映画・アニメ

『アニメンタリー 決断』

 しばらく前に『アニメンタリー 決断』が放送されていたのをたまたま見かけた。翔鶴が一隻だけやたらと攻撃されまくっているシーンだった。


 私はこのアニメの存在を知らなかったが、その清々しいまでの不運っぷりに「面白いアニメだな」と思った。それで、録画しておくことにした。

 見る機会がなくてそのままにしていたのを、ようやく一気に観た。


『アニメンタリー 決断』は、太平洋戦争における「決断」に焦点に当てたアニメ。各話は時系列順になっておらず、たとえば第1話は真珠湾奇襲、第2、3話は一気に時間が飛んでミッドウェー海戦、第4話は再び開戦直後に戻ってマレー戦になっている。このアニメで初めて太平洋戦争の詳細を知る人は混乱しただろう。ミッドウェーの後にマレー戦があったように見えてしまう。



 昔のアニメなので、今ほどには太平洋戦争に関する研究も進んでいなかっただろうし、資料も入手し辛かったはずである。また、テレビで放送することから制限もあっただろうから、その点は割り引いて見なければならない。


 兵器の描写は結構細かい。一方で、どう見ても弾が当たりまくっているようにしか見えないのに、被弾していないことになっていたりする、わりと雑な戦闘描写が昔のアニメらしくて懐かしくも笑える。緻密な描写のアニメもいいが、こういう適当なのも好き。



 各話についてざっとコメントする。



第1話「真珠湾奇襲」


 真珠湾への奇襲作戦の回。

 南雲率いる艦隊による真珠湾への奇襲空爆は一応成功したものの、一番の標的とされていた空母は湾内にいなかった。

 第三次攻撃を仕掛けて、より徹底的に基地を破壊することはできるが、次は奇襲という優位はなくなっているから被害が大きくなるかもしれないし、奇襲を逃れた敵空母からの反撃もあり得る。それを踏まえて、南雲中将が真珠湾奇襲攻撃で第三次攻撃を仕掛けるべきだったかどうか、という話。


 アニメでは南雲の判断に批判的な描写となっている。味方の損害に気を取られて、叩くべき時に徹底的に敵を叩けないのは指揮官として問題だと。


 確かに戦闘の原則では、敵を叩けるときは徹底的に叩くべきである。だから、南雲中将の決断が批判されるのはわからなくはない。

 ただ、この作戦は、海戦における1年程度の有利を狙ったものだった。そしてその目的はすでに達せられていたから、あの時点で引き上げる決断を下したことはそう的外れではないと私は思う。

 また、山本をはじめとする他の将校も南雲の判断に異を唱えなかったのだから、もし南雲の判断が間違っていたのであれば、それがまかり通った日本海軍の組織や体質に問題があると言える。


 一番の問題は、この作戦そのものが戦略的ミスだった、ということだろう。この作戦は短期的に見れば有効だが、長期的に見ればアメリカと正面衝突することになる。アメリカ国民にとって東南アジアなんかどうでもいいが、ハワイが襲撃されたとなれば、日本をアメリカ本土を脅かす脅威と見なし、徹底的に叩こうとするだろう。

 東南アジアでの戦況が多少不利になっても、アメリカを本気にするべきではなかった。


 作戦の立案者である山本五十六は、1年程度のスパンでしか物事を考えていなかった。アメリカ本土に近い真珠湾を攻撃したら、アメリカが本気になって反撃してくることは容易に予測されたし、実際、山本にそうした反対意見を述べている将校もいる(その一人は、神風特攻隊の発案者とされる大西だったりする)。それでもなお作戦を断行したことが失敗だったのであり、南雲の決断の是非は大した問題ではない。


 アニメでは描かれていないが、真珠湾攻撃といえば、宣戦布告が遅れたために布告前に奇襲が行われたことがよく問題視される。そのせいでアメリカ国民が一致団結して打倒日本に燃えてしまったのだ、と。

 しかし、私はそのことは重要ではないと思う。宣戦布告の前だろうが後だろうが、結果は同じだったはずである。「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉に、日本を潰しにかかったであろう。

