。ニーモシネやダイソーのB6方眼罫を使うことが多いが、現在はアポイントステーショナリーのノートを使用中。昔買ったものの、結局使わなかったノート。携帯には最適のサイズだし、使わないのももったいないので現場復帰してもらった。


 メモノート。ショウエイドーA6方眼罫、ダイソーA6方眼罫。

 細々とした情報を書き留めておくメモ帳。たとえば、現在使っているパソコンのパーツ表、主要なBIOS設定項目の覚え書き、格言、観たい映画一覧表など。

 あと、パソコンパーツの各世代モデル登場年や、価格変動なども記録している。私のパソコンはそろそろ買い換え時期なので、どういう構成にしようかなどと考えているためである。

 GeForce RTX 3060Tiは、今年2月までは5万円台で買えたが、3060が出た瞬間、一気に値段が高騰してあの有様である。エントリーモデルが新発売されたら値段が上がるなんてどうかしている。


 光熱費メモノート。無印良品の通帳ノート(廃番。現在は代わりにパスポートサイズが売られているがサイズや枚数が異なる)。

 毎月の光熱費を記録するノート。表計算ソフトでやりゃいいじゃんという気がしなくもない。なぜそうしないのかは自分でも不明。


 ガソリン代ノート。コクヨ測量野帳のレベル。

 車に入れておいて、給油量やガソリン代や走行距離、修理や部品交換の日時を記録するノート。

 このノートの情報はパソコン上で表計算ソフトにも入力している。これによって燃費計算等が可能。じゃあなぜ光熱費はそうしないのだろう。


 ゲーム用ノート。カ.クリエA/3。

 ゲームに関する情報をまとめたノート。ただし、たいがいはクリアしてから書き留める。このサイズのノートに情報をまとめるには、きちんと情報を整理して、本当に必要なものだけを圧縮して書く必要があるからである。

 たとえば『バイオハザード Re:2』では、見開きでパスワードやパズルの解法、備品保管庫のアイテム一覧、Sランク、S+ランクの条件、下水道で特に迷うところのルートが一目できるようにしてある。プレイ中はほぼこのページを開いているだけで事足りる。

 次の見開きには補助的な情報。武器のありかやサイドパックのありか、No Way OutのWaveメモ。こちらは必要になったら適時開くが、プレイ時はだいたい覚えているから必要ない。

 ただし、いきなりこんなに情報を圧縮して書けるわけがないから、最初は下書きノートを使う。プレイ中にメモして閲覧してを繰り返す内に、要らない情報を削ったり、必要な情報を書き足したりして使いやすいように何度も作り直し、本当に役立つ情報だけを一覧できる最終形をカ.クリエにまとめるのである。


 雑記ノート。ツバメA5セクション。

 考えたことをいろいろ書くノート。また、A6ノートではまとめきれないような長めのメモを取る場合もこちら。

 下書きノートとの使い分けがいまいちできていないのが悩みどころ。下書きノートは捨てる前提で、雑記ノートは捨てない。つまり、雑記ノートに書くことは残すことを前提にするわけだが、そんなことは書いている時点で判断できるわけがない。人間の思いつきの大半は役に立たないが、たまにすごい思いつきが混ざることもある。しかし、思いついたときに「これは残すべき思いつきだろうか」などと、考えたってわかるわけがない。

 結果、残す価値もない妄言を雑記ノートに記録してしまい、「このページ、邪魔だから破り捨てられないかね」と思ったり、残す価値のあるメモを下書きノートに書いてしまい、捨てる前に慌てて雑記ノートに書き写す羽目になったりしている。


 あと、高いノートや厚いノートを使うときなどにもありがちだが、「雑記ノートに書くことは長期保存するのだ、すごいことを書かねばならんのだ」というプレッシャーが、かえって創造性を削ぐという問題もある。余計なことを書きたくないという気持ちから、いつしか雑記ノートを敬遠してしまい、下書きノートばかり使うようになる。



 高くて書きやすいノートを買ったとき、人は「どんなすごいことに使おうか」などと考えがちである。そして結局ろくなことに使わないか、全く使わずに腐らせる。

 いいノートを買った時の絶対にして唯一の正しい使い方は、落書き帳にすることである。気軽になんでも書き捨てられるノートにすることで、ノートとの付き合いが深まり、ノートの性能を十全に発揮できる。そして、ノートの良さを堪能できるのである。


 モレスキンの前身である無名のノートも、有名な使用者の多くは、落書き帳として使っている。いつでも持ち歩き、様々な思いつきやメモ、スケジュールなどをなんでもそれに書き込み、使い潰している。凄いアイデアを書き込みもしただろうし、そうしたページばかりが注目されるが、実際には、ページの大半は愚にも付かないメモばかりのはずである。だからこそ伝説のノートになり得たのである。

 高級ノートとして畏れ多くもお高く留まっているノートは、ノートとしての役目を果たせない。使うのが憚られるノートなんて邪魔なだけである。いいノートとは、気軽になんでも書けるノートなのである。

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