憲法に関する謎の旗を持つ人

 これはもともと憲法記念日に公開する予定だった話。

 あまりにオチも何もない話なので文章がまとまらなかったが、しょうがないからそのまま出すことに。


 3月のはじめ頃、車で出掛けていると、道端で旗を持って立っている人がいた。

 それ自体は珍しいことではない。現在、道端に勝手にのぼり旗などを設置すると厳しく罰せられるらしい。それで、人が旗を持つことで「設置してませんよ」と法を逃れる手段が生まれたわけである。


 問題は、旗に書かれた内容。全部黒字で、5行くらいにわたってなんかいろいろ書いている。私は直感的に、右翼か左翼だろうと思った。少なくともお店の広告ではない。

 で、右なのか左なのか確認してやろうと思った。


 そのとき、道路はちょい混みの状態で、旗のそばは徐行しながら通過した。旗に目をやれたのは2秒くらいだったと思うが、それだけあれば、普通は内容の左右くらいはわかる。


 たとえば、文中から「自民党」と「脱税」の2単語だけでも発見すれば、もうその旗の文章は読まずともわかる。残った問題は立民系か共産系かを区別するくらい。高い確率で共産系だと思うが。

「護国」とか「祖国防衛」とかの単語があるなら、右翼で、日本の国防のために軍備強化しようぜという類の内容なんだろうなと推測できる。



 しかし、その時私は、たった1単語しか拾うことができなかった。2秒もあったのに、である。

 その単語は「日本国憲法」だった。


 一見何気ない単語だが、これは珍しい。右翼は今の憲法をアメリカの押し付けだと思っているから「日本国」憲法と認めたがらないし、左翼はそもそも「国」という言葉にアレルギーがあるから「日本国」と付けたがらない。というわけで、右翼も左翼も、単に「憲法」と呼ぶことの方が多い。「日本国憲法」という単語はには、非常にニュートラルで、お堅いイメージがある。法律系の文章のような素っ気なさである。


 憲法に関して旗を立てて主張したい内容は、ある程度絞られる。最もありえるのは憲法9条関連。戦争を放棄するのかしないのか、どこまでが「自衛」として認められるのか、自衛隊が憲法違反なのかどうか、という話。最近だと、24条1項の「両性の合意」という一文に関する問題もありえる。あとは、NHKが憲法に違反しまくってるだろという問題、天皇に関連する問題もありえる。


 ただ、その旗が何をテーマにしていたかは、その時には全くわからなかった。それらしい単語は引っ掛からなかった。


 結局、その旗の正体はさっぱりわからなかった。右なのか左なのか、何が言いたいのか。わかったことは「日本国憲法」という単語があることだけ。

 残ったのはもやもや感だけだった。



 それから一ヶ月後。風邪をひいて地獄を見ることになる数日前のことだが、その時、車を運転していると、再びその旗を持った人を見かけた。

 私はよくその道を通るが、あれ以来、旗を持っている人を見かけることはなかった。もう忘れかけていた案件だが、ついに決着を付けられる日が来たわけである。

 しかも、今度は一瞬だけ赤信号にひっかかったため、5秒くらいはその文章に目を通す時間があった。さらに今回は、私は事前にその旗の内容をおおよそ予測できる。なぜなら「日本国憲法」という文言が含まれていることをすでに知っているからである。


 これだけ有利な条件が揃えば、この件の解決は必然というもの。今日こそはあの謎の文章を解明して見せるぜ!



 5秒後。私が拾えた単語は「日本国憲法」だけだった。



 正直、私はよっぽど近くで車を降りて徒歩で旗に近づき、じっくり文章を読んでやりたいと思った。しかし、本気でそんなことをやるべきか考ええている間にも車は進み、もう、いちいち戻ってまでそんなことを気にはとてもなれなかった。


 以来、その旗を持つ人は見ていない。直後に風邪をひいて一ヶ月ばかりその道を通らなかったのもあるが。



 ……一応言っておくが、私は短時間で文章の概要を掴む能力に関しては、人並み以上にあるはずである。私は日本文学を専攻したが、文学部では短期間で膨大な文章を読まないと授業についていけず、当然、いちいち全部をじっくり精読などしていられない。あの環境に4年もいれば、たいがいの人は自己流の速読に近い能力を獲得するだろう。

 特に、プロパガンダの文章はだいたい形式や内容が決まり切っているから、5行程度の文章なら、2秒も読めば十分なはずなのである。それが、今回は5秒も猶予があり、しかも事前知識もあった。なのに一単語も拾えないなんて異常である。


 考えられるのは2つある。1つは、あれはプロパガンダじゃなかった、という可能性。例えば、単に「日本国憲法について考えましょう」と呼び掛けるだけの、右も左もない、ただの啓蒙活動の旗だったとか。

 私はあの旗を見たとき、おそらく右か左だろうとあたりを付けていた。あまりにも予想外過ぎて、文章内容を理解できなかったのかもしれない。


 もう1つはもっと単純に、文章が下手くそだった可能性。

 私がざっと読んだ印象では、あの旗の文章は法律の文章に近いイメージがあった。法律の条文は、ぱっと読んでも何が言いたいのかわからない書き方をしていることが多いが、あれに近い。

 あまりに厳密性を重視しすぎて文章が堅くなり、結局、何を言いたいんだかさっぱりわからない文章になったのかもしれない。法律の条文ならともかく、道端で持つ旗に書く文章としては、それは問題。


