第2話 穏やかな早朝と女子高生
昔ながらの日本家屋一戸建ての庭先に、穏やかな早朝の日差しが注がれている。
石囲いの小さな池には、幼い頃に夏祭りで取った数匹の金魚が随分と大きく成長し、ゆらりと水面を揺らしていた。
縁側には、数匹のスズメが地面を鍔んで――。
「オラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアアアッ!」
……いたんだけど、早朝から稽古に励む俺の怒号で一斉に飛び去って行った。
「なにが月額九千円だ! 月額九千円なんて、バイト暮らしの学生には高すぎるだろうがあああああああ!?」
取り乱して申し訳ないが、ここで自己紹介をしておく。
俺の名は『
シャイで小粋で、純粋な今をトキメク男子高校生だ。(自称)
「青春まっただ中の青少年の心を弄びやがって! 絶対に許さんぞ、虫けら以下の大人どもめ……じわじわとなぶり殺しにしてくれる!」
とまあ、フ○ーザ様さながらの罵倒を吐いて、我が家に隣接する剣道場の天井から吊るしたサンドバックを両手に持つ木刀で殴りつけていた。
俺の両親は二人して武道の達人であり、その家に生まれた俺は幼少時代から父と母から武術のなんたるかを叩き込まれて育ってきた。
そして今も尚、俺は亡き両親の教えを守り、このように毎朝稽古に励んでいた。
「せっかくバイト代を貯めて買ったVRだってのにー、肝心のお目当てが見れねえんじゃ宝の持ち腐れだろうがあああああああっ!?」
昨晩に視聴できなかった白人モノのVR版エロゲーは、この俺を朝から憤らせてくれた。
そのおかげで、俺の太刀筋は鋭く、そして力強く、今日も良い感じの修業が行えていた。
「運営死ね! 製作者死ね! あの2.5次元白人彼女も……いや、彼女は素敵だったな。また次に期待しよう……なんて、言うと思ったかああああああああっ!?」
とまあ、そんな感じでトドメとなる一撃を叩き込んで納刀すると、天井から吊るしたサンドバッグの鎖が悲鳴のような音を立てて軋んでいた。
「あー、スッキリしたぜコンチクショウ。なんか、今日も一日頑張れるような気がしてきたなあおい!」
両手の木刀を道場の壁に掛けると、首から下げたフェイスタオルで額の汗を拭いながら道場の脇にある仏壇へ向かう。
ここまでの流れが、俺の日課となっている。
「親父、母さん……今日も俺は絶好調です。だから、安心して天国から見ていてください」
線香を焚いて土香炉に刺すと、手前のリンを鳴らして合掌する。
今から三年ほど前に、俺の両親二人は正体不明の事故に巻き込まれこの世を去った。
そんな二人が、真剣に教えてくれた剣術と体術の稽古を毎朝欠かすことなく、俺はずっと続けていた――。
○●○
シャワーを浴びて洗面台に立ち、自分の顔をはいチェック。
鏡に映る余りにも高貴すぎた自分の顔立ちに、思わず自惚れしてしまいそうになる。
特にチャーミングポイントである目元のクマは、今日もはっきりと浮かんでいて、それはもう病んでいるようだった。
「うん、今日もイイ感じのクマだな。なんか、先月よりも濃いしな!」
両親を失った悲しみから、逃げるように俺が辿り着いたのはネットの世界だった。
そこには無限の情報が縦横無尽に飛び交っており、万人の持つ全ての欲望を満たしてくれる。
その海に飛び込んだ俺はあるとき、それと出会ってしまった。
『VR白人彼女(十八禁)』
それはまさに、神の天啓そのものだった。
俺がそのディープな世界に身を落とすのに数日と掛からなかった。
アップデートで更新されるたびに、毎晩いつでも出会える違った2.5次元タイプの白人彼女たち。
今日はあの子で、明日はこの子。
今夜も俺を幸せなひとときへ誘っておくれ……。
「……まぁ、課金さえなければの話だが」
夢を見るにはお金が必要だ。
でも、それさえ目を閉じれば、いつでも彼女たちは俺に甘えて誘惑し、素敵な時間を与えてくれる。
それを考えるだけで俺の心はそれなりに満たされていた。
そして気付いたら、目元のクマが消えなくなっていた。
「悔しいけれど、課金するしかないか。あ、今日はジェシカちゃんのアプデが予定されているじゃねえか! おぉっ!? しかも、セレジアちゃんもって……あっ?」
ルンルン気分でソファに寝転びながらスマホを弄っていると、画面にメール受信の知らせが届いた。
はてさて、これは一体どこの美少女からの
『玄関前で待っているから急ぐこと。遅れたら罰金だかんね!』
とまあ、ツンとした表情で腕組みをしたクマのスタンプ付きメールが届いていた。
「……バカめ。急げと言われて急ぐ奴は三流だ」
てなわけで、特にメールも気にせず、既読スルーをかまして再びソファに寝転んだ直後、我が家のリビングのドアが何者かの手によって勢いよく開かれた。
「ちょっと、なんでくつろでいるしー!?」
と、豪快に開け放たれたリビングのドアから現れたのは、怒り顔をした同じ高校の女子生徒だった。
彼女はズカズカとした足取りでこちらに迫るとソファで寝転ぶ俺を見下ろす。
「……おい、どうやって侵入してきた? ていうか、土足ってどうなのよ?」
「はぇ? いつものことじゃん。ていうか、つーくんの家の中って汚いから問題ないっしょ?」
「あるわボケ!? 欧米じゃねんだぞ! ていうか、汚いとはなんだコラッ!」
「まぁいいじゃん。アタシたちの仲だしさ?」
屈託のない笑顔で横ピースをかます謎のティーンエイジャー。
奴は、亜麻色のセミロングヘアに緩やかなパーマをかけた、いかにも現代っ子らしい女子高生だった。
「てか、つーくん。隣座るよ?」
「その前にまずは靴を脱げ、靴を! 話はそれからだ」
「あーい」
整った目鼻立ちと猫のように大きな瞳。
そして、生意気にも華奢な割に大きく突き出た胸は、肩から下げたエナメルバッグにより強調されていて、どこかエッチだった。
「しょうがないな~。はい、これでよし、と!」
「よし、じゃねえよ!? テーブルに靴を置くバカがどこにいるんだ!」
「え~もう~めんどくさいよ~!」
そいつはなんの後腐れもなくエナメルバッグを床に下ろすとそのままソファに腰かけ、丈の短いプリーツスカートから見える黒いストッキングに包まれた美脚と両腕をぐぅーっと伸ばして背伸びをする。
あらやだこの子ったら、そんな無防備に伸びをすると大きく突き出たブラウスの胸元から天使の小窓が現れてどんなブラジャーなのか見えちゃうわよ?