 アメリカ国民は宣戦布告後だったら、真珠湾を奇襲されても「しょうがない」で済ませただろうか? そんなわけないだろう。宣戦布告の前か後かなど問題ではない。アメリカの喉元を襲ったことが問題なのである。


[2021.08.09 追記]

 真珠湾攻撃の始まる一時間前に、アメリカの軍艦はオアフ島の近くにいた日本の潜水艦に発砲して沈めている。にも関わらず、警報を発しなかったことはこの戦闘における謎のひとつとされる。

 わざと奇襲させたという説がまことしやかに囁かれるが、さすがにそれはないと思う。仮にわざと奇襲させ、それで国民感情を高ぶらせようとしたにしても、本当に無防備なまま攻撃を食らう必要はない。待ち構えるくらいはしていいはずである。


 オアフ島はアメリカの重要拠点だけあって、かなり厳重な防衛体制を敷いていた。仮に攻めてきてもなんとかなるだろと慢心していたのが実情だと思う。



第2話「ミッドウェイ海戦(前編)」


 真珠湾からいきなりミッドウェーに飛んでびっくりする回。日本軍が活躍した時期はばっさりカットされ、いきなり敗戦まっしぐらである。

 これを見たときは厳しいアニメだなと思ったが、実際には後の回で日本軍が調子よかった頃の話もやる。


 南雲の空母艦隊は陸用兵装を施して地上の基地への空爆の準備をしていたが、そのとき、敵空母艦隊を発見したという報せが入る。

 情報によると、第一次攻撃隊を収容し、陸用兵装を対艦兵装に換装してからでも間に合いそうである。

 一方、すぐさま敵空母に攻撃を仕掛けるとなると、陸用兵装のまま飛び立つことになる。また、帰還中の第一次攻撃隊を収容している暇がない。

 すぐさま陸用兵装のまま空母に攻撃を仕掛けるべきか、それとも第一次攻撃隊を収容し、対艦兵装してから仕掛けるべきかの決断。


 南雲に与えられた情報・状況から考えると、第一次攻撃隊を収容した後、兵装転換した攻撃隊を出動させても間に合う計算だった。しかし、この情報には誤りがあり、実際はその猶予はなかったわけである。


 そこそこの指揮官なら、正確な情報が手に入っていれば、正しい判断が出来る。情報が不十分、不正確な場合は、勝負勘と運が大事になる。

 私達が南雲を批判するのは簡単だが、同じ立場ならたいがいの人は南雲と同じ判断を下すだろう。即刻空母を攻撃に行く決断はハイリスクだからである。

 日本海軍がしばしば消極的な決断をして失敗したのは、個々の資質以上に、責任の擦り合いをする日本の組織の体質に問題がある。余計なことをして責任を押しつけられるくらいだったら、何もしない方がマシと考えるのである。



第3話「ミッドウェイ海戦(後編)」


 1隻だけ残った空母・飛龍の山口少将が、ヨークタウンと相打ちを狙った決断がテーマ。

 しかし私は、ここではもっと重要な問題があると思う。それは、山口少将が飛龍と運命を共にした「決断」である。

 不利な状況から反撃し、ヨークタウンを大破させた手腕を持つ指揮官をなぜ無駄に失わなければならなかったのか。山本や南雲は、山口が飛龍から退艦しないだろうことを察知して「死ぬな」と命じるべきだっただろう。


 また、アニメでは触れられていないが、これだけ大きな敗戦をしておきながら、誰も責任を取らなかったことにも大きな問題がある。

 山本は南雲に「責任は私にある」と言ったそうである。だったら山本が降格処分を受けるなりすべきだっただろう。しかし、山本は口先だけで、実際には何の責任も取らなかった。


 山本が責任を取らなかった理由は、山本以外に連合艦隊司令の適任者がいなかったためと思われる。しかし「代わりがいない」ことを免罪符にトップが責任を取らないでいると、組織全体が無責任体質になってしまう。これは現代の日本の政治にも通じる。



