第100話 彼女の行方

 俺とソラスがアヴァロンのエントランスホールに入ると、そこは激戦区となっていた。


 ホールの床には幾つもの血溜まりができており、その上には聖剣のセイバーやそのパートナーである精霊。それと、アヴァロンに関わる研究員や職員たちが無数に倒れている。


 所々に黒い砂山も築かれているから、魔剣たちもかなり駆逐されてはいると思うが、見た限りではアヴァロン側が劣勢だった。


「く、来るなああああああああっ!」


 エントランスホールの隅でボロボロになったセイバーの男性が自分のパートナーである精霊の女性を守ろうと、大声を上げて必死に聖剣を振り回している。

 そんな二人に襲いかかろうとしていた複数いる魔剣の精霊に素早く肉薄すると、俺は奴らを片っ端から叩き斬った。


「オラアアアアアッ!」


 満身創痍の男性セイバーと精霊の女性を取り囲んでいた魔剣の精霊たちを俺が僅か数秒で始末すると、二人がこちらを確認するなり、その顔を真っ青にして悲鳴を上げた。


「ひ、人型の魔剣だああああああっ!?」


「こんな窮地に人型の魔剣が現れるなんて……もうアヴァロンはお終いよ!?」


 ……あっれぇ〜? なんか俺ってば、敵だと思われてない? ちゃんと、魔剣に襲われている人たちを助けてあげているんだけど、なんか違くな〜い?


「ネギを見た人たちがこの世の終わりを前にしているような顔をしているけど、どうして?」


 俺の隣で聖剣のレプリカを構えながらソラスが不思議そうに首を傾げる。

 すると、俺の左腕になったスレイブがケタケタと笑いながら言う。


「ケケケッ! そりゃあそうだろ? なにせ、今のネギ坊は完全に人型の魔剣にしか見えねえからな」


 ……う〜ん、やはりそうなるのか。なんとなく予想はしていたけれど。


 俺の左半身は血のように赤い鎧で覆われている。オマケに左の瞳が赤くなっているのだからそう思われても仕方ない。

 おそらくだけど、ここにいるセイバーや精霊たちは魔剣同士が仲間割れでも始めたとでも思っているのだろう。

 彼ら彼女らの俺を見る視線には恐怖が入り混じっている。

 その様子がなんとなく切ない。


「正義の味方が到着して敵を倒したっていうのに、これは切ないもんがあるな……」


「おい、ネギ坊。感傷に浸っている場合じゃねえぞ、次だ!」


 スレイブの言葉に俺が顔を上げると、ゴリラに擬態した魔剣の精霊と、虎に擬態した魔剣の精霊が俺を威嚇するような雄叫びを上げてきた。

 ゴリラの方は丸太のように太い両腕で鉄塊のような魔剣を握っており、虎の方は前足の爪が鋭利な刃物になっていた。


 奴らは俺たちの周囲をジリジリと周りながら仕掛けてくるタイミングを見計らっているようだ。

 俺は片手に持つ魔剣で左肩をトントン叩くと、隣に立つソラスを一瞥する。


「ソラス。危ねえから手を出すなよ」


「無理。私もネギと戦う」


「おいおい、お前は記憶が戻ってから間もないし、それなりのブランクがあるだろうから止めとけって」


「嫌。私も戦う」


 制止する俺の言葉に耳を貸すつもりがないのか、ソラスは聖剣のレプリカを構えて二体の魔剣を鋭く睨みつけている。

 俺からしてみれば、この二体の魔剣は大した相手ではないと思うのだが、ソラスにとっては別だ。

 でも、この感じだと、彼女が俺の頼みを聞いてくれる様子はなさそうだ。

 

「ネギ。私が虎の方を仕留めるから、ゴリラの方をお願い」


「ヤル気満々かよ。仕方ねぇな……でも、無理はすんなよ?」

 

 ソラスは俺に背中を合わせると「了解」と、一言だけ口にして聖剣のレプリカを斜に構えた。

 すると、そのタイミングで虎の魔剣とゴリラ魔剣が、俺とソラスに対して同時に襲いかかってくる。


「行くぞ、ソラス!」


「オーケー!」


 俺とソラスは互いに背を向けたまま駆け出すと、正面から迫る魔剣の精霊を迎え撃った。

 俺の相手となるゴリラ魔剣は、鉄塊のような黒い大剣をハンマーでも振り下ろすかのようにして乱暴に叩きつけてくる。

 その斬撃を俺は右から左へスルスル躱すと、右手に構えた魔剣の先端でゴリラ魔剣の両膝を順番に貫いた。

 

