第3話 変態と先輩


 カナデとガチで鬼ごっこをしながら学校へ到着すると、我が校の正門前にガラの悪い生徒たちが、竹刀を片手に辺りをキョロキョロとしていた。


「ん? おい、草薙が来やがったぞ!」


 正門の手前で剣道着を着たガラの悪い生徒たちは、俺を見つけるや否や、親の仇でも見るような目で睨みつけてきた。


「草薙こらあああああっ! 今日こそてめえにいいいいいっ! 引導を渡してやるあああああ!」


 竹刀の先端を俺に向けて、怒号を上げる先輩たち。

 彼らは、我が校が誇る強豪揃いの剣道部員たちだ。

 それにしても、なぜ剣道部の先輩たちが俺に激昂しているのか……。

 実を言うと、事の発端はカナデと俺が初めて出会ったエピソードに関係があったりする。


「思い返せば、あれがこの騒動の始まりだったな……」


「ちょ、つーくん。なんで急に語り始めたの?」


「だまらっしゃい。俺は今から、過去を遡って回想シーンに突入しようとしているんだよ……」


 というわけで、俺とカナデが出会ったエピソードを説明しようと思う。

 あれは、イケメン過ぎるこの俺が、高校に入学して間もない頃のことだった……。


 いつもながら、スマホで白人ポルノ動画を物色していたとき、たまたま通りかかった剣道部道場の手前で俺はカナデと出会った。


 そのとき、カナデは剣道部の先輩たちから執拗なナンパを受けており、いかにもギャルゲーっぽく、ありがちな展開だった。


 怖い先輩に絡まれて怯えるヒロイン。

 それを颯爽と助けに入る主人公……。


 余りにもよくあるテンプレートなこの展開に俺は、男として助けに入るべきなのだろう……と、思えなかった。

 そこで俺が取った行動は――まさかの素通りだった。


 本来なら助けに入るのがセオリーなのだろう。

 しかし、俺はあえてそのテンプレ展開をぶち壊し、あえてギャルゲー展開を覆す方法に打って出た。

 だってほら、俺は白人美少女しか興味ねえし。喧嘩とか嫌いだからさ?


 そんな逆の発想を思いついて取った行動だったのだが、それはまるで強制イベントのように事態は最悪な方向へとシフトする。

 それはなんと、その場を素通りしようとした俺に、いきなりカナデが抱きついてきたからだ。


 当時、お互いに面識などなかったハズの俺に、カナデは豊満な胸を押しつけてくると、剣道部の主将相手に『ダーリン、あのゴリラをやっつけて!』と、意味不明な台詞を言い放った。

 その結果、罪のない俺が剣道部主将だった先輩に絡まれる体となったのだ。


 そして、当然のことながら俺は……剣道部主将をボッコボコにしてしまい、このような事になってしまったのだ。


「……今思えば、あのときお前を助けなければ、こんなことにはならなかったと後悔しているよ」


「ちょっと、つーくん。それって酷くない!?」


「酷いのはお前の方だろ? 成り行きとはいえ、俺が助けてやったのにおっぱいのひとつも触らせてくれないなんて間違っているだろ?」


「その考えが間違っているっしょ!? 助けてもらったのは嬉しかったけど、どうしてすぐそうなるのって!」


「フンッ。男っていうのは、そういう生き物だからな。それより、面倒だからさっさと終わらせたい。俺の荷物を教室に運んでおいてくれ」


「あのさ~、別に毎回相手にしなくてもよくない?」


「それができるならそうしている。というか、諸悪の根源がそれを言うか!」


「しょあく? しょあ……あ、主役ね!」


「これ以上バカと話をしている時間はない! さっさと荷物を持って行け!」


「なにその言い方マジでムカつくんですけど~!」


「痛っ! やめろよこの巨乳バカ! そのけしからん乳を揉みしだくぞこら!」


「テメエ草薙! これ見よがしにカナデちゃんとイチャイチャしてんじゃねぇ!?」


 俺とカナデのじゃれ合いに嫉妬したのか、先輩たちが激おこだ。


 きっと、彼らは俺のことをみてリア充とか思っているのだろう。

 だが、決して俺はリア充なんかじゃない!