第4話「マレー突進作戦」 第5話「シンガポール攻略」


 話は開戦直後に戻り、マレー戦に。日本の中戦車チハの大活躍シーンが見られる貴重な回である。そして、伝説のリンリン部隊の勇姿が見られる回でもある。ママチャリのベルをリンリン鳴らしながらイギリス軍を蹂躙する様は、イギリスでは恐怖の記憶となって伝説と化している。……本当は銀輪部隊という。


 山下大将の作戦指揮のやり方は正しい。作戦に入る前に、全軍に対して目標と日限を明確に伝え、「シンガポールを落とすまで我々は止まらんぞ」と、はっきりと通達している。そして実際、味方が疲れていようが、弾が不足しようがお構いなし。

 戦争なんだから、実際にやってみればいろいろ問題が起きるものだが、作戦目標が明確に伝わっていれば、細々とした問題は現場の将兵が自分で解決するものである。

 山本五十六に不足していたのはこういう部分。作戦に対して徹底したところがなく、絶対にそれをやり遂げるんだという熱意もない。これでは部下もやる気が出ないし、何か問題が起きたとき、どう解決していいかわからない。


 日本の攻勢に対してイギリス指揮官の反応は鈍かったわけだが、それはイギリスにとって、本国から遠い島国の戦争なんかどうでも良かったからである。また、イギリスは日本軍を舐めていた。だからこそ文官寄りの人が責任者だったのだろう。



第6話「香港攻略」


 アニメでは、若林中尉が偵察中に敵陣地の欠陥を発見し、その場の判断で襲撃を仕掛けたことになっているが、これは軍司令部が用意したカバーストーリーである。

 実際には、土井連隊長が独断で若林に攻撃を命じ、それがたまたまうまく行っただけ。軍部では当然、土井連隊長の処分が検討されたが、例のカバーストーリーを作ることで責任の所在を曖昧にし、なあなあにしたのである。おそらくアニメ放映当時は、カバーストーリーが史実だと思われていたのだろう。


 ここには日本に根付く問題のひとつが隠されている。難しい問題が起きると、その問題に対して決断を下すのではなく、なかったことにするという悪い癖である。土井連隊長を処罰するにせよ、不問にするにせよ、軍司令部ははっきりと決断を下すべきだった。ウソ話で現実から目を逸らし、決断しなかったのは最低の「決断」である。



第7話「マレー沖海戦」


 日本とイギリスによる海戦。日本は航空戦力でもって戦艦プリンス・オブ・ウェールズを沈めたが、そのくせ大艦巨砲主義の時代が終わったことに気付かなかったのだ、というのがテーマ。

 後に敗戦処理の役を負わされることになる小沢中将が気持ちよく活躍できた貴重な回である。


 私は、マレー沖戦の戦訓から日本が学ばなかったかどうかよりも、小沢を早い段階で使わなかったことの方が問題なんじゃないかと思う。小沢は戦前からアウトレンジ戦法を提唱している。航続距離の長さは日本の航空機の長所なのだから、それを活かした戦法は悪くないアイデアだと私は思う。



第8話「珊瑚海海戦」


 翔鶴がめちゃくちゃ狙われまくっている姿が印象的な回。「翔鶴がすんごい狙われてる」という冷静なコメントの端で盛大に燃えている翔鶴が映るシーンは必見。これだけでこのアニメを観た甲斐があったというものである。しかし、あれだけ集中攻撃を受けて撃沈しなかったのだから、運が良いのか悪いのか。


 珊瑚海海戦は、初めての空母同士による戦闘。初めてなので両軍とも試行錯誤しており、結果としては引き分けに終わっている。

 このとき、空母同士による戦闘で起きる問題点を抽出し、今後そうしたことが起きないように改善をしたアメリカ軍に対して(具体的には偵察の強化や指揮系統の単純化などを図った)、日本は指揮官の井上らの資質を問題にしただけだった。アニメでも指揮官の判断ミスだけを問題にしている。


