第98話 迫り来る恐怖
ツルギたちが討伐隊と戦闘を繰り広げている最中、地上にあるアヴァロン本部への入り口ゲートに一台の大型トラックが接近してきた。
ゲートの警備に当たる銃器で武装した複数の隊員たちは、ゲートの前に停車した大型トラックに近づき助手席に座る青い作業服を着てキャップを目深く被った金髪の少女を一瞥したあと、同じ作業服姿をした毛先にクセのある紫色のボブカットヘアをした運転席側の女に声をかけた。
「本日に搬入予定の業者はいないはずだが、どこからの荷物だ?」
自動小銃の銃口を下に向けて構えた隊員の男がそう尋ねると、運転手の女は頭に被っていた帽子を外し、ルージュで艶めく唇を笑ませた。
「あらん? それはおかしいわねん。ちゃんと頼まれた物を今日中に納品するよういわれてきたのよん?」
「悪いが積荷の確認をさせてもらうぞ」
疑るような視線を向ける隊員に運転手の女は「どうぞん♪」と、答えてニッコリと微笑む。
隊員の男は共に警備に当たっていた他の隊員たちを呼び寄せると、大型トラックの積荷を調べるためコンテナの後へと回らせた。
「あ。でも〜」
と、運転手の女はなにかを思い出したようにそう言うと、形の良い唇に人差し指を当てて小首を傾げる。
「開けないほうがアナタたちの身のためかもしれないわよん?」
「は? それはどういう意味――」
「ぎゃあっ!?」
突如として聴こえた仲間の悲鳴に隊員が振り返ると、コンテナの中から次々と多種多様な姿をした魔剣の精霊たちが這い出てきた。
その魔剣たちに積荷を確認しようとしていた数名の隊員たちが、瞬きをする間に命を奪われていた。
「な!? これは一体!」
「残念だったわねん」
「え?」
と、運転席側にいた隊員が視線を戻したと同時、その背中にカッター刃のように継目のある黒い剣が生えた。
「アタシたちはアヴァロンに魔剣の精霊たちを届けに来たのよん?」
殺された隊員たちをゲートの内側から見ていた他の隊員たちは、血相を変えるとすぐさま非常ボタンを叩く。
その刹那、アヴァロン本部にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
『緊急事態、緊急事態。アヴァロン内に複数の魔剣が侵入!』
その緊急放送にアヴァロン内にいた全ての研究員と職員、それと精霊及びセイバーたちは驚愕の表情を浮かべていた。
そして、その誰もが同じことを口にする。
――なぜ、魔剣感知システムが作動しなかったのか、と。
アヴァロン本部から一定の距離で魔剣の精霊が出現した際、それを感知するシステムが導入されていた。
しかし、それが今回に限って作動しなかった。
その事に誰もが疑念を抱いたが、続々とアヴァロンの内部に侵入してきた魔剣の精霊たちの襲撃に遭いそれどころではなくなっていた。
それは勿論、カナデやヒルドたちも同様である。
○●○
「ま、魔剣の精霊がアヴァロンの中に侵入って……どうして?」
「ヒルドちゃん! どうすんの!?」
本日に予定されていたエクスのセイバー契約解除の儀式に異議申し立てるつもりだったカナデとヒルドは、特別棟へと向うエレベーターの中で緊急放送を聴き狼狽していた。
幸いにも、二人が乗るエレベーターは一階のフロアから離れていたため、低階層にいた職員や研究員のように魔剣たちに襲われてはいなかった。
しかし、それも時間の問題だ。
「と、とにかく、このまま途中の階層で降りて他のセイバーさんたちと合流しましょう!」
「で、でも、そのセイバーさんたちってどこにいんの!?」
「え? それは〜……えっとぉ〜……」
慌てながら催促してくるカナデの問いかけにヒルドが必死に思考を働かせていると、途中のフロアでエレベーターが停止し、ゆっくりとドアが開かれると、そこに立ち尽くす人影があった。
その人影を見た瞬間、カナデとヒルドはギョッとした表情を浮かべて悲鳴を上げた。
『きゃあああああああああ!?』
エレベーターの前で立ち尽くしていた人影にカナデとヒルドが恐怖して抱き合い悲鳴を上げていると、その人物もまた絹を裂くような悲鳴を上げた。
「きゃあああああ……って、カナデさんにヒルドさん!?」
「れ、レイピアさん!?」
エレベーターの前に立っていたのは赤いフレームのインテリ眼鏡に真紅の長い髪を持つレイピアだった。
三人はこの窮地に再会できた事を喜ぶように抱き合った。
「二人が無事で良かった〜!」
「レイピアさんも無事で良かったし! でも、どうしてレイピアさんがこのフロアに?」
「それが、博士が急に私の造った聖剣を持って上のフロアに逃げろって言うものですから……」
つい数分前、魔剣の精霊による襲撃が館内放送で流された時、ダーインはレイピアと共に彼女の造り出した聖剣の機能データをコピーする作業を行っていた。