 だって、俺のヒロインは白人美少女でなければ成立しないのだから。


「とにかく、さっさと終わらせたいから先生を呼んで来てくれ。あまり長丁場になっても色々と面倒だからな」


「仕方ないな~。じゃあさ、アタシが先生を呼んできてあげるから、今日の放課後にでも一緒にスイーツ食べに行こう?」


「わかった」


「マジ!? やったー!」


「でも、俺は行きたくないから代わりに金をやる。そんでひとりで行ってくれ」


「なにそれ超寂しいし!? つーくんも一緒に来てよー!」


「そうして欲しけりゃ早く先生を呼んで来い! この歩くエロティシズムめ!」


「いちいち表現が意味わかんないし!? なんでいつもそういう態度なのよぉ~?」


「今に始まったことじゃねえだろ。それより、なるはやで頼む!」


 不満気に頬を膨らませるも、カナデは「りょーかい」と、踵を返して校舎へ向かって走り出した。

 その間に俺は、竹刀を手に迫ってくる先輩たちに身構えると、臨戦態勢を整える。


「草薙、覚悟しろやあああああああっ!」


「あ、先輩!」


「なんだ!?」


「あそこにいる女の子……パンツが見えそうですよ!?」


「マジか!?」


「ウソです」


「ええええええっ!?」


 と、言葉巧みに先輩たちを騙すと、俺は一人目の先輩を蹴倒して、その竹刀を奪い応戦した。

 日頃の修行で鍛えた俺の剣技に、勝る者などここにはいない。

 故に、先輩たちは俺の強さの前に次々と白目を剥いて崩折れてゆく。


「フッ、またつまらぬものを斬ってしまったか……」


「む、無念だぜぇぇぇぇ……」


 およそ数分間に及ぶ不毛なじゃれ合いが終わりを告げ、正門前には気絶した先輩たちの山が築かれた。

 そんな彼らを見つめて俺が一息ついていると、突然背後に感じた人の気配に身構えた。


「やぁ、草薙くん。今日も相変わらず、見事な立ち回りだったね?」


「やはり最後は、アナタが出てくるんですね……」


 俺が竹刀を構える先には、ひとりの剣道着を着たひとりの男子生徒が一輪のバラを口に咥えて立っていた。


「フフフッ……僕たちの早朝稽古に、いつも付き合わせてしまってすまないね、草薙君」


「これって早朝稽古だったんですか? それにしては、随分と物騒ですよね?」


「ハハハッ。それを言われると、なにも言い返せないね」


 その男子生徒は、欧米人の父と日本人の母から授かった端整な顔立ちと長身であり、日々の鍛錬により筋肉質な身体をしている。


 太陽光を反射して艶めくその赤毛を、彼はさらりと掻き上げて俺を見た。


「確かにキミの言う通り、現在の剣道部主将である僕としても、このやり方は武士道に反するものだと十分理解しているよ。しかし、こうでもしなければキミは我々の相手をしてはくれないだろ?」


 イケメンという言葉がピッタリと当てはまるこの男子生徒。

 成績優秀、スポーツ万能、彼が口にする一言で恋に堕ちた女子は数知れず。

 しかし、そんな才能を持って生まれたというのに、三度の飯よりが好きと黒い噂があることで恐れられた剣道部の現主将……『犬塚信乃いぬつかしの』先輩である。


 犬塚先輩は口に咥えた一輪のバラをそっと鼻に近づけると、その香りを堪能するように大きく息を吸い込んだ。


「はあ……薔薇は良いよね。情熱的な赤色の美しい花弁と甘い香りを持ちながらも、触れるものを拒むかのような棘を持つ花……この花はまるで、キミのようだ」


 犬塚先輩はそう言うと、白い頬をほんのりと紅潮させ、俺に薔薇を投げてきた。


「なぁ、草薙君。そろそろうちの剣道部に入部してくれないか? キミのような強者が加われば、我が剣道部は更なる高みへと向かうことができる……というか、個人的に僕はキミが欲しい」


