第73話 待ち伏せ

 魔剣討伐の準備を終え、目的地へと向かう俺とエクスは、ランスくんとアロンちゃんを含む他の隊員たちと共に移動用の大型トレーラーの中でガタガタと揺られていた。


「……」


 出発してから一時間程は経過しただろうか。

 大型トレーラーの中では、隊員たちが皆それぞれリラックスした状態で静かに座している。


 現在の俺たちは、アヴァロンから支給されたり装備で身を包んでおり、セイバーは黒を基調とした防護服の上にプロテクターを装着し、精霊は防刃と防弾性に優れた灰色の特殊なローブを身に纏っている。

 俺たち以外にも、戦闘服を身に着けた隊員が数十名同乗しており、彼らは銃器などで武装していた。

 ランスくんの話だと、精霊とセイバーが聖剣を召喚するための時間を稼ぐためにこうして武装した隊員を連れているそうだ。

 そんな重々しい空気の中で俺は自分の手元を見つめながら、トレーラーの揺れに身を任せていた。


「ツルギくん」


 不意に隣に座るエクスが声をかけてくる。

 その声に俺は顔を上げると、首を傾げた。


「どうしたエクス?」


「ううん。なんか、ツルギくんがずっと怖い顔をしていたから、気になってさ」


 エクスにそう言われ、そんなに怖い顔をしていただろうかと俺は自分の顔を撫でた。


「俺、そんなに怖い顔をしていたのか?」


「うん。なんか、殺気立ってるっていうか、いつもツルギくんらしくない感じだったかな」


「あぁ。まぁ、ちょっと……な?」


 無意識にそんな顔をしていたのは、師匠のことを考えていたからだろう。

 ヘグニさんに魔剣を寄生させた罪に問われた師匠が、独房送りにされたという話を移動前に聞かされて、俺はどうにもその事が腑に落ちなく、ひとり考え込んでいたのだ。

 

「やっぱり、ダーイン博士のこと?」


「まあな。俺にはどうしての師匠が魔剣を造ったとは思えないんだ」


「なんだよ英雄くん。あの変わり者のジジイが牢屋にぶち込まれたのがそんなに気に入らねえのかよ?」


 俺とエクスが話していると、対面するシートに座っていた男の隊員が絡んできた。

 こいつ、さっきブリーフィングルームでも俺に絡んできた奴じゃねえか……。


 茶髪の髪をワックスで逆立てた男の隣には、緩いパーマをかけたブロンドの髪を持つ割と美人なお姉さんが座っている。  

 二人は、俺に嘲るような目を向けてくると、その口元を笑ませた。


「あのジジイがヘグニさんに魔剣を寄生させたって証拠が上がってんだぜ? それなのに、なんでそれを信用しねえんだよ。なぁ、英雄くん?」


「フフッ。それは、ダーイン博士と仲良しだからでしょ? お友達が捕まって怒っているのよね?」

 

「ハハッ。『英雄色を好む』じゃなくて、『英雄変人を好む』ってか?」


「あのさ、アナタたちいい加減に――」


「いい加減にしないかオジェ! それにカーテナ!」


 俺を嘲笑してきた二人をエクスが睨みつけて怒りの声を上げようとした直後、最前列のシートに座っていたランスくんが怒号を上げた。


「オジェ。それに、カーテナ。そういう人を蔑むような発言は感心しないよ。これから僕たちは共にヘグニさんを救出する仲間なんだ。いい加減にしてくれないか?」


「俺っちはただ、あのジジイを庇おうとする英雄くんに間違いを教えただけッスよ〜?」


「とてもそうは見えなかったが?」


 咎めるような目付をランスくんが見せると、二人は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「おーこわっ。んじゃま、以後、気を付けま〜す」


 オジェと呼ばれた男は両手を頭の後ろで組むと、クチャクチャとガムを噛みながら悪態をつく。

 その隣に座るカーテナと呼ばれたお姉さんも、不機嫌そうに目を細めると、俺たちから顔を背けた。


『あと数分で目的地に到着します。皆さん、ご武運を!』


 トレーラー内に設置されたスピーカーから、運転手を務める隊員から声がかかる。

 それを機に他の隊員たちが表情を引き締めると、ランスくんが全員の顔を見てから言う。


「それではこれより、ヘグニ救出作戦及び、魔剣ダーインスレイブ討伐作戦を実行する。トレーラーが停車次第、各員は作戦通りに――」


『うわああああああああああっ!?』


「!?」


 運転手を務める隊員の悲鳴が聴こえた直後、トレーラーが激しく左右に揺れた。

 

「なんだ? どうした!?」


『し、進路前方より敵襲! トレーラーの操縦が効かないため、このまま森の中に停車し……ぎゃあああああああっ!?』


 スピーカーから聴こえた隊員の断末魔が途絶えた刹那、トレーラーが大きく傾き、凄まじい衝突音を響かせ横転した。

 どうやら、俺たちを乗せたトレーラーは、何者かの襲撃を受けて目的地である森の中に突っ込んだらしい。


 俺たちは、シートベルトで固定されていたからそこまで重大な被害は受けなかったものの、それでも数名の隊員が後頭部を強打したのか意識を失っていた。


「ウソーッ! まさか、待ち伏せを受けたのー!?」


「どうやらそのようだね……。総員、戦闘準備! 救護班の数名はこの場に待機して怪我人の治療に当たってくれ! それ以外の援護班と精霊部隊は僕たちに続け!」


 指示を出したランスくんは、逆さまの状態からシートベルトを外して地面に着地するとアロンちゃんの手を引き、銃器で武装した数十名の隊員たちと精霊部隊を連れてトレーラーの外へ駆け出した。

 その間に俺とエクスもシートベルトを手早く外して、身体を起こすと、彼らの後を追うようにして外へ向かおうとした。

 

「エクス、大丈夫か?」


「う、うん。まさか、敵が待ち伏せしていたなんてね」


「どちらにせよ、すぐに戦闘になるみたいだから俺たちも聖剣を召喚するぞ!」


「うん!」

  

 俺とエクスが大型トレーラーの外に警戒しながら顔を覗かせると、運転席のフロントガラスが砕けており、大量の血液が飛散していた。


「酷ぇな……」


 フロントガラスの奥を少しだけ見やると、大型トレーラーを運転していた隊員二名が、その胸元に黒い刃を突き立てられ絶命していた。

 その光景に俺が顔をしかめていると、ランスくんたちが向かった森の奥から激しい銃声が響いてくる。

 どうやら、銃器を持った隊員たちが、精霊とセイバーが聖剣を召喚するのに必要な時間を稼ぐため魔剣に対して援護射撃を行っているようだ。

 その音を遠目に聞きつつ、俺は周囲に視線を配ると、聖剣召喚をできそうな場所を探した。


「森の中だけあって、身を隠せそうな樹木が多いな」


「それならツルギくん。あそこの茂みなんてどうかな?」


 エクスが指差す先には、木と木が複雑に絡み合って枝を伸ばし、ドーム状になった場所があった。

 俺たちはその中へ素早く身を隠すと、外の様子に警戒しつつ、準備を始めた。



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