選挙カー

 蚊の羽音を聞いて季節を感じるように、選挙カーがうるさくて選挙の季節を感じるこの頃。


 選挙カーがいまいましいクソ迷惑な存在であることは言うまでもないが、選挙カーによる名前の連呼は、あれで一定の効果があるらしい。

 名前を連呼することで支持者が増えることは滅多にないが、もともと特定の政党や人物を支持している人、あるいは、入れる先がなくて困っている人が「ああ、あの人(あの党の候補)が立候補してるのか。じゃあそっちに入れよう」と思わせるきっかけにはなるのだとか。


 候補者は、まずはとにかく、立候補していることを知られなければならない。存在すら認知されていなかったら、投票されるはずもないからである。カクヨムに作品を投稿しても、作品の存在を知られなければ読まれることもないのと同じ理屈。そしてカクヨムのシステムはクソっているので、新作の存在は誰にも知られることなく、たいがいはPV0で終わることになる。いい加減なんとかして欲しい。


 しかし、日本では選挙活動がいろいろ制限されていて、家からあまり出ない主婦層や高齢者に存在を周知するには、選挙カーでやかましく名前を連呼するのが最も効果的な手段なのである。

 ポスターによる宣伝は、有権者の目にはほとんど付かないが、選挙権のない小学生に対しては効果的な宣伝となるという、なかなか倒錯的なことになっている。


 ちなみに、アメリカには選挙カーは存在しない。すげえ! やっぱりアメリカは先進国だ! いい国だなあ、移り住みたい! と思った人は短絡的過ぎ。代わりに戸別訪問が許されているので、選挙の季節になると、あなたのお家に直接「なんとかさんに投票してね!」と言いに来る連中が頻繁にやってくることになる。どっちがいいかと言われると、選挙カーの方がマシだと私は思う。

 あとはテレビでCMを流すことが許されているらしい。



 選挙カーではひたすら名前を連呼するだけで、具体的なことは何も言わないが、これは法律で制限されているため。走行中の選挙カーでは演説が禁止されている。短い言葉しか許可されていない。それで、名前を連呼することになるわけである。私はこのことを最近知った。政治家は馬鹿だから名前を連呼することしかできないのだとばかり思っていた。

 この法律による規制は必要なものだとは思うが、そのせいで候補者の頭が悪く見えてしまうのは弊害だと思う。たぶん、多くの人はこの法律を知らず、私のように「政治家は馬鹿だなあ」と思っているだろう。子供の頃から名前を連呼するだけの候補者の姿を刷り込まれることで、「あいつらはどうせみんな馬鹿だから、選挙に行っても何も変わらない」と思わせるきっかけになっているような気がしなくもない。

 もっとも、政治家は何かの専門家というわけではなく、単なる国民の代表なので、一般国民のおつむと同等の知能しか持ち合わせていないことは確かである。



 私の住んでいる選挙区は2枠を3人が争っており、だいたい誰が当選するかは決まっているためにあまり盛り上がっていない。自民党の候補者など、どうせ当選すると思っているのか、私の知る限りでは選挙カーすら来ていない。他の2人の候補はすでに何度か来ているにも関わらず、である。

 うるさい選挙カーが減るのはありがたいが、そうした舐めた態度はそれはそれでムカつく。落としてやりたいところだが、まあ無理だろう。投票率が30%ほど上がればあり得るかもしれない。



 しかし、それにしても、この投票率の低さはなんなのだろうと思う。民主党が政権を奪取したときの投票率は75%前後だったと記憶しているが、そのくらいの投票率があれば組織票に勝てるわけである。つまり、組織と癒着する旨味が減り、国民の声を聞かざるを得なくなる。どこが勝つかは関係ない。仮に自民党が勝つにしても、投票率50%未満で勝つのと75%で勝つのとではその意味が違う。そこのところをわかっていない国民が多すぎる。投票なんか行っても何も変わらないと思っている。


 確かに、投票なんかしても世の中は変わらないかもしれないが、なにもしなければそれこそ変わらないだろう。その場合はクーデターでも起こすしかないかもしれないが、とりあえず一定年齢以上の日本国民は、どんなに馬鹿で自堕落で何の努力もしていなくても、ただ生きているだけで投票権はあるのだから、せめてそれを行使してから文句を言うなり世を嘆くなりしてほしいもんである。投票すらしないやつが「どうせ何も変わらない」などと言う資格はない。



 とはいえ、投票率が上がると、それはそれで怖いところもある。今まで投票して来なかった連中の多くは(一応念のため注釈するが、全員とは言っていない)、要するに政治に関心がなく、無責任で、自堕落で、馬鹿なわけである。でなきゃ投票すらしないなんてありえない。

