第102話 怒りの鉄拳


 スレイブがエクスのオーラを感知したという部屋の前にたどり着いた俺は、その部屋を閉ざす鉄製の扉を蹴破った。

 そして、扉をぶち抜いて部屋の中を見渡してみると、奥の方で見知らぬ白人の男がエクスの上に跨り、地面に押さえつけている光景が目に飛び込んできた。


「エクス!?」


「ツルギくん、助けて!」 


 白人の男に押さえつけられたエクスは、俺を見るなり涙ぐんだ声で叫んでくる。

 すると、白人の男がエクスを盾にするようにして立ち上がり、腰の後ろからサバイバルナイフのような刃物を抜き取った。


「お、お前が草薙ツルギか……いいか、動くなよ? 少しでも動いたらコイツの喉元をかっ切るぞ!」


 白人の男は手にした刃物をエクスの喉元に当てると俺から距離を取ろうとする。

 その時、人質にされたエクスの姿を見て、俺は一瞬で頭に血が昇った。

 なぜなら、エクスの着ているローブの胸元は乱暴に引き裂かれており、白い両頬が赤く腫れ上がっていて、口元には血が滲んでいたからだ。


「テメェ……エクスになにをしやがった!」


 怒気を含んだ声音で俺が問うと、白人の男がクツクツと笑う。


「ククッ。そんなもんお楽しみに決まってんだろう? まぁ、お前がもう少し遅れて来てくれていれば最高に気持ち良くさせてもらえたんだがなぁ?」


 白人の男は刃物をエクスの喉元にグッと押し当てて、舌なめずりをする。

 その行動に俺は深く息を吐くと、今にも爆発しそうなほどに込み上げてくる怒りを必死に抑え込み、冷静に男の顔を睨んだ。


「……テメェ、ただじゃ済まさねえぞ」


「ククッ。言ってくれるじゃねえの……悪いが俺はここから逃げさせてもらうぜ。勿論、このエクスちゃんを連れてな?」


 白人の男は歪な笑みを浮かべると、赤く腫れたエクスの頬を舐めた。

 まさかとは思うが、こんなクソ野郎がアヴァロンに選ばれたセイバー候補なのか? 

 だとすれば、コイツを選出した奴もぶち殺してやりたい気分だ。


「ククッ。折角、最高に良い女とヤれそうだったのに邪魔しやがって……どうせなら、お前の目の前でエクスちゃんを犯してやろうか? あぁ!」


 白人の男は虚勢を張ったような大声を上げると、エクスの喉元に当てた刃物に力を込めた。

 その時、エクスの喉元から一筋の血が伝った。


「つ……ツルギ、くん……たす、けて」


「エクス!? おい、テメェ……いい加減にしとけよコラッ!」


「調子に乗ってんじゃねえよクソガキ! お前は人質を取られてんだぞ? 要するに、俺には逆らっちゃいけねんだよわかるか? それがわかったなら武器を捨ててそこを退け!」


「……スレイブ」


「あ? なんだよ相棒?」


「俺がアイツを殺しちまわねえように力をセーブしてくれ」


「ケケケッ! いっそ殺しちまえばいいじゃねえか?」


「あんなクズでも一応はアヴァロンの人間だ。それに、俺は人殺しになるつもりはねえ……」

 

 低い声で俺がそう言うと、スレイブは「了解したぜ」と、口にしてケタケタと笑う。

 今の俺にとって、奴をぶっ飛ばす事は簡単な事だ。

 でも、エクスが人質に取られている以上はヘタに動けない。

 零コンマ数秒だけでもいいから、なんとか奴を油断させ、エクスを救う機会を作らなければならないのだが……いや、待てよ。

 これなら奴の意識を数秒だけ逸らす事ができるかもしれない!

