第99話 アヴァロンへ突入
輸送用トレーラーの助手席に乗り込んだ俺とソラスは、エミリアおばさんのドライビングテクニックに恐怖の悲鳴を上げていた。
「オラオラオラァッ! 退けってんだよこのウスノロ共がっ! アタシたちは目的地まで急いでんだからかっ飛ばすよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ヒィィィィッ!? え、エミリアさん、いくら信号のない国道だからって、こんなハイスピードでの蛇行運転は流石に危ないよぅっ!?」
片道三車線の国道でヘッドライトをハイビームにしながら前方を走る車を煽るように爆走するエミリアおばさんがマジで怖い。
俺たちの乗る大型トレーラーに追い抜かれた車の運転手たちは、皆こぞって真っ青な顔をしていた。
そして、その大型トレーラーに乗る俺は何度も肝を冷やしており、その隣に座るソラスはその表情を引き攣らせ、ずっと俺の片腕にしがみついている。
多分だけど、後ろのコンテナの中にいる討伐隊の連中は、この恐ろしすぎる運転でとんでもない状態になっていることだろう。
「おやっ? 見えてきたよネギ助! あのやたらピカピカした建物がアヴァロンってやつなのかい?」
「そ、そうっすね! アレがアヴァロンです……って、なっ!?」
トレーラーに備え付けられたナビを頼りに走り続け、ようやく俺たちの視線の先にアヴァロン本部が見えてきた。
だが、そのアヴァロン本部の方角からは幾つもの黒煙が昇っており、魔剣たちによる襲撃が今も沈静化されていないとすぐに理解できた。
「……チクショウ、急がねえとエクスとカナデが危ねえ。エミリアさん! やっぱりもっとすっ飛ばしてください!」
「ちょ、ネギ!? これだとアヴァロンに着く前に事故っちゃうよ!」
「ケケケッ! 構うこたぁねぇや! おばちゃん、とことんすっ飛ばしてくれや!」
「あいよ! しっかり掴まってな!」
アクセルをベタ踏みし、トレーラーが更に加速する。
最早俺たちを止められる者はいない。
なぜなら、これだけの猛スピードで走っているにもかかわらず、警察車両が追いかけて来ないのは、この大型トレーラーがアヴァロンの物だと理解しているからなのだろう。
さながら緊急車両のような勢いで、エミリアおばさんが大型トレーラーをかっ飛ばしていると、俺たちの視界にアヴァロンの入り口ゲートが見えてきた。
たがその時、俺たちのトレーラーに向かってなにか巨大な影が正面から走ってくる。
「ん? なんだありゃ?」
こちらに猪突猛進してくる巨大な体躯をしたソイツに目を凝らしてみると、黒くて硬そうな皮膚をした鼻先に鋭くて太い黒い刃を生やしたサイに擬態した魔剣の精霊が砂埃を巻き上げこちらに迫っていた。
奴は赤い双眸を細めて丸太のように太い両脚で地面を蹴り、俺たちの乗る大型トレーラーに追突しようとしていた。
「な、なんだいありゃ!?」
「エミリアさん、速度を落として! アイツは俺が始末する!」
「ちょ、ネギ? 始末するって、どうするつもりなの!」
「ん? そんなもん目の前からくる魔剣をぶった斬るに決まってんだろ!」
「い、いくらなんでも無茶だよネギ!」
「問題ねぇ!」
助手席側の窓を開けて俺が身を乗り出していると、目を丸くしたソラスが制止しようとしてくる。
だが、俺はそんなソラスを尻目にトレーラーの窓から屋根へ飛び移ると、片膝を着いて身構えた。
「エミリアさん! 俺がカウントを三っつ数えるので、合図を出したら対向車線に向かってハンドルを切ってください!」
「ネギ助、アンタ正気かい!?」
「正気ですよ! それじゃあ、お願いします!」
トレーラーの屋根に掴まり、運転席側の窓からエミリアさんにそう伝えると、俺はスレイブの口から魔剣を引き抜き、抜刀の構えを取ってカウントを数えた。
「行くぞ……ワン、ツー――」
と、俺たちのトレーラーに向かってサイに擬態した魔剣の精霊が走る勢いを速めたところで俺は声を張った。
「――スリー! 今です、エミリアさん!」
「こんちくしょうめえええええええっ!」