 珊瑚海海戦で戦った現場の指揮官の資質には確かに疑問があるが、日本海軍が毎回中途半端なところで作戦を断念しがちなのは、作戦司令部や連合艦隊司令長官に鉄の意志がなく、責任や権限の所在が不明瞭なことがそもそもの原因だから、彼らを責めてもしょうがないと思う。



第9話「ジャワ島攻略」


 アニメでは、この戦いが唯一の、日本軍が現地人に歓迎された戦いだったとしている。そのこと自体が大問題と言える。

 日本は建前上、大東亜共栄圏だのと謳っていたが、実際には東南アジアの人達に対して何かいいことをしたわけではない。ただ居座って遊んでいただけである。その結果、延々と現地ゲリラの襲撃に悩まされることになる。

 なぜ現地の人との協力関係を結ぶことに注力しなかったのだろう。それは結局、日本には戦略というものが存在しなかったからだといえる。東南アジアを奪うことまでは考えていたが、それからどうするのかを何も考えていなかった。勝った後のビジョンすらないなら、戦争なんかしなきゃいい。世界征服を目標にしながら、征服した後どうする気なのかさっぱりわからない秘密結社と大差ない。



第10話「海軍落下傘部隊」


 落下傘部隊だけが持て囃され、上陸部隊の兵士がないがしろにされた結果、上陸部隊の兵士達の間で不満が生じ、それが余計な戦死者を出す結果に至ったのだ、とする話。

 この話の真偽について、私は知らないから何とも言えない。もし実際に、落下傘部隊と上陸部隊との間でケンカが起きていたのであれば、なんらかの手を打って仲直りさせておいた方が良かっただろうとは思う。



第11話「バターン・コレヒドール攻略」


 マッカーサーの負け戦。しかし、この戦いでマッカーサーは英雄になる。一方、勝利した日本の本間中将は、攻略に手間取ったことを咎められて左遷され、戦後に「バターン死の行進」の責任と言う名目で、マッカーサーに当てつけがましく処刑される。マッカーサーの器量の狭さが窺える一幕である。


 アニメではマッカーサーがバターン半島に立て籠もるであろうことを日本軍司令部は予測していたが、何も手を打たなかったことになっている。これが事実かどうかは、私は知らない。予測していたが手を打たなかったのか、手を打てなかったのか。


 アニメでは本間中将がミスをしたかのような描かれ方をしており、マッカーサーの戦術ミスについては一切触れていないが、マッカーサーはイギリスのパーシヴァルと同様に、日本軍をかなり甘く見ていた。イエロモンキーに負けるはずはないという謎の自信にすがり、戦力を広範囲に分散しすぎたために突破されている。


 バターン半島立てこもりは戦術的にも戦略的にも無意味で、単にマッカーサーやルーズベルトの意地、「ジャップにホワイト様が負けたなんて認めたくない」というクソみたいな理由で続けられたに過ぎない。ルーズベルトやマッカーサーは、最終的に日本を下したことで勝者面しているが、実際には自国が焦土と化すまで戦いをやめなかったドイツや日本の指導者と大差ない器量だったとも言える。たぶん立場が逆なら同じことをしていただろう。


 このアニメでマッカーサーを悪く描いていないのは、このアニメがあくまで「日本の反省」がテーマになっているからと、戦後、「なぜか」マッカーサーが日本で人気になったことからだろう。

「なぜか」というのは皮肉で言った。なぜなのかはわかっている。戦後、日本国民は、戦争は軍部の暴走によって起こったものとし、自分達は騙されていただけということにした。マッカーサーは日本国民にとって「解放者」なのである。



第12話「潜水艦 伊-168」


 ミッドウェーで大破したヨークタウンに止めを刺し、爆雷を受けて破損しながらも帰還した伊168の活躍の話。

 優秀な艦長や乗組員はいるし、個々の戦闘では勝てるけど、戦略家がいないために、それがうまく活かされないのが日本の大きな問題といえる。


 なお、アニメだと描写されていなかったが、このヨークタウンは珊瑚礁海戦でも大破している。短期間で不死鳥のように蘇ったのだが、今度はミッドウェーで飛龍からの集中攻撃を二度も食らってまた大破。そして伊168に止めを刺されてようやく沈んだのである。翔鶴並に運が良いんだか悪いんだかわからない空母である。