その際に、研究施設棟にまで魔剣の精霊が侵入してきた事を知り、ダーインはレイピアを脱出口から先に逃して現在に至るのだ。
「とにかく、ここも危険です! この先の渡り廊下を行けば修練施設へと繋がっていますので、そちらに行けばセイバー候補生と教員セイバーがいますから、少なからずここに居るよりは安全かと――」
「ぎゃあああああああああ!?」
「!?」
レイピアが話している最中、突然曲がり角の方から男性の叫び声が聴こえた。
その叫び声に三人が振り返ると、曲がり角の向こうからスクーターのエンジンを回転させたような駆動音が聴こえてくる。
その異音に三人が息を呑んで立ち尽くしていると、死角となっていた曲がり角から大量の血飛沫が廊下の地面へと飛散し、そこから研究員と思しき男性が全身を血塗れにした状態で仰向けに
その凄惨な光景に三人が凍りついてると、曲がり角の向こうから一台の黒いチェーンソーを両手で持った13日の金曜日に現れる不死身の殺人鬼を彷彿とさせる表情のない白いゴーリーマスクを被った白衣姿の男がぬぅっと現れた。
男はその白いマスクと白衣を返り血で赤く染めており、両手に持ったチェーンソーを唸らせると天を仰ぐ。
「あぁ……超楽しぃ〜……あれ?」
男は三人の姿に気が付くと、顔に被っていた白いゴーリーマスクを上げた。
「あぁ……お前ら、どっかで見た顔だな?」
「だ、誰ですかアンタは!?」
「ひ、ヒルドちゃん。この人って確か、薔薇園にいた時の!?」
「薔薇園……って、あのキモい人ですか!?」
「あぁ……誰がキモいって?」
白衣姿の男は顔をしかめると、ヒルドを鋭く睨みつける。
その時、彼が胸に付けていた研究員用のIDカードを見てレイピアが言う。
「あ、アナタは……この間の」
その顔を思い出したようにレイピアが瞳を白黒させていると、男が血に濡れた革靴をビチャビチャと鳴らして三人の方へ歩み寄り、カエルのようにギョロギョロとした両眼を動かしてカナデとヒルドとレイピアの三人を睨みつけた。
「あぁ……やっぱ見たことあんなお前ら」
「目が赤い……まさか、魔剣の精霊!?」
「あぁ……? なんで俺っちが魔剣の精霊だって知ってんの?」
ゴキンと、首の骨を鳴らして顔を傾ける男にカナデとヒルドが戦慄する。
そんな中でレイピアだけは、唇を戦慄かせながらもその男に質問を投げた。
「そ、そんなの、アナタの両眼が赤いからに決まっているじゃありませんか! そ、それより、アヴァロンには魔剣の精霊を感知するシステムが導入されているのに、どうして魔剣の精霊であるアナタがここに侵入できていたのですか!?」
「あぁ……それな」
白衣姿の男はぎょろりとした赤い双眸を細めると、
「あぁ……俺っちの能力は【ステルス】つって、あらゆる感知機器や探索機器に判別されない能力なんだよ。そんで、このアヴァロンに潜入して、その感知システムをぶっ壊したわけなんよ」
「感知システムを壊したって……まさか、それで大量の魔剣たちがアヴァロンの中に!?」
「あぁ……そういう事だな……それより――」
「そ、それより?」
「……さっきから男ばっかバラバラにしてたからちょうど飽きてたところだぜ〜……だからさぁ……」
と、白衣姿の男エペタムは、その双眸を見開くと頭に被っていた白いゴーリーマスクを再び下げてチェーンソーを唸らせた。
「……次は女をバラバラに斬り裂いて遊ぶとすっかなぁ……キシシ〜」
「み、皆さん……逃げてぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「きゃあああああああああっ!?」
切迫したレイピアの声にカナデとヒルドは悲鳴を上げながら全速力で渡り廊下を駆け抜けた。
しかし、そんな二人を一瞬で追い越したのは意外にも聖剣を胸に抱いたレイピアだった。
「レイピアさん、めっちゃ脚早いしっ!?」
「デスクワークの人間なのになんですかその脚力は!?」
「こ、こう見えましても学生時代に陸上競技で短距離選手をやっていたんですぅ〜! しかも、今はスニーカーを履いているから本気で走れます!」
『ええ〜っ!?』
レイピアのまさかの身体能力にカナデとヒルドが驚愕の声を上げていると、背後から両手に持つチェーンソーを唸らせたエペタムが壁を一直線に斬りつけながら猛追してくる。
「キシャシャシャ! 逃げんなよお前らぁ〜っ!」
『いやああああああああああああっ!?』
三人は百メートルほどの距離がある渡り廊下を僅か数秒で踏破するとそのまま階段を駆け下り、セイバーたちがいるであろう修練施設に向かいその足を走らせた。
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