 そんな事を俺がひとり考え込んでいると、白人の男が刃物の先端をこちらに向けて怒号を上げてくる。


「おい、俺の話を聞いていなかったのか! さっさとその武器を捨てて――」


「……わかった」


「あ?」


 白人の男に武器を捨てろ言われた俺は、右手に持っていた魔剣を真横に投げつけ壁に突き刺した。

 その動作に、白人の男が一瞬だけ目を奪われていた瞬間を見逃さず俺は体勢を低くして駆け出すと、エクスを人質に取る白人の男に素早く肉薄した。


「な――」


 その秒にも満たない僅かな時の中で、眼前に迫った俺に白人の男が目を見開いて刃物を振り下ろそうとしたが、次の瞬間には俺が固く握りしめた右拳が奴の顔面を捉えていた。


「オラァァァァァァァッ!」


「――ぐごはぁっ!?」


 俺に顔面を殴り飛ばされた白人の男は、壁に激突して地面に倒れると、白目を剥いて口から泡を吹いていた。

 俺はその姿を尻目に背を向けると、涙を流すエクスを抱き寄せ、赤く腫れた彼女の頬をそっと優しく撫でた。


「エクス、大丈夫か?」

 

「グスッ……ツルギくん……本当に……恐かったよぉぉぉぉぉ!」


 エクスはその青い瞳から止めどなく涙をこぼすと俺に抱きつき、胸元に顔を埋めてくる。

 そんなエクスの頭を撫でると、俺は謝罪の言葉を口にした。


「助けに来るのが遅れてすまなかった……」


「……ううん。私はツルギくんが必ず助けに来てくれるって信じていたから嬉しかった。助けてくれてありがとうね、ツルギくん」

 

 俺の顔を見上げて目元の涙を拭うと、エクスがニッコリと微笑む。

 俺はそんなエクスの事を抱きしめると、何度もその頭を撫で続けた。

 そんな俺にスレイブが言う。


「ケケケッ! ネギ坊がぶっ飛ばしたあの野郎だけどよ、ありゃ顎の骨どころか顔面の骨が砕けちまってんだろうな?」


 パンパンに片頬が腫れ上がり、壁際で失神している白人の男を見てスレイブがケラケラと笑う。

 それに対して俺は鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。


「フンッ。エクスに酷いことをした罰だ。あれでも、足りないくらいだけどな」


「まぁ、そこの奴もネギ坊に殺されなかっただけマシだったな」


「あのさぁ、ツルギくん……」


 俺とスレイブがそんな話をしていると、エクスが心配そうな顔で話しかけてくる。


「それって……魔剣ダーインスレイブだよね? 寄生されてるって噂を耳にしていたんだけど、大丈夫なの?」

 

 俺の左半身を見てエクスが表情を強張らせる。

 そういえば、エクスはヘグニさんに寄生していた時のスレイブしか知らない。

 そんなスレイブと俺がセイバー契約をしたと説明したら流石にエクスも驚くかもしれない。

 ここは順を追って説明する方がいいだろう。


「あのさ、エクス? 実を言うと……」


「ケケケッ! よぉ、姉ちゃん。俺様は今、ネギ坊とセイバー契約結んでいるんだぜ?」


「…………えっ?」


「なんでそういう大事なことをオメェがさらっと言っちゃうのかな!?」


 こっちの段取りを無視して、ケタケタと笑いながらカミングアウトしたスレイブに俺が頬を引き攣らせていると、眼前に立つエクスの顔がみるみるうちに青ざめてゆく。

 その様子に俺が慌てていると、エクスが涙目になり鼻を啜った。


「グスッ……ツルギくんが魔剣とセイバー契約を結んだということは、もうってことなの?」


「え?」


 ……ちょっと待ってなにその発想? 斜め上を行き過ぎてるんですけどぉ〜!?