第13話「第一次ソロモン海戦」


 夜戦でアメリカ軍が散々酷い目に遭った海戦だが、日本側の作戦目標である補給船団を叩けなかったために、勝った日本側の評判も宜しくない。


 第八艦隊は夜戦でアメリカ艦隊に大打撃を与えたが、そのまま反転して補給船団を叩くか、それとも引き揚げるかで意見が割れた。引き上げた表立った理由は、日本海軍は物資不足に悩まされており、いたずらに船を失うリスクを取りたくなかったからだとされる。


 また、日本海軍はそもそも、通商破壊は「卑怯」だというお馬鹿な思想に染まっていたため、補給船団を叩くという目標の重要性を理解していなかったのではないかとも言われる。

 その一方で、アメリカにはガンガン通商破壊されており、バシー海峡は悲惨なことになっていたのだから間抜けである。


 アニメだと描かれていなかったが、山本のおっさんは、三川艦隊が補給船団を叩くことなく撤退したのをたいそう激怒したらしい。しかしそれは三川中将の責任ではなく、自身の力量不足と無責任さが原因である。

 山本は、この作戦はリスクが高いとみており、「出撃するのは勝手だけど、責任は取らないよ」という形で承認している。無責任なくせに、作戦が思い通りに行かなかったら激怒するとはどういうことなのだろう。だったら最初から自分で全部ケツを持てよ。


 そもそも、ミッドウェーでの敗戦に対して誰も責任を取らなかった以上、日本海軍では何をやらかしても責任を取る必要はない。ましてや三川艦隊は敵に大打撃を与えたのだから当然勲章ものである。補給艦隊? 知るかそんなもん。配下の空母機動艦隊を全滅させた上に何の戦果も挙げなかったくせにお咎め無しだった南雲や山本(飛龍の戦果はこいつらの功績とは言えない)よりは遙かにマシじゃないのかね。

 ミッドウェーで日本海軍に規律なんてものは失われている。


 日本海軍の敗戦の責任は山本にあり、山本が一切責任を取らずに自分勝手に戦死したことにある。



第14話「加藤隼戦闘隊」


 日本のエース・パイロット集団の話。こうした英雄譚を見聞きするのは楽しいが、アメリカのジョン・サッチのことを思うと、英雄譚で興奮している場合じゃないよなと思ってしまう。


 日本の精鋭部隊は、厳しい訓練と実戦経験によってしか生まれない。一方、サッチウィーブは、少しの知識と訓練で簡単にできるようになる。

 日本はアメリカの物量に負けたと言うが、アメリカは未熟な兵でも一人前に戦えるようにするドクトリンに労力を注いだからこそ、日本を圧倒することができたのである。日本はそうした努力を怠った。大和魂と根性があればみんなエース・パイロットになれるという妄念にすがりついていただけである。


 このアニメが太平洋戦争から何かを学ぶことがテーマなのだとしたら、加藤隼戦闘隊や、次のラバウル航空隊の話よりも、ジョン・サッチの話を入れるべきだったのではないかと思う。

 なお、あまり有名ではないが、ジョン・サッチは神風特攻対策も考案している。この対策は現代の艦隊でも対空防御法として使われているらしい。



第15話「ラバウル航空隊」


 敗色濃厚な状況にあっては、航空隊の人が何をどう決断してもどうにもなんないよね、という、身も蓋もないことを我々に伝える回。私がそう感じたのではなく、ナレーションでそういうことを言っている。そりゃそうなんだが、このアニメのテーマを根底から否定してないだろうか、それ。


 余談だが、当時の日本国民の間では、零戦などの海軍の戦闘機についてはほとんど知られておらず、陸軍の航空隊の方が知名度が高かった。零戦神話は戦後に作られたものである。陸軍がダメで海軍がよかったという謎の評価も、おそらくは零戦神話と同時期に作られたものだろう。



