第103話 ヒルド危うし
ツルギがエクスを助け出した丁度その頃、チェーンソーを振り回し襲い来るエペタムから必死になり逃げていたカナデ、ヒルド、レイピアの三人は、研究棟から修練棟へと移っていた。
「急いでくださいヒルドさん! このままだと捕まってしまいバラバラにされちゃいますよ!?」
「ヒルドちゃん、マジ頑張って!」
「な、なんでセイバー候補の私より、二人の方が体力あるんですくわぁっ!?」
既に一時間近く行われた命懸けの鬼ごっこに、ヒルドの両脚は悲鳴を上げていた。
それにもかかわらず、研究員でありデスクワーク派のレイピアと、運動部に所属するとはいえ、一般人女子高生のカナデの二人は疲れた表情こそみせてはいるものの、ヒルドと比べてまだ余力があった。
そして、そんな三人を追いかけるのは……。
「キシャシャシャ! 待てってお前らぁ〜? 早くバラバラにさせろよ〜!」
彼は、長時間の緊迫した状況で心身ともに疲弊した三人を追い回すことを心から楽しんでいた。
それはもう両方の眼をギョロギョロと忙しなく動かす程にだ。
「つーか、マジでアイツキモいっしょ!?」
「そ、そんな、ことより……私はもう限界かもです!」
「た、確かこの先に隔壁を降ろすレバーがあったと思います! それを上手く使えば彼から逃げ切れるかもしれません!」
『それな!』
額にビッシリと汗を張り付け、豊かな胸に抱いた聖剣を手放すことなく懸命に足を走らせるレイピアがそう言うと、ヒルドとカナデの二人が彼女を指差し声を揃えた。
すると、彼女たちの視線の先にT字路のような廊下があり、その壁に隔壁を降ろすレバーらしき物を発見した。
「ありました! では、私が一足先に隔壁を降ろしてきますね!」
いうなり、レイピアは走る速度を更に加速させ、カナデとヒルドに十メートル以上の差をつけて隔壁を起動させるレバーの前へたどり着いていた。
「てか、早っ!? マジでレイピアさんヤバイっしょ!」
「なんであの人、アヴァロンで研究員なんてやっているんですか!?」
尋常ではない身体能力を見せたレイピアにティーンエイジャーの二人が驚愕していると、十メートル以上離れた後方からチェーンソーの唸る音が聴こえてくる。
「キシャシャシャ! 逃さねぇぞぉ〜!」
「き、来たぁ!?」
「二人とも急いでください! えいっ!」
全力疾走するカナデとヒルドを必死に手招き、レイピアが隔壁を閉じる開閉レバーを下げると、思っていたよりも早い速度で上部から隔壁が降りてくる。
その様子にカナデが焦りの声を上げた。
「ちょ、ヒルドちゃん! このままだとマジでヤバイし!?」
「ふえぇ〜ん! カナデさん、置いて行かないでくださ〜い!」
「二人とも、そのまま滑り込んできてください!」
レイピアの上げた声にカナデとヒルドは真剣な顔で最後の力を振り絞ると、既に半分近くまで下がり始めていた隔壁に向かい猛ダッシュをする。
そして、レイピアに言われた通り隔壁の下から滑り込むように二人がスライディングをしたのだが、カナデは綺麗に滑り込めたのに対してヒルドだけは隔壁のど真ん中で失速し、止まってしまった。
「きぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!? カナデさん、引っ張って! 私の足を引っ張ってください!?」
「ヒルドちゃん!? こんのぉっ〜!」
「ヒルドさん!? えぇ〜いっ!」
隔壁に押し潰される寸前、カナデとレイピアがヒルドの両足を素早く引き、彼女が隔壁で潰される事態は免れた。
しかし残念な事に、ヒルド自慢の青く長いツインテールの先端が隔壁に挟まれていた。
「痛たたたたたっ!? 私の大切な髪の毛がぁ〜!」
「ヒルドちゃん! つーかこれ、どうすんの!?」
「これはもう仕方ありません! 残念ですけど、この聖剣を使って断髪しちゃいましょう!」
「なんでもいいですから早く切ってくださ〜い!?」
隔壁に挟まれたヒルド自慢のツインテールの先端にレイピアが聖剣の刃を入れると、秒を待たずしてヒルドが解放された。
そして、三人はようやく安堵の息を吐くと、隔壁に背を預けてヘタれ込む。
「ふぅ〜……た、助かりましたね〜」
「さ、流石にこれは……キツ過ぎだし……」
「ぐすんっ……私の大切な髪の毛がぁ〜」
カナデとレイピアはエペタムの脅威から解放され、乱れた呼吸を整えるために豊満な胸を押さえ何度か深呼吸を繰り返す。
その傍らでは、先端をバッサリと切られた自身の青い髪を見つめてヒルドが涙ぐんでいた。
やはり髪は乙女の命ともあり、ヒルドは少なからずショックを受けているようだ。
「ともかく、これでひと安心ですね。あとは、この先にある修練施設へ向えば、セイバーさんや精霊さんに会えるでしょう」
