第101話 エクス、貞操の危機

 特別棟にある簡素な一室にて、私こと、エクス・ブレイドのセイバー契約解除及び、新たなセイバー候補であるカエサルとの契約儀式が執り行われようとしていた最中にそれは起きた。


『緊急事態、緊急事態。アヴァロン内に複数の魔剣が侵入!』


 その緊急放送が流れた時、特別棟にあるその部屋の中では私とカエサル、そして、契約解除儀式を見届ける役目を任された精霊とセイバーがそれぞれ二組みづつ待機していたけれど、その内一組のセイバーさんと精霊さんが私のセイバー契約解除の儀式をそっちのけで部屋を飛び出して行った。


 それからというもの、私はホーリーグレイルを片手に出現させたけれど、かれこれ一時間近く何もせず、そのままだんまりを決めていた。

 だって、少しでも契約解除の儀式を遅らせれば、なんとかなるのではないかという淡い期待を抱いていたからだ。


 カエサルは今だにうるさく鳴り響いているサイレンの音に顔をしかめて舌打ちをすると、緊急放送に耳を澄ませていた私を見て苛立った声音で言う。


「エクスちゃんよぉ〜。さっさと契約解除の儀式を進めてくれねぇか? もう一時間ぐらい待たされているだけでなく、魔剣の精霊がアヴァロンにどんどん侵入してきてるんだぜ? いい加減にしてくれねえか?」


「フンッ!」


 うんざりした表情をするカエサルを一瞥すると、私はプイッと顔を逸らした。


 こんな最低な人なんかと絶対に再契約なんてしたくない。

 私のセイバーはツルギくんだけだ。 

 それに、ツルギくんなら必ずここに来てくれるはず。

 だから、それまで私も抵抗して頑張るんだ!


 正直、アヴァロンの内部に魔剣の精霊が侵入したという緊急放送が流れた時、不謹慎に思われちゃうかもしれないけれど、ちょっと浮かれちゃった。

 だって、この混乱に乗じてこの契約解除の儀式を有耶無耶うやむやにできそうだと思えたからだ。

 そして案の定というか、同室していた見届け役のもう一組のセイバーさんと精霊さんも私の契約解除の儀式より、アヴァロン内に侵入した魔剣の精霊討伐の方を優先するつもりになったらしく、ようやく動き出してくれた。


「悪いが、我々もアヴァロン内に侵入した魔剣の討伐に向かわせてもらう。あとのことは、君たちに任せるぞ」


 そう言い残すと、最後の一組だった見届け役のセイバーさんと精霊さんが部屋から飛び出して行った。

 その様子を見て私はカエサルに背を向けると、小さくガッツポーズをする。


(やった! これで契約解除の儀式をせずに済みそうだよツルギくん!)


 そんな風に心の中で喜びながら私が頬を緩めていると、カエサルが嘆息しながら声をかけてくる。


「あのよぉ〜……そんな風にずっと抵抗していたらなんとかなるなんて思ってねえよな?」


 不満そうに低い声で話しかけてきたカエサルに私は鼻を鳴らすと、振り向きざまに言う。


「勿論、そう思っているよ。だって、私はアナタとなんて絶対に契約なんてしたくないモン」


「あ? なんだそれ? 俺の事をナメてんのか?」


「そうだね」


 私がハッキリそう答えると、カエサルが眉根を寄せて睨みつけてきた。


 そんな怖い顔されても私にしてみればどこ吹く風だ。

 今まで戦ってきた魔剣の精霊の方が何十倍も恐かったから、こんな人に睨まれたくらいで怯えたりなんてしない。

 だからこそ私は、彼に対して更に強く言葉を返した。


「もう一度言うけれど、私はアナタと契約を結ぶつもりなんてないよ。それに、もう少ししたらツルギくんが必ず助けに来てくれるだろうから、私は契約解除なんて絶対にするつもりなんてない!」