第16話「キスカ島撤退」


 チャンスを慎重に計り、運も味方に付けて、奇跡的な撤退戦を成功させた木村少将の活躍を描く回。それはいいのだが、一方では一億総玉砕とか言ってバンザイ突撃だの特攻だのしてるんだから虚しくなる話である。


 木村少将のように現場指揮官として優秀な人物なら、作戦司令部がちゃらんぽらんでスットコドッコイでも、自分で作戦の最重要目標を決めて、そのために全力を尽くせる。しかしそもそも、作戦目標がはっきりしており、優先順位が決まってさえいれば、凡才の指揮官でもそれなりにちゃんと仕事をするのである。



第17話「特攻隊誕生」


 神風特攻隊の誕生を描く回。


 平和ボケした現代の日本人の感覚からすれば、神風特攻隊は正気の沙汰ではないように感じる。しかしこれは合理的な戦法だった。そして、今でも合理的な戦法としてしばしば用いられている。自爆テロとか。

 当時の日本では、熟練兵が軒並み戦死した結果、爆弾を投下するよりも特攻した方が命中率がマシな状況に陥っていた。どうせ死ぬんだったら、成果も上げずに無駄死にするよりは、敵を道連れにした方がマシ、というわけである。


 特攻隊に志願した人が結構いたという話を聞くと「どうせ圧力があったんだろう」と思いがちだが、人間は追い詰められたら、ただ一方的に殺されるよりは自爆テロした方がマシと思いがちなものである。

 今の日本人は、敗戦後にも日本に未来があることを知っている。しかし、当時の日本人からしたら、この世の終わりとしか思えなかっただろう。だったら命を惜しんでも仕方ないと考えるのも無理はない。


 たとえば、宇宙人が攻めてきて、地球人の科学技術や資源ではどうにもならないとする。このままだと地球人は全滅する。そんなとき、宇宙人の宇宙船に特攻する人員を募集していたら、参加したくならないだろうか。特攻隊に志願するのは異常でもなんでもない。



 日本は、熟練兵でなければ扱えない兵器を作り、熟練兵でなければ実現できない戦術・戦法に頼っていた。新兵でもそこそこ戦えるようにする工夫をしなかった。その結果、特攻した方がマシな状況が生まれたわけである。

 特攻に頼るようではもう勝ち目はないんだから、そうなった時点で敗け方について考えておくべきだったろう。


 神風特攻隊の発案者とされる大西は、戦前から特攻戦法信奉者だったらしく、山本とも真剣に議論していたらしい。

 そんなことを考えるより先に、新兵を素早くそこそこ戦えるようにする工夫を考えるべきだったと思う。もっとも、まさか本当にアメリカと戦争をすることになるとは思っておらず、そこまで真面目に考えていなかった可能性もある。



第18話「山本五十六の死」


 大きな決断ミスにより、視察中の連合艦隊司令が殺害されるという間抜けな事態を引き起こした件についての回。前代未聞の大失態である。前線で要人がスケジュール通りに行動したら、スケジュール通りに待ち伏せされて殺されるに決まっている。

 山本五十六がどれだけ人格者で神だったかは知らないが、司令官として無能なくせに何の責任も取らず、役にも立たないのにのこのこ前線に出てきて無責任に戦死したことは批判されて然るべきだと思う。


 山本は連合艦隊司令官の器ではなかったが、そのことは自分でもよく分かっており、辞退しようとしている。つまりは山本を起用した者の責任だが、それが一体誰なのか、よくわからないのが日本の問題である。アメリカでは、マッカーサー元帥の起用責任がルーズベルト大統領にあることははっきりしている。


 なお、アニメでは山本をあくまで有能な人物としてのみ描いており、彼の采配の問題については言及していないが、70年代にテレビで放映するアニメであるという事情を考えれば、それは仕方のないところだろう。