「ていうか、あのキモチェーンソー男とか、マジで恐かったよね〜?」
「ぐすっ……まさかこんな、自分がB級ホラー映画のキャストみたいな目に遭うなんて想像もしていなかったですよ」
「そうですね。でも、一応ながら私たちにとって最大の窮地からは逃れる事ができましたし、あとは他のセイバーさんや精霊さんに助けを求めて……」
「ああああああああああっ!?」
『きゃあああああああああああっ!?』
突然背後から聴こえた男の大声に三人が悲鳴を上げて抱き合うと、少し離れた位置で彼女たちを指差したオジェが立っていた。
「日本人、可愛い、胸のデカイ女……お前がカナエかっ!?」
オジェは不躾にそう叫ぶと、抱き合ったまま地面に座り込んでいた三人に近づき、カナデを指差した。
そんなオジェを見上げると、カナデが眉間にシワを寄せて言う。
「か、カナエって誰だし!? ていうか、そもそもアンタ誰だし!」
「あぁっ? 俺はオジェってんだよ。ていうか、お前が英雄くんの探している日本人の女なんだろ?」
「というか、オジェ先輩。こちらの女性はカナエさんじゃなくて、カナデさんですよ!」
「お? なんだよレイピアとヒルドじゃねえの。細けえことは気にすんなよ面倒臭せぇな」
「ところで、オジェさん。今のお話に出てきた英雄くんって……まさか!?」
「あん? 英雄くんて言ったら、そんなもんアイツしか該当しねえだろ普通によ?」
その台詞を聞いた瞬間、三人は顔を見合わせた。
オジェにアイツと呼ばれた人物……それが三人の中でたった一人の少年を連想させた。
「あのさ、一応聞くけどその英雄くんて、つーくんの事……なの?」
「はぁっ? 英雄くんつったら、他に誰がいんだよ?」
「じゃ、じゃあ、つーくんが……ここに来たってこと!?」
「そうだよ。さっき、エントランスホールで会ったんだ。そんでよ、もしお前を見かけたら守ってくれって頼まれたんだ」
「つーくんが……助けに来てくれた」
「え? お、おい! なんでそこで泣くんだよ!?」
オジェがぶっきらぼうに答えると、カナデはその瞳を潤ませて静かに泣き始めた。
その様子にオジェは慌てふためくと、レイピアとヒルドを交互に指差す。
「ちょ、アレだぞ! 俺が泣かしたわけじゃねえからな!?」
「いや、そんなの見ればわかりますよ鬱陶しいですねオジェ先輩は……」
「ちょ、おま、ヒルド! それが先輩に対する台詞かコラッ!」
「彼がここに来てくれたから、カナデさんも感極まって涙してしまったのでしょう。オジェさんのせいではありませんから落ち着いてください」
「うぐっ……ヒック……つーくん、良かった」
瞳から止めどなく溢れる涙をカナデが両手で何度も拭う姿に、レイピアとヒルドが柔和な笑みを浮かべる。
あとは、ツルギと合流することができればカナデも心から安心できるだろう。
だがその時、カナデの背後から金属を研磨するような甲高い異音が聴こえてくる。
「え? なんですかこの音?」
「つーか、鉄が焼けるような臭いがしてねぇか?」
「なんか、隔壁の向こうから聴こえてきているような気がするんですけど……」
と、三人が隔壁の方に振り返ったその時、カナデの背後にある隔壁の一部分が、熱した鉄のように赤く変色し始めていた。
「はえっ? なにこの音?」
「カナデさん、後ろ!?」
ヒルドの張り上げた声にカナデが呆けた返事をした直後、摩擦による熱で溶かされたように隔壁の一部に穴が穿たれ、その向こうから黒いチェーンソーの刃が高速回転しながら飛び出してきた。
「ウソ!? カナデさん!」
「こんのぉぉぉぉぉっ!」
レイピアの張り上げた声にカナデが振り向いた瞬間、ヒルドが彼女の身体を突き飛ばした。
そして、隔壁の一部から突き出た高速回転をするチェーンソーの凶刃に脇腹を斬り裂かれ、ヒルドがその餌食となった。
「きゃあああああああああっ!?」
「ひ、ヒルドちゃん!?」
「そんな、ヒルドさん!?」
「な、なんだよこのチェーンソーは!?」
カナデを庇い、高速回転するチェーンソーの刃に脇腹を抉られたヒルドが地面に倒れ込むと、チェーンソーがゆっくりと隔壁を真四角に斬り開いて、その向こうからエペタムが姿を現した。
「キシャシャシャ……こんなモンで俺っちの刃を防げるとか思ったのかよ〜?」
隔壁を斬り開いて再び現れたエペタムに、四人は戦慄して言葉を失う。
すると、チェーンソーを唸らせながらエペタムがギョロリとした双眸を見開いた。
「お前らは、この俺っちがバラバラにしてやんよ!」
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