第97話 アヴァロンの危機


 通信機から知らされたその内容に、俺は当惑していた。

 アヴァロン本部内で大量の魔剣と交戦中? 一体どういうことなんだ!?


「アヴァロン本部が魔剣に襲撃されているって、一体どういうことだ!?」


「ひょっとすると、ティルヴィングの仕業かもしれねえな。どうするよ相棒?」


「どうするもなにも、そんなの今すぐアヴァロンに向かうに決まってんだろ!」


 スレイブの問に即答すると、俺はガレージの外を見た。

 アヴァロンにはエクスとカナデがいる。

 俺にとって大切な二人がいるアヴァロンが、魔剣たちに襲撃されていると聞かされて、黙っていられるわけがない。

 早く戻らないと、エクスとカナデが危ない……それなら、俺が取るべき行動はひとつだ!


「スレイブ、このままアヴァロンに向かうぞ!」 


「いや、でもよ相棒……」


「なんだよ? なにか不満でもあんのか!?」


「……いや、そのアヴァロンには、一体どうやって行くつもりなんだ?」


「……んんっ?」


 遠慮がちにそう尋ねてきたスレイブに俺はふと冷静になった。

 そうだよ。アヴァロンに向かうと言っても、どこにアヴァロンがあるかもわからないし、そもそもここから自力で走って行けるような距離ではない。

 あれ? これって、かなりマズいんじゃね!?


「……ど、どうしようスレイブ! 俺、アヴァロンがどこにあるのかわかんねえよ!?」


「はぁ〜っ……まあそんなことじゃねえかと思っていたけどよ、それなら、ソイツらに訊けばいいんじゃねえのか?」


 スレイブに促され、俺の視線が壁の隅に身を寄せて震えていた精霊の女の子たちへと向く。

 そうだ。彼女たちならアヴァロンへの道のりを知っているはずだ。

 それに、ここに来るための移動手段として輸送用トレーラーを使ってきただろう。

 それを拝借できれば、今すぐにでもアヴァロンへ戻ることができるじゃねえか!


「なぁ、アンタたちはここまで輸送用トレーラーかなにかで来たんだろ? そのトレーラーはどこにあるんだ!」

 

 精霊の彼女たちに近づき、俺が真剣な顔で問いかけると、彼女たちは泣き顔でガレージの外を指差した。

 どうやら、移動用のトレーラーは外に停めてあるらしい。


「よし。それで、アンタたちの中でそのトレーラーを運転できる奴は誰なんだ?」


 俺がそう訊くと、彼女たちの視線が地面で泡を吹いて倒れている隊長らしき男に向いた。

 その瞬間、俺は自身の額を掌で叩いた。


「あちゃ〜……マジか。まさか、このおっさんがトレーラーを運転してきたのかよ」


「どうするよ相棒? トレーラーがあっても、運転手がいなけりゃ宝の持ち腐れだぜ」


「スレイブ、お前の力でトレーラーを運転できねえか?」


「無茶を言うな。流石の俺様でもそいつは無理だぜ」


 ……クソッ! 折角、アヴァロンまでの移動手段を手に入れたというのに、それを運転できる奴がいないなんて最悪だ!

 こうしている間にもエクスとカナデに危険が迫っているかもしれないのに一体どうしたらいいんだ!?


「ネギ!」


 もどかしい状況に俺が頭を掻き乱していると、エミリアおばさんに肩を借りたソラスが近づいてきた。


「ネギ、アヴァロンに行くんでしょ。それなら、私も連れて行って!」


「おいおい、なにを言ってんだよソラス? そんなの危険過ぎるだろうし、お前がアヴァロンに向う理由なんて……」


「……クラウ」


「え?」


「ネギが会ったっていうそのクラウって子……私の妹なの!」


『な、なにぃ〜っ!?』


 ソラスの口から聞かされた衝撃発言に、俺とスレイブは驚きの声を上げた。

 ティルヴィングと一緒にいたあの女の子とソラスが姉妹? 一体どういうことなんだ!?


 突然のカミングアウトに俺とスレイブが困惑していると、ソラスが俯きがちに語り始める。


「さっき、ネギの口からクラウの名前を聞いた瞬間、失っていた記憶が一気に戻ってきたの……。私は元アヴァロンのセイバーで妹のアウラはそのパートナーの精霊だった。そして、アウラが生きていて魔剣と一緒にいるなら、その目的はただひとつだと思うの……だからお願いネギ! 私もアヴァロンへ連れて行って!」

 

 俺の片腕に抱きついてくると、ソラスが涙目で見上げてくる。

 彼女が口にしたその目的とやらが、今回の魔剣たちによるアヴァロン襲撃に関わることなのだろう……。


 俺はソラスの肩に手を置くと、その目的について訊いた。


「その目的ってのは、一体なんなんだ?」


「多分だけど、クラウは私が仲間に殺されたと思って魔剣側に付いている……そして、妹の目的は復讐だと思うの。それは、私たち姉妹を抹殺しようと企んだアヴァロン上層部へのね」