 しかし、決断をテーマにするなら、軍司令部や山本の決断こそ扱うべきなんじゃないかと思う。



第19話「ルンガ沖夜戦」


 日本よりもアメリカ側の評価が高い田中少将が活躍する話。

 日本で評価が低い理由は、のんびりマイペースに指揮を執るのが、敢闘精神に燃えまくる将兵達とウマが合わないため。アメリカで評価が高い理由は、このルンガ沖夜戦のためである。不利な体勢から反撃に転じて大打撃を与えた判断力を高く買ったわけである。


 アニメだと、ドラム缶輸送が成功したかのように描かれているが、実際は田中少将は輸送任務を放棄して反撃を命じている。輸送任務としては失敗だったため、上層部から叱責され、これが原因かは知らないが、後に左遷させられた。しかし、この左遷のおかげで田中少将は戦争を生き延びるわけである。


 このドラム缶輸送は、うまくいっても流した数の1割くらいしか島に届かなかったらしい。結局この作戦は、貴重な戦力を割き、貴重な物資を垂れ流しただけだった。

 そもそも田中少将はドラム缶輸送に反対だった。戦力を割いてまで、こんなわけのわからん輸送任務なんかやる意味はないと言っている。なのに、無理矢理引き受けさせられたあげく、その失敗を責められるのだから、上層部は馬鹿ばっかりだな、やってられんわと思っていたことだろう。左遷させられて喜んでいたかもしれない。



第20話「マリアナ沖海戦」


 マリアナ戦における小沢の決断ミスを描く回。しかし、マリアナの敗北を小沢のせいにするのはどうかと思う。練度の低い間に合わせ人員しかいないわりには頑張った方ではないのか。最初から勝てる要素がない。


 小沢は開戦前から空母機動艦隊によるアウトレンジ戦法を提案していたが、誰も賛同しなかったらしい。このマリアナ戦でようやく自分がやりたかった戦法ができる立場になったわけだが、この頃には練度不足で実現不可能になっていた。

 しかも、アメリカは高性能なレーダーを開発しており、飛来する航空機の位置がバレバレだった。


 というわけで、小沢は非現実的な戦法を用いようとして敗北した無能というレッテルを貼られるわけだが、そもそも当時、アメリカ海軍を撃破できる策があったかどうかが疑問である。


 一般的には、この海戦がアメリカ海軍に対抗できうる最後のチャンスだったとされるが、そんなチャンスはとっくの昔になくなっていたというのが正しいと思う。数でも質でも劣り、質を補うドクトリンもなく、情報戦でも負けている状況で、アメリカ海軍に勝てる自信のある人がいるなら是非その奇策を聞きたいものである。


 なお、当時の日本の公式発表では、マリアナ戦は大勝利を収めたことになっている。負けを負けと認められなくなってきていることからも、日本の末期的状況が伺える。


 アニメでは、日没寸前に敵艦を発見した際の小沢とアメリカ司令官(スプルーアンス?)の決断の違いがクローズアップされていた。小沢は、日が沈むと攻撃隊が帰ってこられないことを懸念して攻撃を断念したが、アメリカはそれでもなお攻撃隊を発進させ、危険を冒して艦隊自ら前進して出迎えに行き、空母に明かりを焚いて帰還させた、となっている。

 しかし私は、マリアナの勝敗はそんなところで決まったわけではない気がする。一番の勝因はレーダーだろう。つまりは情報である。



第21話「レイテ沖海戦(前編)」


 武蔵が撃沈する回。プリンス・オブ・ウェールズの最後そのまんま、しかも、そうなることがわかっていながら出撃するという、最初から目茶苦茶な作戦である。一体どうしろと。あまりに馬鹿らしすぎて、武蔵を塗装でもしないとやってられなかったというのは、わからんでもない。

 武蔵の上官は退艦命令を出して部下を救ったわけだが、その一方で特攻してるんじゃ意味ないよなあと、やはり思ってしまう。


[2021.08.09 追記]

 武蔵が死装束をしたのは意味があって、敵航空機から見えなくするための迷彩塗装だったそうである。アニメ放映当時、そのことが知られていなかったのであれば仕方ないが、演出なのだとしたら余計な改変だと思う。迷彩塗装なら迷彩塗装と、ちゃんと正しい情報を教えて欲しい。

