H・P・ラヴクラフト「宇宙からの色」

 人間椅子繋がり第二弾。


 原題は"The Colour out of Space"。「異次元の色彩」と訳されることのほうが多いが、創元推理文庫から出版された『ラヴクラフト全集4』(大瀧啓裕・訳)では「宇宙からの色」と訳された。


 私が持っているのも『ラヴクラフト全集』なので、こちらの訳に従う。


 あらすじはざっとこんな感じ。


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 筆者はマサチューセッツ州にあるアーカムという都市の西にある丘陵地帯に貯水池を作るための調査にやってきて、「焼け野」を見かける。5エーカーに渡って広がるそこは、名前の通り、火災があったかのように灰しか残っておらず、枯れた木の幹や廃屋の跡や井戸くらいしか残っていない。


 焼け野についてアーカムの人達に聞いても、あまり有力な話が得られない。ただ、みんな口々に、アミ・ピアースという老人の話には耳を貸すなと言うので、筆者はアミを訪ねることにする。


 アミが言うには、あの廃屋はかつてネイハム・ガードナーという男が家族と住んでいた。ある日、井戸の側に隕石が落ちてきて、大学(名前は出てこないが、たぶんミスカトニック大学)の教授たちが標本を持ち帰って調べた。

 隕石は、明らかに金属だが可塑性があって、熱、磁性、見たこともないスペクトルの色を持ち、どんな試薬を使っても反応しない。また、ネイハムによると、雷雨の日に隕石に6度も落雷があったとのことだから、何か特異な電気的性質を持っているらしかった。


 そして、大気中で縮小していき、珪素化合物を侵食して互いに崩壊する性質があり、落ちた隕石はどんどん小さくなっていき、ビーカーにいれた標本はビーカーごと消滅してしまったのだとか。


 また、教授達は隕石の標本の中に、球体らしきものを発見する。それは隕石と同じく、この世のものとは思えない色をしており、地質学用のハンマーで叩くと破裂音とともに跡形もなく消えてしまった。



 それからしばらくは何もなかったが、その後、ネイハムの収穫物がどれもこれも酷い味がするようになる。

 さらには植物が奇妙な光を放つようになり、見こともない虫が群がるようになり、やがて、草や葉が灰色に変色して脆くなっていく。


 隕石落下から1年経つと、ガードナー家の者が発狂し始め、植物が枯れて灰色の粉になり、家畜までも肉が乾燥した灰色の多孔質になって死ぬ現象が現れる。ついにはガードナー家の者全員が、発狂して井戸に飛び込んだり、ボロボロの灰になって死んでいった。


 アミはこの件を警察に報せ、警察は調査にやってきた。すると、みんなの前であたり一面が奇妙な色に輝き、その色が天へと飛んでいく様を目撃する。


 これで全てが終わったかと思われたが、今でも焼け野は毎年1インチずつ広がっており、アミが言うには、井戸にはまだ宇宙に飛び立ち損ねた「色」が残っているのだという。



 この話を聞いた筆者は会社のあるボストンに戻り、辞表を書いた。そして、二度とアーカムには立ち寄らないことを固く決意するのであった。

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 アーカムという地名は、ラヴクラフトの作品ではよく出てくる。マサチューセッツ州でボストンの北にあるらしい。


 アーカムにはミスカトニック大学があり、ここの図書館にはかの有名な『ネクロノミコン』の他、様々な魔道書が所蔵されている。ホラーやオカルトマニアなら是非訪れたい土地だろう。訪れたらたぶん発狂すると思うが。


『バットマン』に登場する精神病院、アーカム・アサイラムの原型となっているアーカム精神病院もあるから、アメコミファンの聖地でもある。訪れたらたぶん発狂すると思うが。


