冷蔵ピザ

 私はあまり冷蔵・冷凍ピザを買うことはないが、買ったときはオーブントースターで焼いている。オーブンレンジだと予熱に時間がかかるからである。

 私の家のオーブンレンジはパナソニックのビストロ、NE-R3000、最大出力1000W。一方、オーブントースターは今は亡きサンヨーのSK-WA22。最大1300W。つまり、オーブン機能に関しては、オーブントースターの方が高火力なんじゃないかと思っていた。


 しかし、実際に試してみないと本当のところはわからないよな、と思い、試しにオーブンレンジで冷蔵ピザを焼いてみようと思った。それで、適当にスーパーで冷蔵ピザを買って焼いてみた。


 やはりオーブンレンジは予熱に時間がかかる。特にNE-R3000は大きいので、より庫内を暖めるのに時間を食うようである。さらに、今年の冬は寒いから余計に時間がかかる。予熱時間は16分だと言うが、実際はそれよりもかかっている気がする。


 予熱で待つことしばらく。ようやく250度に暖まったというから、ピザを突っ込んで5分ほど焼いた。そして食った。



 食べてみてびっくりした。下手をすると、その辺の店で食うよりうまかった。ものすごく香ばしいのである。

 オーブントースターと比べると2~4倍時間がかかるが、その価値は充分にある。たった1枚のピザを焼くのに長々と予熱するのは効率が悪いことは否めないが。



 その辺で買った適当なピサでもこんなにうまいなら、オーブントースターで焼いてもうまいセブンイレブンの冷凍ピザならもっとうまくなるんじゃないかと思った。それで、早速買ってくることにした。

 冷凍ピザは、一旦解凍してから焼く必要がある。普段なら電子レンジでさっさと解凍して焼くが、今回は万全を期して、ちゃんと自然解凍してから焼くことにする。



 次の日、しっかりと解凍したセブンイレブンのピザを用意し、オーブンレンジを予熱して、満を持してピザを入れて焼く。


 もともとセブンイレブンのピザの生地には焦げ目が付いているが、オーブンレンジでさらにチーズにもしっかり焦げ目が付き、実にいい感じの見た目になる。


 そして、食べてみてびっくりした。


 トースターで焼いたのと大差なかった。



 これはどういうことなのだろう。私は悩んだ。そして思いついた。セブンイレブンのピザは、オーブントースターで焼いてもおいしいように作られているのではないか? そこそこの火力で充分おいしくなるようにできているからこそ、オーブンレンジの高火力(?)で焼いても大差なかったのではないか。


 そこで今度は、オーブントースターで焼いてもさして香ばしくなかったピザを用意することにした。ニッポンハムの石窯工房と、ローソンのピザである。

 こうして紹介すると悪く言っているように聞こえるのは否めないが、別にこれらのピザがマズいと言っているわけではない。


 買ってきたピザを用意し、オーブンを予熱して、石窯工房を入れる。そして焼く! 食う!


 ……トースターで焼いたのと大差なかった。


 続いて、ローソンのピザも焼く! 2枚目は予熱の必要がないからすぐできるぞ! そして食う!


 ……トースターで焼いたのと大差なかった。



 これはどういうことなのだろう。私は悩んだ。そして気付いた。もしかすると、最初に適当に買ったピザがうまかっただけなのではないかと。


 私はゴミ箱を漁り、最初に買ったピザの包装袋を引っ張り出した。デルソーレというメーカーのピザだった。

 ネットで調べてみると、デルソーレの冷蔵ピザは評判が高く、冷蔵ピザの中ではダントツにうまいと評価する人もいた。


 なるほど、そうだったのか! オーブンレンジのおかげじゃなく、ピザそのものがうまかっただけなのか!


 ということは、デルソーレのピザなら、オーブントースターで焼いてもうまいということなのだろう。そしたら面倒くさい予熱なんかすることなく、いつでも私はうまいピザにありつけるわけだ!