 もっとも、いくら黒く塗っても、結局は空襲を食らいまくったわけだが。



第22話「レイテ沖海戦(後編)」


 栗田ターンの是非を問う回。

 航空支援も正確な情報もないし、作戦目的もよくわかんないけど、頑張って全うしてねという作戦自体がすでにめちゃくちゃだから、反転しようがしまいがどっちでも良かったように思う。栗田艦隊がそのまま進めば勝てたのかね? むしろ、無駄な戦いを避けた分だけマシだった気がする。


 栗田ターンのせいで小沢艦隊の囮が無駄になったとされるが、小沢が囮になったのはマリアナでの敗戦責任を取らされての罰だから、どうでもいいことである。むしろ同情されてラッキーだったんじゃないかね。


[2021.08.09 追記]

 この海戦では日米両軍とも情報が錯綜していて、互いにいろいろ大きなミスを犯している。

 アメリカ側は、武蔵を撃沈した戦闘で栗田艦隊は壊滅したと思い込み、そのために小沢の囮艦隊に引っかかってしまったらしい。

 一方、栗田艦隊が反転したのも、正しい情報が入らず、誤報が飛び交う中での判断だったから、正しい情報を全て知っている我々が批判してもしょうがない。栗田だって正しい情報を知っていれば、決死の覚悟で突撃した可能性が高い。


 なお、栗田ターンのタイミングは結果的には正しく、あれより遅ければ囮だと気付いて戻ってきた空母機動艦隊と鉢合わせして壊滅していた可能性が高い。

 また、反転しなければ、輸送船団に大打撃を与えられたかもしれないが、栗田艦隊は確実に全滅していた。どちらが良かったかは微妙なところ。いずれにしても日本軍は航空優勢を確保できなくなっており、そのことがすでに致命的なので、大勢に影響はなかった気がする。アメリカ兵がレイテでいっぱい死ぬかどうか、大和がレイテで沈むか坊ノ岬で沈むかの違いだろう。



第23話「硫黄島作戦」


 栗林中将による硫黄島籠城戦。バンザイ突撃しないだけでも、だいぶマトモな指揮官であることがわかる。せっかく硫黄島で稼いだ時間を日本の首脳陣はただ浪費しただけだったことは残念である。


 ここまでの戦いで、日本軍の間抜けっぷりを散々見てきただけに、アメリカ軍は楽勝だと思っていたことだろう。敵を舐めていると痛い目を見るという戦訓である。あまりにぐやじいから硫黄島をテーマにしたアメリカ万歳な映画を作ってみたりしているが、結局アメリカ人のメンタルもその程度ということか。



第24話「連合艦隊の最期」


 坊ノ岬沖海戦での大和撃沈を描いた回。どうせ負けるんだし大和も使い切っちゃえというどうしようもない作戦である。大和を固定砲台にして沖縄防衛戦で使うつもりなら、敵が来る前に沖縄に配備しておくべきだったろう。せっかく硫黄島で時間を稼いでいたのに、その時間をちっとも有効に使えていない。結局は行き当たりばったりの思いつきで作戦を考えているからこういうことになる。


 日本軍がどうしようもないのはともかくとして、アメリカのスプルーアンス大将が大和と水雷戦をやりたがっていたという話は、私は知らなかったので興味深かった。もう大勢に影響のない戦いだったから遊び心が出たのだろうが、慢心が見て取れる一幕である。これが実現して酷い目に遭っていたら面白かったのだが。



第25話「最後の決断」


 政界が舞台となる唯一の回。ポツダム宣言を受諾すべきかどうかの決断が出来ず、天皇に丸投げするという日本の根本的なダメさを凝縮した回である。「決断」がテーマなのに、誰も決断しない。日本の無責任体質の構図を見事に描き表している。



 このアニメには26話として、ジャイアンツの川上監督の決断を描く回があるらしいが、それは放送されなかったので観ていない。

 本当はポツダム宣言を受諾する天皇の決断を描く回があったらしいが、締め切りに間に合わずに急遽差し替えたのだとか。

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