「サラッと不気味なこと言わないでくださいよ犬塚先輩。またそういう男子のやり取りを好む変な女子たちが湧いてくるじゃないですか?」 


「いいじゃないかそれくらい。彼女たちだって、僕らのことを見守ってくれようとしているんだ。だから、そろそろこの僕に……身も心も捧げてみないか?」


「捧げるわけねえだろこのクソ変態野郎。というか、頭に虫でも湧いているんじゃないんすか?」


「フフフッ。僕の中に湧いてくるのは、君への愛しさと性的な欲望だけだよ?」


「頭おかしいだろ!?」


「この僕をここまで狂わせておきながら頭がおかしいだなんて、随分と酷いじゃないか? 僕をおかしくしたのはキミだというのに……」


「やめろよそういう誤解をされるような発言するの!? 周りの女子の中に一部喜んでいる奴らがヒャッハーしてるだろ!」


「そんなことを言って、本当は照れ隠しをしているんだろ?」


「するかボケ!?」


 自身の人差し指を甘噛みして、こちらを見つめてくる犬塚先輩がマジで怖い。

 というか、いつの間にか俺たち二人の周囲がそっち系の女子たちで固められており、俺たち二人を見つめる彼女のたちの視線がどこか恍惚としていた。


「ともかく、これ以上ここに居ると気分が悪くなるので、先輩をブッ飛ばして教室に向かわせてもらいますよ!」


「そんな、僕をブッ飛ばすなんて言わず、キミがしたいようにこの僕を好きなだけ甚振ればいいじゃないか?」


「どMか!? ていうか、発言がいちいちキモいんだよ!」


「フフフッ。キミと一緒にこうしていると、僕はとても癒されるよ……。ならばここは是が非でも、キミを打ち倒し剣道部に入部させ、僕にとって生涯の伴侶になってもらおうじゃないか!」


