新しいバンドの発掘2-2 Pat Boone "In A Metal Mood- No More Mr. Nice Guy"

 Pat Booneはアメリカのポップス歌手。ポップスと言ってもだいぶ昔のポップスであり、"Fallout 3"のラジオで流れるような曲である。今ではオールディーズと言ったほうが適切。彼は1934年生まれであり、ハードロックが生まれる前から歌手として活動していた。


 このオールディーズのポップス歌手にして敬虔なクリスチャンでもある彼が、世紀末(1997年)になぜか突如悪魔に魂を売り、メタルのカバー曲アルバムを出した。それが "In A Metal Mood- No More Mr. Nice Guy"である。邦題は『メタルバカ一代!!!』。


 どうやらPat Booneはこの企画に超乗り気だったようで、第二弾、第三弾も予定していたらしいが、キリスト教徒はPat Booneが悪魔に取り憑かれたと恐怖し、圧力をかけて彼をゴスペル音楽番組の司会から降ろしたらしい。そういうこともあってか、続編の企画は立ち消えになった模様。宗教はだいたいろくでもないことをする。

 ただ、どうやら調べてみる限り、キリスト教徒だけでなく、メタルファンからも反応は微妙だったようである。こんなのメタルじゃないと。



 私はこのアルバムの存在自体を知らず、世紀末はとっくに過ぎ、恐怖の大王が降り立ったのも過去の出来事となり、ハルマゲドンによって世界が滅亡した今頃になって聴いたわけだが、すごくいいアレンジカバーアルバムだと思う。なんで世紀末の連中はこれを評価しなかったのだろう。おかげで第二弾が出ず、私の楽しみが消えてしまったわけである。


 まずはとりあえず、曲のリストを紹介する。


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"You've Got Another Thing Coming" (Judas Priest)

"Smoke on the Water"(Deep Purple)

"It's a Long Way to the Top (If You Wanna Rock 'n' Roll)" (AC/DC)

"Panama" (Van Halen)

"No More Mr. Nice Guy" (Alice Cooper)

"Love Hurts" (Everly Brothers)

"Enter Sandman" (Metallica)

"Holy Diver" (Dio)

"Paradise City" (Guns N' Roses)

"The Wind Cries Mary" (The Jimi Hendrix Experience)

"Crazy Train" (Ozzy Osbourne)

"Stairway to Heaven" (Led Zeppelin)

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 "Holy Diver"ではRonnie James Dio本人がバックでシャウトしている。Dioは結構、こういう面白いことを積極的にやりたがる人で、好感が持てる。


 ちょっと長い余談になるが、Tenacious Dのロックミュージカル映画"Tenacious D in The Pick Of Destiny"の"Kickapoo"という曲では、敬虔なクリスチャンの家に生まれた主人公が、父親(これが実はこっそりMeat Loafだったりする)に「ロックは悪魔の音楽だ、もうやるな!」と怒られた時、Dioのポスターに祈るシーンがある。するとポスターからDio本人が現れて「ロックに飢えた若者よ、お前はロックの道を突き進むのだ! ハリウッドへ行け! そこでお前は運命的な出会いを果たすであろう!」と絶唱している。このDio本人の出演は熱い。

 もしこの映画を観ていないメタラーはなんとかして必ず見よう。"Spinal Tap"と並ぶメタラー必見映画である。


 "Smoke on the Water"ではRitchie BlackmoreとDweezil Zappaがエレキギターで参加している。Dweezil ZappaはFrank Zappaの息子。この曲を息子が演奏するのは感慨深いものがある。

 "Smoke on the Water"は、フランク・ザッパのバンドのライヴ中にどこかの馬鹿が照明弾を撃ち、それで火災が起きたのを目撃したのをそのまま歌詞にしている。


 エレキベースはMarco Mendoza。BlueMurderやThin Lizzyなど、John Sykes繋がりなバンドに在籍していたベーシスト。

 そしてドラムはGregg Bissonette。ジャズとロック両方やるドラマー。結構いろんなところで叩いており、名前は知らずとも彼のプレイを聴いたことのある人は多いと思う。たとえばJoe SatrianiやSteve Vaiのアルバムでちょくちょく参加している。実は結構スーパーバンド的な面子。



 各楽曲は、元ネタを知っている方が楽しめると思うが、知らなくても聴けるものになっている。さすがに"Smoke on the Water"は知っている人が多いと思うが、他の曲はよく知らない、という人でも大丈夫。

 とりあえずTr1"You've Got Another Thing Coming"を聴けばどういうアルバムかはよくわかるだろう。


 https://www.youtube.com/watch?v=J7ktY8L6v0A

 (pat boone "You've Got Another Thing Comin'")


 原曲を知っているとわかると思うが、このアレンジは何気にすごい。

 原曲はJudas Priestでは珍しくロックンロールなタイプの曲で、ポップすぎると批判されたりもしたが、アメリカで受けるのに重要な一曲となった。

 それがビッグバンドアレンジされたわけだが、メロディラインを強化することで原曲の持つポップな魅力を強化しつつ、ロックとジャズの中間のようなアレンジを施している。ホーン隊やストリングス隊がいるからジャズっぽく聴こえるが、ドラムパターンはロック。そして、ミックスではだいぶ下にされているが、ピアノがまたいい仕事をしている。



 本当は全曲紹介したいが、特に注目したい曲に絞って軽く解説を書いておく。


 https://www.youtube.com/watch?v=fChDn66naeU

 (pat boone "Smoke on the Water")


 "Smoke On the Water"は、比較的原曲に近いアレンジになっている。どこが? と思うかもしれないが、それはホーン隊の音に惑わされすぎ。そのホーン隊の音をよく聴けば、例の超有名なリフを演奏しているのがわかるだろう。ここでのホーン隊はどちらかというとロック寄りの演奏をしている。

 上モノがロックしている一方、ドラムがパーカッション主体でダンサブルになっているのがポイント。ドラムまでロックにしたらアレンジ的につまらなくなるという判断だろう。これは正解だと思う。



 https://www.youtube.com/watch?v=j-QXT_3R6VU

  (pat boone "It's A Long Way To The Top (If You Wanna Rock 'N Roll)")


 このアレンジもすごい。リズムがスィングになることで、原曲よりもノリのいいダンサブルな曲になっている。実は元曲よりロックしているんじゃないかとすら私は思ってしまった。バグパイプはないが、そこはサックスが充分補ってくれるだろう。かなりジャズ寄りなのに、原曲のツボを押さえたアレンジだと思う。



 https://www.youtube.com/watch?v=Zxe2_tHTnts

 (pat boone "Enter Sandman")


 聴けば確かにMETALLICAの"Enter Sandman"で、原曲のテイストはちゃんと残っている。しかし、こんな曲に化けるのかよ、という、凄まじいアレンジ。原曲を知らない人には普通のビッグバンド曲にしか聴こえないだろう。

 そもそもリズム重視のMETALLICAをここまでメロディアスにするとは。



 https://www.youtube.com/watch?v=TeKjmB2DaAs

 (pat boone "Paradise City")


 たぶんこれがこのアルバムで最も大きく原曲と異なるアレンジが施された曲だろう。元の曲はかなりスローテンポだが、それを高速スウィングナンバーに大変身。しかし、案外これでもメロディにGuns N' Rosesらしさが感じられたりするのが面白い。なお、こっそりディストーションギターも入っているから、これでも純粋なジャズではなくハイブリッドである。

 メタラーは速い曲の方が好きだから、表向きには認めたくなくても、本心では原曲よりこっちの方が好きという人は多いのではないだろうか。

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