 シクシクと涙を零して泣き始めたエクスに困惑しながらも、俺は全力で彼女を宥めた。


「いやいや、なんでそうなるんだよ!? 俺がスレイブと契約をしたのには理由があってだな!」


「くすんっ……ツルギくんは私よりも、そういう中二病的な魔剣の方が格好良いとかそういう理由で契約を結んだんでしょ……。それで私の聖剣はもう飽きたから、あとは私の身体だけ目当てにしてそれも飽きたら最終的に私の事もお払い箱にするとか……」


「違ぇよ! 俺がお前に飽きるわけねぇだろ! ていうか、なんなんだよそのネガティブな発想!? それに、これにはちゃんとした理由があるんだよ!」


「……ホントに?」


「あぁ。ホントだよ」


「じゃあ、ツルギくんは私に飽きたわけじゃないの?」


「勿論だ。俺がお前を飽きるなんてあり得ねえよ。だって、俺はお前が大好きだからな!」


「〜〜〜〜っ」


 俺が真剣な顔でそう言うと、エクスが頰を赤らめて俯いた。

 別に嘘をついているわけでもないし、俺は本当にエクスの事が大好きだ。

 だからこそ、この本心だけは伝えたかった。

 まぁ、下心が一切ないかといえば、嘘になるけどな?


「……じゃあさ、ひとつお願いしてもいい?」


「あぁ。なんでも言ってくれ」


 俺がそう言うと、エクスが胸の前で指先をツンツンと合わせて上目遣いをしてくる。


「じゃあ、キス……して?」


「え?」


「ちゃんと私に飽きていないなら、キスをして証明して欲しいんだけど……」


「……っ」


 ……あ〜んもぅ! エクス可愛い過ぎぃ〜! どうしてお前はそんなに可愛いんだよぅ〜?


 俺の想いに揺らぎがないかを確認するために、キスをおねだりしてくるエクスに萌え死にしそうだった。

 なんならキスだけと言わず、もっと過激な事をしても構わないんですけどね? 

 クフフ〜!


「ねぇ、ツルギくん……早く、シテ」


「お、オーケーだ! それじゃあ、遠慮なく……んちゅう〜……」


 俺とエクスが、互いの愛を確かめるためにキスをしようとしていると、スレイブが呆れた声で言う。


「よぉ、相棒。今はそんなことしている場合じゃなくねぇか?」


「うるせ、スレイブ。ちょっと静かにしてろ!」


「いや、でもよぉ。そろそろ廊下の曲がり角で置き去りにしてきたソラスが……」


「んな事はどうでもいいんだよ! 俺は久しぶりにエクスとベロチューがしてえんだよ! だから少し黙ってろコラッ!」

 

「ねぇ、ツルギくん……早くぅ〜」


 俺がスレイブに悪態をついていると、エクスが瞳を閉じて桜色の唇を差し出してくる。


 そんな最高に可愛いエクスの唇に俺も自身の唇を重ねるために顔を近づけていると……、


「ハァ、ハァ……ネギ!」


 部屋の入り口から息を切らせたソラスが勢い良く飛び込んできた。


「ハァ、ハァ……ちょ、ネギ。私を置いていくなんて酷い……って、なにしてるの?」


 ソラスは部屋の中心でエクスとキスをしようとしていた俺を見ると、ムッとした顔でズカズカと近づき、間に割って入ってきた。


「ねぇ、ネギ? この子、誰?」


「ねぇ、ツルギくん。この子、誰?」


 ……あっれぇ〜? なんかこんな光景を前にも見た記憶があるんですけどデジャヴぅ〜?