「目的が変わっているじゃねえか!? 剣道部の更なる高みはどこに消えたんだおい!」


「それは建前だよ草薙君。本音はキミへのぞっこんラブの方さ」


「誰か警察を呼んでくれええええええええ!?」


 腰を前後に振りながら竹刀を構えて舌なめずりする犬塚先輩にゾッとする。

 しかし、そのふざけた構えとは裏腹にこの男の構えには隙が無いから恐ろしい。

 今までに何度も手合せをして勝ってはきたけれど、油断はできない実力の持ち主であることに違いはない相手だ。


「草薙君」


「なんすか?」


「ヤらないか?」


「やるわけねえだろうがあああああああああああ!?」


 先輩のイカレた発言を斬り捨てる勢いで俺は駆け出すと、竹刀を構えて不敵な笑みを浮かべる犬塚先輩に斬りかかる。

 だが、それを犬塚先輩は見事に受けて鍔迫り合いに持ち込んでくると、やや興奮した様子で顔を近づけてきた。


「ハァ、ハァ……相変わらず鋭い太刀筋だね。キミとこうしている時が僕にとって至福の時だよ」


「なんで興奮してんの!? というか、気持ち悪いからやめてえええええええええ!」


「やめんかこのバカ共!」


 両者一歩も譲らぬ剣戟を繰り広げていた俺たちに向けて怒号が飛んできた直後、俺の頭頂部に強烈な一撃が落された。

 一瞬、犬塚先輩に一本取られたかと思ったけれど、犬塚先輩も俺と同じように頭頂部を両手で押さえ悶絶しているから違うようだ。


 それならば、一体どこの誰が俺たちに仕掛けてきたのか……。

 その答えは、わりとすぐ傍にあった。


「おい、草薙と犬塚。あれだけこの私が不毛なバカ騒ぎをやめろと注意をしてきたというのに随分と良い度胸だな?」


「む、村雨先生……」


 痛む頭頂部を押さえながら顔を上げてみると、そこにひとりの美女が立っていた。


 彼女は艶のある長い黒髪をポニーテールに結んでおり、すらりとした肢体の上に教職員用のジャージを纏っている。


 西洋人を思わせるような美しい顔立ちと、豊満でワガママなボディ。

 きっと、彼女がボンテージ姿で鞭を持ったら、我が校の男子生徒は全て虜にされてしまうだろう。

 それは勿論、俺も含めてである。


「まったく、お前たちは何度説教をすれば毎度繰り広げるこのバカ騒ぎをやめるんだ?」


 どこか呆れた様子で頭を掻く美人教師こと、我が校のアイドル『村雨霞むらさめかすみ』先生は深く溜息を吐くと、腕組みをして眉根を寄せた。


「おい、犬塚。そこで失神しているバカどもを起こしてさっさと道場で朝練を始めろ。いいな?」


「し、しかし先生! 恋と友情には時に激しくぶつかり合う必要があるものです! ですから、もう一度だけ、彼と熱いぶつかり合いを!」


「一度しか言わないぞ……死にたくなければさっさと朝練に戻れ」


「ひっ、ヒィッ!?」


 ドスの利いた声で村雨先生がそう言うと、あの犬塚先輩が顔色を青くして素直に応じた。

 美人だけど、怒ると鬼のように怖い。

 それが、村雨先生である。


「なにをたらたらしている! ちゃっちゃっと走らんか!」


 地面の上で伸びていた剣道部員たちも先生のひと声に、血相を変えて飛び起きそのまま道場のある方へと走ってゆく。

 その光景を俺が見つめていると、村雨先生の背後からカナデがひょっこり顔を覗かせた。


「にしし〜。これで貸しひとつだかんねー?」


「もう少し早く呼んでこいよ……」


「草薙」


 村雨先生は、剣道部の背中を見送るとこちらに振り向き、俺に歩み寄って来る。


「うちのバカどもが迷惑を掛けた。許してくれ。しかし、犬塚の挑発に乗ったキミも悪い。よって喧嘩両成敗とさせてもらった」


「それは理解していますけど、流石にさっきの一撃は痛かったですよ~」


「そうか。それはすまない」


 頭頂部に完成した大きなコブを俺が優しく擦っていると、村雨先生が優しく微笑みながら近づいてきた。


「うむ、確かに腫れているな。少し強く殴ってしまったな。ならば、今回はこれでチャラにしてくれないか?」


「えっ?」


 村雨先生の言葉に俺が呆けた返事をした直後、顔がなにか柔らかいものに包まれた。

 その感触に当惑していると、先生が囁くように語りかけてくる。


「なぁ、草薙? 犬塚が言っていた通り我が剣道部はキミのような強者の入部を強く望んでいる。キミに少しでも剣の道を目指す気があるなら私はいつでも歓迎するがどうかな?」


 俺の頭を撫でながら、艶のある声で囁いてくる村雨先生にドキドキしちゃう。

 剣道部に入部すれば、先生と毎日エロイことができるならやぶさかでもない。


「先生」


「ん? なんだ草薙?」


「俺の初めてをもらってくれません……いたたたたっ!?」


 と、割と真面目に返答しようとしていたらカナデがいきなり耳を引っ張ってきた。


「村雨先生! 教師としてそのような方法での部活への勧誘はどうかと思います!」


「おっと、これはすまなかったな十束。では私はあのバカどもをシゴキにゆくのでまたな」


 ハスキーな声に爽やかな笑顔。

 やはり、村雨先生は素敵である。


 ポニーテールを翻してこちらに背を向けると、先生は颯爽と去って行く。

 そんな先生の後ろ姿を、俺は恋する乙女のような気持ちで見送った。


「あぁ、愛しの村雨様が行ってしまわれる……。できればあなたのその温もりにもう少しだけ浸りたかったというのに……くすん」


「バっカじゃないのつーくん? ていうか、村雨先生があんなアプローチをかけてくるなんてマジ想定外だったし」


「まぁ、その想定外のおかげで俺は良い思いが出来たけどな?」


「ホントつーくんって最低。マジ引くしそういうの……」


「別にいいだろ? 誰にも迷惑なんてかけてねえんだし。それともお前が村雨先生みたいに俺の寂しいハートをそのけしからんおっぱいで慰めてでもくれんのか?」


「な!? そ、そんなこと、アタシがつーくんにするわけないじゃなん! で、でも……つーくんがどうしてもっていうなら、ちょっとくらいは……」


「冗談だよ。それより早く教室に行くぞ。ホームルームが始まっちまうしな」


「え? あ、ちょっと! 待ってよ、つーくん!」


 なにやらモジモジとしているカナデを置いて俺は踵を返すと、ひとり校舎へと向かう。

 一見クールに振る舞っていたけれど、そのときの俺の脳内は村雨先生の事でおっぱいならぬ、いっぱいであり、温かな感触と甘い香りを思い返してにやけていた。

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