「インスマウスの影」で、主人公が乗ったバスもアーカム行きだった。ただ、主人公はインスマウスで降りて一泊することになり、そこで魚人みたいな何かに襲われそうになる。

 というわけで、アーカムの周辺も名状しがたいスポット満載である。



「宇宙からの色」は、アミという老人の話を聞いて筆者が書いた、という体になっており、筆者は当時調査した教授の資料に当たったりしたわけではない。

 アミの科学知識は深くなく、教授たちが話していた内容を辛うじて覚えている程度だったので、筆者はアミの述べた情報を元に、自分で空白部分を埋めてこの文章を書いている。そのため、書かれてある内容がどこまで正確かは不明。


 クトゥルフ神話の研究者たちによれば、宇宙からの色の正体は、人間には知覚できない生物で、隕石は「色」の卵を保護する役割を持つものなのではないかとされている。

 解説ではしばしば、ガイガーカウンターを使えば「色」が放射している放射線を検知できるとされるが、私が読んだ限り、作中で「色」の放射線を測定した描写はなかった。読み落としている可能性はあるが。


 ラヴクラフトが本作を書いた頃(1927年発表)、アメリカでは、蛍光塗料として使うラジウムを扱う作業で放射線障害を患ったとして、女性工場労働者が訴訟を起こしていた。ラヴクラフトはこの件から本作の着想を得たと言われている。それでクトゥルフ神話には、「色」が放射線を放つという設定が後付けされたのだろうと思う。



 文中からわかるのは、「色」が生物から栄養を吸い取り、灰色で多孔質の乾燥した物体へと変えてしまうことと、「色」は通常は目に見えないが、なにかやっているときには、この世のものとは思えない、奇妙な光を発すること。

 あと、ある程度大きくなると宇宙に帰りたくなるらしい。せっかくエサが豊富にある地球から離れて昇天される理由は謎。あと、昇天できるんだったら、わざわざ隕石に乗ってやって来なくても、そのまま降臨されてもよろしいのではないかと思わんでもない。



 クトゥルフの神はどれも人間にはどうしようもないものばかりであり、遭遇したくないものばかりだが、少なくともクトゥルフの神に遭遇した場合、啓蒙されるという特典はある。神を見た時に人が発狂するのは、脳が処理できないほどの情報が流れ込んでくるためだとされる。だから知性が高いほど神の影響を受けやすく、バカは受けにくい。


 一方、「色」は、ただ、奇妙な発光現象を起こして付近のものの栄養を吸うだけの生物なので、面白味も何もない。

 発光現象を見るのはそれなりに人間の精神に悪影響を及ぼしそうだが、結構な人がこの発光現象を目にしていながら、その後普通に生活しているところを見ると、この光には啓蒙効果はないらしい。となると、神ではないのだろう。ただ害があるだけの生物(?)である。どうせ襲われるなら神のほうがいい気がする。


 幸い、宇宙に帰りたくなる習性があるらしいので、土地が襲われた時は放置して、満足してお帰りいただくのを待つしかないようである。



「色」は厄介な生物だが、目に見えなくてヤバいものは、現実にはいくらでもある。ウィルス、細菌、寄生虫、放射性物質、太陽フレア、その他汚染物質など。

 1920~30年代には、「色」は斬新な化け物に見えたかもしれない。ラヴクラフト自身も本作のデキを特に気に入っており、自分が作り出した化け物の中で一番だと書いている。


 しかし、人間は意外と実際に「色」みたいなヤバいものに囲まれていることがわかってしまった現代の目からすると、「色」は特別恐怖をもたらす対象にはならなくなってしまったような気はする。

 特に、1945年には原子爆弾が使用され、「色」なんか目じゃない殺戮劇を人間自身が作り出してしまうことになる。想像上の怪物よりも、人間が作った爆弾のほうがヤバかったという事態に。空想上でヤバいものを考え出すのは構わないが、実際作ってしまうのはやめていただきたいものである。



 人間椅子の「宇宙からの色」の歌詞は、元ネタの「宇宙からの色」に出てくる「色」に、近いようでそうでもない、微妙な内容になっている。

 人間椅子は、よく文学のタイトルを借用してアルバムや曲のタイトルを付けるが、歌詞はそこまで借用元の作品に忠実というわけではなかったりする。タイトルだけ見たらゴリゴリの文学青年っぽいが、実はそうでもない。

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