それにもうちょっと後ろに傾けば丈の短いスカートの奥が見えそうで……。
「おい、カナデ。お前の下着が上下共に見えそうだぞ?」
「はぇ? 別に見たいなら見てもいいよ~?」
「マジか。では、遠慮なくあざーす」
「んなわけないっしょ、このスケベ!」
とまあ、ガチで覗こうとする俺の頭頂部に拳骨を落としてきたこのJKが……。
「俺の性奴隷。
「ちょっとつーくん。今なんて言ったの?」
「ん? 細かいことは気にするな。それより何の用だ? 用がないなら帰れ」
「ちょっと冷たくない!? 一緒に学校行こうと思って迎えに来ただけっしょ!」
「迎えだと? はっはっはっ! 流石は俺のメス犬だ。飼い主に従順なその心意気を褒めてやろうじゃないか?」
「なにその超絶上から目線!? 早く学校に行こうよ。ていうか、つーくん……」
「なんだよ?」
と、眉を顰める俺にカナデはぐぐっと顔を近づけてくると、瞳の奥を覗き込むようにしてニコッと微笑んだ。
「えへへ〜。おはよ」
「お、おう……」
なんかよくわからんが、コイツの笑顔を見ると、いつもこそばゆくなるのはなぜなのだろうか。
○●○
愛する我が家を出発してから数十分。
俺はカナデと共に通い慣れた通学路を歩いていた。
「それでさ、知ちゃんたら先輩に勘違いして告っちゃってね? 結局、その人じゃないってオチになってー!」
「そうですかそうですか~あははは~」
一方的に話しかけてくるカナデの言葉を右から左へ受け流し、絶妙な相槌をうつ俺ナウ。
一見すると、仲睦まじく和気藹々とした会話を楽しんでいる光景に見えるだろうが、そうではない。
実際はカナデのひとりトークショーである。
こいつは昔から一方的に話しかけてくるだけで、こちらが真面目な返答をしても聞いちゃいない。
要するに一方通行なのだ。
そのおかげもあってか、俺はなんら気にすることなくスマホを操作して、本日アプデのVR白人彼女に関する情報を安心して検索できるのだ。
「それでね? この前行ったショップの定員さんがって……ちょっとつーくん。アタシが話しいるのになにしているわけ?」
「ん? 今日アプデ予定のVR白人彼女をチェックしているんだがなにか?」
「VR白人って……それ、明らかにエッチなやつじゃん!?」
「バカを言え。これは、男のバイブルだ」
「バイブる……って、やっぱエッチなやつじゃん!?」
「お前こそなにと勘違いしてんの!? その辺を詳しく教えろ割とマジで! 最近の女子高生の性事情とやらをな!」
「お、教えるわけないし! ていうか、そんなの知らないし!」
そうは言いつつも、真っ赤な顔でプイと目を逸らすカナデに俺は厭らしい笑みを向ける。
どうやら、こいつもそれなりの知識を身に着けているようだ。
とはいえ、これ以上の詮索は禁物。
なにせ、がっついた童貞と思われたくないからな……。
「コホンッ。いいか、カナデ? お前にはただのエロゲーにしか見えないモノでも俺にとっては違う。例えば、先程チェックした情報によると……って、おい! 俺のスマホを返せ!」
「ダ~メ。つーくんがわけわかんないこと語り始めるからこれは没収ですぅ~」
「ま、待て。せめて、新着情報の確認だけでも……って、消さないでくれぇぇぇっ!?」
早朝からずっと楽しみにしていた大切な情報をカナデに抹消された。
これはもう全面戦争である。
「まったく、いつもこんなものばかり見ているからつーくんは目の下のクマが消えないんだよ~。そんなんじゃせっかくの顔が台無しっしょ?」
「フンッ。俺の顔なんぞどうでもいいわ。それよりも、ジェシカに会わせてくれ!?」
「ジェシカって誰!? ていうか、なんかもう中毒者みたいで怖いし!」
「ああそうだ俺はVRジャンキーだ! 俺にはそれが必要なんだ。だから、今すぐスマホを返してくれ! このままだと白人彼女の幻覚が見えてくる!」
「余計に返せないし!? つーか、マジでヤバイっしょそれ!」
「あ、おい、待てこら! マジで返せ!」
「嫌だよ~! これが欲しけりゃアタシを捕まえてみな~?」
「お、おのれ……」
俺のスマホをひらひらと振り、憎たらしく舌を出してカナデが走ってゆく。
その後ろ姿を見つめて、俺は深く溜息を吐くと、その背中を追いかけるようにやや早歩き、いや、競歩くらいの速度で追いかけた。
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