「……ほぅ。それは随分といい度胸だな?」


 契約解除を絶対にしないと断言した私を見てカエサルは腕組みをすると、なにか裏でもあるような表情を浮べて口角を上げた。


 その様子になにか嫌な予感がした私はポケットに忍ばせていたIDカードを取り出し、自動ドアのカードリーダーにかざして外に逃げようとした。

 でも、いつの間にか背後に立っていたカエサルにその手を掴まれてしまい退路を断たれてしまった。


「おい、どこへ行くつもりだよ?」


「いや、放してよ!」


「そう焦るなって。お楽しみはこれからなんだからよぉ〜?」


 IDカードを握る私の身体を後ろから抱きしめてきたカエサルに全身が総毛立ち、背中に悪寒が走った。

 すると、カエサルがクツクツとした笑い声を漏らす。


「ククッ。エクスちゃんよぉ〜、俺は別にお前と契約しなくても構わないんだぜ?」


「は? それはどういう――」


 と、カエサルの台詞に私が質問を投げようとした直後、彼が払い腰で私の身体を投げ飛ばし、地面に叩きつけてそのまま抑えつけてきた。


「かはっ!?」


 地面に背中から叩きつけられた瞬間、肺の中の空気が全て吐き出され、数秒だけ呼吸ができなくなった。

 するとカエサルは、呼吸を整えようとする私の上に覆いかぶさり両手首をガッシリ掴んでくると、口元を笑ませた。


「ククッ。改めて近くで見ると、本当に良い女だなお前は……」


「い、痛いっ! な、なにをするのさ!?」


「だから言ってんだろ〜? 俺は別にお前と契約なんてしなくても構わないって。でもよぉ……」


 カエサルは厭らしい笑みを浮かべると、力任せに拘束した私に自らの身体を密着させ、股の間に自身の片膝を入れてくる。

 その行動に私の本能が身の危険を察知して警笛を鳴らした。


「ククッ。こんな緊急事態だからよぉ、ってことだよな? 見届け役の連中もココにはもういねぇし、俺たちは今二人きりだ。それが、なにを意味するかわかるか?」


 カエサルは舐めるような目で私の身体を見ると、舌を出して大きく息を吐いた。

 その表情を見た瞬間にこの男がなにを考えているのかスグに理解できた。


 ――コイツ、私を犯す気だ!


「や、やめて放して! こんな事して許されると思っているの!?」


「ククッ。だから何度も言ってんだろ? こんな事態だからココには誰も来ねえ。俺とお前の二人きりだ。それにセイバー契約なんてどうだっていいんだよ……。この部屋を出て魔剣に殺されるくらいなら、その前にお前とヤッてからの方が得だろ?」


 カエサルはクツクツと笑いながらそう言うと、私の首筋に舌を這わせてきた。

 その生温かくぬめり気のある感触に全身が強張り、あまりの気色悪さに吐き気がした。

 やっぱりこの男は最低だ。

 なんとかして、外へ逃げ出さないと!


「いやぁっ!? やめてよ、このぉ!」


 カエサルに拘束されていた両手のうち、片手をなんとかして振り解くと、私は彼の顔面を殴りつけた。

 でも、その一撃に対してカエサルは微動だにせずその口元から一筋の血を流すと、利き手となる右手を大きく振り上げ、私の片頬を思い切り叩いてきた。


「きゃあ!?」


 頬を叩かれた瞬間、目の前がぐにゃりと歪み、集点が合わなくなった。

 そして、叩かれた頬がジンジンと痛み出してくると、瞳から自然と涙が溢れ出た。


「あんまり女の顔を殴りたくはねえけどよ、大人しくできねぇならしかたねえよな……」


 殴られた片頬を押さえる私にカエサルは再び片手を振り上げると、二度目となる平手打ちを反対側の頬に入れてきた。

 その痛みに私が悲鳴を上げると、カエサルがニヤリと笑って口を開く。


「オラッ、どうするよ? もう一度俺に殴られるか、大人しく抱かれるか選ばせてやるよ!」


 乱暴なその物言いに私は彼の顔をキッと睨み返したけれど、カエサルはまるでそれを愉しむかのように笑ってまた頬を叩いてきた。


「なんだその反抗的な目はぁ? そんなに殴られたいのか、ああっ!」


 両頬に感じる痛みに涙が止まらなかった。

 口の中に鉄サビのような味が広がると、私はカエサルに恐怖を感じて声が震えた。

 抵抗すればまた殴られる……私はその理不尽な暴力にあえなく屈してしまった。


「や……やめて……」


「あ?」


「お願いたがら……もう、叩かないで……」


 酷い両頬の痛みに耐えられず、私が降参したようにそう呟くと、カエサルがニンマリと微笑んで私の耳元に唇を近づけでくる。


「ククッ。最初から素直にそうしていりゃあ痛い思いをせずに済んだんだよ……」


 抵抗をやめた私にカエサルは微笑むと、そのまま片手を伸ばして私の片胸を鷲掴んでローブの上から荒く弄び始めた。

 その乱暴な手付きに不快感を抱きがら、私は奥歯を噛んでグッと堪えた。


「いいねぇ……最初見た時から最高に良い身体をしていると思ったけどよぉ〜、やっぱ最高だわ」


 乱暴に私の胸を揉みしだくと、カエサルが舌を出して頬を舐めてくる。

 本当に気持ち悪さしか感じなかった。


 私はこんなところで、こんな最低な男に穢されるしかないの? 私の初めてはツルギくんだけのものなのに、どうしてこんな目に遭わなければならないの?


