マスク

 COVID-19流行以前、私はマスクはほとんど着けたことがなかった。小学校の給食係のときと自分が風邪をひいているときくらい。感染者が他の人への飛沫感染を防ぐ効果はあっても、健康な人がマスクをしたところで、風邪やインフルエンザを防ぐ効果はほとんどないと思っていた。


 COVID-19が流行した初期にも、私はマスクを着けていなかった。地域の人口と感染者数の割合を考えると、感染者と濃厚接触する確率は圧倒的に低かったからである。マスクが品切れで、着けたくても着けられなかったという事情もあるが。



 マスクを着けるようになったのは2020年3月中旬から下旬頃。マスクを着けないと入店できない店が増えてきたことと、少しマスクが手に入ったので、とりあえず着けることにした。

 私は依然として着けるほどの脅威はないと思ってはいたが、着けないことにこだわりがあるわけでもなかった。花粉や黄砂対策にはなるだろうし、着けて悪いこともないだろう。

 ただ、マスクは何日も使い回していた。満員電車など、感染リスクの高そうな場所で使ったものは捨てていたが、そうでない場合は再利用しまくっていた。毎日使い捨てていたらマスクが足りなくなるし、そこまで真面目に着ける気もなかったわけである。



 マスクを着けることによる支障はさほどなく、髭を剃らなくても良くて楽だったりしたが、少々困ったのは、ゲームセンターでプレイ中にもマスクを着けろと言われたこと。マスクを着けてドラムマニアをやるのはキツい。

 空気の澱んだ場末のゲーセンならともかく、定期的な換気を行っている上に誰もいないゲーセンでマスクを着けながらドラムを叩いて呼吸困難に陥るのはなかなか理不尽である。

 それで、ゲーセン用にウレタンマスクを買うことにした。ウィルス除去効果などまるでないが、マスクを着けている体裁を保ちつつ、酸欠で死ななくて済む。


 以後私は、着けてるフリをすればいいところではウレタンマスクや布マスク、空気が澱んでそうなところや混雑している場所ではサージカルマスクと、使い分けることにした。



 そんなこんなで2年が過ぎた。

 この2年で、私はひとつの記録を更新している。風邪で寝込まない日数最長記録である。


 私はいままで、毎年1度は風邪で熱を出して寝込んでいた。朝起きると喉が痛くなっていることはしょっちゅうあった。

 いくら手洗いうがいを徹底しようと、公共のものに触れた手で顔を触らないように努めても風邪をひくので、風邪をひくことは運命なのだと諦めていた。

 しかし、この2年間は一度もそういうことがなかったのである。



 私は最初、これはマスクの効果だと思った。マスクを着けていない年は毎年風邪をひき、マスクを着けていた2年間は風邪をひかなかったのだから、これはマスクのおかげだろうと考えたわけである。

 まさかマスクがここまで風邪予防に効果的だとは思わなかった。これほど効果があるなら、ずっとマスクを着けていてもいいくらいである。


 しかし、よく考えてみると、この2年間で違ったことは、マスク以外にもいろいろあった。風邪の症状のある人は家から出ないようになったし、店側がアルコール消毒の奨励や入店前の検温、混雑の緩和や換気といった対策をするようになった。

 こうした様々なCOVID-19対策の結果、私は風邪をひかなかったわけで、マスクがどの程度貢献したかはわからない。



 研究によると、マスクは、感染者のみ、非感染者のみが付けた場合でも、そこそこCOVID-19感染抑止効果があるらしい。ただ、双方がサージカルマスクを正しく着けても100%防げるわけではないこともわかっている。マスクを着けたから絶対安全ということはない。

 布マスクはサージカルマスクよりも効果は落ちるが、着けないよりは遥かにマシ。ウレタンマスクはさらに効果が低く、ないよりマシ程度になる。


 また、いくらマスクで感染を防いでも、その辺を触った手で鼻を擦ったりしたら、そこから感染する。マスクを着けないことよりも、洗っていない手で顔を触ることの方が感染リスクは高い。そして、人は無意識に鼻を擦るものなのである。

 マスクを着けていると鼻を擦ることはできなくなるから、実際のマスクによる予防効果は、研究結果よりも高めだと思われる。



 これは私の意見だが、おそらく最も効果が高かったのは、風邪の症状のある人が自宅軟禁されるようになったことだろう。かつては風邪くらいで休むなんて怪しからんと思われていたし、風邪をひいていてもノーマスクで出歩く人が多かった。風邪の感染者が出歩かなくなれば自然と感染機会も減り、特別気をつけなくても感染する確率は下がる。

 風邪には3日ほど潜伏期間があり、無症状の時にも感染力があるから、症状のある人が隔離されただけでは感染を完全に防ぐことはできない。とはいえ、以前の野放し状態よりは遥かにマシな環境と言える。


 あとはアルコール消毒。人は汚い手で鼻を擦る生き物だから、周囲がアルコール消毒されまくっていれば、それだけ感染リスクは減る。

 それとは関係ない話だが、以前の飲食店は掃除が行き届いていない店が多く、テーブルやメニューに汁やらなんやらが付きまくっていた。私は待っている間にそれをおしぼりやペーパーで拭くのが日課になっていた。

 しかし、今ではたいがいの店が、お義理にでも毎回拭き掃除をするようになったので、以前に比べると遥かに衛生的になった。これは感染対策とは関係なく、飲食店なら当然やるべきことだと思う。目先の稼ぎだけを考えるなら回転数を上げた方がいいし、金の多さが正義であるこの世の中ではそれが正解ではあるが。


 おそらく効果が高いのはこのふたつで、マスクは補助的な効果だろうと思っている。


 最近政府はマスクを外させようとしており、マスコミも今更になってマスクを着けることの弊害について報じるようになってきた。もしかしたら今後、マスクを着けない人が増えるかもしれない。

 そうしたら私はマスクを着け続けて、それでどの程度風邪が防げるか確認したいと思っている。

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