「よっ、そりゃ!」


 俺に両膝を貫かれたゴリラ魔剣が悲鳴を上げて地面に片手を着いた。

 その隙を見て俺は奴の背後に回り込み、そこから背中へ跳び乗ると、魔剣の先端を下に向け、奴の延髄へ黒い刀身を深く突き立てた。


「よし、これで終わりっと」


 ゴリラ魔剣の延髄に突き立てた魔剣を俺が引き抜くと、奴は力尽きたように倒れ、そのまま黒い砂山に変化した。

 俺はその砂山から飛び降りると、今度は虎の魔剣に応戦しているソラスを見た。

 

「ソラス! こっちは片付いたから、俺も援護に……」


「もう終わるからいらない!」


 援護しようとした俺に、虎の魔剣を相手に戦いながらソラスが声を張ってくる。


 ソラスは、鋭い前足を使って絶え間なく襲いかかる虎の魔剣をなんら焦ることなく余裕の表情で相手にしている。

 そして、次に虎の魔剣が飛びかかった瞬間、ソラスは手を使わずに奴の頭上を跳び超えるように側転しながら回避すると、その手に持つ聖剣のレプリカで一閃を放ち、綺麗に着地した。


「はい、お終い」

 

 ソラスが手に持つ聖剣のレプリカに血振りをくれた直後、虎の魔剣の頭部が地面に転がり絶命して黒い砂山に変わった。

 そのあまりにも鮮やかな戦いぶりに、俺とスレイブは「おお〜っ」と、声を揃えて拍手した。


「ね? 大丈夫だったでしょ?」


「流石に驚いたな。ソラスは相当な剣の使い手なんだな?」


「じゃあ、私の事を好きになってくれた?」


 そう言って俺の片腕に抱きついてくると、ソラスがニッコリと微笑んでくる。

 ……う〜ん、確かにソラスは可愛いし、エクスに次いで料理のスキルも高い。

 だが、やはり俺の中での一番はエクスでないとダメだ。

 ということで、ここはスルーしよう……。


「……よし。エントランスホール内の魔剣も粗方始末できたし、次に行くぞ!」


「……ネギ。私の話を聞いてた?」


「え? なんだって?」


「むぅ……もういい」


 俺がわざとらしく鈍感系難聴スキルを発動させると、ソラスが不満そうに頬をむくれさせそっぽを向く。

 なんというか、ソラスに好かれる事は俺的にもありがたいんだけど、今はそれどころじゃない。

 一刻も早くエクスとカナデを助け出さなければ!


「とりあえず、シラミ潰しに探している時間はねぇから、アイツらが居そうな場所を探して……」


「ウオラアアアアアッ!」


「!?」


 俺とソラスが周囲に目を配りながら建物の奥へ向かい歩き出そうとした刹那、エントランスホールの支柱の陰から誰かが襲いかかってきた。


 俺はその相手の刃を左手で掴むと、襲いかかってきた人物を見て目を見開いた。

 コイツは確か……。


「アンタ……オジェか!?」


「あ? おま……英雄くんじゃねえか!?」


 いきなり俺に襲いかかってきたのはランスくんの部隊に所属するオジェだった。

 オジェは俺を見るや否や安堵したようにため息を吐くと、手にした西洋の剣を下げる。


「なっんだよ驚かせやがって! つーか、無事だったんだな……って、なんだよその格好は!?」


 俺の左半身を見てオジェが仰天したように声を上げる。

 その反応に俺は頬を掻くと、事の成り行きをさらっと説明した。


「そ、そうだったのか……って、それより英雄くん。こっちの姉ちゃんをなんとかしてくれねーか?」


 ふと気が付くと、いつの間にか隣に居たはずのソラスがオジェの背後に回り込み、その喉元に刃を当てていた。


「ネギ。コイツどうする?」


「いやいや、どうもなにもその人は仲間だから。解放してくれ」


 俺の言葉にソラスは「わかった」と返し、オジェを解放した。

 すると、オジェがソラスを見てまたもや驚愕する。


「……って、ソラス!? お前、ソラスじゃねえか!」


「アナタ誰?」


「誰って、俺の事を覚えてねえのかよ!? 俺はセイバー候補生時代にお前と同期だったオジェだよオジェ!」


「そんな名前の人なんて知らない」


 ……う〜ん、これは辛いな。

 どうやらオジェは、セイバー候補生時代にソラスと同期生だったらしい。

 しかし、当のソラスはオジェの事を全く覚えていないらしく、その反応は氷のように冷たい。


「んだよ、相変わらず冷めてぇな……。そんなだから同期の奴らに『アイスドール』とかってあだ名で呼ばれんだよ」


「アイスドール?」


「なっ!? そんな恥ずかしいあだ名なんて知らない! それ以上話すならここで殺すけど」


 悪態をつくオジェの首筋にソラスは聖剣のレプリカを当てると、ものすんごい殺気を放つ。

 なんというか、そういうあだ名で呼ばれていたのが相当恥ずかしかったのか、ソラスの顔がリンゴのように真っ赤になっていた。


「わ、悪かったよ! 冗談だから、剣を下ろせって!?」


「……次にその名を口にしたら許さない」


「あの、ソラス? そろそろ先を急ぎたいんだけど……」

 