 互いに睨み合う白人美少女二人に俺は危機感を抱くと、その仲を取り持つために双方の紹介をすることにした。


「えっと、ソラス。彼女は俺のパートナーであるエクスだ。そんで、エクス。こっちの子は俺の命の恩人でソラスって女の子で、元はアヴァロンのセイバーだった子だ」


「へぇ〜、そうなんだ〜。じゃあ、お礼を言わないといけないよね〜」


 俺がソラスを紹介すると、エクスが棒読みな台詞を口にしてかしこまり、ペコリと頭を下げた。


「えっと、ソラスさん。その節では、であるツルギくんを助けていただいて本当にありがとうございました!」


 ニッコリとした笑顔でエクスが感謝の言葉を口に出すと、ソラスが片方の眉をピクリと上げた。


って、わざわざそれを言う必要ある?」


「それは勿論あるよ。だって、ツルギくんはだモン!」


 屈託のないキラキラとした笑顔でエクスは断言すると、俺の右腕に抱きつき頬を寄せてくる。

 その行動にソラスは眉を顰めると、俺の腰に両手を回して抱きついてきた。


「ネギ。ここでの目的は果たしたのだから次に行こ。まだ大切な友達がいるんでしょ?」


「ちょ、ソラス? そんなに俺の胸板におっぱいを押し付けられると、気まずいんだけど……」


「なんで? 別にいいじゃん」


 エクスの手前上、かなり戸惑っている俺を無視してソラスがムニュムニュと豊かな胸を押し付けてくる。

 その大胆な行動に気まずさを感じて俺がエクスに視線を移してみると、存外エクスはとくに動じる素振りもなく、ニッコリしながら平然としていた。

 しかし、そんなエクスに対してソラスが追い打ちをかける。


「ねぇ、ネギ? こっちの彼女さんは知らないと思うけど、私たちはだからこれくらい当たり前だよね?」


「ばっ! おまっ!?」


 まさかの発言に俺が素っ頓狂な声を上げると、隣でニッコリしていたエクスのアホ毛が一瞬だけピクリと反応した。


 なんて事を言うんだコイツ!? あながち間違っちゃいねえけど、それをここで暴露するのは極悪過ぎるだろ!?


 当惑する俺を他所にソラスはどこか勝ち誇った顔をすると、更に自慢するかのように話を続ける。


「そういえば、ネギを助けたあの日に二人でベッドの中で色々したよね……エッチを」


「してないしてない!? なんでそんなウソつくのソラスぅ〜?」


「え? だって、ネギ。あの時に私の初めてを奪ったじゃん?」


「初めてを……奪った?」


「違うぞエクスぅ!? これはアレだ! 何かの間違いだ!」


 まるでエクスを挑発するかのような言動を繰り返すソラスに俺は本気で焦りまくっていたのだが、当のエクスは咳払いをすると優しく微笑んだ。


「コホンッ。へぇ〜、そうなんだ〜? でも、ツルギくんがソラスさんにエッチな事をしたとしても、私が今までツルギくんにされてきたエッチな事に比べれば可愛いものだと思うよ?」


「は? それどういう意味?」


 ……やだなにこれ? なんか変な言い争いが始まっちゃったよ!?


 不快感を露わにして目を細めたソラスに、エクスが余裕の表情で話を続ける。

 

「どういう意味もなにも、私なんてツルギくんに身体の隅々までその……凄く愛された経験があるから、別に気にしないけどね?」


「なっ……身体の隅々って」


「うん、そのままの意味だよ。ツルギくんって、すんごく激しいから……」


 ポッと頰を赤らめて、両手を頬に当てるエクスにソラスが呻く。

 いやまあ確かに、二人きりで家にいた時、途中まではそういう事をした記憶があるけれど、ぶっちゃけエクスの身体の隅々まで愛させてもらえた覚えはない。

 だって、いつもその手前になると「きょ、今日はここまで!」とか言って、エクスがそれを中断してくるからだ。

 それはもう生殺しである。


「まぁ、ツルギくんはエッチだからどんな女の子に対してもすぐそういう事をするけれど、やっぱり私じゃないとダメみたいなんだよね!」


「くぬぬっ……その正妻の余裕みたいな態度がムカつく。ネギ、私とエッチして」


「なんでこんな緊急事態にそんな事をするんだよ!? それより、早くここを出るぞ二人とも!」

 

「そうだね。じゃあ、行こっか。ツルギくん!」


「むぅ……なんかムカつく」


 どこか勝ち誇ったような笑顔で鎧化した俺の左腕に抱きついてくるエクスに、ソラスが頬を膨らませてムスッとしている。


 なんだかこの二人といると、アヴァロンで起きている緊急事態がウソのように思えてしまうのは俺だけなのだろうか……。

 そんな事を思い苦笑する俺にスレイブが愉快そうな声で言う。


「ケケケッ。相棒も大変だな?」


「ははっ。だろ?」


 その後、俺たち三人は特別棟を離れると、カナデの姿を探して別の区画を目指し、足を走らせた。

 


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