 そう思った私はスーパーに行き、最初に買ったものと同じデルソーレのピザを再び買った。そしてオーブントースターで焼いてみた。予熱がいらないのですぐできる。


 食った。……あんまり香ばしくなかった。

 うまいのはうまいが、最初に焼いたときと比べると天と地ほどの差がある。



 つまり、こういうことである。セブンイレブンやローソン、ニッポンハムのピザは、オーブンレンジで焼いてもオーブントースターでも大差ない。しかし、デルソーレだけはオーブンレンジで焼くと断然うまくなる。


 こうして涼格は、今後はデルソーレのピザをオーブンレンジで焼こうと思うのでした、めでたしめでたし。



 ……と、普通なら結論づけて終わるであろう。しかし私は普通じゃないので、この結果にどうしても納得がいかなかった。なんでデルソーレだけうまくなったんだ? 何が違うんだ? それに、出力に関してはSK-WA22の方が高いのに、なぜNE-R3000で焼いたときだけ香ばしくなるのだろう。


 調べていく内にわかってきたのは、SK-WA22はよくある石英ヒーターを使っているが、NE-R3000は光ヒーターという謎のヒーターを使っていることだった。原理は不明だが、光ヒーターは遠赤外線と近赤外線の両方を使い分けることができ、効率よく食品を焼けるらしい。遠赤外線は食品を内部から暖め、近赤外線は表面を焦がす。つまり、基本的には遠赤外線で焼き、仕上げに近赤外線で軽く焦がす処理を入れているということなのか。それが香ばしさの秘密なのか。

 ともかく、NE-R3000の方が出力が低いにも関わらず焦げ目が付きやすいのは、ヒーターの違いから来ているようである。


 あと、オーブントースターについて調べていて、気になる情報を得た。トースターのサーモスタットは、庫内が汚れると作動が早まるらしい。つまり、汚れたトースターは庫内の温度が上がらなくなる、ということである。

 そして、ウチのSK-WA22はお世辞にもきれいとは言えない。もう10年以上使っているし、わりと雑に使われてきたため、焦げがあちこちにこびりついていたりする。


 もしかすると、コレが原因なのか? 一回本気で掃除をして、できる限りきれいにしてやったら、ピザも香ばしく焼けるようになるのか?



 もうひとつよくわからないのは、デルソーレ以外のピザがさほど香ばしくならなかったことである。

 もしNE-R3000のヒーターがピザ焼きに適しているなら、デルソーレ以外のピザも香ばしくなるものではないのか? なぜそうならなかったのだろう。


 ……もしかして、調理時間が短かったのか?


 ピザの袋にはオーブンで焼くときの調理時間の目安が書かれている。これはピザによってまちまちだが、「約5分から7分」などと、かなり幅の広い書き方をしている。デルソーレは4分20秒から6分30秒だったか、確かそんな書き方をしていた。


 私はデルソーレを焼くとき、「4分は短いよなあ」と思って、最大の6分30秒でタイマーをセットしたような気がする。一方、石窯工房は5分から7分と書いてあって、「7分は長いよなあ」と思って5分にしたような気が。その差が香ばしさの差になったのだろうか?


 もしかするとピザは、私が思っているよりも、もっと焼くべきものなのかもしれない。目の前でチーズが沸騰するのにビビって、「あっ、これ以上焼くとヤバイ!」と思ってしまい、本来ならもっと時間延長して焼くべき所をさっさと引き上げるから香ばしさが足りなくなるのだろうか。


 ピザが香ばしくならない理由は、ピザのせいでもレンジのせいでもなく、私自身にあるというのか。ピザを過保護にしすぎたというのか、もっとガツンと焼かねばならないのか!


 その結論を知るには、今一度ピザを焼かねばなるまい。ここ2日、ピザばっかり食っているような気がするが、いまさらここで退けるか! ピザだ、ピザを持ってこい! 夕飯はピザだ、文句ある奴は前に出ろ! 斬り捨ててやる!