 そもそも、車道のそばで旗を持つ場合、人がその旗に目をやる時間は1秒もないことの方が多い。であるなら、1秒未満で内容が理解できる旗にするべきである。

 私が2+5秒も読んで内容が理解できないなら、大半の人はあの旗に何が書かれているか理解できなかっただろう。だとしたら旗の意味がない。




 この話は終わりだが、これだけだとなんなので、ついでに私の憲法に対するスタンスを述べておく。



 憲法の性質は国によって異なるが、基本的に西洋の民主主義国家における憲法は「国や政府が国民に対して約束すること」になっている。権力者に対して「こういう方針で国家運営しろ」と定めたもの。


 西洋において憲法という発想が生まれたのは当然といえる。

 西欧における王権とは、王権神授説が根拠となっている。王は神からその土地を支配する権限を与えられたのだ、という考え方。

 そのため、西欧の王は神の意思に従って国家を運営しなければならない、という制約があった。西欧の王は、なんでも好き勝手にできるわけではないのである。


 西欧では市民革命によって王権から民主主義へと移行したわけだが、そうすると、今まで王の国政を規制していた「神の意思」が無効になってしまう問題が起きた。

 その代わりに作られたのが憲法だったわけである。



 日本の政治支配体系は、西欧とは少し異なる。日本における「神」とは天皇であり、その天皇から征夷大将軍の地位を授かった人物が幕府を開く、という体制。日本では、神は実在したわけである。

 ただ、天皇が実権を持っていたのは最初の頃だけで、そのうち実質的な権限は幕府に移り、天皇は皇室に引き込もって蹴鞠とか和歌とかやってるだけの人になったから、天皇の権限を縛る法は必要なかった。……実際はそうでもないわけだが、ここでは簡単に説明するために、そうしておく。天皇の権力に制限がないことは、日本において常に付きまとう潜在的にして深刻な問題なのだが、普段は問題にならないから、あまり気にされない。



 明治維新では、西洋に対抗するために、藩幕体制から中央集権体制に移行する必要があると当時のえらい人は考えたわけだが、その際、日本をひとつにまとめる象徴として担ぎ出されたのが天皇だった。


 当時の日本人にとって、自分達の支配者は自分の住んでる藩の大名や、せいぜい幕府の将軍様まであって、天皇ではなかった。

 その天皇の権威を強化するために、大日本帝国憲法では、天皇に対して権威を山盛りにした。とにかく天皇がエライと印象付けて、その天皇の権威の下に日本を統一する必要があると考えたわけである。


 つまり大日本帝国憲法は、西欧の憲法が王や皇帝の権威を制限するために作られたのとは異なり、天皇の権威を保証するために作られたわけである。



 一方、日本国憲法は、GHQの支配の下、当時の政治家達が作った。「アメリカから押し付けられた憲法」とはよく言われるが、むしろアメリカが介入したおかげで、日本だけで作るよりマシなものになった気がする。

 笑えるのが、間違いなくアメリカの肝入りで制定されたはずの第9条が、後々アメリカにとってめちゃくちゃ不利な条項になってしまったこと。日本は第9条のおかげで、アメリカのしょうもない戦争に荷担しなくて済んでいる。もし第9条がなかったら、日本軍は朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、対IS戦に参加させられ、今ごろイスラム過激派のテロの標的にされまくっていただろう。

 自民党は結成当初からアメリカの支援を受けているので、当然、アメリカの言いなりである。だからなんとかして第9条を廃止して、アメリカ様のために日本兵を戦地に送り込もうとしている。無能だからかなんなのか、これだけ長年一党独裁体制を築きながら、結局うまくいかなかったが。




 私の理想としては、日本国憲法は、国民が、政府に対して約束をさせるものとして改正されるべきだと思っている。今の憲法にはなぜか国民の義務などを規定しているが、そんなもんは廃止して、とにかく権力者にまともな政治をやらせ、使えない無能政治家や官僚は即刻クビにできる規定を作るべきだと思う。


 そして、もし、本当に国民が政府に対して要求する憲法が生まれたのであれば、その時は第9条を廃止して、正式に国防軍を持ち、防衛戦力を保持して、アメリカの属国の立場から脱却できるといいと思う。


 私は理想としては第9条廃止に賛成だが、今の日本に第9条は必要だとも思う。今の日本人に、軍事力は過ぎたオモチャである。絶対に制御しきれない。あれがなかったらアメリカの言いなりになって、何のメリットもない戦争に兵力を出さなければならなくなるし、北朝鮮や中国、韓国、ロシアの挑発に乗って、いちいち報復攻撃を行い、しょうもない戦争を起こすだろう。アメリカですら、中国やロシアとは本気でやりあおうとしないが、日本は本気で露中と同時に戦争をおっぱじめかねない危うさがある。


 日本の教育では、太平洋戦争に対する反省はよくするが、日中戦争に対する反省はほとんど行われない。しかし、日中戦争を反省できないのなら、日本は軍事力を持った途端に同じことを繰り返すだろう。北朝鮮や中国に挑発されたら、すぐに戦争を始めてしまいかねない、ということである。


 それに、第9条があっても、なぜか自衛隊は持てているし、であれば、別にあえて廃止する必要もない気がする。日本が戦争するとすれば、ロシア、中国、アメリカのどれかしかなく、どこもやりあったら死ねる国である。となると、戦争を放棄しようがしまいが大差ない。

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