 そんな連中が投票しようと思うような投票先は、だいたいろくでもないところである気がする。日本で投票率が上がるのは、ナチスみたいな変な党が生まれた時なのかもしれないと思うと、ただ投票率が上がればいいというものでもないとも思う。


 ただ、民主党が政権を奪取したことは悪いことではなかったと私は思う。民主党が鳩山なんかを首相にするからおかしなことになったわけだが、重要なのは、国民が投票権を行使し、民意によって政権交代が起きたことである。これによって自民党が政権に返り咲くには、国民の意見を聞くか、あるいは国民の投票意欲を削ぐしかなくなった。国民の力を無視できなくなった。

 民主党が思ったよりダメだったのは問題だったが、それは些末なこと。重要なのは、民意によって政権を選べる状況を作り出したこと。民意によって国民が好きな党を与党にできる状態を作り出せたことが重要だったのである。あのときはとりあえずは民主党を持ち上げてみたが、それがダメなら引きずり下ろせばいいだけ。要は国民に都合のいい党を与党にすればいいだけである。



 安倍は国民のやる気を削ぐ戦法を採った。民主党政権を「悪夢」と呼んだ。国民の民意による政権交代が日本に悲劇を招いたのであり、国民は黙って投票せず、自民党の言いなりになっていろと言った。


 この戦法は当時、かなり大きな成果を挙げた。真面目な人ほど、自分が民主党に投票したことを悔いていた。私の周囲でも、自分のせいで日本がおかしくなったのだと本気で悩んでいる人を何人も見た。わりと頭のいい人でもそう思ってしまったほど、安倍の戦略は当たったのである。そうして国民はやる気を失い、投票しなくなり、挙げ句に「他よりましだから」というひどい理由で安倍政権を支持し続けることになる。以前は政権支持率が一桁まで下がることもあったのに、いまや低くても30%台という体たらく。まさしく奴隷状態。愚かな国民が自民党様に楯突いてすみませんでした。すべて自民党様の言う通りですとひれ伏したのである。



 はっきり言っておく。民主党が馬鹿だったのは国民の責任ではない。民主党は国民の期待に応えなかった。その責任は民主党にある。国民に責任はない。


 皇帝が将軍を任命して、その将軍が期待に応えなかったとして、皇帝は任命権を放棄するだろうか? しないだろう。とりあえずその将軍を処刑して、別の将軍を任命するだけである。

 民主主義おいて、国民は皇帝である。国民は民主党の「悪夢の政権」に懲りず、民意によって自分に都合のいい政権を選べばいい。そして、使えないなら次々と捨てればいい。政治家の代わりなどいくらでもいる。使えない政治家は捨てればいいだけである。


 国民は堂々と投票権を行使すべきである。どこに投票してもいいから。私も選挙の度に「投票したい奴がいねえよ! どうすんだこれ」と思うが、かと言って投票しないのは奴隷になることを意味する。


 ネットでは「なんとか党に投票する奴の気が知れない」とか「なんとか党に投票する奴のせいで日本がダメになる」みたいなことを言う連中がいるが、彼らは何にもわかっていない。自分では頭がいいつもりなんだろうが、民主主義の仕組みをまるで理解していない。

 国民が主権を握るには、つまり、自分の一票を意味あるものにするには、とにかくまずは投票率が必要なのである。投票率が低い状態で、何党に投票するのがいいとか悪いとか馬鹿とか阿呆とか言っている場合ではない。なぜなら、投票率が低かったら組織票が勝つからである。いくら投票に行っても無駄。国民の選ぶ権利ゼロ。いつまでたってもあなたは言いなりの奴隷である。


 国民一人の票の力はゴミクズに等しい。あなたの「清き一票」は尻を拭く紙にもならない。誰に入れたってその民意は無駄。ゴミクズがゴミクズでなくなるには、数が必要である。

 何党に入れるのが馬鹿とかなんとか、そういう贅沢なことを問題にするのは、せめて投票率が常に70%を越えるようになってから。それまではどこに入れても大差ない。組織票が勝つから。何度でも言おう。組織票が勝つから! わかってるのか? その辺。

 今の日本では、政治家にすり寄って甘い汁を吸っている寄生虫だけに投票権がある。私らには事実上ない。事実上投票権のない私らが、何党に入れた奴は馬鹿、何党に入れた俺賢いとか言うのがいかに愚かなことか、まだわからんのか。投票率が低い限り、私らは何の権利も持たない奴隷である。


 だから今は、投票したい奴がいなくてもOK。どうせ誰に入れたってその民意は反映されない。だからそんな難しいことは考えず、まずはとにかく投票率を上げるために、自分の一票をゴミでなくするために、民主主義を民主主義として機能させるために票を投じるのである。誰に入れるか悩むのは、その後の話である。

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