 ……こうして私は今一度、デルソーレのピザを買ってきた。そして、歯ブラシやらタワシやら布巾やらを使って、できる限りトースター庫内にこびりついた焦げをそぎ落とした。どれだけ擦っても10年モノの焦げは落ち切らなかったが、できる限りのことはした。

 そのオーブントースターを使って、デルソーレのピザを、今度は徹底的に焼いてみることにした。チーズが沸騰して固まろうが、生地が消し炭になろうが構うものか! あの香ばしさを再現するか、死ぬかのどちらかだ! 石英の本気を見せてやれ!


 私は焼いた。ガッツリ焼いた。焼きすぎてチーズが固まる恐怖を振り払い、ピザ全体にしっかりといい感じで焦げ目が付くまで焼き尽くした。目安時間を遥かにぶっちぎり、10分焼いた。


 そして食った。


 すると、なんと! ……驚くほどあんまり変わらなかった。


 前回より焦げ目がしっかり付いている分、香ばしくなるのかと思ったら、そうでもなかった。一方でチーズに熱が入りすぎることもなかった。まあ普通。ちょいパリパリ目なだけ。


 これで少なくとも、ひとつのことは明らかとなった。このオーブントースターではどうやってもデルソーレの真のうまさを引き出すことはできない、ということである。



 では、石窯工房をNE-R3000で焼いたときに香ばしくならなかった件についてはどうなのだろう。ガッツリ焼けば香ばしくなるのか?


 こうなったら死なば諸共である。夜食は石窯工房だ。


 夜な夜なスーパーに出掛けて石窯工房を買ってきた涼格は、深夜にこそこそとNE-R3000を予熱し、石窯工房を突っ込んだ。そして、チーズが爛れ、沸騰する様を冷徹なまなざしで見下ろしながら、ピザに限界まで熱を入れまくった。


 食った。


 ……香ばしくはならなかった。前回より全体にしっかり焦げ目がつき、パリパリ感は増したが、肝心の香ばしさは大差なし。これ以上焼くとチーズが固まり、ソースが蒸発してしまうから、今回の焼きがぎりぎり一杯である。



 戦いは終わった。後に残されたのは、累々たるピザの包装袋の山と、2日ほどピザしか食わなかった阿呆が一匹のみ。

 痛ましい多大な犠牲を生んだこの愚かな戦いの果てに、我々はいくつかの教訓を得た。


 その1、たいがいのピザは安物トースターで焼こうが高機能なオーブンレンジで焼こうが大差ないということ。


 その2、焦げ目を付けたから香ばしくなるとは限らないということ。香ばしさを引き出すには適切な食材を適切な方法で焼く必要がある。

 たいがいのピザは、焦げ目を付けることにこだわる必要はない。付けても大きな差がないからである。それよりはチーズやソースのフレッシュ感を重視した方がおいしく仕上がる。


 その3、デルソーレのピザはマジでうまいが、その真価を引き出すにはそれなりのオーブンが必要だということ。


 その4、オーブントースターはこまめに掃除すること。機能低下に繋がるし、そもそも発煙や発火の原因になって危ない。もちろんオーブンレンジも掃除するべきである。



 こうして再び、世界に平和が訪れた。人々はこの平和が続くことを祈った。ピザは当分いらないと願った。


 しかし、人は過ちを繰り返す。この凄惨な戦いも、新たな争いの序章に過ぎなかったのである。



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次回予告

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 ピザとの百年戦争を辛くもくぐり抜けた涼格。しかし、激戦の先にあったものは、さらなる戦いであった。

 迫り来るオーブントースターの大群。そして、小麦帝国からの新たなる刺客。

 終わりなき争いの地平に、涼格が見るものはなんだ?


 次回、「トースターと食パン」


 灼熱地獄の中で生まれるのは焦げパンか、それともカリふわか――

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