エミリアさんがトレーラーのハンドルを右に大きく切った瞬間、俺は屋根の上から飛び降りると、愚直なまでに正面から真っ直ぐ突進してくるサイの魔剣に斬りかかった。
「俺の邪魔をするんじゃねええええええっ!」
頭の上から勢い良く振り下ろした俺の剣がアスファルトの地面を縦に叩き割ると、サイに擬態した魔剣の精霊が身体の中心から真っ二つなり、左右に分れたまま俺の横を走り抜けていった。
すると奴は、数メートル進んだ先でそのまま左右に倒れて絶命し、黒い砂山に変化した。
俺はそれを確認すると、魔剣を肩に乗せてため息を吐く。
「よし、片付いたな」
「ケケケッ! 見事な一刀両断だったぜ相棒」
「ありがとよ。それより、エミリアさんたちは?」
俺が視線を右に向けると、エミリアさんの運転した大型トレーラーが対向車線に二つのブレーキ痕を色濃く残して停車していた。
どうやら、上手く回避できたようだ。
俺がすぐさまトレーラーに駆け寄り運転席を覗き込むと、額にビッシリと汗を張り付けたエミリアおばさんとソラスが苦笑しながらサムズアップしてきた。
「二人とも無事だな。それじゃあ、俺とスレイブはこのままアヴァロンに突入する!」
「待ってネギ、私も行く!」
「わかってるよソラス。でも、武器はどうするんだ?」
俺がそう訊くと、ソラスは助手席の裏側から一振りの剣を取り出した。
「後ろの人たちをコンテナに乗せたとき、中に置いてあったものなの。私の記憶が確かなら、これは聖剣のレプリカだったと思う」
「聖剣のレプリカ……あぁ、そういえばそんなモンがあったな」
聖剣のレプリカ……それは以前、俺の師匠であるダーイン博士が精霊用の武器として開発したという話を安綱さんから聞かされていた。
実際の聖剣には劣るらしいが、それがあれば、誰でも魔剣と応戦することが可能だという話だったと思う。
「よし、それなら一緒に行くぞソラス。エミリアさん、あの建物の中は危険だから後ろの連中を開放してここに待機していてください」
「なにを言ってんだいネギ助! そんな危険なところにソラスを連れて行くなんてアタシは許さないよ!」
「大丈夫エミリアさん。私にはネギがいるから」
ソラスはそう言うと、助手席から降りて俺の片腕に抱きつく。
なんというか、このやり取りがかなり自然体になってきているから、エクスに見られたらかなり怒られそうだ。
「ソラス、アンタ……本気なのかい?」
「うん。あの中には私の大切な妹がいる。だから、助けに行かなきゃいけない」
「……」
真剣な目でそう話すソラスに、エミリアおばさんが目を伏せる。
彼女にとって、ソラスは我が娘のような存在だ。
そんな愛娘が危険極まりない敵戦地に赴こうと言うのだから、それを制止したくなる気持ちはわかる。
でも、今のソラスの表情を見れば、彼女を止めることができないとも同時に分かるだろう。
「……そうかい、わかったよ。アタシの負けだね」
「エミリアおばさん……」
エミリアおばさんはソラスの覚悟に根負けしたのか、諦めたように両手を挙げてかぶりを振った。
「アンタが大切な妹を助けに行くっていうその気持ちは理解したよ。でもね、それなら必ず帰ってくると約束しとくれよソラス」
「うん。必ず妹を連れて戻る! 行こ、ネギ」
ソラスはエミリアおばさんの言葉に強く頷くと、俺の片腕を引いてくる。
すると、エミリアおばさんが俺の背中越しに声をかけてきた。
「ネギ助! 絶対にソラスを守り抜きなよ。そんで、必ず妹ちゃんも連れ帰ってきな!」
「勿論ですよ! あとは任せてください」
運転席からこちらにサムズアップしてくるエミリアおばさんに俺は片手を挙げて応えると、ソラスを連れてアヴァロン本部内へ突入する。
その途中のゲート脇の検問所に視線を移すと、魔剣の精霊に襲われ命を落としたであろう複数名の隊員たちが血塗れの状態で地面の上に転がり息絶えていた。
その悲惨な光景を見て俺は歯噛みをすると、アヴァロン本部内にいるエクスとカナデの事を思い足を早めた。
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