「ごめんネギ。コイツはあとで始末する」

 

「結局、始末されんのかよ俺!? それ、許してくれてねえじゃんかよっ!」


 ソラスと一緒に漫才のようなやり取りをするオジェを見た時、俺は彼の手に持つを西洋の剣が聖剣ではなくレプリカだと気付いた。


「オジェ。アンタのパートナーだったあのお姉さんはいないのか?」


 俺がそう訊くと、オジェは伏し目がちに首を横に振る。


「カーテナは今も医療棟で絶対安静だよ。俺が聞いた話だと魔剣化したアイツの聖剣は元に戻せたらしくてアイツも元に戻ったらしいんだけどよ、流石に今すぐ戦線復帰は難しいよな」


 オジェの語る内容にあのお姉さんが無事だったと知って少し安心した。

 それに、魔剣化した聖剣が元に戻せたということは、やはり師匠がそのメカニズムを解き明かしたからだろう。

 流石、師匠といったところだ。

 

「そうか。あのお姉さんが無事で良かったよ。ところで、アンタに一つ訊きたいことがあるんだけどいいか?」


 質問した俺にオジェは肩を竦めると、柔和な表情を浮かべた。


「あぁ。構わないぜ」


「実はエクスとカナデを探しているんだけど、二人をどこかで見かけなかったか?」


 俺がそう尋ねると、オジェは少し考えてから腕組みをして答える。


「そのカナデって子は知らねぇけど、エクス・ブレイドなら特別棟の方にいるんじゃねえかな? なんでも上層部が新しくセイバー候補を選出したとかって話でエクス・ブレイドと再契約を結ばせるとかって……」


「なん……だと?」


 オジェの口から聞かされた衝撃の内容に俺は当惑した。

 エクスが新しいセイバー候補と再契約?

 それはどういうことなんだ!?


「オジェ、それはマジなのか!?」


「あぁ。英雄くんがスレイブにやられちまった可能性があるから、エクス・ブレイドに新しいセイバーと契約させるとかっていう流れになったって話だぜ。そんでその日が今日とか……」


「その特別棟はどっちだ? 教えてくれ!」


「お、おぅ。特別棟ならこの先の通路を真っ直ぐ行った先にあるぜ。でも、今は魔剣の精霊たちに襲撃されちまってそれどころじゃねえかもしんねえけどな?」


 俺がスレイブに敗北し、行方不明になっていた間にそんなことになっていたのか……。


 エクスが他の奴と契約するなんて冗談じゃない。

 エクスのおっぱ……じゃなくて、アイツの全てを守り、共に戦えるのはこの俺だけだ。

 そんな契約、俺がぶっ壊してやる!


 オジェが指差す方角を見つめて俺が眉根を寄せていると、ソラスが不安そうな顔で覗き込んでくる。


「ネギ? 大丈夫?」


「あぁ、大丈夫だ。それより、ソラス。特別棟に急ぐぞ!」


「え? あ、うん」


「おい、英雄くん。まさかお前……特別棟へ向かって契約儀式をぶち壊すつもりなのか?」


「そのつもりだよ。なにせ、エクスはだからな!」


「ハハッ。英雄くんらしい台詞だな? それなら急げよ。こんな事態だから儀式の方にも遅延が発生しているだろうしな」

 

 オジェは笑顔でそう言うと、俺の背中を叩いて押し出した。

 俺はそんなオジェに背を向けると、肩口から彼を見て言う。


「オジェ。もしもカナデを見かけたらその時は頼むぞ!」


「わぁ〜ったよ。んで、その子の特徴は?」


「日本人で可愛いくて胸がデカイ」


「えらくざっくりとした特徴だな!? まぁいい、わかった。そんじゃ、頑張れよ!」


 こちらに手を振るオジェに頷くと、俺はソラスを連れて特別棟へと走り出す。

 願うことは、エクスが他のセイバー候補と再契約を終えていないことだ。


「スレイブ、今のお前なら聖剣のオーラを完治できるだろ? 特別棟の方で聖剣のオーラを感知したら教えてくれないか!」


「ケケケッ! 任せとけ。あのお嬢ちゃんのオーラなら一度感知したことがあるからスグにわかるぜ!」


 頼もしいスレイブの台詞に俺は強く頷くと、特別棟へと繋がる廊下を走りながら次々と襲い来る魔剣の精霊たちを斬り伏せる。


 待っていろエクス。

 俺が今すぐ駆けつけてやるからな!


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