 そう思えば思うほど、私は悔しさと屈辱で悲しくなり、嗚咽を漏らして泣いていた。

 

「こんなの嫌だよぉ……ツルギくん、助けて……」


「なんだよ? せっかくこの俺が抱いてやろうとしてるのに他の男の名前を口に出して泣いてんじゃねえ!」

 

「きゃあ!?」


 再び振り抜かれた平手打ちに私の瞳から溢れた涙が冷たい床の上に飛散した。

 何度も殴られてズキズキとする両頬の痛みに歯噛みして耐える。

 唾を飲み込むと、涙の味と血の味が口の中で混じり合って最悪だった。

 これが愛するツルギくんなら、私はなにをされても受け入れるし、彼のために喜んで貞操を差し出せる。

 でも、今この場で私のそれを奪おうとしているのは彼ではないただの暴漢だ。


「ククッ……そろそろ本番といこうじゃねえか?」


 カエサルが私のローブの胸元を無理やり引き裂くと、外気に晒された私の両胸を見て鼻息を荒くし、汚い舌を這わせてきた。

 それが本当に気持ち悪くて鳥肌がたった。

 すぐ近くで聞こえてくるカエサルの興奮した息遣いに瞳をギュッと閉じて唇を噛む。


 こんな男に身体を穢されるなんて嫌だ!

 こんな男に大切なモノを奪われるなんて嫌だ!

 だからお願い……助けて、ツルギくん!


「ヒック……助けて、ツルギくん……」


「あ? 俺が気持ち良くさせてやろうとしてんのに、まだその名を口にすんのかよお前は? どうやら、もう一度殴られなきゃわからねえみたいだな!」


 今までの平手打ちとは違い今度はその片手を握りしめると、カエサルが憤った表情で拳を振り上げた。

 その行動に私は瞳を強く瞑ると、最期の願いを込めるように大きな声で叫んだ。


「助けて……ツルギくぅぅぅぅぅぅぅぅん!」


 ――エクスぅぅぅぅぅぅぅぅっ!


「……ふぇっ?」


 部屋の外から聴こえたに私が瞳を見開いた刹那、閉め切られた頑丈な鉄の扉が外側から凄まじい力によってくの字にひしゃがれた。

 その光景に拳を振り上げていたカエサルも驚きを隠せなかったようで、血相を変えて入り口のドアを凝視していた。

 

「な、なんだ……?」


 重く響くような金属の衝突音に合わせて、頑丈な鉄の扉に人間の足型が象られてゆく。

 やがて限界を迎えたのか、くの字に折れた鉄の扉が蹴破られると、対面する壁に深々とめり込んだ。

 すると、部屋の外側からゆっくりと姿を見せ部屋の中を見渡していた。

 その瞬間、私は感極まって言葉が出なかった。

 間違いなく彼だ……ずっと、会いたかった私の大切なツルギくんだ!


 ツルギくんは眉根を寄せて後頭部を掻くと、左腕に装着した髑髏を象るガントレットに話しかけた。


「おい、スレイブ。本当にこの部屋で間違いねえのかよ?」


「ケケケッ! 間違いねえよ。ほれ、そっちを見てみろよ?」


「あ? そっちって、どっち……ん?」


 彼は……私のナイト様であるツルギくんは、私とカエサルがいる壁の隅の方に顔を向けると、私の上に覆い被さっているカエサルを見てからその次に地面に押し倒れていた私の姿を確認して目を見張った。


「エクス!?」


「つ……ツルギ、くん……」


 何度も聞き慣れた愛しい彼の声と無事なその姿を瞳に映した瞬間、私の頬を温かい涙がポロポロと流れた。

 どれほどこの日を待ちわびたかわからないほど、私は感動していたと思う。

 だからこそ、私は心の底から声を張り上げるように愛する彼の名を叫んだ。


「グスッ……ツルギくぅぅぅぅぅぅん!」




 



 

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