「アヴァロンの上層部がソラスたちを抹殺って……一体どういうことなんだそりゃ!?」


 耳を疑うようなその内容に俺が驚愕していると、ソラスが冷静な口調で続ける。


「話すと長くなるから簡単に説明するけれど……アヴァロン上層部の中に魔剣を戦闘兵器として紛争地域へ売却している人がいたの。そして、その事実を知った私たち姉妹は、信頼していた上官にそれを報告したのだけど、彼もまたその案件に携わる人間だったの……そして、私たち姉妹はその上官の罠にかけられ同じ討伐隊の仲間たちに殺されかけた……。だから、クラウはその上層部の人間に復讐するため魔剣と手を組み、アヴァロンを襲撃したと思うの! でも、それを止めなければクラウが死んでしまうかもしれない……だから、ネギ!」


「?」


「私は妹を救いたい。だから、アヴァロンに連れて行って!」


 強い視線を向けてくるソラスから目を背ける事ができないほど、彼女の表情は真剣そのものだった。

 ティルヴィングと一緒にいたあの女の子がソラスの妹であり、その彼女の目的が姉であるソラスの命を奪ったアヴァロン上層部への復讐だとすれば、それは見過ごす事はできない。

 なぜなら、俺が今まで見てきた経験から察するに、村雨先生のような魔剣の精霊ではなく、悪意しかない魔剣の精霊と手を組んだ人間は必ず悲運な最後を遂げている。

 だとすれば、ソラスの妹であるその彼女もこのままでは危険だ。

 だからこそ、俺はそれを食い止めたい。

 白亜の時のような後悔は、もう二度とご免だ! 


「……わかった。一緒に行こう」


「ありがとうネギ!」


 真剣な表情のソラスに俺が強く頷くと、ソラスが微笑み抱きついてくる。


 正直、ソラスがムニュムニュと柔らかいお胸を押し付けてくるから、俺的に興奮して鼻息が荒くなりそうだけど、ここはクールに振る舞うシチュエーションだ。

 とはいえ、元セイバーだったソラスがいきなり戦場に赴いて大丈夫なのだろうかと心配が過るのもまた否めない。


「なぁ、ソラス? いくら記憶が戻ったとはいえ、いきなり魔剣と戦えるのか?」

   

 何気なく俺がそう訊くと、ソラスがうんと頷き自身の胸を叩く。


「うん! こう見えて、私もかなりの戦場を駆け抜けてきたセイバーだからね。ネギの足手まといには絶対にならないよ」


「そ、そうか……」


 ソラスが聖剣のセイバーだったと知ったときは流石に驚いたけど、よくよく思い返してみれば、ソラスの身体には俺まで酷くはないけれど、痛々しい傷痕が幾つも刻まれていた。

 それは、度重なる魔剣との死闘で刻んできた傷痕だったのだろうから、彼女もかなりの修羅場をくぐり抜けてきた手練なのだろう。

 俺の顔を見つめるその瞳の力強さがそれを如実に語っていた。


「オーケー、わかったよ。それなら、俺の後ろは頼んだぞ?」


「わかったよネギ! それじゃあ、アヴァロンに急ごう!」


「あ、いや。ぶっちゃけそうしたいのは山々なんだがその……アヴァロンまで向かうために必要な肝心のトレーラーを運転できる人がいないんだよな?」


「あ……そう、だね。どうしようか?」


「それならアタシに任せな!」


 俺とソラスが困り顔で首を捻っていると、エミリアおばさんが逞しい腕を組み、ドヤ顔を見せてきた。


「トレーラーならアタシが運転してあげるよ! これでも大型の免許を持っているからね」


「マジすか、エミリアさん!?」


「当たり前だよ。それに、そのアヴァロンってとこにはソラスの大切な妹が居るってんだろ? それなら保護者であるアタシも付き添ってあげないといけないからね!」


 漢気溢れる言葉でエミリアおばさんはそう言うと、ソラスの肩を抱いてニッコリと微笑む。

 まさか、大型の免許まで持っているとか、どんだけハイスペックなんだこのおばさん。

 でもまあ、そのおかげでアヴァロンへの道は開けたわけだし、それなら一刻も早くエクスとカナデを助けに向うだけだ!


「それじゃあエミリアさん。宜しくお願いします!」


「あいよ、任せときな! それより、こっちの連中はどうするんだい?」


 エミリアおばさんは瞳を細めると、親指で討伐隊の面々を指差した。

 ガレージの外にも未だに失神したセイバーたちが転がっている。

 ここに置き去りにしておくのもアレだろうから、コイツらもトレーラーの中に放り込んでアヴァロンに帰すとしよう。


「討伐隊の連中もトレーラーで連れ帰ります。そんじゃ、早速準備開始だ。手伝ってくれソラス!」


「うん、わかった」


 その後、俺たちは意識のないセイバーたちと隊長らしき男。それと、精霊の女の子たちをトレーラーの後方にあるコンテナの中へ移動させると外側から鍵をかけ、アヴァロンへと向かい出発した。


「エクス、カナデ。頼むから、俺が着くまで無事でいてくれ……」


「そんじゃ、そのアヴァロンまでかっ飛ばすよ!」


 輸送用トレーラーの鍵穴にキーを突き刺し、セルモーターを回してエンジンを吹かせると、エミリアおばさんが口の端を笑ませて上唇を舐めた。


「……さぁ、しっかり掴まってなよアンタたち!」

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